第145話 王都帰還②~sideエディアルド~
ウェデリア島に戻った俺たちは、宮殿のリビングに全員集まってもらい、今後のことについて話し合うことにした。
「王都に戻る前に、一度アマリリス島に寄りましょう。そこで父と相談した方が良いですわ」
デイジーの提案に俺は頷いた。
クロノム公爵は、宰相を引退して以来、ずっとアマリリス島に滞在している。
病床の母上を看るという名目上、宰相を辞めているからな。
もう一つの理由として、他の貴族などと密談をする時、テレス側の貴族の目が届かない離島の方が都合が良いというのもあった。
「アマリリス島で詳しい情報を集めてから、王都に向かった方が良いと思います」
アドニスの言葉にその場にいる全員が頷く。
コーネットやソニア、ウィストは一刻も早く家族の様子を知りたいところだろうな。
特にコーネットの親や兄弟は商売上、王都の出入りもしているだろうし。
俺はふとヴィネとジョルジュの方を見た。
ジョルジュの腕の中ですやすや眠るジン。もうすっかり父親の顔だな。
ヴィネの姉の子供である筈なのに、ずっと前から二人の子供だったんじゃないかと思ってしまう。
クラリスが二人に訴える。
「先生達はジン君もいることですし、ここにいた方が良いと思います」
これから子供を育てていかなければならない二人を、戦いの場に巻き込みたくはないという思いがクラリスにはあるのだろう。
だけど俺たちの師匠は、首を横に振る。
「私たちだけが安全な場所で見ているわけにはいかないよ」
「弟子達が戦地へ向かおうとしているのに、俺だけのうのうと安全な場所で見ているわけにはいかねぇだろ」
俺とクラリスは顔を見合わせる。
ジョルジュは魔族との戦いで死んでしまうという小説の設定がある。この世界は小説の通りになったり、そうじゃなかったりするが、ジョルジュの死がどっちに転ぶかはまだ分からない。
クラリスは本当の理由は言わずに説得を試みることにする。
「でもジン君も連れていくわけにはいかないでしょう?」
「ジンはしばらくの間、アマリリス島で預かってもらおうかね。クロノム先輩の元だったら安心だし」
「クロノム先輩?」
何故ヴィネがクロノム公爵のことを先輩呼ばわりするんだ?
一瞬、疑問に思ったが、そういえば、ヴィネは元々宮廷薬師だったな。しかもクロノム公爵も宮廷薬師だった時代があったのだ。
ここでも小説には書かれていない人間同士の繋がりがあったようだ。
俺は真剣な表情をジョルジュに向けた。
「ジョルジュ、あんたは絶対王都に行くな」
「おいおい、何でだよ」
不満そうに顔をしかめる。そうだよな、理由もなくそんなことを言われたら、いい気分はしない。
本当のことを言うか言うまいか……視線を彷徨わせる俺にジョルジュは苛立ったようにテーブルを叩く。
「俺はそんなに頼りない師匠か!?」
「そうじゃない。俺はあんたを死なせたくないんだ。こんなこと言っても信じないかもしれないけど……あんたが死ぬ未来の夢を何度も見るんだ」
仕方がないから、また小説の内容を夢に置き換えて説明することにした。
本当はこんなこと言いたくはないんだけどな……できれば、ずっと秘密にしておきたかった。
俺の言葉に全然納得していないジョルジュに、アドニスがフォローするように説明をしてくれた。
「エディアルド公爵は女神の神託を受けているのです。女神の神託は予知夢として伝えられると言われています。今回ハーディン王国に魔族が攻めてきたことも、エディアルド公爵は予知していました」
「おいおい、本当かよ」
冷静かつ沈着な口調で説明をするアドニスに対し、ジョルジュはにわかに信じがたい表情を浮かべている。
俺は深く息をついてから更に言った。
「俺の夢の中では、あんたはミミリアの師匠だったけどな。あんたはミミリアを庇って死ぬんだ」
「俺があの猪女を庇うことはないと思うぞ」
「分かっている。それにミミリアの師匠になる前に、俺の師匠になってもらったからな」
「もしかしてお前が俺を師匠に選んだのって、お前の見た夢と関係しているのか」
「ああ、俺は魔族の軍勢がハーディン国を襲う未来の夢を見ていた。その戦で俺自身も死ぬ夢を見たんだ」
「何だよ、お前も死ぬのかよ」
まいったと言わんばかりに後ろ頭を掻くジョルジュ。あまりの話に、どう反応していいのか分からないって顔をしているな。
俺はさらに話を続けた。
「しかも夢の中の俺はアーノルドに対する嫉妬から、魔族側に加担する悪人になりさがっていた。何度も同じ夢を見るものだから、さすがの俺もこのままじゃいけないと思うようになった。そこで、夢の中で活躍していたあんたに師匠になってもらい、魔術を勉強することにしたんだ」
「そういうことだったのか。まぁ夢というのは何だか信じられねぇけど、実際魔物が攻めてきやがったし、馬鹿には出来ねぇよな」
「だから、ジョルジュは、ヴィネとジンと一緒に安全なところで」
「ちょっと待て。夢の中で死ぬのはお前も同じだろ? だったらお前も安全なところで見物しなきゃいけねぇよなぁ?」
ジョルジュは俺の額に指を突きつけ、こっちの言葉を遮るようにして言った。
俺はそんな師匠の目をまっすぐ見て答える。
「俺は自分が死なないように夢とは正反対の人生を送ってきているから、夢の通りにはならないと思う」
「それなら俺だってそうだろ。あの猪女の師匠にならずに、お前の師匠になったんだからよ。お前は俺に庇われないと駄目なくらい弱い人間か?」
「誰かに守られるだけの人間にならないよう、努力してきたよ」
「だったら大丈夫だろ。それにお前は勇者の剣を弟に渡す為に城に向かうんだろ? 俺は王都にいる仲間達の方が気になるからな。王都の住人の救助に向かうさ。お互い別行動をとれば、夢の通りにはならねぇだろ」
ジョルジュはそう言って片目を閉じた。そして少し照れくさそうに笑ってヴィネの方を見た。
「それにお前が俺を師匠に選んでくれたおかげでヴィネにも会えたわけだし」
ヴィネはそんなジョルジュに微笑み返してから、ふと何か思いついたのか、クラリスの方を見て不思議そうに首を傾げた。
「そういえば、クラリスも唐突に私に弟子入りしたよね? まさかあんたも同じ理由で私のとこに来たのかい?」
「あ……うん。夢の中では私は悪い女で、ジン君を人質にとってヴィネに毒薬をつくらせるんだけど」
「なにそれ、怖い」
わざとらしく震えて自分の身体を抱きしめるヴィネ。
クラリスは慌てて掌を横に振る。
「で、でも、そういった悪いことをした結果、私も死んでしまうのよ。私は死にたくなかったし、このまま悪の道に走るのは嫌だったから、いっそのことヴィネに弟子入りして、手に職をつけようって考えるようになったの」
「そうだったんだね。よかったよ、夢を見たことであんたが良い子に育って」
ヴィネは愛しそうにクラリスをぎゅっと抱きしめる。
夢の話は信じがたいものかもしれないけれど、実際魔族が襲来してきたことで、予知夢として信憑性が増したようだな。
「だけど、そういうことなら、もう夢の通りに俺が死ぬ可能性は低いじゃねぇか。俺はあの猪女の師匠でもないし、言っとくが弟子のお前は可愛いけど、命をかけて庇ってやんねぇからな。嫁と子供がいるんだからよ」
「そういう台詞言うのやめてくれる? 死亡フラグっぽいんで」
「死亡フラグって何だよ!?」
「……いやこっちの話」
嫁と子供がいるから……云々は、死亡フラグとしてよくある台詞だからな。
でも確かに今は小説とはかなり違う展開だから、ジョルジュが死ぬかどうかは分からない。小説で死ぬことになるのは俺たちも同じ。そうならないように、今努力しているわけだしな。
俺たちが運命に抗っているように、自分の死を予言されたジョルジュもまた運命と戦うつもりなのだ。
それならば、俺は師匠達を信じるしかないだろう。
逃げるのは簡単だ。もう国も何もかも捨ててしまえば楽になるだろうけど、逃げたところで魔族が増長してしまったら、この世界にすら住むことができなくなるかもしれない。だからディノ達を放っておくわけにはいかない。
俺は主人公じゃないから、奇跡的な大技なんて出来ない。
しかしディノさえなんとかすれば、操られていた魔物たちは撤退をするし、瘴気を放つ魔石の効果もなくなる筈だ。
自分が生き残る為に、自分が出来ることはしないとな。