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第140話 魔族襲来①~sideアーノルド~

 二ヶ月後――――


 僕はカーティスが残していった書類に判を押す作業を進めていた。

 ふと、空気の入れ換えの為に開けていた窓から笑い声が聞こえてきた。

 気になったので外を見てみると、母上が他の貴族達と優雅にお茶会をしている。貴族達は年の若い、綺麗な顔をした青年ばかりだ。

 お茶会、今月で何回目なんだろ?

 しかもまた新しいドレスを買っている。あの首飾りも初めて見るものだ。

 その時、執務室の扉をノックもなくミミリアが入ってきた。


「ねぇアーノルド、今度の舞踏会に着るドレスが欲しいんだけど」

「舞踏会?」

「私の誕生記念の舞踏会。今度開くって言ったじゃない?」

「……」


 この前も僕とミミリアが出会った日の記念舞踏会が開かれたばっかりだぞ? 

 何故、いちいちそんな記念日にそって派手な舞踏会を開くのだ? 

 しかも新しいアクセサリーを買うわ。事あるごとにドレスを買うわ。気に入った若手の役者に貢ぎまくる。

 母上も、ミミリアも、金を湯水のように使っている。

 とはいっても個人的な散財はたかが知れている。

 クロノム公爵の采配と、前財務官がよほど優秀だったのだろう。無駄な消費がなければ、あと十年はやっていけるくらいの予算は残されているから今は黒字だ。

 だけど、知らぬ間に使途不明金も増えているし、このままだといずれ赤字になる。

 母上とミミリアの散財ぶりを見て、国民や城内で働く人々はかなり不信感を抱いている。特に給与を減らされた役人たちは、カットした給料分が、母上とミミリアの懐に入っているのではないか、と噂をしている。

 


「ミミリア、そう頻繁に舞踏会を行っては、王室の財政も底を尽きてしまう」

「それならば貴族達の税金をあげたらいいじゃない」

「税金の使い道が舞踏会では、貴族達は納得しない」

「何よっっ!! 自分たちだってあんなに楽しんでいるくせに!! 誰が何と言おうと私の誕生日舞踏会は決行するんだから」

「………………」


 あんなに愛しいと思っていた聖女ミミリア。

 だけど共に暮らしていく内に、彼女の無知さや幼稚さ、我が侭さまで見えてしまい、その気持ちは日に日に冷めていった。

 だけど舞踏会の時、皆の前で彼女こそが伴侶だと公言してしまった。それに、強大な魔力を有している聖女を手放すわけにはいかない。


 クラリス……君は今、どうしているのだろう? 


 僕は何て愚かだったのだろう?

 噂になんか惑わされずに、君と出会う筈だったお茶会にちゃんと参加していれば……。

 僕は目を掌で覆う。

 いや、きっとお茶会に参加していたとしても、噂をまるまる信じていた僕は、クラリスに冷たく接していたと思う。


 兄上は僕よりもずっと人を見る目があった。噂に惑わされずに、クラリス自身をこの目で見て、婚約者に選んだのだから。

 僕は兄上が羨ましい。

 あんなに楽しそうに笑い合える伴侶がいて。

 

 ◇◆◇


 部屋の中が突然薄暗くなったのはその時。

 魔石の効力がなくなってきたのか?

 僕は首を傾げて天井を見上げていた。しかし、ふと視線を感じ、扉の方へ視線をやった。

 いつの間にそこにいたのだろう?

 一人の女性が扉の前に佇んでいた。

 

「クラリス……?」


 一瞬、そう呼んでしまったのは、どことなく雰囲気がクラリスに似ていたからだ。

 だけどつり目なクラリスに対し、彼女は丸っこい大きな目をしていた。それにクラリスは紅い髪の毛の持ち主だが、彼女は黒々とした髪の毛だ。

 女性は艶やかに俺に笑いかけてきた。


「やだ、アーノルド様がお姉様と間違えるなんて」

「……お姉様ってまさか」

「そうよ。私はナタリー。おっかしいなぁ。私たちって血が繋がっていない筈なんだけどなぁ……」


 血が繋がっていないって、ナタリーとクラリスは血の繋がった姉妹じゃないのか?

 姉に似ていると言われても、ナタリーは特に気分を害した様子はない。むしろ少し嬉しそうにしている。姉の容姿に憧れていた部分もあったのかな。

 それよりも気になるのは、ナタリーの目の色と髪の毛の色が以前と違う事だ。


「随分と様子が違うな。髪の毛も以前は栗色だった筈」

「あるお方から力を貰ったから、その影響で目の色と髪の毛の色が真っ黒に変わったの」

「あるお方?」

「ブラッディール帝国の皇子様よ」

「ブラッディール帝国って……まさか魔族か?」



 最北端にあるレギノア大陸。

 そこは瘴気と邪気に満ちた大地で、魔族達が住む場所でもあった。

 神話の時代、レギノア大陸は人間が住む、アノリア大陸と内海を挟んで向かい合っていた。魔族達は人間界に侵攻しようとしたが、女神ジュリはそれを許さなかった。

 女神ジュリはレギノア大陸を最北端に移動させ、さらにアノリア大陸に近づけさせないため海上に境界線を引いた。


 魔族がアノリア大陸を目指そうと、境界線に触れるとその魔族が乗った船は必ず行方不明になる。

 また、人間がレギノア大陸を目指そうとしても、その船は行方不明になるという。

 同じ地上にいながら人間と魔族の住む世界は別世界になったのだ

 ブラッティール帝国はレギノア大陸の中でも最も大国といわれ、神話時代アノリア大陸の侵攻を積極的にすすめていたのもその国だった。

 

「ブラッティール帝国の皇子、ディノ様は魔術の天才なの。瞬間転移魔術で、彼は境界線を越えてここにやってきたんですって」

「な……なんだって」

「でも境界線を越える瞬間転移って、とっても難しくて、他の魔族の人はまだ使えないんですって。だからディノ様一人しかこっちに来ることができなかったの。そこでディノ様は思いついたのよ。ここに自分の王国を作ろうって」

「な、なんだと……?」

「ディノ様は魔物を自分の配下にする魔術も修得したのよ。魔物の軍勢にかかれば、一国を滅ぼすのはわけないって」


 にわかに信じがたい話だ。そんな……境界線を越え、魔族の皇子がここに来ているなんて。しかも魔物の軍勢が攻めてくるかもしれない。

 その恐ろしすぎる可能性に僕の目の前は真っ暗になった。

 そういえば、いつか兄上が言っていなかったか?


『この国は、半年後に魔物の軍勢の襲撃に遭うことになります。私は以前からそのような女神の神託を受けておりました』



 僕は席から立ち上がると、足早にバルコニーの方へ足を運ぶ。

 窓を開けると、信じられない光景が。

 空には無数の鳥が飛んでいる……いや、よく見たら鳥じゃなく、飛空系の魔物たちだ。羽が生えたリザードマンや、ビッグイーグル、ウィンドスネイク。

 しかも、草原を越え、丘を越え、魔物の軍勢が王都に迫ってきているのが目視でも確認出来る。



 女神の神託は偽りじゃなかったのか?

 本当に女神ジュリが兄上に? 

 だとしたら、僕はとんでもない過ちを犯したのではないだろうか? 

 強力な軍人や魔術師達は皆僕の元を去ってしまったのだ。


 

「それでね、ディノ様は今、人間の配下も募集しているのよ。人間の中にはね、魔族に染まりやすい人もいるんですって。私、魔術は苦手だったけど、闇の魔術は得意だったみたいなの。ほら、見て」


 掌から小さな黒い炎を出してみせるナタリー。

 真っ暗闇のような黒々とした炎が掌の上で揺らめいている。


「私の二つ名は黒炎の魔女よ。魔族の仲間がこっちに来ることができないから、ディノ様は忠実な人間の仲間を増やしておきたいみたいなの」

「仲間じゃなくて下僕だろ」

「そんなことないわ! 下僕というのは、魔物たちのような奴らのことを言うの!!」


 僕の言葉にカチンときたのか、ナタリーは後ろの扉を拳で叩いてから、甲高い声で反論をしてきた。

 窓からは、魔物の軍勢が今にも迫ってきているのが見える。

 あんなのが王都に攻め込んで来たら……。

 僕の不安を感じ取ったのか、ナタリーはふっと笑みを浮かべて僕に歩み寄ってきた。


「ねぇ、アーノルド様、もうすぐ魔族の軍勢が王都にくるわよ。その前に降伏して、私たちの仲間になるのはどう?」

「仲間だと……」


 ナタリーが僕にしなだれかかってくる。

 ふわり、と一瞬甘い匂いがしたかと思いきや、だんだん甘ったるい重い空気に変わっていく。

 僕はすぐにナタリーの両肩を持って、自分から引き離す。

 彼女に纏わり付く、黒い空気を少し吸っただけで気持ち悪くなってしまったのだ。


「あら、照れないで。アーノルド様」


 ナタリーは僕が照れていると思ったのか、可笑しそうにクスクスと笑う。

 そして僕の胸の中心を指差し、楽しげな口調で言った。


「ウザい女神の力を持っている聖女は仲間に出来ないけど、勇者だったらいけるかもしれないって、ディノ様は言ってたわ。アーノルド様の場合、勇者の剣を持たないと女神の力が宿らないみたいだから。あなたも心臓を黒く染めたらいいのよ」

「心臓を黒く染める?」

「私、ディノ様に常闇の世に案内されたの。真っ暗な地下洞窟みたいな所で儀式をしたら、すごい力が漲って、心臓が焼け付くように熱くなるのを感じたわ。ディノ様が言うのに、アタシの心臓が黒く染まったって。心臓が黒く染まると、魔族と同じように魔術も使えて、しかもずっと若いままなのよ。最高じゃない?」


 つまり目の前に居るナタリーは、もはや魔族に近い存在ということか。

 彼女は僕に魔族になるように誘ってきているんだ。

 そんなの、冗談じゃない!!



「馬鹿を言うな。さすがは兄上を殺害しようとした、シャーレット家の一員だけのことはあるな。人間であることまでやめてしまったのか」


 僕は帯剣している剣を引き抜き、ナタリーに突きつけた。

 人間であることをやめてしまった者に、慈悲を与えるつもりはない。

 ナタリーは別段恐れることもなく、それどころか、さらに甲高い笑い声をあげた。



 


「兄上を殺したって……あんたこそ、お兄様を殺そうとしてたじゃない」


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