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第14話 悪役令嬢、薬師に弟子入りする②~sideクラリス~

 その薬師の名はヴィネ=アリアナ。


 次期宮廷薬師長になるであろう屈指の天才薬師だったけど、過労で倒れたのを機に、息子とゆっくり暮らしたいと思うようになり王城を去ったという。現在は街の片隅で薬屋を営んでいる。

 小説の設定によると、クラリスの実母は優秀な薬師だったヴィネの実力を買っていて、病床の時も彼女に薬を処方して貰っていたのだ。おかげで余命半年だったのが、一年長く生きることができたらしい。

 そんな恩人に対し悪役令嬢クラリスは、息子を人質に毒の処方を依頼するのだから、とんでもないわよね。

 波打つの紫の髪の毛、分厚い渦巻きのような眼鏡をかけていて、とても影のある女性として描かれていたと思う。



 現実世界のクラリスである私自身も、母親がヴィネと親しげに話をしていた光景を記憶している。

 実母リコリス=シャーレットとヴィネ=アリアナは、主治医と患者という関係以前に、年齢差や身分を越えた友達同士だったのだ。

 母がまだ独身で先王の王妃様の侍女として仕えていた時、宮廷薬師のヴィネと親しくなり友達同士になったという。




 そんなヴィネ=アリアナに薬学の教えを請うのがいいのではないだろうか。薬師になるには魔術の心得も必要で、ヴィネも恐らく中級魔術くらいは心得ていたと思う。ついでに魔術についても少し教えて貰えたらいいな。魔術書だけじゃ限界があるもの。

 小説の中のクラリスは、ヴィネに毒薬を作るのを依頼していた、とんでもない悪女だけど、私はそんなことはしない。ましてや彼女の息子を人質に取るような卑劣な真似は絶対にしない。


 私は薬学を学ぶために、ヴィネ=アリアナに弟子入りするんだ!! 



 いつものように部屋を抜け出し、レニーの町にやってきた私は、さっそく聞き込みを開始した。

 小説には詳しい場所の描写は書かれていなかったから、ヴィネがどこに店を構えているか分からない。町外れのひっそりとした場所にあるってイメージなんだけど。

 私は以前、財布やポシェットを買った露店のおかみさんを訪ねることにした。


「この前はありがとうございます。実は今、よく効く薬を探しているのですが、良い薬屋はありませんか? 姉さんの風邪が中々治らなくて」

「ああ、この前のお嬢さん! そりゃ大変だねぇ。良い薬屋だったらヴィネの所が良いよ。ちょっと歩くことになるけど、大丈夫かい?」



 いきなりビンゴ!  

 やっぱり天才薬師だけに薬の評判は口コミで知れ渡っているのね。

 おかみさんに教えられた通り、メインストリートをしばらく歩いてから、武器屋さんのある場所を右に曲がった裏路地をしばらく歩く。すると煉瓦造りのキューブ型の建物が見えてくる。そこがヴィネの店だそうだ。

 小説でもサイコロのような建物って書いてあったけど本当にその通りね。

 木製のドアはギギギと音を立て、私がドアノブを離すとその重みでバタンッと閉じた。

 薄暗い部屋の中、両側の棚には色とりどりの粉が入った瓶、丸薬が入った瓶、かと思えば透明な液体が入った瓶がいくつも並んでいる。

 私以外の客はいないようね。


 正面のカウンターには黒いフードを深く被った老婆が蹲るようにして座っている。

 私もまたカーキ色のフードを深く被っていて、魔術師の見習い風な出で立ちでここに来ていた。

 老婆は嗄れた声で私に問いかける。

 

「何か用かな? お嬢さん。風邪薬かい? 胃薬かい?」

「薬も後で頂くつもりですが、その前に今日はお願いがあってここにきました」

「お願い?」


 老婆は顔をあげてこっちをみる。とはいっても鷲鼻が見えるだけで、目から上はフードで隠れてしまって見えない。


「私は薬学を教わりにここに来ました」

「なんじゃ、弟子入り志願かい。あんたで百人目だよ。あいにく私はもう老いぼれじゃ。誰かにものを教えられる気力も体力も無い」


 老婆は肩を上下に振るわせながら、クックッと笑う。そして私に帰るように、掌を箒のように払う。

 優秀な薬師ですものね。宮廷薬師時代の活躍を知る人も多く、弟子入りの志願者が多いのも頷ける。

 私はくすっと可笑しそうに笑ってから言った。


「ご冗談を。ヴィネ=アリアナ。あなたはまだ二十代半ばと伺っております」

「ひひひ……成る程。変身魔術を見抜くくらいの実力はあるようだね」


 そう言った瞬間、老婆の身体は煙に包まれた。

 紗がかかった視界の中、小さな老婆の身長がぐんぐん伸びて、体つきも若い女性らしいシルエットに変わる。

 煙が晴れた時、そこに現れたのは年若い美女だ。

 しかも絵に描いたような我がままボディ。

 出るところはしっかり出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。胸の谷間を強調するかのようなオフショルダーのシャツに、スリットが深い黒のスカートからは、 

 すらりと長い美脚。

 波打つ髪の色が紫色なのは小説と同じだけど、眼鏡をかけていないし、赤紫の目はやや垂れ目がちな二重でどこか蠱惑的な印象だ。唇の下にある黒子がさらに彼女の色気を際立たせている。



「……で、私に薬学を教わりたいって?」


 

 どこか挑発的な上目遣いでこちらを見てくるヴィネに私は息を飲む。

 イメージと違う。

 小説では影のある女性って書いてあったし、牛乳瓶のような眼鏡をかけていた……こんなお色気お姉さんじゃなかったと思う。

 それに彼女には確か息子がいた筈――


「ママ、お客さんが来たの?」


 カウンターの向こうにあるドアから、五歳ぐらいの男の子が出てくる。

 サラサラした藤色の髪、まん丸な赤紫色の目、ぷくぷくとした頬に白い肌、天使のように可愛らしい男の子がニコニコ笑っている。

 ヴィネの元にトコトコやってきたその男の子は、見ているだけで癒やされる可愛さだ。この子の笑顔が見られるのであれば、いくら貢いでも後悔しない。それくらい抑制を破壊する力がこの子の笑顔にはあるのだ。

 男の子は私と目が合うと、かぁぁぁっと顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯き、ヴィネの後ろに隠れた。

 ありゃ、人見知りなのかな? 

 私は小説を読んでいるからこの子が何者かは知っているけれど、現実では初対面だから一応ヴィネに尋ねた。


「息子さんですか?」

「いや、私の甥っ子だ」

「甥、ですか」

「亡くなった姉の息子なんだ。今は私の養子として一緒に暮らしている」



 息子といえば息子なんだろうけど、厳密に言えば甥っ子だったわけだ。

 小説にそんなこと書かれていたっけ? うーん、思い出せない。あまり読み込んでいるわけじゃなかったからなぁ。

 確か名前はジン君だっけ?

 ジン=アリアナ。

 今は可愛らしい男の子だけど、小説のラストでは格好いい宮廷薬師に成長して、王室を支えるようになるんだよね。

 尊敬するアーノルドと、初恋の相手であるミミリアの為に。

 ヴィネはしげしげと私を見てから言った。


「あんた、リコの娘だね。ふうん、随分大きくなったじゃないか」


 良かった、私のこと覚えてくれていたんだ!  

 ヴィネは母リコリスのことを、リコと呼んでいた。私とも面識はあったけれど、時々だったし、母が亡くなってから五年は経っていたから、ちょっと不安だったんだよね。


「母親そっくりに育って良かったじゃないか。あのハゲ親父に似ていたら悲劇だったよ」

「は……ははは」


 ヴィネって結構口が悪いのね。

 小説とキャラが違うなぁ。エディアルド殿下もキャラが違っていたし、何もかも小説の通りってわけじゃないのね。

 むしろ小説の通りに進んでいることの方が少ないくらいだわ。


 

「先ほども言いましたが、私は薬学を習いたいのです」

「何故、薬学を?」

「後学の為です」

「あんたお嬢様だろ。そんなの必要なのか?」

「もちろんです。今は侯爵令嬢ですが、世の中何が起こるかわかりません。ある日、その地位を失う可能性だってあるのです。その為にも出来るだけ色々なことを学びたいのです」

「あんた……今のシャーレット家に危機感を覚えているんだね。まぁ、町でもあんたの父親の不満の声が高まっているから無理もないか」


 ヴィネは納得したように頷いた。

 シャーレット侯爵家のお膝元、レニーの町は賑やかだけど貧富の差が激しい。

 お父様に対して不満の声をあげる住人も多いだろうな。


「まぁ、他ならぬリコの娘だし、一通りの薬学くらいなら教えてもいいけどね」

「ほ、本当ですか。あ、あのっ、特に習いたいのは風邪薬とか胃腸薬とか、そういった治療薬です」


 理由はいざとなったら自分を治すため、それと売ったらお金になるから。

 魔術を極めるのも良いけど、手っ取り早くお金を手に入れる為には、やっぱり売れる商品を作れるようになった方がいいもの。


「その代わりタダじゃないよ」

「勿論。おいくらですか?」

「月謝はこれで」


 一本指を立てるヴィネに私は首を傾げて尋ねる。


「千ジーロですか?」

「一万ジーロだよ。これでもお友達価格さ」

「……っっ!?」



 た、高い……っっ!!


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