第136話 父と子の再会~sideクラリス~
「ヴェラッド、何か申し開きは?」
「ち、父上……!! これは何かの間違いです!! 私は弟たちを殺していないし、セリオットのことも知らなかった!! ゴートリーが俺を陥れようとしているのです!!」
ヴェラッドは自分の味方だったであろう宰相を、躊躇いもなく切り捨てた。
恐らく宰相は、ヴェラッドに咎が及ばぬよう、後始末や証拠隠滅に奔走してきただろうに。
皇帝陛下は顎をさすり、考え込むようにして言った。
「ふむ……百歩譲ってお前は兄弟殺しに関与していないと、信じることにしよう。では次に、お前が傭兵や近衛兵を率い、隣国の王族を殺そうとした理由を尋ねてみようか」
「そ、それはエディアルドめが俺を傷つけようとしたから反撃したまでです」
「近衛兵と傭兵と共にピアン遺跡に来た理由は?」
「それは、俺自身がピアン遺跡の試練に挑もうと思ったので」
「……二百人以上の傭兵を雇ってか? ダンジョンに挑む人数ではないぞ?」
「念には念を入れて多くの人間を雇ったのです!」
言い訳に無理がある。
沢山の兵士をかかえた王族や貴族だったとしても、ダンジョンに挑むパーティーは多くても十人以内だ。人数に明確なルールはないけれど、ハッキリ言って十人以上で挑むのは、冒険者の間では恥ずべき行為だとされている。
二百人以上のパーティーなんて聞いたことないわよ。
この主張がまかり通るのなら、今後はダンジョンも明確な人数制限を定めた方がいいのかもね。
「念には念を入れた甲斐があって、皇室の宝を持ち出そうとしていたエディアルドを発見することができました。俺は他国の王族が、我が祖先の宝を持ち出すのが我慢ならなかった! しかもこいつは恐ろしいドラゴンまで引き連れて……きっと我が国を侵略するつもりなのです! こいつは間違いなく、噂通りの馬鹿王子……いえ馬鹿公爵ですよ!!」
だんだん演説に熱が入り出すヴェラッド皇子。
罪を犯した人間が、その罪を隠すためにやたらに饒舌になる事があるみたいだけど、ヴェラッドはその典型的なタイプね。
「ピアン遺跡は全世界の人間に挑戦権があるダンジョンとして公開している。例え我が祖先が隠した宝でも、発見者のものになるのが絶対規則だ。エディアルド公爵の行動は何一つ問題ない。あとドラゴンも騎乗生物として認められている。ドラゴンが人に害を与えない限り、何の問題も無い」
「しかし、エディアルドは俺を縛って」
「お前が率いた傭兵に殺されかけたのだから、お前を捕らえるのは自然な行動だ」
「エディアルド=ハーディンは権力闘争に負けて無人島公爵になったような男ですよ!! いくらルールに則っているとはいえ、こんな奴に宝を持って行かれて、黙っている方がおかしいでしょう!? ハーディン王国だって、こんな役立たずが死んだって誰も文句はいわない。そんな男に、この俺が縛り上げられて良いわけがない!! このままではユスティ帝国が笑いものになります!!」
「……お前は本当になにも分かっていないのだな」
「は?」
「エディアルド=ハーディンは、宰相であるオリバー=クロノムの従兄弟甥。クロノムがかなり目を掛けている人物だ」
「な、なんですか、それ……たかだか宰相でしょう?」
ヴェラッドの言葉に、皇帝陛下は今一番の大きな溜息をつき、失望に満ちた眼差しを第一皇子にむけた。
「その発言だけで、お前を後継者に指名しなくてよかったと心の底から思うよ。あの国を実際に動かしているのはオリバー=クロノムだ。国の表面しか見えていないおまえには分からぬかもしれないがな」
「そんな……だからといって、こいつは無人島公爵だし。すぐにアーノルド国王に潰されるはず」
「アーノルド王政は長くは持たぬ。エディアルド公爵を潰す余力もない」
「おお、それなら我が国が攻める絶好のチャンス……」
「お前が率いた二百人以上の兵士は、何人の人間に制圧された?」
「……!?」
皇帝陛下の怒りに震えた問いかけに、ヴェラッドはひっと悲鳴を上げる。
兄弟である皇子たちを殺したことも許せないけど、傭兵とは言え大勢の人数を率いておきながら、たったの六人に制圧された不甲斐なさも許せなかったみたいね。
数多くの犠牲の上に成り立っているくせに、何の成果も得られない。むしろ最悪な戦歴を残した皇子に激しい怒りを覚えているんだわ。
ヴェラッドは父親のその怒りを肌で感じたのか、恐怖でこれ以上の言い訳が思いつかなくなり、黙って俯くことしかできなかった。
「ヴェラッドは有罪の塔へ連れて行け」
ヴェラッドは皇帝直属の衛兵に両脇を抱えられ、引きずるように連れて行かれていった。
皇族でありながら、彼が死刑宣告を受けることになるのは、それから半年のこと。
彼を擁護する声もあったらしいけど、調べれば調べるほど、ヴェラッドの罪状は増える一方で、刑を免れるのは難しくなったみたい。
◇◆◇
「さて。客人以外の者は下がってくれ。ボニータのみはここに残るように」
皇帝陛下は人払いを命じ、その場にいるのは、ボニータ=クラインと、私たちだけになった。
次の瞬間皇帝は玉座から立ち上がり、膝をついて深々と頭を下げる。
「すまぬ……!!セリオットを助けて頂き、誠に感謝する」
「皇帝陛下……」
突然皇帝陛下が頭を下げるものだから、エディアルド様もさすがに狼狽した。
先ほどの威厳がある皇帝の姿が嘘のよう。
臣下達がいる前では、威厳がある皇帝を演じていたのかもしれないわね。
本当は一人の人間として、エディアルド様に感謝および謝罪したい気持ちがあったのだろう。
「恥ずかしながらボニータの知らせを受け、初めてヴェラッドが勝手に皇城の兵士を連れ出し、傭兵たちを使い、セリオットとエディアルド卿を亡き者にしようとしていたことを知った……セリオットのことは隠し通せていたつもりでいたから」
「陛下らしくありませんね。国外の事情には明るいのに、肝心な皇室の現状を見落としていたとは」
エディアルド様は眉を寄せ、軽く息をついた。
「内政はすべて信頼できる宰相に任せていた。しかし、その宰相が余を裏切っていたのだ。あの者はヴェラッドと共に皇子殺しに加担していた」
皇帝陛下によると、ユスティの宰相ゴートリーとは幼なじみ。
兄弟のように支え合っていた仲だという。
学生時代仲が良かったハーディン王国の先王とクロノム公爵のような関係ね。
けれども、献身的に皇帝を支え続けてきたゴートリーに野心が芽生えてしまった。
自分の孫を皇帝の座に就かせるという野心が。
ヴェラッドは今、ゴートリーの娘と婚約しているのだという。その娘が皇子を産めば、ゴートリーの孫は皇太子候補の一人となる。
宰相は自分の娘が生んだ皇子が皇帝になることを夢見てしまったのだ。
「ゴートリーは一足先に有罪の塔に幽閉している。第二皇子、第三皇子の死にも関与していることが判明したので、処刑は確実となるだろう」
「宰相はよく第一皇子の関与まで告白しましたね」
「ゴートリーの処刑が確実となった今、その一族も共に処刑されることになる。一族の助命の代わりに、全ての罪を自白させた」
「……」
さすがに一族までは道連れにしたくなかったみたいね。
罪もない妻や娘が死ぬことだけは避けたかったのかもしれないわね……そんな情が残っているのであれば、野心の赴くままに行動しなきゃ良かったのに。
エディアルド様は軽く頭を下げ、穏やかな口調で言った。
「感謝は素直に受け取りますが、謝罪には及びません。所詮、人間が相手ですからね。こちらとしては良い実戦経験ができたと思います」
「……?」
エディアルド様にとって、今回の戦いは魔族との戦の予行演習にすぎない……ううん、魔物を相手にすることを考えたら、予行演習にもなっていないかも。
「謝罪の代わりにお願いがあるのですが、ダンジョンで手に入れたこの剣を国外に持ち出す許可を頂きたい。この剣は先代勇者が、先代皇帝に預けた剣。ダンジョンに隠された他の宝とは事情が違いますから、皇帝陛下の許可を頂きたく思います」
「それは構わぬが……その剣は勇者しか使えぬ剣」
「はい。聖女の伴侶として選ばれ、勇者となった我が弟、アーノルドに渡したいと思っております」
「あのような国王に、それを渡しても良いのか?」
ああ……ユスティの皇帝陛下もアーノルド陛下が、国王の器ではないことを見抜いていらっしゃるのね。
「この剣は、弟にしか使えないものですから」
「しかし……余が思うに、そなたの方が相応しいように思うがね」
「私の剣は、今、マリベールの鍛冶師がはりきって製作しておりますのでお気になさらずに。それよりも、セリオットと父子の再会を果たしたら如何でしょう?」
「……」
先ほどからセリオットは空気のように気配を消していた。
何も言わず、置物のように動かず。
謁見の場という荘厳な場に怖じ気づいているようにも見えるが、自分の父親がこの国の皇帝陛下であるという現実が、未だに信じがたい気持ちでいるのでしょうね。
育ての親であるボニータも複雑な表情で、その様子を見守っている。
エディアルド様はセリオットの肩に手を置いて言った。
「セリオット、今、目の前に居るのが皇帝陛下であることは忘れろ」
「エディー、だけど……本当に実の父親だと思ったら、俺はどんな憎まれ口を叩くかわからないよ」
「いいじゃないか、それで」
「でも不敬になるだろ」
ボニータの方をちらっと見て、それから皇帝陛下の方を一瞥する。
こみ上げてくるものがあるのだろう。
セリオットの身体は僅かに震え、気を奮い立たせるかのように拳を握りしめていた。
「陛下が何故、人払いをしたか分かるか? 今は一人の人間として俺たちに接しているということだ。お前にも本音を言ってもらいたい気持ちなのだろう」
「だけど……俺は……俺は……」
「今のような機会は二度と訪れないかもしれない。後悔がないようにしろ……俺は父親と本音をぶつけ合う前に死なれてしまった」
「……」
エディアルド様はすくっと立ち上がると、もう一度一礼をする。私たちもそれにならい、立ち上がり一礼をした。
「それでは我々はこれにて。セリオット、今宵だけは父親とゆっくり話をするといい……恨み言でも、泣き言でも、何でも良いと思うぞ」
「……」
謁見の間を去り際、ちらっと後ろを振り返ると、皇帝陛下がぎこちなくセリオットを抱きしめている姿があった。
その傍らで、ボニータは涙が零れるのを懸命に堪えていた。彼女の中では様々な思いが駆け巡っているのだろう。
彼らがこれからどんな道を歩むのか、私たちには分からない。
外伝の設定は大きく変わったから。
ユスティ帝国もまた、小説とは違う新たな物語が始まろうとしていた。
セリオット=クラインを改め、セリオット=ユスティが皇太子に選ばれたのは、それから翌年のこと。
彼が皇帝として即位するのは、それから十年後。
元々育ての親であるボニータから、貴族のマナーや、勉学を叩き込まれていたそうだけど、彼が皇族の生活に馴染み、安定した権力を得るまでには、それだけの時間がかかったみたいだ。
小説の原作では、ヴェラッドに暗殺されかけた現皇帝が健在だったこともあり、セリオットが皇帝に就くまで、皇室の権威が揺らぐことはなかったらしいわ。
外伝では戦争になる予定だったユスティ帝国は、後にハーディン王国と強固な同盟関係を結ぶことになったの。