第135話 追い込まれた第一皇子①~sideクラリス~
マリベール城
ユスティ帝国の初代皇帝、マリベール=ユスティの名がついたその城は、白い壁と鮮やかな青い屋根の尖塔が美しい、某テーマパークの城を思い出させる外観だ。
ジュルジュはヴィネとジン君が待つホテルに戻り、残るメンバーは、ボニータの案内の元、マリベール城を訪れることになった。私たちの後ろには腕を後ろに縛られたヴェラッドが悔しげに唇を噛み、その横でセリオットが何とも言えない顔で異母兄弟の横顔を見ていた。
謁見の間――
「ユスティ帝国へようこそ。エディアルド=ハーディン王子」
私たちが跪くと、皇帝陛下はにこやかに笑って言った。
年の頃は五十くらいかな? 若い時は自ら戦に出ていただけに、鍛え上げられた肉体、日に焼けた肌、こめかみから顎に掛けて剣で切り裂かれたであろう傷痕もある。
さすが軍事国家の皇帝だけのことはあるわね。
自らの肉体も武器とすべし、というのが帝国のモットーらしく、その頂点にいる人間だけに、今も鍛錬を怠らずに続けているのだろう。
肩幅も広く、服越しでも腕や足が筋肉で覆われて極太なのが分かる。
身長も玉座から立ち上がれば恐らく百九十センチ近くはありそう……巨体も手伝ってか、そこに座っているだけで、かなり相手に圧を与えている。
ちょっと……セリオットやヴェラッドの父親にしてはゴツいわね。でも顔だちはどことなく似てるかな?
エディアルド様が代表で挨拶をする。
「恐れ入ります、皇帝陛下。此度、我が弟アーノルドがハーディン王国の国王となり、私は公爵の爵位を賜りました」
「おお、これは失礼した。エディアルド公爵」
柔和な笑顔を崩さないまま、エディアルド様にそう言った後、ちらりと私たちの後ろで項垂れているヴェラッドの方を一瞥した。
「我が皇子が何やらご迷惑をおかけしたようで」
「大した迷惑は。ただ十数名の帝国兵士と、数百名ほどの傭兵たちに殺されかけましたが、すぐに片がつきましたので」
同じくらいにこやかに笑って答えるエディアルド様。
謁見の間に控える家臣たちはざわざわしているけどね。
……数百名の傭兵に殺されかけたことが大したことじゃないって、とんだ皮肉を言うものだと思っているんだろうな。でも、実際エディアルド様にとっては、魔族の戦に比べたら大したことじゃないのよね。
エディアルド様は今の言葉が、ユスティ帝国側にとって皮肉であり、圧にもなると踏んでわざと言っている節がある。
外交は相手国に弱みを見せたらいけないものね。
皇帝陛下もそんなエディアルド様を見て、感心したように顎をさする。
「成る程……愚かな第一王子の姿は偽りであったか。あのオリバー=クロノムが其方を気にかけるわけだ」
「いえ、愚かだった時期もありましたので、決して偽りではありませんよ。陛下は我が国の状況をよくご存知で」
「他国の事情を知っておくことは、君主の嗜みであると余は思っている」
「左様でございますか。私も是非見習いたく思います」
少なくとも皇帝陛下はハーディン王国が、クロノム公爵中心に動いていることを見抜いているみたいね。
互いの本音は奥底に隠し、笑顔の仮面を纏い駆け引きをする……エディアルド様と皇帝陛下のやりとりは狐と狸の化かし合いのようにも見えた。
ユスティ帝国の臣下たちは呆気に取られているわね。
皇帝陛下に臆することなく、言葉をかわすエディアルド様の姿に。
もし押しの弱い若者だったら、口車に乗るか、皇帝の圧に負けて、会話の主導権を向こうに持って行かれていた所だろう。
『あの若さで我が皇帝とやりあうとは……エディアルド公爵がもし国王になっていたら、ぞっとするな』
『あの横暴なヴェラッド皇子を捕らえてくださって、有り難い限りじゃ。誰もあの皇子を止める事が出来なかったからの』
『出来れば我が国に留まっては貰えないだろうか……次期皇帝陛下を支える臣下としてお迎えしたい』
その場にいる臣下がエディアルド様に好意的なのは、第四皇子であるセリオットの命を守ったこともあるのだろうけど、横暴だったヴェラッド皇子を懲らしめてくれたことに、感謝の気持ちもあるようだった。
もし今後、エディアルド様が本格的にハーディン王国から追放されたとしても、ユスティ帝国に亡命することができそう。
ひとしきりエディアルド様と会話を交わした後、皇帝陛下は笑顔の仮面を外し、ヴェラッドの方をじろりと睨み付けた。
「ヴェラッド、あれほど言っていたではないか。勝手に近衛兵たちを持ち出すことは許さぬ、と。しかも、隣国の王族を殺そうとするとはな」
「ち……父上は此奴の言うことを信じるのですか!? 私は不当にもこのように縛られて身動きが出来ぬ状態です。 このような狼藉を働くような愚かしいエディアルド=ハーディンの言うことを、何故疑いもなく信じるのですか!?」
さっきからエディアルド様のことを愚かしいと罵っているけど、あんたがやっていることの方がよっぽど愚かしいわよ。異母弟であるセリオットを殺す為に、冒険者や傭兵を雇って、しかも近衛兵まで勝手に連れ出して。
皇帝陛下はその表情に影を落とし、重苦しい声を洩らす。
「ヴェラッド、お前は今までやりすぎた……第二皇子、第三皇子を殺したのに飽き足らず、第四皇子であるセリオットを探し出してまで殺そうとするとは」
「……っ!?」
ヴェラッドは愕然とする。
第二皇子も第三皇子の死も、自分が関与した痕跡は残していない筈だものね。
第四皇子のセリオットの件だって、皇帝の耳には届かぬよう外部の人間を使って片を付けようとしていた。
自分が皇帝になる為に、兄弟たちを殺すなんて。これで皇太子候補となる兄弟がもっと多かったら、悪女キアラのような大虐殺をしていたのでしょうね。
「第二皇子や第三皇子の死にはあまりにも不審な点が多かった故、ずっと調べてきた……国中調べた甲斐があり、お前の部下に毒薬を売った人間、第三皇子の殺害をお前から依頼されたと証言する者を見つけた。探すのに苦労したぞ」
「そんな……無実です!恐らくそれは何者かがでっち上げた証人です」
もちろん即座にヴェラッドは否定した。
恐らく彼は毒薬を売った人間も、第三皇子殺害を依頼した者も始末している。ヴェラッドは自信満々に主張していた。
「ふむ……誰がそのような証人をでっち上げたのか心当たりはあるのか?」
皇帝陛下は少し哀れみの眼差しをヴェラッドに向けた。
息子を信じたいという気持ちもあるのかな?
もう少し強く糾弾して欲しいところだけど。
自分に理解を示してくれていると思ったのか、ヴェラッドは安堵の表情を浮かべる。
「そ、それは分かりません。ですが、違法薬売人も、盗賊も俺は知らない。そんなのとは一切関わっておりません!!」
「余は別に違法薬売人とも、盗賊とも言ってはおらぬ」
「!?」
思わず洩らしてしまった言葉に、ヴェラッドは慌てて口をつぐむ。
皇子殺害に関与した人間は、とっくに始末している筈なのに、生きていると聞かされ、ヴェラッドは焦っていたみたいね。けれども皇帝陛下が自分の主張に理解を示した態度をとったので、気が緩んだのかしら。
その油断が余計な言葉を洩らしてしまうことになる。
証人が本当に見つかったのかどうかは、私たちには分からない。売人や盗賊にも犯行に関わった仲間が生き残っていた可能性もあるだろうし。皇帝陛下はヴェラッドを自白させる為にカマを掛けた可能性もある。
どっちにしても、ヴェラッドは油断をして余計なことを言ってしまった。
皇帝陛下は哀れみの表情から、非情な断罪人の顔になる。
「お前に無理矢理ピアン遺跡に連れて行かされた近衛兵達からも証言は得ているし、お前が雇った冒険者たちも自白している。まさか、城外の傭兵や冒険者を多数、金で雇っていたとはな。その金はどこで捻出した?」
「……っっ!!」
「宝物庫の宝もいくつか無くなっているという報告をうけている。それにお前に寝返った我が宰相ゴートリーも、お前の企みを白状している」
「そんな……馬鹿な……」
一番頼っていたであろう宰相が捕らえられた、という報告は余程ショックだったみたいね。
ヴェラッドの顔色は青白くなり、極寒の地にいるかのようにガタガタと身体を震わせていた。