第131話 小さなドラゴンたち~sideクラリス~
「アドニスたちのことじゃありません。私が育てた子供たちです」
「子供?」
一瞬、ワケアリの養子でも迎えたの? ? と思っていると、コーネット先輩は指で口笛を吹きはじめた。
仲間というのは人間じゃないみたい。
それにしてもコーネット先輩は、口笛が上手なのね。ずっと聞いていられるくらい聞き心地がいい。
思わず口笛のメロディーに聴き入ってしまっていた時。
ぴぃー!
ぴぃぃぃー!!
ぴぃー!
ぴぃぃぃー!
ぴぴぴぃぃ!
鳥の雛とよく似た鳴き声が上から聞こえてきた。
見上げるとそこには丸っこくて小さなドラゴンが五匹、こちらに降りてきた。
子供のドラゴン?……それにしては体型がずんぐりしてて丸っこい。
可愛らしい縫いぐるみのようなドラゴンだ。
「学園のダンジョンで拾った卵から生まれた子たちです」
「ということはレッドの兄弟!?」
「ええ。人工孵化のせいか、親の乳を飲んでいないせいなのか、あるいはそもそも違う種類のドラゴンだったのか原因は不明なのですが、すくすくと小さく育ちました」
う、うーん。何だかレッドをデフォルメ化したような子たちね。
ミニドラゴンたちはピアン島まで着いてきていたみたいで、ダンジョン近くの森で密かに待機していたらしい。
コーネット先輩が口笛を吹くと、いつでも駆けつけるように教えられているみたい。
ミニドラゴンたちはコーネット先輩の指示に従い、五匹で私の両手、両足、それから腰をささえ、そのまま飛び始めた。
すごい、どんどん上へ上がって行く。
小さなドラゴンに運ばれ、私は無事に穴の外へ出られた。
同じように、他のメンバーもミニドラゴンたちによって無事に穴からでることができた。
「まぁ、瞬間転移という方法もあったのですが、序盤から魔力を消費したくはありませんからね」
コーネット先輩の言葉にエディアルド様は目を丸くする。
「瞬間転移って、魔族が人間の世界に移動するときに使うアレか? そんな魔術が使えるなんて知らなかったぞ」
「自分自身を移動させることもできますが、対象物を移動させることもできますよ。ただ、魔力が低い人間が使うと意識不明になることがあるので、危険魔術として認定されているのです。それに遠方移動の場合、行ったことがない場所にはたどり着けません」
そういえば、エディアルド様と一緒にシャーレット家の邸宅へ来た時は、フライングドラゴンに乗っていた。
邸宅に来たことがなかったから、瞬間転移は使えなかったのね。
コーネット先輩はさらに続けた。
「危険魔術は、普通の魔術書には書かれていませんからね。私も危険魔術使用認定試験を受けて、ようやく使うことが許されています」
「興味深いな。後で詳しく教えてくれ」
「もちろんです」
目をキラキラさせ、コーネット先輩の顔を見るエディアルド様。危険魔術使用認定試験に興味津々といった感じね。
前世で言えば、危険物取扱者試験みたいなものかしら?
そんな資格があるなんて、私も知らなかったわ。
エディアルド様は、コーネット先輩に尋ねた。
「もしかしてコーネットも魔族の大陸へ行こうと思えば行けるのか?」
「いいえ。次元を越える瞬間転移は人間が保有できる魔力では無理です。ですが近距離の瞬間転移であれば、多少魔力は使いますが可能ですよ」
「じゃあ、もしダンジョンに迷って出られなくなったら、瞬間転移魔術を使えばいいわけか」
「はい。でもちゃんと全員転移させるだけの魔力を残しておかないと駄目ですけどね。移動人数が多いほど魔力の消耗も激しいですから」
ということは、やっぱりいざという時は、ボニータが救助隊を連れてくるのを待つか、あるいはデイジーたちにクロノム家から救助を呼んで貰うことも考えておいた方が良いってことね。
まぁ、魔力を回復する万能薬も沢山持ってきているし、そこまで追い込まれる事態にはならないと思うけど。
「今度は周りにボタンが無いか注意しろよ」
「分かってるって」
小説では勇者たちを案内したセリオット。でも現実は、ダンジョンの中身を知り尽くした幽霊じゃなくて、ダンジョンに初めて挑む一冒険者だものね。
またもや分かれ道があったので、とりあえず右を曲がってみると行き止まり。
でもそこにはいくつかの木箱が置いてあった。古代人が置いたものなのかな? 木箱は人の背の高さほどあるキューブ型だ。
開けてみると赤や青、黄色など色んな色の魔石が大量に入っていた。
目を輝かせたのはコーネット先輩だ。魔石の専門店に入り浸ることもあるくらい魔石マニアだもんね。
「お前たち、これを外に運び出しておいてくれるか?」
コーネット先輩が小さなドラゴンたちに命令すると、五匹は張り切った声をあげた。
ひょいっと小さくて短い手で大きな箱を持ち上げ、もう一匹のドラゴンの頭にそれを乗せる。
小さなドラゴンは頭に巨大な箱をのせ、パタパタと出入り口へ飛んでいく。
他のドラゴンたちも同様に箱を運ぶ。
見かけによらず尋常じゃないパワーがあるみたいね。石を詰め込んだ木箱を軽々と持ち上げるなんて。
大きなサイコロみたいな箱を小さなドラゴンが運ぶ光景はシュールね。デイジーたちもびっくりするだろうな。
小さなドラゴンたちは小一時間ほどしたら作業を終え、私たちの元にもどってきた。
その間に私たちは先を進んでいたけど、魔物達が次々と行く手を遮っていた。
「チィィィーー!!」
「チィィィィ」
「チュイィィィー!」
襲ってきたのはネズミ型の魔物。ネズミとはいっても小さなネズミではない。日本にもいた巨大ネズミ、ヌートリアより一回りは大きい。
セリオットが鞭を振るい、数頭のネズミたちに電撃をくわえる。鞭には雷の魔術が発動するよう柄の部分に魔石が埋め込まれている。
エディアルド様は感心したように言った。
「やるな、セリオット」
「まぁな」
残ったネズミたちも、ウィストとソニアによって倒された。
続けざま、アジュルバット――蝙蝠型の魔物が集団で襲ってきた。
「メガ・ライトニング」
エディアルド様が呪文を唱えると全ての蝙蝠達が、雷によって打ち落とされた。
すごい……これだけ沢山の魔物を一掃するなんて。
ますます魔術の腕が上がっているわね。
行く先々で魔物達が襲ってきたけれど、階段を降りて地下に来たところで、生き物の気配はしなくなった。
しかし魔物の気配がないからといって、安心してはいけない。小説では確か毒の水たまりが行く手を塞いでいたせいだって書いてあった。
毒、というより、もの凄く強力な硫酸のような感じ? セリオットが水たまりに片足をつけたら、ジュウウウと音がしたのである。
慌てて足を離すと、革靴の底が少し溶けている。
幸い靴が厚底だった為、足に害はないが微妙に靴の高さが変わってしまったらしい。
「メガ・クリアード!」
私は、清浄魔術を唱える。
すると水たまりは、薄紫がかった白い光に包まれて、そのまま蒸発した。
よし、今度怪しい水たまりが道を塞ぐようなら、とりあえず綺麗にしちゃえばいいわね。
「あ、これは魔物よけの腕輪です」
「これは魔物寄せの腕輪ですね」
ソニアとウィストがダンジョンに置いてある宝箱の中身を確認する。
このダンジョンは何度も分かれ道の選択があって、選択を誤ると行き止まりになるのだが、その行き止まりの地点に貴重なアイテムが置いてあることもあるので、間違えることも悪いことじゃないみたいね。
「おおお、このダイヤ凄い!」
次の行き止まりで見つけたのは、おおよそ二百カラットくらいはあるんじゃないかと思う、ダイヤモンドだ。
「そいつはお前が持っておけ」
「いいのか?」
「本来はお前のものだからな」
「?」
エディアルド様から聞いた外伝の話だと、ヴェラッドはセリオットの死を確認する際、彼が手に持っていたダイヤモンドを奪い取った。ヴェラッドは皇室の人たちにそれを見せつけ、試練を果たしたことを主張したらしいの。
そのエピソードを知っちゃうとね、ダイヤモンドをセリオットに持っていてもらいたい気持ちはよく分かる。
私たちの目的はダイヤモンドじゃないから――もちろん金銀財宝はあった方がうれしいけど。そのダイヤモンドは数あるお宝の一つにすぎない。小説の通りであれば、一番奥の部屋にもっと沢山のお宝が眠っている筈だから。
時々、前の冒険者たちが持って帰ったのか、既に空になっているハズレの宝箱もあったりするけれど、宝物を探すワクワク感もあって、私たちはダンジョンを満喫していた。
「あ、今度は頑丈そうな宝箱だ!」
セリオットは嬉しそうな声をあげる。
次なる行き止まりには、重厚な宝箱が置いてあった。
何だかレアなアイテムが入っていそうな予感がするわね。
大きな錠がかかっているけれど、鍵はどこにあるのだろう?
「よし、こいつの出番だな!」
セリオットはウエストバッグから一本の針金を取り出した。そして錠の鍵穴を覗いてから、針金を曲げて、カチャカチャと鍵をあける。
……うん、前世だったら完全にピッキングって奴だわ。
しばらくして錠はカチッと音を立てて開いた。
ゆっくりと宝箱を開けると、そこには一冊の古びた本があった。
「なーんだ。本かよ」
詰まらなそうに口を尖らせるセリオット。
宝箱に入っているということは、貴重な本であることは確かね。
分厚く、金糸が入った布の表紙。古代人の宝にしては新しいわ。
表紙の裏にはサインが書いてある。
セイラ=ライネル
あ、まさかクリア・フレムの書!?