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第128話 オペラ鑑賞④~sideエディアルド~

「次の劇は、禁断の恋の話だな。敵対している貴族の娘と息子が恋に落ちる話だ。母上もお気に入りの話なんだよな」

「ロミオとジュリエットのようなものですね」

「こっちの劇は家同士が和解して結婚するというハッピーエンドだけどな」

「ああ、よかった。今度は安心して見られそうです」


 クラリスはホッと胸をなで下ろす。

 次の劇のタイトルは『許された恋』

 さっきの話は特にクラリスの胸を締め付けるような話だったから、今度はハッピーエンドで終わってくれる物語で良かった。

 休憩時間が終わり、再び劇場内が薄暗くなる。

 先ほどと同じように、中央に女優が現れる。金髪と碧眼、肌の色は艶やかな褐色。先ほどのキアラ役の女優とは違い、とても明るい雰囲気だ。

 主人公の令嬢カレン=キュセアだ。

 続けて護衛騎士役であるノートも現れる。

 こっちは見るからに冴えない感じの俳優だが、よくよく見ると顔は端正だ。役柄によっては、鮮烈な役も演じられるのかもしれないな。

 美しい令嬢を演じる女優は、一人の男性のことを思い、歌を歌いはじめる。



 私はあの人を愛しております。

 心の底から愛しているのです。

 できることなら、死ぬときも一緒でありたい。

 だからもしも私が死んだ時には、

 あなたがあの人を殺して欲しい。


 女優は護衛騎士役である俳優の胸を指差し、軽く睨んでみせる。

 驚く護衛騎士に、令嬢はくすくすと悪戯っぽく笑う。


 うふふふ、それは冗談です。

 あの人のこと、本当に愛しているのです。

 だから私が死んでも、どうか死なないで欲しい。

 私のことを忘れて幸せになって欲しい。

 あの人の幸せは私の幸せだから。


 令嬢は秘めたる思いを幼なじみの護衛騎士にだけは教える。

 護衛騎士のノートはカレンに思いを寄せていたが、その気持ちを抑えて彼女の恋に協力する。

 一方、令嬢の想い人である令息、クレスタ=モルンドもカレンへの想いを幼なじみのメイドだけに告げる。メイドであるサニーは、クレスタに恋心を抱いていたが、自分の想いを秘め彼の恋の協力者となる。

 カレンとクレスタの恋愛だけじゃなく、脇役のノートとサニーの恋の行方も見所だ。お互いの秘めたる想いに共感し、同情し、やがてそれが本物の恋に変わるという。

 二人が互いの想いを自覚したのは、サニーが熱で倒れた時だ。

 ノートは危険を顧みず、敵の貴族の敷地内に侵入し、サニーに会いに行く。


「ノート、何故……此処に来たらあなたが」

「どうしても心配だった。昔、身内が高熱で苦しんで亡くなっているから」

「わ、私は大丈夫です。ああ……ノート。あなたに会えてうれしい」

「サニー……」


 母上お勧めの胸キュンシーンだ。

 ふとクラリスを見ると、頬は紅潮し目はキラキラしている。

 クレスタとカレン、ノートとサニーは互いに協力しながら、密かに逢瀬を重ねるようになるが、四人の逢瀬は、両家の使用人に見つかることとなる。

 四人が両家の騎士たちに囲まれる中、キュセア家の侯爵夫人と、モルンド家の侯爵夫人が舞台の前に出てアリアを歌う。ベテラン女優二人の二重唱だ。


 ああ、私たちは何て罪なことをしたのでしょう。

 無意味な争いをしたばかりに、恋人達を引き裂こうとしている。

 私は娘を悲しませたくはない。

 私は息子を悲しませたくはない。


 どうか恋人たちに祝福を。

 母の思いを聞き届けてくださいませ。



 夫人たちの熱意に、侯爵達はついに折れて和解の会議を開くことを約束する。


 劇の最後は、カレンとクレスタが抱き合い、それを見守るノートとサニーも肩を寄せ合うシーンで幕を閉じる。

 クラリスは嬉しそうに舞台に向かって拍手を送っていた。

 良かった、楽しんで貰えたみたいだな。

 後で知った話だが、マリベールのオペラは二本立てで公演することが多く、最初は悲劇、次は喜劇、もしくはハッピーエンドが約束された話をもって来るのがお約束らしい。


「あー、カレンとクレスタが結ばれて良かったですわ」


 帰りの馬車でデイジーはうっとりとした表情を浮かべていた。クラリスはうんうんと頷いていた。


「ノートとサニーの恋の行方もハラハラしましたね。お互いの気持ちに気づくまでがもどかしくて」


 クラリスは頬を紅潮させ、声を弾ませる。

 女性二人は、舞台の恋バナに花を咲かせていた。

 二人ともやはり『許された恋』の方がお気に入りのようだ。

 キアラの舞台も見応えはあったが、話題にはしにくい。そもそも悲劇の話は盛り上がりにくいし、クラリスの家庭環境と被るところもあるからな。

 舞台は多少脚色されている所もあるのだろうが、キアラという人物はあの女によく似ている。

 息子を王にするために、俺を殺そうとしたテレス=ハーディン。

 まぁ、キアラに比べたら可愛いものだが、舞台を見ていたら何故かあの不快な顔を思い出して仕方がなかった。

 俺にとってもあの劇は気分がいいものじゃなかった。


 ◇◆◇


 ホテルの部屋に戻る前に、俺はクラリスを屋上にある庭園へと誘った。

 さすがにトリプルデートでは、デートした気にならないからな。

 ユスティの建物は、屋上が庭園になっていることが多い。

 ウィリアムホテルの庭園には、花壇に南国の植物が植えられていた。

 夜でもライトアップされていて、庭園はとてもロマンチックな雰囲気だ。


「星が綺麗だな……」

「本当に。こっちの世界のお月様も、前世と同じように見えますよね」

「ああ、今日は綺麗な満月だな」


 原作の小説に月の描写があったかどうかは、さすがに忘れたが、作者は多分、月の設定を前世と同じにしたのだろう。

 月を眺めながら、クラリスの表情にはどこか陰りがあった。

 小説の内容を知っている彼女にとって、未来への不安は常につきまとう。

 俺も同じ気持ちだ。

 あと半年もすれば、魔族たちが攻めてくる。

 いや、半年よりも早いかもしれない。


「時々、怖くなるの……」

「そうだな。この先のことを考えると」

「もちろんこの先のことも不安よ? でも一番怖いのは、エディーを失うことなの」

「クラリス……」


 クラリスはその時、俺の胸に飛び込んできた。

 その身体は小刻みに震えている。

 時々、何もかも投げ出して、クラリスの手を取って逃げ出したくなる時がある。

 貧しくてもいいから、人知れず二人で暮らしたい。

 だが、魔皇子ディノを放置しておけば、ハーディン王国だけでなく、全世界が瘴気に包まれた世界になる。

 そして瘴気により凶暴化した魔物たちに町や村は踏みにじられ、魔族が王となる世界になる。


「エディー、どうか私を一人にしないで」

「……っっ!?」


 俺はクラリスの身体を抱きしめる。

 愛しい気持ちが溢れる。今の彼女もまた、この細い身体で多くのものを背負ってきている。

 俺は最初、王族の一人として能力のある君を、味方に引き入れることを考えていた。

 噂通りの我が侭娘だったら、教育し直して、国を守る人材として育てる――そう考えていた。

 ところが、いざ君と出会った時、噂とはほど遠い人物であることを知った。

 俺と同じように、生きるために多くのことを積極的に学ぶ努力の人。

 優しくて、芯の強い女性……時々、俺の前では弱気になるところもあって。

 俺はクラリスの顎を持ち上げ、そっと唇を重ねた。

 ほのかに甘い香りがする、柔らかな唇だ。


「エディー……」


 一度唇を離すと、クラリスは顔を赤らめ、潤んだ瞳で俺を見つめていた。

 可愛すぎる……もう一度、キスしたくなる。

 俺はクラリスの頭に手を回し、もう一度唇を重ねる。

 自分でも長いキスだと分かっている。だけど、一秒でも長く触れ合っていたい気持ちだった。

 クラリスは、愛しい恋人であり、俺の婚約者だ。本当は宝物のように、大切に隠しておきたい。

 だけど彼女は、そんな俺の気持ちを読んだかのように、強い口調で言った。

「あなたが戦う時は、私も一緒ですからね」

 ……分かっている。彼女自身、守られるだけの女性じゃないことくらい。

 そんな君だからこそ、俺は好きになったんだ。

 誰にも手出しできないよう、クラリスを隠してしまいたいという気持ちはある。だけど、反対の立場なら、俺も君と同じことを思うだろうから。


「大丈夫だ。俺は君を一人にしない。その代わり、君も俺を一人にしないで欲しい。君が戦う時は、俺も一緒だ」


 



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