第119話 悪役王子と鍛冶職人~sideエディアルド~
鍛冶職人 アブラハム=ロックス
伝説の勇者の剣を作り上げたロックス一族の末裔だ。
そして魔石を掛け合わせた剣を作り上げることができる唯一の鍛冶師。
セリオットはまじまじとこっちを見て尋ねてきた。
「ハム爺さんのこと知っている奴って限られているんだけど、あんた何者なんだ?」
「俺は観光客のエディーだ」
一応ファミリーネームは伏せておく……向こうだって名前しか名乗っていないし。
「観光客ねぇ」
セリオットは肩をすくめてから、踵を返して自分についてくるよう、親指で店の出口の方を指差す。
俺は皆に言った。
「皆は買い物を続けてくれ。俺はちょっと鍛冶屋に行ってくる」
「エディアルド様、私も参ります!」
クラリスが俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
こ……これは!? ひ、肘に胸が当たっている!?
何ともけしからん、柔らかな感触に俺はドキドキとする。
なんとか平静を装いながら、でも少し上ずった声で言った。
「く、クラリス。君が鍛冶屋に行っても面白くないだろ」
『エディアルド様、でも、初対面の人に着いていくなんて危ないじゃないですか』
セリオットには聞こえないよう小声でクラリスは言った。
……ん?
クラリスはセリオットのエピソードは覚えていないのだろうか。
まぁ、俺も小説の隅から隅まで覚えているわけじゃないからな。
セリオットがそんな俺たちを見て茶化すように言った。
「おいおい、お前らのデートに付き合う予定はないぞ」
「で、で、デートじゃありません! 思わず掴んじゃっただけですから!!」
クラリスは顔を真っ赤にして否定をした。
俺はそんな彼女に耳元に唇を寄せ、小声で尋ねる。
『君はピアン遺跡の幽霊の話は覚えていないのか?』
『幽霊のセリオット=クラインが出てくる話ですよね?……あ、そうか』
どうやら思い出したみたいだな。
セリオットのフルネームも思い出したらしく、クラリスもまた腕のバングルを確認する。
彼女も目の前に居る人物が、幽霊セリオットであることを確信したようだ……まだ幽霊じゃないが。
「うふふ、クラリス様はエディアルド様と離れたくないのですね」とデイジー
「あんたたち、鍛冶屋に行かずに神殿に行ったら?極秘結婚しちゃいなよ」とヴィネ
デイジーやソニア、ヴィネの女衆は、意味深な笑みを浮かべていた。……やめろ、目と口を三日月のような形にするのは。
三人の視線にクラリスは自分が俺の腕に抱きついていることに、ようやく気がつき、顔を真っ赤にしてその場から離れた。
ウィストが恥ずかしそうに申し出る。
「あー、自分は護衛した方がいいでしょうか? 遠くで見守っておくこともできますが」
「護衛はお願いします!! デートじゃないんで!!」
クラリスは顔を真っ赤にしてウィストに怒鳴っていた。
その様子もまた可愛くて、俺は思わずクスクス笑った。
そしてクラリスの肩に手を置き、皆には聞こえないように囁いた。
「クラリス、あとで本当にデートしようか」
「!!!???」
クラリスは顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。
クドいようだが、本当に俺の婚約者は可愛い。特にその恥ずかしがっている顔がたまらない。
ジュリ神よ、今世はリア充であることに感謝する!
俺の信仰心ボルテージがこの時だけは爆上がりしたのだった。
結局、俺たちの護衛には、ウィストとソニアが付いて来てくれることになった。ちなみに、デイジーたちにはクロノム家の護衛が密かに見守ってくれているので心配はない。
あの親馬鹿狸親父は、過保護だからな。選りすぐりの護衛たちをクロノム兄妹――どっちかというと、デイジーのために付けていた。
店の外には路地裏や屋根の上、あと客の振りをして二人をガードしているクロノム家の護衛があちこち見かけることができる。
「あんたたち用事が済んだら、しばらく帰って来なくてもいいんだよ?」
そのままデートへ行けってか。ソニアやウィストもいるのに、そこまでイチャつけるわけないだろ……ん? もしかしてWデートしろってか? ヴィネは妙にお節介な所があるよな。
皆の暖かい眼差しと声援(?)を受けながら、俺たちは気恥ずかしい気持ちのまま、武器屋を後にするのだった。
◇◆◇
鍛冶屋ロックス
武器屋トト・ノエルから歩いて十五分、メインストリートを抜けた路地裏にあるやたら堅牢な建物。前世で言うコンクリート打ちっぱなしの建物に近い。この世界にはコンクリートはないけど、それに似た素材で建てられているのかな?
鉄で出来た重たいドアを開くと、そこには小柄な壮年の男が安楽椅子に腰掛け、新聞を読んでいた。
浅黒い肌に尖った耳、眼鏡というよりは溶接用のゴーグルに近いものをかけており、ひっつめにしてポニーテールにした髪の毛は斑一つ無い真っ白な白髪だ。
「ハム爺、お客さん連れて来たぞー!!」
「ぶあっかもん! 儂の名前はアブラハムじゃ!! 勝手に略すな!!」
俺たちは思わず耳を塞いだ。鼓膜にビンビン響くぐらい大きな怒鳴り声だったのだ。
どうやらハム爺というのは、セリオットが勝手に呼んでいるあだ名らしい。
正式名はアブラハム=ロックスだ。アブラハムのアブラを省略したんだな。
へぇ、この人が、勇者の剣を作りだしたロックス一族の末裔で、数々の名剣を生み出した鍛冶師か……お約束なくらいに偏屈そうな爺さんだな。客が来ても何処吹く風といった様子で新聞を読み続けている。
セリオットは俺の方を指差してアブラハムに言った。
「この人が魔石で剣を作ってほしいんだってよ」
「あーん? どこの金持ちの坊々じゃ。生半可な魔石じゃ剣はつくれんぞ」
こっちの顔をちらっと見てから、ハム爺……じゃなくて、アブラハムは新聞に視線を戻した。
小説によると、アブラハム=ロックスは自分の満足した素材を用意しないと、剣を打たないそうだ。四守護士たちはアブラハムが満足する素材を懸命に探し出すんだよな。
もちろん俺は前もってちゃんと用意してきたけどな。
最高の素材を。
俺はアブラハムの元に歩み寄り、皮の袋からソフトボール二つ分の大きさの魔石を取り出す。
虹色に輝く透明な魔石。
学園のダンジョンの中にあったドラゴンの寝床で採掘したレア中のレアの魔石だ。
「こ、これは……虹色魔石」
「別名ドラゴンネストと呼ばれる魔石だ。竜の寝床でしか採掘することができない」
魔石の採掘が難しいのは、そこが魔物の住処だからだ。そしてこの虹色魔石は、S級クラスの冒険者でも倒すのが難しいと言われるドラゴンの住処でしか採ることができない。レッドドラゴンはその中でも最強の強さを誇る。そいつが寝床になった場所は、極上の魔石が眠っていたわけだ。
「儂でも本物は初めてみたぞい」
ゴーグル越しに目を凝らし、アブラハムは息を飲んだ。
虹色魔石はドラゴンの寝床にしか存在しないので、採取が難しい。かつてSクラスの冒険者が虹色魔石を求めてダンジョンに挑戦したらしいが、成功した者は誰一人いないといわれている。
俺たちの場合は寝床にいたのが子供のドラゴンだったから対処できたが、大人のドラゴン相手だったら、どうなっていたか分からない。
しかも大きな塊として発見されるのは稀で、この魔石で剣を作るなど奇跡なのだ。
そう、この魔石は奇跡そのものなんのだ。
「こ、この魔石を儂に打たせていただけるのですかなっ!?」
さっきまで横柄だったのに、いきなり敬語っぽくなったな。
何つー現金なじーさんだ。
大きく頷いて魔石を渡すと、アブラハムは震えた手でそれを受け取った。
「ふむ、この魔石と“エディーメタル”をかけあわせれば、とてつもない剣が作り出すことが出来るぞい」