第118話 軍事国家ユスティ帝国~sideエディアルド~
俺の名はエディアルド=ハーディン
元々ハーディン王国の第一王子だったが、現在は弟のアーノルドが国王に即位したので、公爵という身分になった。
ま……公爵といっても名ばかりで、俺が治める領地はウェデリア島という名の無人島だ。
王族ではあるけれど、実質追放状態なので政治に関わることもない。無人島なので領地経営をする必要も無く、よく言えば自由気ままの身になった俺たちは学園を中退し、ユスティ帝国へ行くことになった。
最初は俺とクラリスだけで行くつもりだったが、学園の友人や師匠たちも付いていくことになって、とても賑やかな団体旅行になっていた。
俺たちは今、ウィリアム家の商船、グレンシア号に乗っている。
「船だ、船だー!!」
「こら、ジン。飛び跳ねたら危ないよ」
船の手すりを掴み、飛び跳ねるジンの肩を、ヴィネが軽く叩いて言った。
ジンが興奮するのも無理はなく、この船は船員四百人を収容できる巨大商船。
基本魔力とスクリューで動くが、帆船として動かすこともできるらしく、今は大きなマストが風を受けている状態だ。
船室はベッドとクロゼットくらいしか置かれていないが、なかなか広く快適だ。船に乗っている間は、今まで落ちついて寝られる時間がなかったので、ベッドの上でひたすら寝ていた。
船に揺られて半日。
到着先は隣国の港、マリベール港だ。
ユスティ帝国
ハーディン王国の隣国である世界屈指の軍事国家だ。
大陸南部に位置する帝都マリベールは、多くの商人や、情報屋、冒険者も集まってくる、いわゆる大都会。
エキゾチックな雰囲気の顔立ちと褐色肌。髪の毛は金髪か、白金、銀髪。目の色は青か緑色の人々が多い。
隣国なんだけど、肌の色や顔立ちも違うんだよな。
とはいっても、マリベールは、観光客や冒険者も多数出入りしているし、武器職人として働くドワーフ族も多いので人種の坩堝状態と化している。
建設技術も進んでいるのか、高層の建物も多い……もちろん前世の高層ビルよりは断然低い。前世の建物に例えると八階建てのマンションくらいの高さだな。
そして数多くのブティックや宝石店、土産物屋が並ぶメインストリートをスルーし、俺たちが来たのは裏通りに店を構える武器屋だ。
武器屋 トト・ノエル
案内人のジョルジュが言うには、知る人ぞ知るマリベールで一番品揃えが良い店らしい。
古びた煉瓦造りの壁、出入り口は小さなドアだが、店の中は意外と小綺麗で広々としている。品物の種類によってコーナーが設けられていて、それぞれのカウンターに店員が立っている。
店員はいずれも小柄で、いかつい顔立ちのドワーフ族たちだ。
ソニアやウィストは目を輝かせ壁に飾ってある剣を見回している。
アドニスは拷問器具のコーナーを凝視している。……どの器具で罪人を追い詰めようか考えているのかと思うと、味方ながらに怖い奴だ。
コーネットとデイジーは爆薬などが置かれた薬のコーナーを見ている。あの魔物を退治するには、この爆薬の火力は足りないとか、物騒なことを呟くデイジーに、コーネットが同意しているという……あの二人はお似合いだな。
一方、ジョルジュ一家は魔術師グッズのコーナーを見ていた。ジンは星型の石が先端についた杖を手に取って目を輝かせる。
「パパー!!僕、この杖が欲しい」
「何でその杖がいいんだ?」
「だって星の形が格好いいじゃん」
「そうか。そいつは光の魔術を強化する杖だ。振っただけで光の粒子が出てくるらしいな。こいつが欲しいのか?」
「うん!!」
「よしよし、後で一緒に使ってみような」
ジンの頭を撫でるジョルジュは、すっかり父親の顔だ。
元宮廷薬師であるヴィネと元宮廷魔術師であるジョルジュが、実の息子同然に育てている少年、ジンは薬学だけじゃなく、魔術の才能もあるようで、炎の魔術は中級クラスの実力があるらしい。将来魔術師になるか薬師になるか、あるいは両方極めるか迷っているようだ。
「あんたはジンに甘いねぇ。この前も炎魔術増強の杖を買ってやっていたじゃないか」
ジンに甘いジョルジュに、ヴィネは少し呆れている。
杖を買って貰うのは今日が初めてじゃないのか。何かトレーディングカードを集めるノリで、魔術師の杖をコレクションしていそうだな。
ふとある武器が目に付いたので、俺は愛しの婚約者に尋ねた。
「クラリス、どうかな? この武器。俺に似合うと思う?」
「…………」
微妙なクラリスの顔。武器に似合うも何もないだろう、という彼女の心の声が聞こえてくる。
中央にドラゴンの正面の彫刻が施されたバトルアックス……格好いいけれど、少し重いな。
「これくらいの重量なら、狙い所によってはドラゴンを一撃で倒せると思うんだ」
「……ドラゴンを一撃で倒そうと考えている王子様は多分、貴方だけだわ」
そ、そうなのだろうか?
しかしだな、小説では黒い雷を落としてくるダークドラゴンも登場する。現実でも現れると思った方がいいだろう。幸い小説を読んでいるおかげであいつの弱点は分かっている。眉間の所にある第三の目だ。そこを狙えば一発で仕留められる。
「エディーって本当に不思議な人ね」
くすくすと可笑しそうに笑いながら、皆には聞こえないような小声でクラリスは言った。
……くっっ、可愛い笑顔だ。
ああ、何で俺は旅に出る前に式を挙げておかなかったのだろう?
結婚していれば、クラリスとあんなことや、こんなことも、そんなことも……いやいやいや、去れ!煩悩! そんな不純な動機で結婚を考えるなんて駄目だろ!?
ぶんぶんと首を横に振る俺に、クラリスは頭に?マークを浮かべたような表情を浮かべ首を傾げていた。
その時、誰かがつかつかとこっちに歩み寄って来た。
「そのバトルアックスは確かに巨大生物を倒すのには有効だけど、持久戦にはむいていない。今は軽々と持ち上げているけれど、三十分もしたら持つのがしんどくなるぞ」
……誰だ?
年の頃は俺と同い年くらいか。
多分、武器屋の客の一人なのだろうが、褐色の肌に金色の髪、そして瞳の色はこの国では珍しい紫色だ。
着ている服は毛皮のベストにノースリーブのシャツ、ゆったりしたズボン、腰には鞭と思わしき武器が腰帯に装着してあった、
「あのー、どちらさまで」
俺が怪訝な表情を浮かべ尋ねると、その若者はニッと人を好きにする笑顔を浮かべて自己紹介をしてきた。
「俺の名前はセリオット。一応これでも名の知れた冒険者だ」
「セリオット……」
マジか……セリオットって、あのセリオットか?
そういえば小説でも、この国の人間には珍しい紫色の目が特徴だって書いてあったな。
俺は彼の手首の部分に注目をする。
あった……!!
鷲の模様が描かれたワイドタイプの銀バングルを腕首に装着している。皇室御用達の防具職人が作り上げた一点物で、鷲の目の部分が紫魔石なのも小説と一緒だ。
間違いない。こいつは小説に登場した亡霊、セリオット=クラインだ。
……とは言っても、今の時点では、バリバリ生きているんだけどな。
幽霊になる前のセリオットにこんな所で出会うことになるとは、さすがに予想していなかったな。
あ、セリオットなら、あの鍛冶屋のこと、知っているかもしれないな。
「セリオット、この辺で良い鍛冶屋は知らないか?」
「うーん、どんな剣を作るかにもよるぞ? 職人によって作るのが得意な武器があるから」
「魔石を打てる職人だ。錬金術を心得た鍛冶職人がマリベールに住んでいると聞いてここに来たんだ」
「……っっ!!」
セリオットはかなり驚いたのか、目をまん丸にしてまじまじとこっちを見詰める。
魔石を打てる職人は、マリベールでもただ一人。
それを知っている人間もごく僅かだからな。
鍛冶職人の名前はアブラハム=ロックス。
運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~の外伝に登場するドワーフ族の鍛冶職人の名前だ。