第11話 悪役令嬢は悪役王子とお茶を飲む~sideクラリス~
私はクラリス=シャーレット。
着の身着のままで王族主催のお茶会に来てしまいました。
アーノルドの異母兄である第一王子、エディアルド=ハーディン殿下は、お父様が王室の許可も無く、私の代わりにナタリーをお茶会に連れて来たことに立腹し、正式な招待者である私をここにつれてくるよう父に命じたらしい。
私は継母や使用人を困らせる我が侭な令嬢として社交界には知れ渡っていた。
だからお父様にお茶会の会場に連れて来られた時も、周囲の貴族たちの視線はとても冷たかった。
だけどエディアルド様だけは、噂には惑わされず、私の姿格好や家族の態度を見て何かを察したようで、お父様に私がどのような我が侭を言ったのか厳しく問いただしてきた。
私は至極真っ当な態度で抗議しただけ。本当なら我が侭じゃないことを、我が侭だと言いふらしていたのだから、お父様は内心大いに慌てていたでしょうね。
エディアルド様の追求にお父様は周囲を納得させるような言い訳が見いだせず、あれよあれよと、私に向けられていた冷ややかな視線はお父様に向けられることになった。
そして今、エディアルド殿下は私の隣の席について、優しい笑顔でクッキーを勧めてくれるのだ。
小説の中のエディアルド=ハーディンはクラリスのことを内心とても嫌っていたし、社交の場では言葉も交わしたことがなかった。
こんな優しい笑顔浮かべるなんてこと……私は三十歳手前だった前世の記憶はあるし、知識もあるけれど、精神的にはまだ十七歳だ。
だから同い年の、すっごく綺麗な顔をした男子に笑いかけられたら、年相応にドキドキしてしまう。
そう、エディアルド殿下は読者からは馬鹿王子って呼ばれていたけれど、小説の主要人物だけに顔はすごぶる美形なのだ。
胸の高鳴りを悟られないように、私は勧められたクッキーを手に取る。
そして一口食べた……って、めちゃくちゃ美味しいっっっ!!さすが王族のお茶会に出てくるお菓子だけのことはある。こんなにサクサクとした繊細な舌触りのクッキー、前世でも食べたことがなかった。
あああ……もう口の中に溶けてしまった。
私は無意識のうちに目に涙を浮かべ、クッキーを噛みしめるように味わっていた。その様子をエディアルド様がじっと見ていたようで、私は急に恥ずかしくなって、声が裏返ってしまった。
「あ……っっ、く、クッキーがとっても美味しくて感激しました。お菓子元はどちらですか?」
「よっぽどクッキーが気に入ったんだね」
「は、はい……こんな美味しいクッキーを食べるのは初めてで」
「……」
エディアルド殿下はその時、複雑な表情を浮かべた。
あ、あれ? 私、変なことを言ってしまった?
だって王室が出してくれるお菓子だし、そんじょそこらのお菓子とは絶対違う筈よね?
も、もしかして違っていたのかな。
するとメリア妃殿下が頬に手を当てて、不思議そうにお父様の方を見た。
「このお菓子は貴族の間ではなじみ深いお菓子だと思っていたのだけれど、シャーレット卿、クラリスにはクッキーを食べさせたことがありませんの?」
「……いえっっ!!そのようなことは断じて。この娘は嘘をついているのでございます」
「嘘とは思えない反応だったけどね」
お父様の方こそ嘘をついているのだけど、エディアルド殿下には見事に見透かされているわね。
今にも干からびそうなくらい、顔をげっそりとさせているけれど、助け船は出さないわよ。
これまでの私にしてきたことを思えば、この父親は一度貴族たちに白い目で見られたらいいのよ。
「でも嘘だったとしても嬉しいな。だって凄く美味しそうに食べるから」
「……そ、そんな。嘘をついたわけではないのですが」
「ふふふ、分かっているよ」
う、美しすぎる笑顔……っっ!!
その笑顔を向けてくださるのであれば、もう嘘をついたってことでもいい……と一瞬だけ思いかけてしまった。
エディアルド殿下の笑顔、破壊力抜群だわ。目が合っただけで心臓が暴発しそう。
悪役とは言え、さすが小説の主要人物。
さりげなく俯いた私は、心を落ち着かせる為に紅茶を飲む。
エディアルド殿下はそんな私をじっと見詰めている……な、何? 優しい眼差しには違いないんだけど、何か観察されているような。
まるで入社面接の時の面接官のような目つきなのだ。
優しい笑顔なんだけど、何か見透かされているようなあの感じ。でも、たかだか十七歳の男の子が、そんな目で私のことを見るはずがないし、きっと気のせいよね。
「今年からいよいよ学校だね。君と同じクラスになれるといいな」
「そ……そうですね」
いやいや小説の主要人物と関わりたくない私としては、別のクラスの方が有り難いんですけど。
学校のクラスは成績順に決まるから何とも言えないわね。小説に登場するエディアルドは勉強が苦手だったみたいだけど、実際のところどうなのかしら。
長い春休みが終わると、私たちは学校へ行くことになる。
貴族、王族の子弟が通う王立ハーディン学園。
前世の学校とはシステムが違っていて、十七歳から入学が可能なの。
学問の他に魔術や剣術、社交ダンスを学ぶことになる。貴族子弟にとっては、王室に仕える為の職業訓練所、女性だったら社交性やマナーを学ぶ花嫁修業の場でもあるのだ。
ハーディン学園は一応三年制なんだけど、在学中に爵位を継ぐことになったり、結婚することになったりして、早期卒業する生徒も多い。
ちなみにエディアルド殿下とアーノルド殿下は同い年の異母兄弟だ。だから兄弟でありながら同じ学年。私とナタリーもそうなのよね。
学園生活の良いところは、希望者は寮で暮らせること!
もちろん私は希望したわよ。
実家からは通えないことはないけど、あんな家にいたくないから。
家族は特に反対していない。私のことなんかどうでもいいからね。
その代わり寮費は自分で何とかしろ、とは言われたけどね。その点はお母様の遺産があるから心配はないんだけど、入学するまで出来れば自分で稼げるようになりたいところだ。
ナタリーも王都で遊びたい理由から寮を希望していたけれど、彼女は両親から大反対されていた。
まぁ我が侭なあの娘が寮生活になじむとは思えないから、そこはお父様もお義母さまも全力で反対した方がいいと思うわ。私もあの娘と同じ寮にはいたくないし。
「君の特技は何? やっぱり魔術が得意なの?」
飲みかけていた紅茶を思わず吹き出しそうになる。やっぱり魔術って、どーゆー事!?
私、魔術が得意ですって自己ピーアールした覚えないんですけど!?
引きつりそうになる顔を何とか笑顔に変えて、私は小首を傾げてみせる。
「やっぱり魔術が得意、というのはどういうことでしょうか? 確かに多少心得はありますが、そのことを公表した覚えはないのですが」
「……えーっと、なんとなくそういう雰囲気だから」
何故かエディアルド様は明後日の方向を向いている。彼自身も変なことを聞いてしまった、と思っているのかな?
確かに魔術には自信があるけどね? 毎日、自分の部屋に閉じこもって、魔術書を読み込んで自主訓練した甲斐もあって、中級魔術くらいは使えるようになったわよ。
でも今の時点では魔術を使っている所を誰かにお披露目したことはない。
「魔術が得意そうって、何の根拠があって?」
「根拠はないけど、得意そうな雰囲気は漂わせているよ」
魔術が得意そうな雰囲気って何なのよ。
なーんか誤魔化されたような気がするんだけど、単に適当なことを言っているだけなのかもしれない。
私はそんな複雑な気持ちを表には出さず、とりあえず笑っておいた。そして気持ちを落ち着かせる為に、紅茶を一口飲む。
うん、ほのかに甘いミルクティー。そういえば、小説ではエディアルド殿下はミルクティーが好きだって描写があったなぁ。
実際のエディアルド様もミルクティーを飲んでいる。
色とりどりに咲く薔薇、白い煉瓦の壁に青い屋根、童話に出てくるようなお城の外観……本当に物語の中の世界にいるんだな、私。
現実じゃないような現実の世界……私、これからどうなっちゃうんだろ。