表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/182

第107話 信じる者は救われる(?)②~sideエディアルド~

 ハーディン城 北塔。


 北塔は犯罪を犯した疑いがある貴人を幽閉する塔だ。有罪が確定したらこの部屋から地下牢に行くことになる。

 三人は地下牢から解放され、北塔に案内されるという逆パターンだ。

 一階にあるその部屋は塔の中でも一番狭く、今は誰も使っていない。ここ何年も手入れもしていない部屋だが、貧民である彼らにとっては十分豪奢な部屋だった。

 まるで夢見心地でソファーに座り、アドニスとデイジーが持ってきた温かいお茶をのみつつ、お茶菓子のクッキーをばくばく食べる。


「それで第一王子の婚約者であるクラリス様が、聖女に害を為す悪女というのは本当なのかい? 僕にはとても信じられないのだけど」


 信者たちから事情を聞いていたアドニスは戸惑いの表情を浮かべてみせた。女性信者であるワンザ=ナーバリンは、かっと目を見開き声を荒げる。


「信じてくださいませ!!私たちは正義のために、あの女を殺さなければならないのです」


 ワンザの言葉に、俺は密かに拳を握りしめた。

 何が正義だ。

 寄ってたかって罪もない女性を殺そうとしただけじゃないか。

 何とかポーカーフェイスを保つ俺の横顔をちらっと見てから、アドニスはワンザに尋ねた。


「何の根拠もなくそんなことをしたら、君はただの人殺しとして世間に見なされてしまう。なぜ、あの方が悪女だと断定するのです?」

「だ……誰にも言うなと言われていたんですけど」


 しゃべりかけるワンザに坊主頭の信者、ツードが「おい」と止めようとする。するとデイジーが心配そうな表情を浮かべ、三人に声を掛ける。


「あなたたちが悪い人に騙されているのでは? クラリス様はとても優しくて美しい方ですわ」


 その言葉に女性信者が激しく首を横に振り、テーブルを両手で叩きつけた。

 上目遣いでこちらを見る眼は充血していて、悪霊にでも取り憑かれたかのようだ。


「あなた方の方こそ騙されているのです! あの女は悪女! 存在そのものが罪なのです!! 生かしてはならない存在なのです」


 ――――俺はお前らを生かしたくないけどな。今すぐ殺してやりたい。


 存在そのものが悪って、何なんだ!?  

 悪にならない為にクラリスがどれほど努力をしたのか知りもしないくせに。

 俺は自制心をフルに働かせ、急激に突き上げる殺意をひた隠し、目を閉じて彼女の訴えを聞くことにする。

 坊主頭のツードもワンザに続いて訴えてきた。


「他ならぬ聖女様ご自身が我々に訴えたのです。どうか助けて欲しい、クラリス=シャーレットから私を守って欲しいと」

「まぁ!! あの聖女様本人があなた方に訴えたのですか!?」


 デイジーは頬を両手で押さえ、少しばかり大袈裟に驚いた声を上げた。

 もう一人の男性信者である、小柄で痩せぎすのスリートは大きく頷いて、力強く言った。


「間違いありません!! もし聖女様が偽物なら神官様が神殿に案内する筈がないですし。私は遠くからですが聖女様のご尊顔を拝しております。あのように美しく、愛らしい女性を聖女様と言わず、何というのでしょう」

「そうだったのですね、よくぞ知らせてくださいました」


 デイジーはとても真剣な目で痩せぎすのスリートを見詰め、両手を軽く握った。

 おい、兄ちゃん。美少女に手を触れられて、デレデレすんな。

 美しく愛らしい聖女様はどうした?

 敬虔な聖女の信者と名乗るなら、もう少し毅然としていてもらいたい所だ。


 しかし、これでミミリアが信者達に、クラリスが悪女であることを吹聴したことは確定したな。それが彼らにとっての“根拠”だったのだ。

 ここにいる信者達には、第一段階の罰を受けてもらうことにしよう。


「アドニス、三人を聖女様の元にご案内しなさい。あの方にはまだ信頼出来る侍女と使用人がいなかった筈だ」

「そうですね。アーノルド殿下が探しているようですが、なかなか見つからないようで」



 王城に仕えるメイド、それに使用人は貴族の子弟や親族が殆どだ。いくら聖女とはいえ、マナーもろくに心得ていない平民上がりの男爵令嬢に仕えたくないのだ。

 せめて聖女として清く正しい生活を送っていれば、身分など関係なく敬意を抱き、彼女に仕えたいと思う者も現れると思うのだが。


「わ、私たち、誠心誠意を込めて聖女様にお仕えします!」

「どのような雑用でもかまいません。聖女様のお役にたちたいです!!」

「俺もです!!聖女様の為ならばなんでもします!!」



 そりゃ何でもするだろうよ。聖女様の為に殺人を犯そうとする人間どもだ。

 こいつらを始末することはいつでも出来る。その前に自分たちがどんな人間の為に、罪を犯そうとしていたのか思い知らせてやる。

 三人の信者にはボロボロの服からメイド服、使用人の制服に着替えさせた。そしてアドニスに連れられて、三人は意気揚々部屋を出て行く。


 アドニスとデイジーが信者たちと共にモニカ宮殿に向かう様子を窓越しに見ていた所、隣の部屋に続くドアが開いた。

 そこにコーネットが入って、やや呆れ顔で俺に言った。


「別に聖女の元に送らなくても良かったのでは? 彼らが描いていた聖女像、粉々に砕け散りますよ?」

「自分が信仰していたものが何だったのか、現実を直視させる俺なりの慈悲だよ」

「――すぐに殺してくれた方が、彼らにとっては幸せだったのかもしれませんね」


 大事な婚約者を殺されかけたんだ。そう簡単に許すわけがないだろ。

 自分たちが全てをかけて守ろうとした存在が、どんなにくだらない人間か近くでよく見ておけ。

 信仰の深みにはまり溺れている者ほど、聖女に幻想を抱いているからな。恐らく今のミミリアを見た彼らは奈落の底に叩きつけられるような絶望を味わうことになるだろう。

 コーネットはやや顔を曇らせる。


「しかし、信者たちの自白を聞くことはできましたが、彼らを裁きの証人として出すのは難しいでしょうね」

「ああ、アドニス達の前ではペラペラしゃべっていたが、裁きの場では、死んでもミミリアの名を出さないだろうからな」


 録音機能のある機械がこの世界にないのが悔やまれる。

 今後のためにもコーネットと開発する必要がありそうだな。


「魔族たちが攻めてくる可能性がある以上、当てにはならないが、ミミリアの力は捨て置けない」

「私でしたら、婚約者を殺そうとする人間は、どんな手を使ってでも始末しますけどね」

「もちろん、ミミリアを許すつもりはないさ。だけど、その前に彼女の持つ力を利用するだけ、利用しないとな」

「あなたのそういう所、国王向きだと思いますよ」


 そういう所って、どういう所だよ?

 相手は魔族なんだぞ? ミミリアは許しがたい存在だが、彼女の持っている力を無視するわけにはいかない。魔族を倒す方法は一つでも多い方がいいのだ。

 俺は冷ややかな声でコーネットに言った。


「これからはミミリアのことは人間じゃなくて、兵器だと思うことにする。そう思わないと、あの顔を見ただけで絞め殺したくなるからな」




 後でデイジーから聞いた話。

 三人の信者を連れ、モニカ宮殿に訪れたアドニスを見て、ミミリアは嬉しそうに笑ったそうだ。

 その可愛らしい笑みに、信者たちは惚けたような顔になる。

 だが、それは最初だけだった。


「うっそー、アドニス様がこの召使い達を連れて来てくださったのですか!? OK、OKです。アドニスセレクションだったらもちろん採用ですよぉ」


 聖女の謎の言葉に信者たちは?マークを浮かべていたらしい。

 彼らは小声で『OKって何?』『アドニスセレクション??』と呟いていた。

 ミミリア=ボルドールは、意中の相手であるアドニスの紹介ということもあり、あっさりと信者の三人を、自分の専属使用人として取り立てた。

 しかし――――


「アドニスさまぁ、私と二人きりでお茶をしませんかぁ?」

「いえ、この後父に呼ばれているので」

「少しだけでも。ねぇ、いいでしょ?」


 信者たちは、アドニスに腕を絡め、猫なで声を漏らすミミリアを前にして、白目を剥いていたそうだ。

 さらにクロノム公爵に誘われ、ミミリアの護衛を志願した騎士たちもその様子をみていた。

 恋人であるアーノルドをそっちのけに、別の男に色目を使っている聖女の姿に、騎士達は幻滅していた。


「嘘だろ……聖女様はアーノルド殿下という恋人がいらっしゃるのに」

「あ、あれじゃまるで娼婦だ……」


 するとミミリアはその時になって、護衛騎士達の存在に気づいたのか、思い切り顔を顰めて言った。


「ちょっと、あんたたち、邪魔!! そんなとこでボーッと突っ立ってないで、外の見張りでもやっててよ。私はアドニス様と二人きりでお話するんだから」

「「「!!!???」」」


 彼らはこの時になって、ようやく自分たちの選択が間違っていたことに気づいたらしい。

 それはそうだろう。自分たちが悪女と罵っていたクラリスの方がよほど清廉だったし、王子の婚約者として毅然としていたのだから。


「聖女様に誠心誠意仕える騎士になるんだよ。他の任務は一切認めないから……ね?」



 今、騎士達の頭の中では、鋼鉄の宰相の言葉が呪詛のように響き渡っていることだろう。どんなに嫌だと思っても、聖女専属を辞めるのは不可能だから。

 そして信者たちも、自分たちの理想とはかけ離れた聖女の姿に絶望しながら、奴隷のように働かされることになるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ