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第104話 帰城、そして騎士達の選択 ~sideエディアルド~

 クラリスの帰りがあまりにも遅かったので、俺はウィストとソニア、それからアドニスとコーネットと共に彼女を迎えに行こうとしていた。

 スカイドラゴンたちを連れ、王門を出ようとした時、クラリスの馬車とそれを守護する騎士達が戻って来た。

 よかった、無事だったみたいだな。

 だけど馬車が近づいた時、騎士達の服が汚れていたり、破れていたり、明らかに返り血を浴びた服といい、誰かと争った形跡が見られた。

 しかも三人ほど、縛り上げられた人間がいて、彼らは騎士と一緒に馬に乗った状態でここに連行されているようだった。


「何があったんだ? クラリス」


 俺は、馬車から降りてきたクラリスに駆け寄り尋ねた。

 クラリスが答える前に、レッドが彼女の元に走り寄り、きゅーきゅーと甘えた声で鳴き始める。

 レッドの頭を撫でているクラリスに代わって、イヴァンが跪き俺に報告をしてきた。


「多数の武装した者たちに突然、襲撃されました。兵士でも騎士でもなく、武装した平民の集団という印象がしました。彼らは事もあろうにクラリス様を悪女と罵り、その命を狙ってきたのです」

「……何者なんだ? その集団は」


 怒りに声を震わせる俺に、イヴァンはわずかに肩を奮わせる。

 答えようと口を開きかけるが、思わず閉ざしてしまう。

 彼はアーノルドの友人であり護衛騎士だが、四守護士の中では俺に対しても礼儀正しく、仕事も真面目にこなす人間だ。

 実力もあるから、クラリスの護衛としてセレクトしたのだが、その彼が口をつぐむというのはよほどの理由があるように思えた。

 なかなか答えようとしないイヴァンに、別の人物が問いかけた。



「聖女の信者だよね? イヴァン君」


 いつの間にかここに来ていたのか。

 宰相であるオリバー=クロノム公爵が、近衛兵二人を連れてこちらにやってきた。

 答えなくても顔が蒼白になるイヴァンに、アドニスが口を開いた。


「とても信心深い聖女の信者たちのことですね。その反面、聖女を守る為ならば殺しも厭わないし、命を投げ出す者もいるから、狂信者とも呼ばれている」

 息子の言葉にクロノム公爵は頷く。

「うん、その狂信者たちだよ。さっき王城に侵入してエミリア宮殿の周辺をうろうろしている不審者が何人もいたから捕らえたんだ。その内の一人が僕に訴えてくれたよ。悪女を殺せって」


 なるほど、普段から聖女ミミリアに対するアーノルドの溺愛ぶりを知るイヴァンとしては、答えづらいだろうな。

 クラリスの暗殺にミミリアが関わっている可能性を考えると。

 小説にも信者のことは少し書かれている。彼らは聖女を守る為に命がけで魔物達に立ち向かった。しかし虫けらのように殺されてしまう。ミミリアはそんな人々の死を悼み、王妃になってから町の中心に彼らの名を刻んだ石碑を建てる。

 俺は険しい眼差しを騎士達に向けて、冷ややかに問いかける。


「君たちは服が損傷しているわりに一つも傷ついていないね」


 何人もの騎士達がビクッと肩を震わせている。

 相手に傷を負わせずに戦っているのならば良いが、どうみても相手から損傷を受けた形跡があるのに傷口がないというのは、魔術や回復薬で傷を治癒して貰ったからに他ならない。

 騎士達も治癒魔術は心得ている者もいるが、せいぜい出血を止める程度。跡形もなく傷を治すには上回復薬か、上級クラスの技術が必要となる。

 エルダが深々と頭を下げて、震えた声で答える。


「恐れ多くもクラリス様に傷を治療して頂きました」

「エディアルド様、これは私が望んでしたことですから。怪我人と一緒だと帰りが遅くなりますし、警護の甘さについては、私の方からも叱責しています」


 クラリスが騎士達をあまり責めないように俺をなだめた。しかしこれは国防にも関わる由々しき問題だ。



「クラリス、これは君が叱責すれば良い問題じゃない。兵士でも騎士でもない人間を相手に、ハーディン騎士団とあろう者が傷を負ったんだ。君たち、自分が騎士団の一員である自覚はあるのか?」


 すると跪いていた騎士の一人が腹を立てたのか、ばっと顔を上げて、堪り兼ねたように抗議をする。


「そ、それはあまりにも多勢だったからです!! 一人は倒せても背後から何人も襲いかかられたら、我々だって」

「戦場だと一対一で挑んでくれるような敵なんかいない」

「い、今は平和な世の中です」

「その結果、慣れない襲撃に対応しきれずに、守るべき主に守られたわけだ?」

「く、クラリス様は魔女です!! 魔女であれば我々を補助してくれるのは当たり前ではありませんか!! 聖女様だったら、もっと優しい声を我々にかけてくださいますし、傷どころか、服だって完璧になおせた筈です」


 服まで直すって……聖女にどこまで頼ろうとしているんだ? 聖女様でも服を修復することはできないぞ? 傷を治して貰った恩すら感じずに、聖女と比較するこの馬鹿の頭をかちわりたい。

 するとクロノム公爵がにこやかに笑って言った。


「それなら、今度から君は聖女様専属の護衛に任命してあげるよ」

「え……?」

「聖女様に誠心誠意仕える騎士になるんだよ。他の任務は一切認めないから……ね?」


 満面な笑顔を浮かべているけれど、クロノム公爵からは何だかどす黒いものを感じる。

 その騎士はとても有り難がって頭を下げているけど、今の聖女様は神殿に祈りも捧げていないし、魔術の鍛錬もしていないので、これといって秀でた能力が無い。

 ハッキリ言って、ただの男爵令嬢だ。

 聖女の期待値が高いこの騎士が、聖女の実態を目の当たりにしたら、どんな気持ちになるのだろうか。



「他に聖女様に仕えたい騎士はいる?」


 首を傾げて尋ねてくるクロノム公爵に、嬉々として手を挙げる騎士達が数人。あとの騎士達は深く俯いたままだ。

 手を挙げた騎士の一人が、隣にいるイヴァンに問いかける。


「おい、イヴァン。お前は手を挙げないのか?」


 同期なのか砕けた口調で尋ねてくる騎士に、イヴァンは訝しげに問い返す。


「お前は何故、手を挙げているんだ?」

「だって今回のように悪女に関わっていたら碌な事にならないぜ? 聖女様のそばにいれば今よりも強力な魔術で癒やして貰えるし、優しくして貰えるし」

「よくもこの場でそんな恥知らずな事が堂々と言えたものだ。二度と俺に声をかけてくるな」


 イヴァンの言葉に、その騎士は信じられないものを見るかのように目を剥いている。まぁまともな感性を持った人間からすれば、クラリスの前で悪女と罵るこいつの方が信じられないんだけどな。

 その騎士は、哀れむような口調でイヴァンに言った。


「お前、もっと賢く生きた方がいいぞ。どう考えても聖女様専属の方が旨味があるじゃないか」

「騎士は旨味で仕える相手を決めるものじゃない」

「け……真面目な奴」


 同期であるその騎士は吐き捨てるように呟き、イヴァンから顔を背けた。

 聖女専属になることに躊躇なく手を挙げたのは、学校ではアーノルドの取り巻きだった連中だ。



「じゃ、君たちはさっそく聖女様が滞在するモニカ宮殿に向かってもらうよ」


 モニカ宮殿はクラリスが滞在しているエミリア宮殿の真向かいにある。

 エミリア宮殿は三代前の聖女が住んでいた宮殿、そしてモニカ宮殿は先々代の聖女が住んでいた宮殿だ。

 嬉しそうにモニカ宮殿の方に走って行く騎士達に、クロノム公爵は呟いた。



「ま、彼らにとっても、理想と現実を知る良い機会だよね」



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