第103話 信者、猛撃~sideクラリス~
「しねぇぇぇ、悪女めっっっ!!」
騎士達の隙をついて一人が斧を振り上げ、私に走り寄ってくる。
守ってくれる騎士は私の周りにはいない。
「クラリス様ぁぁぁ!!」
他の信者たちを相手にしていたエルダが悲鳴に近い声をあげた。
イヴァンも目の前にいる敵を切り伏せ、こっちに駆け寄ろうとするが、それを邪魔するかのように新手が彼の前に立ち塞がる。
その時の私は、不思議なくらい落ち着いていて、目の前に迫ってくる敵に向かって一言、呪文を唱えていた。
「キャプト=ネット」
武器を振り回し、近づいてくる信者たちの動きを、私は捕縛魔術によって封じた。
信者たちは蜘蛛の巣にかかったかのように拘束され、身体をジタバタさせる。
続けざま、今度は数人の信者たちがこっちへ突進する。
その中には若い女性もいる。その目はなんとなく焦点が定まっておらず、尋常じゃない精神状態であることが窺える。
彼女は憎々しげに私に向かって罵声を浴びてくる。
「悪女め、死ね!! とっとと死になさいよ!! そうしないと、あの方はいつまでたっても力に目覚めないのよ!!」
耳がキンキンするような、ヒステリックな声が響き渡る。ナタリーと張り合える声量ね。
あの方? それってミミリアのこと?
私のせいで、力が目覚めない?
……いやいやいや、その前に、まず魔術の勉強全然してこなかったじゃないの? 神殿に行って祈りも捧げていない人間が、そう簡単にジュリ神の加護を受けられるわけないじゃない。人の所為にしないで欲しいわ。
今、彼女はただ聖なる魔力を身体の中に秘めているだけ。極上のエネルギーを身体に内包しているのに、それを使えずにいる状態なのだ……誰かに似ていると思ったら、ナタリーだわ。
ナタリーがミミリアを敵視していたのって、実は同族嫌悪というのもあったのかもしれない。
「キャプト・ネット」
私はもう一度捕縛魔術の呪文を唱え、女性を初めとした数人の信者達を捕らえる。彼らもまた殺気立った目でこっちを見ては、身体をジタバタさせる。
暴れるほど身体が拘束されるんだけどね。
「この悪女め! いい気になるのも今のうちよ。あなたなんか聖女様の足元にも及ばないのだから」
……うん、知ってる。
その足元にも及ばない偉大なる力を、聖女様が全然発揮できていないから、悩ましいのよ。
しかも自分の努力不足は人の所為にするなんて……信者たちは私のせいで、ミミリアが力に目覚めないと思い込んでいる。
聖女の言葉を無条件に信じてしまう人たちだから、説得しても聞く耳を持たないだろうな。
「あんたなんか、地獄に堕ちて死ねばいいのよ!!」
「……」
知り合いでも何でも無い人間に、よくそんな悪意を向けられるものだ。
聞いていて気分がいいものじゃないわ。
「私があなたに何かしましたか?」
一応、女性信者に問いかけてみる。すると彼女は迷いのない目で即答する。
「あなたの存在自体が悪なのよ!!」
ここは物語の世界で、私は悪役令嬢。
彼女の言葉はもしかしたら当たっているのかもしれない。だけど、私は小説と違い、悪女とは違う生き方をしてきた。
悪女にならないために、ずっと努力してきたのだ。
そんな努力すら否定されたような気がして、私は悲しくなった。
怒鳴りたいけれど、泣きたい気持ちがこみ上げて声が掠れる。
「あなたに、何が分かるというの……?」
「――――」
信者の女性は驚いたように私を見てから、ふいっとそっぽ向いた。
彼女と分かり合えるのは、とても難しいようね。
一方、閃光魔術から視力を取り戻した信者たちが、一斉こちらになだれ込んできた。
まだ他の信者を相手にしているイヴァン達は彼らを止めることができない。
私は魔術師の杖を差し出し今度は違う呪文を唱える。
「ウォール=フレム」
防御と攻撃の混合魔術だ。
禁術とされている混合魔術は清浄魔術と攻撃魔術の組み合わせ。防御と攻撃の合わせは禁術ではない。
必要な魔術は合法で、都合の悪い魔術は禁術……本当に勝手なものよね。
私が呪文を唱えると、白く紫がかった炎の壁が信者たちの前に立ちはだかる。一瞬怯むものの、もはや私を殺すことしか頭にない聖女の信者たちは、おかまいなしに炎の壁をくぐり抜けようとしていた。
しかし、炎が触れた瞬間それは全身に燃え移り、信者はのたうち回ることになる。
「ぎぁぁぁぁ、聖女さま、聖女さま、お助けをぉぉ」
「聖女様、痛いです!! どうか私をお救いください」
「これも試練だ、これも試練だ!これも試練なんだぁぁぁ」
炎に包まれながら、その場にいない聖女に助けを求めようとする信者たち。この場で祈っても助けなんか来ないのに。
直接ジュリ神に祈った方がまだ奇跡が起こる可能性が高いのではないだろうか。
炎の壁に触れなかった者たちは仲間の惨状に凍り付く。
「白い、炎だ……」
「こんな強力な炎の壁が……悪女にたどり着くなんて無理だ」
残った信者たちは、立ちはだかる炎の壁を目の当たりにして恐れ戦いた表情で後退る。
その内の一人、リーダー格である老人だけは恐れる様子はなく、ひどく落ち着いた声音で、私に問いかけてきた。
「あなたはクラリス=シャーレット侯爵令嬢ですかな?」
「そうです」
「この炎は貴女が放った炎?」
「たった今、あなたもご覧になったのでは?」
妙な問いかけに首を傾げながら、私は律儀にも答えていた。
老人は炎の壁と私を見比べて、少し考えてから、周囲を見回す。
戦況が悪いと悟ったか、それとも別に理由があるのか。
彼は突然「撤退!!」と声を上げた。
「撤退!?」
「長老様の命令だ。全員撤退!!」
「だけど……悪女は……それに捕らえられた仲間は?」
「かまわぬ!撤退じゃ!!」
老人は声高に信者達に命じる。リーダーの言葉は絶対的らしく、他の信者たちは驚きながらも撤退をはじめる。
老人は私の前にとことこと歩み寄り、何故か深々と頭を下げた。
「もしかしたら我々は取り返しのつかぬことをしたのかもしれません……」
「え?」
「どうかお許しを」
「え……え……? ? ?」
何故か、謝罪された。
全然話が見えてこない。だけど、どうやら信者はこのまま撤退してくれるらしい。
まるでさざ波が引くかのようなその光景に、私達は呆気に取られた。
……一体何だったのだろう?
「何故だ……何故撤退したんだ?」
「我らは見捨てられたのか!?」
「なんで悪女を殺さないのよ!?」
捕縛魔術で捕らえた信者たちは、疑問や恨み言を叫びながら、目に見えない蜘蛛の糸から逃れようと暴れ回っていた。
解放したとたん、また襲ってきそうなので、私は睡眠魔術をかけて眠らせることにした。
騎士達が私の前に跪き、そしてイヴァンが代表で自分たちの思いを私に告げる。
「至らぬ警備で申し訳ございません。クラリス様がいなければ我々も今頃どうなっていたか」
「……」
想定外のことだ。
烏合の衆とはいえ多勢過ぎた。だけどこの先のことを考えると、そんな慰めの言葉をかけるべきではないと思った。
「今は平和な世の中で、鍛錬も不要だと思っている騎士たちも多い。けれども、こういった事もあり得るのよ。もしもの時、騎士が主を守れなかった醜態をさらした時、ハーディン王国は世界中の笑いものになる」
「……返す言葉もございません」
イヴァンはそう口にしてから、唇を噛みしめた。
自分の不甲斐なさが悔しいのね。でもその気持ちが大事なの。
ここにいる騎士達は皆、将来魔物の軍勢と戦うことになる。
人間相手に手こずっている場合じゃないのよ。
「もっと鍛錬を積みなさい。国を守る為に。家族を守る為に。今のままではハーディン王国は滅亡の道を辿ります」
私の言葉にその場にいる騎士達は深々と頭を下げた。
誇り高い騎士ならば、今の自分たちがどれほど脆弱なのか痛感したことだろう。
騎士が主に守られるなど、あってはならない事なのだから。
だけど中には、不満そうな表情でこっちを見ている騎士たちもいる。
自分たちは命がけで戦ったのに、何故、そんなことを言われなきゃいけないんだ? と言わんばかりね。
全ての人に理解して貰うのは難しい。
エディアルド様が騎士団の脆弱さに思い悩んでいる気持ちが、今、痛いほど分かるわ。
このままだとハーディン王国はあっという間に闇の世界に飲まれるだろう。
信者が何故私を襲ったのかも気になるし。
頭が痛いことがあまりにも多すぎる。




