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第101話 悪役令嬢、神殿に向かう~sideクラリス~

 ジョルジュとヴィネの結婚式から半月後。

 私とエディアルド様はハーディン学園を卒業後、結婚式を挙げることが決まった。

 テレスや彼女に味方する貴族たちは反対の声を上げた。

 しかし(表向きは)病気療養中である王妃様が、国王陛下に手紙で「早く孫の顔が見たい」という懇願の手紙を送ったのが相当効いたらしい。

 王妃様をこよなく愛する国王陛下は今すぐにでも式をあげるように声を上げたそうだ。


 エミリア宮殿には連日のようにお祝いの手紙や品が贈られてくるようになった。

 結婚が正式に決まると、王族の妻となる人間は月に一度神殿にお祈りに行かなければならない。信心深かった王妃様は月に数回は行っていたらしい。


 代々の王族の妻たちがしてきた王室の慣習なので、断ることはできない。王妃様のように月三回までは行かなくとも、月一回は行かないといけないらしい。

 神殿はアーノルド殿下を王太子に推しているらしいから、あんまり気は進まないけどね。

 



 私は王室の馬車に乗り、デニーロ山山頂にあるジュリ神殿へと向かう。

 低い山とは言え、山道も通るので王城から三時間近くかかるのよね。

 王子の婚約者ともなると厳重な護衛もついてくる。

 その中には四守護士であるイヴァンとエルダの姿もあった。

 四守護士はてっきり第二王子専属の護衛かと思っていたけれど、あくまでテレス妃の要請でアーノルド殿下を護衛しているのであって、正式な王子の専属というものではないらしい。

 ソニアは今、私の専属騎士を希望しているけれど、希望したからといって、すぐになれるものではない。

 彼女は実行第七部隊の副隊長だ。私の専属になるということは、その地位を辞さなければならない。

 その為には次の副隊長の指名、それから引き継ぎも必要だから、私の専属になるのはしばらく先になる。

 今回も本当は護衛として一緒に神殿へ行って欲しかったのだけど、ソニアとウィストは実行部隊として駆り出されているのでそれが出来なかった。

 最近、魔族の皇子ディノが現れた影響からか、魔物達が凶暴化しているらしく、実行部隊の出番が増えているのだ。

 そこでエディアルド様は、四守護士のイヴァンとエルダを私の護衛として要請した。

 二人は一応、アーノルド殿下の了解を取ってから、私の護衛を引き受けたみたい。

 本当は専属じゃないから了解をとる必要はないんだけどね。でも実質専属のような扱いだから、一応断りは入れたそうだ。

 エディアルド様は、四守護士の中でもイヴァンとエルダは信頼出来ると言っていた。

 小説でもイヴァンは真面目だったし、エルダも面倒くさいという態度をとりつつも、仕事はきっちりこなす人物として描かれていたわ。



「お疲れではありませんか。この先は山道になりますので、少し休憩された方が良いかと思います」


 声を掛けてくれるのはイヴァン=スティークだ。

 護衛をしている時は、ほぼ無表情で堅い顔つきだけど、こっちを気遣う時の目は優しい。


 休憩場として過ごす場所は、青く澄んだ湖を見渡せる畔だ。樹齢五百年は経っていそうな大木が巨大な傘のように枝を広げそびえ立っている。その下には、ふかふかの芝のような草が絨毯のように広がっていた。

 メイドのセレンが慣れた手つきで敷物を敷き、バスケットから軽食を取り出す。

 聞くところによると王妃様も途中で休憩して、木陰の下でピクニックのようなスタイルでお茶をしていたのだとか。

 景色も良くて開放的だからとてもリラックスできるのだ、とセレンは説明をする。

 うーん、もしかして王妃さまがしょっちゅうお祈りに行っているのって、野外のティータイムが楽しみなのもあったのかも? 

 開放的で気持ちいいものね。


「外はまだ冷えますからこちらをお使いください」


 ブランケットを持ってきてくれたのは、四守護士の一人、エルダ=ミュラーだ。

 一見長身の美女に見えるけれど、れっきとした男性。

 騎士服に身を包んでいるけれど、耳にプラチナのフープピアスをしていたり、長く伸ばした爪に見事なアートが描かれていたり。お洒落に余念が無い。

 ブランケットを受け取った私は、綺麗に塗ってある彼のネイルを見て言った。

 

「エルダ、その爪の絵、とても素敵ね」

「あ、ありがとうございます。つ、爪は趣味で塗っているんですけど」

「すごく素敵。ねぇ、今度私の爪も塗ってくれる?」

「く、クラリス様の爪ですかっっ!! わ、私でよければ是非是非」


 エルダの大きな目が嬉しそうにキラキラと輝く。

 護衛をしている時よりも活き活きとした表情だ。

 ああ、この人、本当は騎士じゃなくて、こういったお洒落なことに携わりたいんだろうな。

 でも実家が騎士を生業としているのであれば、難しいわよね。

 クラスメイトにも実家が騎士を生業としている生徒がいたけれど、彼自身は魔術師になることを夢見ていた。エディアルド様の計らいと、家族の理解もあって、彼は魔術師になることができたけど、他の貴族達はなかなか同じようにはいかないらしい。


 今、エディアルド様が家業以外の職業選択が出来るよう、クロノム公爵に働きかけているみたいだけど、職業の選択の自由が浸透するには、まだまだ時間がいるみたい。

 エルダは頬を紅潮させて私に言った


「爪を褒めてくださった方はあなたが初めてです。皆、珍しがってはくれるのですが、爪に絵を描く変わった人にしか思われなくて」

「ううん、凄く綺麗で素敵。他の女性も絶対に気に入ると思うわ」

「……っ!?」


 エルダは照れくさそうに、頬を紅潮させた。

 社交界の女性の間で爪に色を塗る習慣がないわけじゃない。でもだいたいは一色で、肌に近い色、ピンクなどを好む。平民の間では赤や紫に塗る人もいるけどね。ヴィネは淡い紫色に塗っていたし。

 懐かしいなぁ。前世の時は自分のご褒美にネイルサロンに行っていたのを思い出す。

 もし、ネイルアートが流行ったら、エルダもネイリストとして活躍出来るんじゃないのかしら? 


 流行らせるにはやっぱり影響力がある女性にしてもらうのが一番よね。王妃様が一番いいんだけど、今はアマリリス島で療養中だし……テレス妃は絶対に頼みたくない。

 まずは私がエルダに爪を塗ってもらって、それからデイジーやソニア、仲よくしているクラスの女子に見せてみるところからはじめてみよう。

 そこにセレンが紅茶を乗せたお盆を敷物の上に置いて言った。


「さぁさぁ、クラリス様、紅茶をどうぞ」

「ありがとう。ミュラー卿もよろしければご一緒に」

「あ、あたしもご一緒してよろしいのですか?」

「もちろん。一人でも茶飲み友達が多い方が嬉しいわ」


 私が言うとエルダは嬉しそうな笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。小説に書かれていたけれど、エルダ=ミュラーは、こうしてお茶を飲みながらおしゃべりをする時間が好きなのよね。本当は女の子に生まれたかったみたいなの。

 エルダとセレンの三人で談笑をしながら、私は休憩時間を楽しんだ。

 

 ◇◆◇


 馬車を降りると神官たちが並んで迎えてくれた。

 何だか大袈裟な出迎えね。

 エスコートしてくれるのは、私と同い年くらいの青年かしら……? 女性をエスコートし慣れている感じね。顔がいいから、そういう役目を担うことが多いのだろう。


 ジュリ神殿の礼拝堂は白い石造りで、入り口は巨大な石柱に支えられている。でも建物の中の構造は教会に近い。

 礼拝堂の他に、神官の仕事部屋や控え室、仮眠室などがある。

 私は礼拝堂にあるジュリ像の前に跪き、祈りを捧げる。

 左の拳を右の手で覆うのがジュリ神の祈りのスタイルだ。

 

『よく来たわね、クラリス』


 綺麗な女性の声。

 誰……? 

 私は頭を上げて周囲を見回す……空耳?……誰かに呼ばれたような気がしたのだけど。


「お祈りは終わりましたかな。クラリス侯爵令嬢」


 祭壇の脇にある扉から、神官服を纏った老人が入って来る。赤い神官服を着ているということは、最高位の神官長なのだろう。


「神官長様、お初にお目に掛かります。クラリス=シャーレットと申します」



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