表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/182

第100話 聖女と信者~sideミミリア~

 三日後――――


 私はいつものように、ぼーっと外の景色を見ながら、クッキーをぽりぽり食べていた。

 今日も退屈ね。

  私が聖女だってことが公表されてから、学園にも行けなくなったの。

 行くと学園が大騒ぎしちゃうんだって。それに聖女の力にむやみに頼ろうとしたり、利用しようとする人間も現れるから、勉学はしばらくの間、宮殿に教師を迎える形になったの。

 神殿に行くのはまだ先だし、アーノルドは今日もここに来ないし。

 その教師の授業も超退屈だし……特に王妃教育の授業眠すぎなのよ。

 エルダが言うには、王子様も結構忙しいみたいなのよね。事務作業があったり、お客様に会ったり、あと昨日のような稽古もしなきゃいけないみたいで。

 稽古ぐらい少しはサボってもいいと思うのよね。だって、王子様って基本守られる立場なんだしさ。

 魔族たちが攻めてくるまでに何とかすれば良くない?

 ふと、ドア越しに話し声が聞こえてきた。

 ……って、また扉が少し開いているじゃない!?

 建物が古いせいか、あの扉、うまく閉まらないのよね。防犯上、それってどうなの!?って思うんだけど、外の警備がばっちりだから問題ないのかな。

 いつもは黙って掃除や洗濯を行っているメイドたちが、めずらしくおしゃべりをしているのが、扉の隙間から聞こえたわ。


「ねぇねぇ、聞いた? 向かいのエミリア宮殿で結婚式が行われているそうよ」

「え……? エミリア宮殿って、まさかクラリス様とエディアルド様が!?」

「違うわよ。お二人の師匠にあたる方たちらしいわ。一人は宮廷魔術師のジョルジュ=レーミオ様。一人は元宮廷薬師のヴィネ=アリアナ様よ」

「へぇ、見て見たいわねぇ」



 ………………は!?

 何、ジョルジュが結婚!? 向かいのエミリア宮殿で式を挙げているの!?

 さらに衝撃だったのは、結婚相手の名前よ!!


 ヴィネ=アリアナ


 小説では悪女クラリスに加担した元宮廷薬師の名前じゃないの! 

 牛乳瓶の底のような渦巻き眼鏡をかけていて、やぼったーい髪型で、すごく根暗女じゃない!!

 あんな美しいジョルジュと、あんな地味女が結婚なんて有り得ないでしょ!?


「え……聖女様!?……勝手に出掛けては」


 部屋を飛び出した私は、メイド達に呼び止められそうになったけど、そんなのに構っている場合じゃ無いわ。

 エミリア宮殿に向かってダッシュで走る。

 だって居ても立ってもいられない!!

 私のことを一途に想ってくれる筈のジョルジュがあんな地味女に奪われるのよ!?

 我慢出来るわけないでしょ!? 何の為にヒロインに生まれ変わったのか、わからなくなるじゃないの!!


 ジョルジュは、きっと騙されているのよ。

 悪女クラリスの協力者ですもの! きっと上手いこと言って彼を誑かしたんだわ。

 私が彼を救い出さないと!!

 エミリア宮殿にたどり着いたものの、入り口の前には衛兵達が立ちはだかっていた。


「聖女様、今日は関係者以外立ち入り禁止になっておりますので、お引き取りくださいませ」

「私は関係者よ!」

「そのような話は聞いておりません」

「煩いわね、どいてよ!!」

「え……ちょ、ちょっと、聖女様どちらへ!?」


 私は衛兵たちの間を強引に割って入ってから、入り口のドアをバンッとあけた。

 衛兵達はびっくりして私を呼び止めようとしたけど、かまわずに中に入ったわ。向こうも、私に乱暴な真似はできない筈だから、強引に行けば行けると思ったの。

 ところで礼拝堂ってどこかしら? 探し回るしかないわね。

 衛兵達も追いかけてくるし、隙をみてどこかに隠れて彼らを撒くしかないわね。

 向こうは重い鎧着てるし、あまり早くは走れないはず。

 ロビーから廊下に入ると、そこには同じようなドアが並んでいたので、その中の一室に私は隠れることにした。

 衛兵達はドアを開けて、私の行方を捜す。

 もちろん私がいる部屋も開けたけど、私はクロゼットの中に隠れていたので、やりすごすことができた。

 衛兵たちの足音が遠のくのを聞いてから、私は部屋を出て礼拝堂の場所がどこにあるか考えた。

 たしかモニカ宮殿は二階の一番端にあったわね。エミリア宮殿も中の構造が似ているから二階にある可能性が高い。

 私は礼拝堂をめざし、走り出した。

 そして――――


 バン!!



 私は礼拝堂の場所を探し当て、扉を蹴って開けたわ。

 女神ジュリ神の像の前、新郎新婦が今にもキスをしようとしている所だった。

 私は堪り兼ねて怒鳴る。


「ちょとぉぉぉ! 何であんたが別の女と結婚してんのよ」



 思わず、私は叫んでいたわよ。

 だけどいざ、花嫁の顔を見てショックを受ける。

 誰……!?

 女優並みに綺麗な人がジョルジュの隣に立っていたの。


 あ、あれがヴィネ=アリアナ!?


 全然別人だわ。だって小説では地味女だった筈。

 あれがヴィネなわけないじゃない!!


「信じられない、誰よ!? その女は」

「いや、お前こそ誰だよ?」


 そういえば、あの時名前を名乗っていなかったわね。

 でも顔は覚えてくれたみたいで、ジョルジュは私に尋ねてきたわ。


「何で俺をつけ回すんだよ? 俺とあんたは知り合いでもなんでもないだろ」

「この前知り合ったじゃない!?」

「あんたが一方的に追い回しただけだ」

「ジョルジュが逃げ回るからいけないんでしょ!? あんたはねえ、私のために魔術を教えて、私のために死ななきゃ駄目なの!」

「はあ!? 何で知らない奴の為に死ななきゃならねえんだよ」


 知らない奴って……今は確かに知らない奴だけど!!

 ううう、小説のことを説明した所で、単なる危ない女だと思われるだろうし……。

 私は不審者として、エディアルド付きの騎士たちに両脇を捕らえられたわ。

 こ、このままじゃ何も出来ないまま退場になる。

 焦っている私に追い討ちをかけるかのように、ジョルジュは結婚相手の女の身体を引き寄せてキスをしてきた。


「俺は生涯、ヴィネだけを愛する。他の女の為に死ぬなんて断じて有り得ない」

「――――」


 オワタ……ジョルジュイベント、ここでオワタ。


 それからのことは、全然記憶に無い。

 気づいたらモニカ宮殿に戻って、私はベッドの上で呆然としていたの。



 ジョルジュ……大好きだったのにぃぃ。こんなのって酷い!!



 神殿訪問当日――――


 私は馬車の中でクッキーをひたすら食べていたわ。

 だってイライラするんだもん。

 ジョルジュとのイベントが起こる可能性がゼロになってしまったことは、私にとってかなりショックだった。

 ただでさえ、女の教え子がクラリスだったことがショックだったのに、まさかあのヴィネ=アリアナと結婚するなんて。

 後で知ったんだけどあの美人……やっぱりヴィネだったのよね。彼女まで小説と違うだなんて最悪!!




『俺は生涯、ヴィネだけを愛する。他の女の為に死ぬなんて断じて有り得ない』



 ……何で、何で私が振られなきゃならないのよ。

 そういうのって、悪役令嬢が言われる台詞でしょ? 本当に有り得ないんだけど。

 なんなのよ、ここは小説の世界じゃないわけ!? 

 ひたすら食べていたクッキーはあっという間になくなっちゃったわ。

 神殿までどれくらい掛かるのよ?


 あーっっ!!イライラするし、超退屈―――――!!!



 それから二時間かけてデニーロ山山頂にある神殿にたどり着いたわ。

 そんなに高い山じゃないから時間は掛からないって聞いていたのに、嘘つきー!!

 馬車を降りると神官達が整列をして私を迎え入れてくれたわ。

 一瞬にしてイライラした気持ちが吹っ飛んだ。

 ああ、やっぱり私って聖女なのよね。こんなに凄いお迎えが来るなんて。

 しかもイケメン神官が私の手をとってエスコートしてくれる。

 神殿に入ると既に沢山の信者たちがジュリ神の像に祈りを捧げていたわ。


「ねぇ、この信者の人たちのリーダーって誰?」

「リーダー、ですか?」

「そ、一番偉い人は誰?」


 イケメン神官はオロオロしながらも、一番前の席で熱心に祈っている老人の方を見る。

 私は彼にお願いした。


「大事な話があるの。確か聖女の控え室があったわよね。そこに一番偉いおじいさんと、あと何人か代表の人も連れて来て」



 この世界の神殿は女神ジュリに祈る礼拝堂だけじゃなく、聖女専用の控えの間があるの。広くは無いけど、ソファーやテーブル、チェストも細やかな彫刻が施されていて、見るからに豪華だわ。

 神官たちには、しばらく部屋には近づかないように言っておいた。信者と大切な話があるからってね。

 ほどなくして信者のリーダーである老人と、若い信者たちが何人か代表で私の部屋を訪れた。

 彼らはソファーに腰掛ける私を感激の眼差しで見詰めてから、正座をして深々と頭を下げる。

 中には泣いている人もいて、ちょっと怖い。

 でも、それだけ聖女の私のことを信じているってことなのね。



「この度は聖女様に拝謁することができ、我ら無上の喜びに溢れております」


 長老っぽい人が頭を下げたまま、大きな声で言ったわ。

 他の信者達も同様に頭を深々と下げ、口々に言った。


「聖女様、我らは聖女様を信じ敬う者」

「聖女様の為であれば、どんな試練にも耐えます」

「聖女様の為ならば、なんだってします」


 ふふふ……そう、何だってするのね。

 小説の通りだわ。この人達は私の為に、死ぬことも恐れない人たちだ。

 そして無条件に私を信じてくれる。

 なんて(都合の)いい人達なの!! 

 私はふっと笑ってから、その場にいる信者達に言ったの。


「私は今、一人の悪女に苦しめられているの……」

「あ、悪女ですと!?」


 長老が驚いて顔を上げる。

 私は目に涙をうかべながら、彼らに訴える。


「悪女のせいで、私は魔術を学ぶことすらできません。聖女としての力も発揮出来ず、皆様にはとても申し訳なく思っています」

「悪女のせいで、聖女様の力が使えない……?」


 信者の声が怒りで震える。

 他の信者達も悔しそうな顔をしたり、床に拳をたたき付けたりしている。

 そんな彼らに私は声高に訴える。


「あなた達の力で悪女を退治して欲しいの。悪女の名前はクラリスよ。クラリス=シャーレットよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ