1話 日常の崩壊
「ただいま、幽香。今母さんいる?」
僕、牧田流生は、ドアを開け、目の前にいる少女にそう語りかける。
「おかえり!お兄ちゃん。まだお母さんもお父さんも帰ってきてないよ。多分仕事長引いてるんだと思う」
少女、牧田幽香は笑顔でそう答えると、
「手洗いうがいちゃんとやってね。どうせまた動物と遊んで帰ってきたんでしょ」と僕に言い、リビングに向かう。
僕は幽香に続いてリビングに入り、言われた通り手を洗い、うがいをする。
そして、再び幽香のところへと戻ると、幽香はこちらの足をちらりと見る。
「て、お兄ちゃん引っかき傷あるじゃん! 絆創膏つけてあげるからじっとしてて」
幽香はそう言うと棚から絆創膏を取り出し、僕の足に貼ろうとしてくる。
「いや、それぐらい自分でできるからいいよ」
僕はもちろん兄としてのプライドから拒否したが、幽香はそれを無視してばんそうこうを貼りにくる。
「そんなこと言って結局いっつも貼ろうとしないじゃん!」
そう言って幽香が僕に絆創膏貼ると、幽香の手が僕の足に触れた。
幽霊のような白く、冷たい手。僕はその感触で昔を思い出す。
幽香は昔は病弱で、内気な性格だった。それも、まともに人と話せないぐらいに。
今も病弱ではあるが、性格は明るくなり、笑顔でいる時も増えてきた。
僕はそんな幽香の成長を文字通り肌で感じながら、幽香のことを見つめていた。
「ん、どうしたの? 私の顔になんか付いてる?」
すると、幽香は不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。
「別になんもないよ。なんかいつもより元気だなって思っただけ」
僕はそう適当に返し、ソファに座る。
すると、突然家のインターホンが鳴った。
「あ、私出るよ」
幽香はそう言ってインターホンで応答する。
「宅配便みたいだからちょっと出てくるね」
そしてそのまま幽香は印鑑を持って玄関に向かっていく。
宅配便か。そういえば母さんがなにか頼んだから来たら開けろと言っていたね。
僕はそう考えながら、飼い猫のクロを撫でる。
そうしていると、急に玄関から雷が落ちたような音がした。
「幽香! 大丈夫か!?」
僕は慌てて幽香にそう呼びかけるが、返事がない。
なにかまずいことが起きている。
そう直感した僕は、急いで玄関へと向かう。
そこで僕の目に飛び込んできたのは、気絶している幽香と、幽香を支えている謎の男の姿だった。
謎の男は片手で銃を持ち、もう片手でこちらにパラライザー(簡単に言うと麻酔銃みたいなもの)のような物を突きつけている。
おそらく、幽香はあのパラライザーのような物で撃たれて気絶させられたのだろう。あの様子を見るに、その存在すら知らずに。
「なっ……何をしているんだあんたは! 幽香を離せ!」
男は僕の質問を無視し、一言、動くなと言い、幽香のこめかみに強く押し当てる。
流石に幽香を人質取られてしまっては、僕はなにもできない。
この男がいかにも雑魚そうな人間ならまだ、抵抗しようとは思うだろう。
だが、この男は雰囲気からして手練れ。
抵抗しようものなら幽香が死ぬ!
これはもう、諦めるしかないな。
僕は唇を噛みしめると、ゆっくりと目を閉じる。
そして、次の瞬間僕の身体に衝撃が走り、僕の意識は薄れていった。
その後、僕は それから、僕は隣から鳴り響く金属音と、幽香の声で目を覚ました。
「嫌だ……なんで私達がこんな目に……怖い……怖い怖い怖い怖い怖い!」
幽香はどうやらパニックを起こしているようだ。拘束された体を必死に動かしながら、独り言を言い続けている。
……一刻も早く幽香を落ち着かせたいけど、今は先に状況把握しないとな。
そう考えた僕は、まず辺りを見渡してみる。
ここは……船の中かな。揺れ方もそうっぽいし。
周りには……幽香と車。それからトラックがいくつも並んでるって感じか。
それから僕は……うん。やっぱり拘束されてるな。
僕の体は、柱に鎖でくくりつけられ、手錠で後ろ手に拘束されている。幽香も同様だ。
それから、僕と幽香には、謎の首輪が取り付けてあった。
これは…魔法を封じるためかな。
まあ、そうじゃなきゃこんなに幽香が暴れてないか。
後は…監視カメラが上にあるね。盗聴器はあるのか分からないけど、あると仮定した方が良さそうだね。
さて、一通り調べ終わったし、幽香を落ち着かせよう。
そう考えた僕は幽香の方を向くと、そっと話しかけた。
が、その声は何者かの声にかき消されてしまった。
「おい、お前! 騒ぐんじゃねえ!」
なぜなら、突然さっきの男が表れたかと思うと、幽香に怒鳴り始めたからだ。
「ひっ……あなた……誰なの? 嫌……来ないで!」
幽香はさっきより一層強く暴れて、足で謎の男を遠ざけようとしている。
しまった。先に幽香を落ち着かせるべきだったか。今ので完全に錯乱しちゃったな。
「ピーピーギャーギャー騒ぐなこのクソガキが! 黙らないと殺すぞ!」
謎の男はそう言うと、拳銃を幽香に突きつけ、脅しをかける。
幽香は更に縮こまると一言「誰か……助けて」とだけ言って黙った。
「さて、馬鹿が黙ったところでなんで俺様がお前等をここに連れて来たか説明してやるよ」
「おお、それはありがたい!それじゃできるだけ簡潔にお願いしてもいいですかね。あんま長いと僕眠くなっちゃうんで」
正直ここは煽るべきではない。
だが、幽香が怯え、苦しんでいるのを見て、黙っていられるほど僕は大人じゃない。
「ふん、随分威勢のいいガキだな。まあいい。お願い通り簡潔に説明してやるよ」
謎の男はそう言うと、説明を始めた。
「お前ら魔法使いは国にとって目障りなんだよ。だから、お前らを適当な島にぶちこんで、そこで永久に暮らしてもらうって訳だ。そのために拉致した。説明終わり」
その適当すぎる説明が終わった時、幽香はまたパニックに陥り、泣き始めてしまった。
「そんな理由で…私達を拉致したって言うの……? 私……せっかく頑張って高校入ったのに……。それに……一生お母さんとお父さんと会えないなんて……ふざけないでよ……!」
幽香はそう言うと、謎の男を睨みつける。
「うるせえな。学校なら向こうにもあるわ。それにお前には兄貴がいるじゃねえか。これ以上何を求める?」
「……臓物引きずり出して殺してやる!」
「そうか、楽しみに待ってるぜ」
……これ僕いる? まだ全然話せてないんだけど。帰っていい?
と思っていたら、男が言っていた島に着いたのか、船が止まった。
「ようやく着いたか。鎖は解いてやるから後は自力で歩け」
男はそう言うと、僕らの鎖を解くと、ついて来るように手招きする。
「……どうしよう、お兄ちゃん」
「行くしかないでしょ。逆らうわけにもいかないし」
「だよね……ところでなんでお兄ちゃんそんなに冷静でいられるの?」
「才能と慣れかな。だから幽香が気に病む必要はないよ」
僕がそう言うと、幽香は「でも……」と呟いて下を向いた。
どうやらあまり納得していないみたいだ。
が、これ以上話しているとあの男に殺されるので、一旦会話を中断し、男のところへ急ぐ。
そうして船を降りると、僕達は男にある家まで連れて来られた。
「さあ、ここがお前らの家だ」
男がその家を指差し、そう言う。
見た感じ、本当にただの一軒家といった感じだろうか。肌色の家の表面が輝いて見える。
「へぇ、意外とちゃんとした家なんだね。犬小屋みたいなの想像してたよ」
「反乱を起こされても困るからな」
「なら拉致なんかしなきゃいいのに。ほら、予め手紙出すとかさ、色々やり方あるでしょ」
僕は多少怒りをこめてそう返す。
「昔手紙でやったら半分ぐらい来なかったんだよ。どうせ強制なんだから拉致った方が早い」
僕は驚きのあまり、声が出なかった。
こいつに人の心はあるのだろうか。
時間があれば十時間ぐらい問い詰めてみたい。
そして、男は「じゃ、そういうことで」
と言って、僕らの手錠だけ外してどこかへ行ってしまった。
「……とりあえず中、入ろっか」
「うん……」
いざ僕達が家の中に入ると、やはり普通の家、といった感じの光景が広がっていた。
とりあえず僕達は、ソファに寝っ転がり、休むことにした。
「ねえ…これから私達、どうなっちゃうの……?」
幽香はソファに顔をうずめながら、僕にそう聞いてくる。
「……このまま行けば親にも友達にも会えないまま一生をここで終えるだろうね」
「そんな…」
「でも安心して、僕にいい考えがある」
「なに……?」
幽香は泣き腫らした顔を上げると、僕にそう尋ねる。
「見た感じここ、結構人いると思うんだよね。さっきあのゴミも高校あるって言ってたじゃん。それでさ……」
僕は周りに盗聴器がないのを確認すると、こう言った。
「この島を乗っ取ろうと思うんだ」
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