マジック・フェロモン
1.彼が彼女を作った
年末も近づいた週末の夜
男は仕事からの帰宅中に馴染みの店に入ろうとしたが
”毎度ワンパターンで同じ事の繰り返しで
刺激が無いっちゅうのも、つまらんわ”
いつもと違う事をしたい願望が心に浮かび
新しい今までは前を通り過ぎるだけだったスナックに寄った。
水商売 一筋で何十年も過ごしてきた感じのオーナーママ、
学生アルバイトな感じ丸出しな店員さん数人
どこにでもある内装、看板だけに趣向を凝らした店
”いらっしゃいませー”という挨拶とともに
男の出身地、関西なまりを話す女が隣りに座る
今まで嗅いだ事の無い懐かしい
どこかで嗅いだ事のあるような甘い感じの匂いが漂い
同じ関西出身という事を話しの糸口に女が話しかけてくる
”毎度のこっちゃなあ。
同じ関西出身なんやから知ってんやろ? とかゆうて
共通の話題を適当にデッチ上げてから
それとなしに色んな事を歌わしたり踊らせたりして
金を店で使わせる方に持っていこうとすんやろな”
試しに自分が営業行っている時に自己紹介で喋っている
”私は大企業の首都圏営業部に所属する有能なエリ-ト営業マン
会社と会社の信用関係をまとめている日々を過ごしています”
というような内容を営業話術で言う男。
するとオーナーママから、手旗信号のように合図が女に飛ぶ
合図に気づかない振りをして特に態度は変えずに過ごしてみる。
”新規上客見込み様への初回出血サービス開始合図か?”
というような期待と
”何じゃ こんボケ サラリーマンか
オーナー社長みたく金とか無いから、パパは無理
同居の母親とか嫁とかおって家庭内権力ゼロやったら
なけなしの小遣いで来ただけやろから
とりあえず、オボッチャマ扱いで適当にあしらえや”
とかいう合図かもしれない、という想いが交差した
オーナーママが、”永遠にパパに成れないオボッチャマ”
と判定していたら、期待だけ持たせて金を吸い上げるだけ
となるのは日本酒販売協会という同業者団体への営業活動で
身にしみて思い知らされていたので、そのパターンだったら
今回限りにした方がいいんだろうなという疑念と
刺激的な新しい週末の火遊びを楽しめるかもという期待とが
煙草の煙が揺れて舞い上がるように脳裏を埋めていく。
夜もふけてきて閉店近く。酔いの回った男が
「源氏名はいいから本名を教えてくれへん?」
と言うと本名と住所や連絡先を紙に書いて渡してきた後
「お客さんのも、教えて-な。」と女が言ってくる。
「ここから、すぐ近く。それより、もうすぐ閉店?
タクシーで戻るの面倒なんちゃう?
もう朝の方が夕方より近い時間になったワケやし
君の雇い主のいない所で話せなんかなあ?」
どうせ、こーゆー所の女じゃ。
”会いたかったら店に来て”とか言うんやろな”と思いつつも
”この女、空家とちゃうか。別の男が心の中におらん”
と話しをした限りで、そう判断していた。
あれこれと話しながら道路を歩いて行く二人
ぼやき上戸なので男は、毎度のパターンで、ぼやく。
”もはや仕事以外、何も無い人生だから
少しのうるおいってもんが欲しいなあ”
と、いうような内容をぼやいたあたりでアパートに到着
酔いが回って何を言っているんだかわからん内に午前2時。
午前2時から、眠りにつきまでの一夜の火遊び中
同じBGMがループで部屋の中に流れる
♪ やさしい良い人と呼ばれてみたいと思っている女は
ニコヤカな笑顔で、聞きやすい言い方で
男が今、言って欲しいと思っている言葉を唇から放つ
たとえ、それが客観的に見たら完全な嘘でも
冷たい事実より優しい嘘の方がいいと思いこんで
この二人きりの世界に何かがあると
思い込ませるかのように男の心に語りかける
所詮は嘘だと言い出さずに二人だけの世界
完全なる静寂の中で相手の心を確かめる
二人は一人の人間しか見えず一人の声しか聞こえない
♪ 二人きりの世界を続けたいと思っている男は
女の頭の中にある男らしい言い方で
女が言って欲しいと思っている言葉を今日も語る
たとえ、自己暗示をかけて言葉に酔うだけな嘘でも
汚い事実より綺麗な嘘の方がいいと思いこんで
この二人きりの世界に何かがあると
言い聞かせるように女の心に語りかける
所詮は嘘だと言い出さずに二人だけの世界
完全なる静寂の中で相手の心を探る
二人は一人の人間しか見ない一人の声しか聞いてない
2.彼女が彼を作った
女が所属している化粧品会社で
香水が作られ効力を確認する業務が公表された
「皆さん、たまに不思議な光景を眼にしませんか?
同じ女から見ても外見が綺麗に見えなかったりで
なんで、あんな女に男が言い寄ってくる女とか
自己破滅的な性格で、それが雰囲気にも出て
破滅的な空気感を纏っているのに
関わった男を狂わせてオモチャにして遊んでいる女とか
堕落を絵に描いたような女とか
どう考えても不思議でしょう?
雄を引き寄せる優秀な遺伝子を持った雌が放つ
普通のフェロモンの逆なマイナス・フェロモン
そういえる人間がいるのが?
我々は、その不思議な感覚が
何故に人間にあるのかを研究しました
そして完成したのが、この香水です
その女性の持っている性格や体型や体臭などで
一番、強く出ている特長を素晴らしいものだと
男性に錯覚させる作用のある成分で作られています」
そんな説明がされ、女は社内モニターに応募し当選
効力確認業務をする事となった
そして火曜の夜、女はいつものように、
昼間、化粧品会社での販売仕事を終え
ノルマ未達成分を穴埋めする資金稼ぎの為に始めた
夜の水商売バイト先の店に出かけていった。
”毎度のワンパターンで、つまらんわ-”
思いつくようにつぶやくのは、その一言。
店につくと入店したばかりの頃の知り合いと電話。
できたばかりの別の店へと引き抜かれていった女に
”そっちの店どう?金払いのいい上客いる?”
とかいうような世間話。
”5人のパパ候補がいるんだけどー
その内の一人があ 金払いが悪くてー
時間かかるだけだからー もう切りたいんだけどー
なんか うっざくってー
あーそうだ。そっちの店にいた時のウザイのに
移った店教えてないからー ひょっとしたら店に来てー
あたしの事聞いてくるかもしんないけどー
もし来たらー あんたが自分のパパにでも
オボッチャマ(言いなり奴隷)にでもしててー
とにかくー あたしが今いる店の事を言わないでー
どれだけ普段、女に相手にされてないんだよってくらい
馬鹿にしてコケにしても相手にされたあっとか言って喜ぶから
鬱憤晴らしのサンドバックには成るけどー
ちょっと 色々と壊れてきてて
ヤバイ奴になるかもだからー”
と言うような事を言ってくる。毎度の事だ。
もちろん、聞かれたら懇切丁寧に
今のヤツのいる店の事を教えるつもりだが
たまたま、席につく事が無い
そうこうする内に水商売一筋。何十年のオーナーママが到着
学生アルバイトの姉ちゃんが夕方の数時間だけいて
帰った後は、よくある内装と少ない客が目立つ店
珍しく飛び込みの新客。自分が席につく事になり
モニターとなった香水をつけて接客をしてみる
自分の出身地でもある関西なまりで話す男であった。
話しをしている内に同じ近辺の出身と、その男も言う
”毎度のこっちゃなあ。共通の話題になるような事を言った後
それとなしに いーじゃん。やらせろよ。とか言い出すんかな”
試しに、”仕事何してるの?”とふると
いかにして会社と会社の信用をまとめている有能な営業で
大会社の金持ち部署の有能なエリ-トな事を誇張して言う
するとオーナーママから、以心伝心で何となくわかるわよねえ
という感じで手旗信号のような合図が飛んでくる。
”あんたの昼間の仕事の後援者に、なってくれるかもしれないし
うまい事、言いくるめるかして、サービスすればぁ?
ある程度の資金源抱えてたらパパ(パトロン)にして
資金源ナシならオボッチャマ(言いなり奴隷)にしなよぉ”
入店した頃に説明された。そんな感じで接客しろという合図。
”新規の上客候補への初回出血サービスか。のるんかな?”
内心はパパな事を期待しているのと、その逆とが交差した
オーナーママの昔の経験や知り合いの経験の内
”馬鹿だからドン底に堕ちた”女の経験や堂々巡りに
気にくわないのを嵌め込んでいるのを見ていたので
自分も嵌め込まれるんじゃないかな、という疑惑である。
夜もふけてきて閉店近く。酔いの回った男が
「源氏名はいいから本名を教えてくれん?」と言う
もし昼間の仕事場で会ったとしても言わないでねと念を押し
本名と住所や連絡先を紙に書いて渡してきた後
バーター取引するだけとしても名刺くらいもらわないと、と思い
「お客さんのも、教えて-な。」と言ってみる。
「ここから、すぐ近く。それより、もうすぐ閉店?
タクシーで戻るの面倒なんちゃう?
もう朝の方が夕方より近い時間になったワケやし
君の雇い主のいない所で話せないやろかぁ?」
”ほーうれ、きよった
いーじゃん。やらせろよ 攻撃やがな”と思いつつも、
”この男、会社の中の私と仕事しか考えとらんな。
他の人間の事を見とらんから全員に突っ込まれるボケ
と同じやな。会社の中の事以外を知らん世間知らずみたいやし
ふところ飛び込み型のつきあいして突っ込み倒せば
どうとでも言いくるめられそうやな”
と話しをした限りで、そう判断していた。
「店に他の客はいなくなって
オーナーママも帰りましてん
もう既に店内に二人しかおらんで
鍵締めて帰る事に、なってます
明日、水曜日で昼間の仕事が休みやから
まあ、ええで、おっちゃん つきおうたる」
夜道を二人きりで歩く、人通りは流石に無い。
いくつかのネオンだけがある中で男がぼやく。
”もはや仕事以外何も無い人生だから
少しのうるおいってもんが欲しいなあ”
と、いうような内容をぼやいてくるのを
聞いているふりをしている内にアパート到着
酔いが回って何を言っているんだかわからん状態の内に午前2時
同じ曲がループでかかる中
二人きりになって部屋に香水の匂いが充満
香りに囚われ効力に酔いしれた男が話し出す
たぶん効力がきれて我に帰ったら
恥ずかしさで身悶えるような言葉を
「私にとってあなたと過ごす時間だけが人生の全てだ
君のためだけに生きていきたい
あなたが主役の人生物語に脇役として出演していたい」
そんな内容の言葉を男は語りだす
相手が熱くなりすぎると冷めてしまうものかもしれない
魔力確認のための罵倒を言うのを女は躊躇しなかった
「私が主人公の物語だっていうなら
その物語に貴方の出番なんて無いから
今すぐ視界から消えて欲しいんだけど
この部屋から、いや私の人生から出ていって!」
そんな内容の言葉を言っても
香水の魔力で男は女の虜になったまま
そんな言葉の暴力も無視して更に女につきまとう
「あんな女と関わらなければ人生が幸せだったと想った事ない?
色んな信用を失ってしまった事とか
酒場の毒婦と関わるために生きる人生は悲しいとか?」
と女が言うが、男には何を言っても無駄なようだった
男は言葉に反論する
「いや無い。今まで無い、いや、これからも無い。後悔は無い
君と出会うために生まれてきたのだ
私の人生は君と関わるためだった
全ての信用を失ってしまっても貴方がいれば人生は幸せだ
今までの人生も、この出会いのために生きてきたのだ」
香水の魔法は女には無力だったので
男の行動は全く理解できない非現実的な夢物語にしか聞こえず
関わるのをやめろという心の声は大きくなっていった
その効能を確認する日々がクリスマスからバレンタインまで続き
2月の末日、女はモニタリング確認作業終了連絡を受け
会社から指示された通りに香水を使用するのをやめ
男に連絡するのもやめ自然消滅させて関係を無かった事にした
香水の魔力で男の心に湧きあがった激情は消え
その激情に巻き込まれ惑わされた想いも消え
女が所属する会社で保管する実験結果データだけが残った
女は、今まで通りに化粧品販売と水商売をする日常に戻り
古い写真をクローゼットに仕舞うように全てを忘れた
色んな感情、情動や情念は誰かによって作る事が可能で
どこかの会社の商品のように売り物だとして
その商品によって作られた衝動に取り付かれ虜になる人を見ても
自分は虜にならない。と誰もが考えているものなのだろう
でも実際に強力な情動を巻き起こす何かが現れた時
巻き込まれない人は少ないものなのかもしれない。