ウーマン・イン・ザ・ダーク
とある大学の軽音楽サークルに所属する学生が
内輪で流行していたヘビーメタルを毎日演奏して遊んでいた。
「仕事として成立するワケじゃないけど
人づきあいのためのアマチュアリズムってイイ
ぬるいとか、いいかげんとか言われるだろうけど
いいじゃん、やってる俺らが楽しければ」
そんな言葉が内輪の合言葉な世界を作り上げていた。
ある年、のほほん、ダラダラとした空気感を破壊して
全く別な堂々巡りへと変えるつもりの人物が出現した。
競争心や向上心の塊で強引な性格の新入生の女は
プロになりたい意欲を抱え上昇志向が強かった
向上心のある上手な人が入ってきたら
同レベルの人と一緒に演奏したくなるのが自然といえば自然
人間的に相性があうとか好き嫌いとかの情感的なものは完全排除
損得だけで一切、人間関係の調和とかを考えない内輪ルールとなり
一番うまいベース、一番うまいギター、一番うまいドラムと
その女性キーボードが組んだバンドが完成
地元の有名人というか、ある程度の規模ホールでライブをして
採算がとれるくらいのバンドになったが
人間関係が完全に破綻して卒業とともに
女以外は楽器に触る事すら無くなった。
・・・
時は流れて、女は25歳を超え
周囲にいる高校の同級生の知友人とかと集まると
幸せな結婚生活や、子育てをする日々を手に入れ
住宅街の住人となった人が勝ち組として賛美され出していた
抱えていた色んな意欲や願望、向
地元楽器メーカーの関連会社で契約社員をして
その合間にバンド活動を細々と続けていたが
向上心も薄れ出し、”今更やめるなんて出来ない”
という意地のようなもので維持していた。
そんなある夜、女の前に悪魔が突然に現れて語りかけてきた。
「お前が心の中に抱え続けた望みを叶えてやる
歴史に名を遺すような素晴らしい曲が書きたいという望みを
お前や周囲にいる人間の全身全霊を凝縮して表現するわけだが
その表現が人々に賛美される期間は群れによって違う
お前らの場合は3年間だ。その期間が過ぎたら
それまでの ”魔力を借りたような時間”は消えるが・・・
何も無く時間だけが過ぎて行くだけで生きるよりマシだろう?
どうする?関わるのが嫌なら誰かの所へと行くが?」
ぽっかーん と女は突然に現れた悪魔を眺めていた。
”何故、今頃になって、そう生きてみたいと心から願っていた
数年前に、目の前に現れてくれなかった。”
最初に心へ浮かんだのは そんな言葉
そして 混乱した心の中で、色んな言葉が湧き上がる中
しびれを切らすかのように 再び 悪魔が語る
「同窓会で会った昔の友人が気になったか?
女の幸せを結婚生活の中で手に入れた友人が?
だが、夢を完全に捨てて結婚生活を手に入れても
その友人のように幸せになれそうか?
結婚生活をするために住宅街へと逃げ込んだら
どんなに苦しい生活でも逃げ場所は、無いぞ?
それなら、夢を実現してみては? どうだ?
新しく今までに無い日常に不安を感じるのか?
何も不安を感じる事は無い。
実際に天才と賛美される日常を手に入れれば
そんな事は、どうでもよくなるものだ。」
女は心を見透かされた事に驚きながら言葉を返す
ところで、ちょっと気になったんですけど
今、”お前らの場合は3年間”て言いました?
なんで ”お前” じゃなくて ”お前ら”なんですか?
「それはな、”魔力を借りた時間”を過ごすのは
お前一人だけでは無いからだ
今まで頭の中に浮かんだ事すらないような
素晴らしいイメージやら表現力やらが湧き上がり
お前は賛美され時代の象徴のように世の注目を集める
お前の周囲で共同作業をする人々も注目され
利害が一致している仲介交渉業務をする人々や
親族や周囲にいる身近な人々も巻き込んでいく
人によっては共感が強すぎて
”自分がお前になった”ような錯覚をするだろう
自分の一部を当てはめたり同一視したり
同じ群れの中にいる人間を様々な形で巻き込んで
”天才と賛美される日常”は形成されていく
そして、お前が群衆心理の中に投げ入れた石が
水面の波紋のように熱狂的な賛美や感動を発生させる反面
嫉妬や悪意、敵意なども同じぐらい発生させる
その負の感情がワシは好物だから
お前のような人間を探して魔力を貸している
ただ、何にも旬と言うものがあって
どんな生命力やエネルギーに溢れた感動や
素晴らしいものに感じる刺激も飽きられてしまうものだし
表現をするエネルギーにも限りがある
それを全て使い果たしてしまったら
後は魔力を使うためのエネルギーの無い
生命力を無くしたスカスカな状態になるものなのだ
そういう意味で魔力を使うための
御前が所属する群れの生命エネルギーは
3年分しか無いという事だ」
じゃ、生命エネルギーが無くなりそうになる3年後までに
誰でもいいから新しく魔力を使うために
必要な生命エネルギーを供給してくれる人を見つけ出せば
もっと長い間 魔力を使えるって事なんですか?
「いや・・・・今まで、そんな事を言う人間はいなかったな
やった事は無いし、そうしたら、どうなるかは知らないが
3年間、”天才と賛美される日常”の中で探せるのか?」
そうですね3年後までに見つけられると思います
ぜひ、では見つけたら延長して下さい。お願いします。
「という事はワシと契約するんだな」
はい、契約します。
もし、3年後までに ”供給者”が見つからなくて
残りの人生が燃え尽きた空虚な日々になったとしても
3年間だけでも ”天才と賛美される日常”を過ごせるなら
「契約する前に言っておく事がある
”お前ら”と言ったのには、もう一つの理由がある
お前が一人で ”天才と賛美される日常”は作るのは無理だ
例えば、お前が素晴らしい曲を作曲しただけじゃダメでな
科学的に語られる 1/f の揺らぎの癒しの音や
誰もが躍りたくなるような扇動音の周波数を出せる
精密機械のような楽器みたいな声で歌える人間が必要だし
今の世の中じゃ作り上げられた音源は株とかと同じで
なんとか利用権とか色んな権利が高値で取引されたり
ゴミのような値段というか無価値になったりするから
高値で取引される状態を3年間維持してくれる人も必要だ
たくさんの共感したり感動したりした人々の群衆心理を
操作できるくらいの宣伝能力をもった人間も必要なのだ
それぞれに魔力を使っていたんじゃ ワシの身が もたん
そこで 今、そういう能力を持っている人間を引き寄せる磁力のようなものと
最大限に作曲で素晴らしい表現ができる能力とを お前にやる
ただ この引き寄せる磁力も3年が経過したら消えて 誰も いなくなる。
それも あらかじめ 理解しておいてもらう。
3年が過ぎて ”人を引き寄せる磁力”が無くなってから
”あの時は言う事を聞いてくれたのに どうして?”
とか文句を言っても無駄だからな。それでも いいよな。」
え? それって今から新しく関わる全員に当てはまるんですか?
「当然だろう 3年しかないんだから
次々と偶然の出会いというものが続きでもしない限り
”天才と賛美される日常”なんて形成されない。」
明日から3年というか 今日から3年って事ですか?
”天才と賛美される日常”が形成されてから3年じゃなくて
「そうだ」
ちなみに 今、関わっている人とは3年過ぎたら・・・
そう女が言いかけると悪魔は意地悪そうな笑みを浮かべながら語る
「今、お前の周りにいる人間の多くは
どういう人間が多いか理解できているか?
刺激に満ちた激しい生き方をする才能は無いのを自覚して
地道な同じ事の繰り返しの中で生きていくしかない
と思っている人が多いから、激しい生き方なんて
言葉の意味が理解できないし頭の中にイメージが無い人が多く
そして ”激しさ”には毒があって破滅を招くとか
激しい生き方をする人を見て
自分にも同じ事をする才能があると勘違いすると
実際には、そんな生き方ができなくて苦しむだけ
とかいうような、格言や掟や迷信を作り上げて
自分たちの地道な同じ事の繰り返しの日常が正しい
と考えている人間とだけ関わっているのが
わかっているよな?
”天才と賛美される日常”を手に入れて
”激しい生き方”をする才能があると公表された御前に
それらの人々が向けてくる・・・
心の底に澱んだ何かが突然噴き出してきたような
濁った汚い感情や、その感情から出てくる言葉を語りだした時
その言葉を発している群衆心理を操作誘導する能力を
自分で手に入れているか
誰か心理操作の達人を見つけて仲間にするかでもして
関わっている人間が形成している群衆心理を
完全にコントロールできるようになればいいんじゃないの?
そうすれば何の問題なく今、関わっている人と
今まで通りに関われるんじゃないのか?
でも人の心は変わるものだ全く同じという事は、ありえない
激しい生き方の世界が3年で消えて
二度と再現される事が無くなるのを知っているのは御前だけだ
期限が近づき、一旦は手に入れたモノを手放す時
どんな感情を抱えるようになるんだろうな?
今、予想つかないだろうな、何も無い今は?」
そんな限定された期間だけの事を語る悪魔を見る内に
今まで考えてもいなかった事が頭に浮かび語りだした
今まで、考えてもいなかった事なんですが?
とても有名な名画を書いて伝説になっている画家
ずっと演奏されているクラシックを作曲した作曲家
永遠に価値があると評価される天才の所へも
あなたと同じような悪魔が契約を求めて現れたんですか?
「そうだな、たとえば有名なクラシック大家や有名画家
何年ぐらい価値があると評価されている?」
バッハが500年、ピカソとかが100年くらいですか?
今まで考えたり調べたりした事が無いので
漠然と、それくらいと感じただけですが
「長い間、絵や音に価値があると最初に評価して
その感動を広め続けた人間が存在して
時代が変わっても変わらない感動を呼ぶ価値観を作り上げ
その価値観が失われなかった という事だな
その天才が最初に契約した悪魔が
その天才の一族、民族の心の中に
生き続けていないと魔力が通用しないわけだ
当然 そいつらが所属する群衆心理の中に
同じ熱狂的な賛美や感動と、嫉妬や悪意などの負の感情が
発生していないと我等は魔力を貸せない
伝説的な天才と呼ばれる人間を一人、作り上げるのに
何ができる人間が何人くらい必要か わかるか?」
民族の群集心理の中に永遠に価値がある物だと感じさせる言葉を
民族が使用する言語で表現する人間が一人いて
それを子供、孫と継承して、他の民族へも広めていけば
継承されていくものだとして
地球上にある言語の価値観を表現する言葉
全ての民族の数だけ表現する人間を集めて
数えきれないくらい人間が必要になるでしょうね
少なくとも 人数の多い民族分
少なくとも 英語、中国語、スペイン語
「言葉を使った物語とか文学だと そうだ
だが、その価値観を表現したのが絵画や音楽なら どうだ?
言葉で価値を表現しているわけではない分、人数が少なくてすむ
それでいて 呼び起こす原始的な感情の起伏は激しい
我等が好む感情も大量に発生する
契約した悪魔と上手に交渉した結果だろうと思う」
じゃあ 私でも?
「お前の心の中に我等にとって好ましい悪意があって
悪意をこめた作品が永遠に評価される事で
我々が好む感情が発生し続けるならば
契約を延長し続けてやる事はできるだろう
お前の寿命が尽きるまで、いや お前の一族 民族が滅んで
最後の一人が死ぬまで魔力を貸し続けてやる事すらできる
ただな、我等の都合にあう人間が御前等に中に存在して
そいつが契約する事に納得する引継ぎが必要になるがな
昔から語られている話かもしれないが
魔力を信じて使おうとする人間が一人もいなくなった時点で
魔力は価値を失い。この世から消えてなくなるものなのだ。
わかるか?
3年後の同じ日に、御前が魔力を必要とするなら
引継ぎする相手か、生命エネルギー供給者を
連れて同じ場所に来れば契約延長してやる。」
そして、3年の月日が流れた。
まさに悪魔に魂を売り渡した日々を送った女は疲れ果てた
最初、手に入れたら永遠に手放したくない
と思っていた日々にも未練は無くなり
同時に悪魔との契約を延長したいという願望も消え
悪魔が欲しがっていた誰かの魂を用意しなかった
悪魔も、よくある事だと割り切って
新しい狂気に富んだ群集心理を埋蔵している
人の群れを求めて去った。