正国 vol. 4 正義の味方の日常
私は、”正義の味方”何故そうなのかと言われても
親も、そのまた親も、”正義の味方”として
悪の組織を倒すために改造されて戦闘員になった悪人と戦ってきたから
産まれた時から周囲の人々も、
いや自分も物心ついた時から、”正義の味方”として生きるのが
当たり前だと思ってきたから、そう生きる以外の生き方がわからない
もし突然に、”正義の味方”以外になれと言われたら
どうしたらいいか、わからず途方に暮れてしまうだろう
それくらいに自分の生き方に疑いを持っていなかった。
しかし、ある日、突然に全ては壊された
悪の組織が、”正義の味方”を全て倒して生き残った僕達、女子供に言った
今まで君達が正義と信じていた事は実は間違っていて
今まで君達が悪の組織と思い込まされていた我々こそが正しかったのだ
君達は狭い世界の中で勝手に思い込んでいた事は非常識で
自分達の事しか考えていない全世界の良識からは外れた
非人道的な暴挙を正義のための戦いと教えられ
正しい自分達と違う悪の組織の悪人は倒さねばならない
そのためには何をしてもいいという常識を教えられてきたと想いますが
それは全て嘘だったのです
貴方達の間違いは悪人を偉くしてしまった事です
そのテレビ宣言を見て生き残った、”正義の味方”地域に生きてきた我々は想った
今まで騙されてきたのか、と、しかし
今まで、こう生きる事が当たり前だ
と生まれてから、ずっと言われてきた事が全て間違っていたから
新しく善悪の道徳レベルから全てを変えろと言われても
すぐに、そうできるかと言えば、できるワケじゃない。
自分と同じように今まで、”正義の味方”教育を受け
”正義の味方”として死ぬまで戦う一生を思い描いていた
同じ年代の皆は全員、途方にくれた
すると、16歳から25歳までの若年労働者教育センターという学校が設立され
全国にセンターの支部が出来て、全世界各国から教育者が集まって
国際世論常識と、国際標準語、そして歴史の授業が、”我が国の歴史”だけじゃなくて
国際歴史という全部の国の歴史を統一したような歴史を勉強する事となった
18・22・25歳の三段階に分けて学校を卒業して労働者になるルールで
若く労働者になれば、若いほどに底辺労働者に近い仕事なので
それが厭なら25歳まで学校から卒業させられないように
学術理論を勉強するようにという事だった
なんとかして25歳まで学校にいられないものだろうかと頑張ったが
一番、大勢の人間が学校から卒業させられる22歳で労働者になった
”栄誉ある職務のために生きる我々”という意味の名前な会社で働く事になり
社外で見かける、”我々の職務に関係ない部外者”の内
関わっていい人間が制限されるようになった
両親と兄弟などの必要最低限の血縁者
これらとは年2回、夏休みと冬休みに会っていい
18歳から35歳までの同年代若年労働者
これらの内、”職務に支障が出ない見込みのある集団縁者”
これらとも年2回、夏休みと冬休みに会っていい
ただし、職務に支障が発生させる恐れがあると管理職が判断した場合
管理職の指導により、君の心の中の、”人間関係構成表”を
強制的に書き代えさせてもらう
結婚相手は職場で見つけて職場結婚して
独身寮から家族寮に引っ越すだけになる事が望ましい
などなど全て我々の職務のために生きる事が正しいと教育され、それに従った
・・・・・
そして時は流れ60歳、会社の定年年齢だ。
必要最低限の血縁者は全員、亡くなって墓の下
鬱憤晴らし飲み会を年2回ほどするだけだった同年代労働者とは
結婚して夫婦生活を始めた時点で子育てに金がかかるから
鬱憤晴らし飲み会に行く金が無くなったりなど諸々で疎遠になり
何年も前に会ったきり音信普通
職場結婚をできるような身分に同業者内では成れなかったので
同居の結婚相手も子供もいない
何も無くなって誰もいなくなったから
子供の頃にいた、”正義の味方”の里へと帰ったものの
知っている人間は誰もいない。
子供が大都市の学校へ行って、そのまま大都市の大企業本社に入社
もしくは、その関係者や結婚相手になって
過去の遺物となった、”正義の味方”の里からは出ていき
旦那さんが亡くなって、大都市で暮らす子供や孫の事を考えながら
独り暮らしをしている婆ちゃん
が何人か暮らしていて、”婆ちゃんの楽園”を無理やり作ったようなので
当然なのだが自分のような初老の爺さんがいると
不思議な生き物を見るような眼で見られる
”なんで爺さんなのに、こんな所にいるの?”
”なぜ大都市で労働者として働いてないの?”
というような事だけを聴かれるだけで
しまいには世間話として何を話せばいいのかすら、わからなくなった。
ためしに役所へと行って、役所の中にある老齢労働者向け職業紹介所に寄る
年齢を言うと全く相手にされない。
役所の一階にあるテレビに国営放送が映っている
そのテレビの前に座って画面を見ながら
ぼんやりと昔の事を考えている同年代か少し年上の爺さんがいた
しばらく街をブラついて昼に戻っても同じ爺さんがいる
夕方、帰る前に寄ってみると同じ爺さんが、まだいた
昔、役場でというか、”正義の味方”として働いていて
生き残ったものの、何もする事が無くて
いつのまにか毎日、ああして、ここに来て
昔の事を考えながら国営放送を見て過ごすのが日課になったんだろうか?
次の日、役所に行って午前中だけテレビを見てみた
役所にいる年配の労働者が爺さんに話しかける
10時のオヤツ休憩とやららしく、そのついでなようだ
何やら専門用語で爺さんに話しかけ、爺さんが分ったと頷き一階から消える
なんかの顧問さんか何かで庶務な雑用か何かを依頼されたのだろうか
午後2時半頃になって戻ってきて、
午後3時のオヤツ休憩に同じオッサンに部外者には理解できない
公官庁会計用語だか公益法人会計用語だかで会話をした後、
オッサンが小さな声で囁いた。
「そうですか、では見せしめとして社会的に抹殺して正解ですな」
そんな意味の言葉を公官庁用語で話す
爺さんが独りにだけ聞こえるような小さな声で呟き返す
「まあ、我々の中にいる人間なら誰しも、そう想うだろう
結果は来週月曜の朝刊の一面を見てくれれば、わかる」
翌週月曜の朝刊、とある地元有名企業の不祥事スキャンダルが掲載され
それを暴いた地元警察の手柄が大々的に賛美されていた。
世の中、仕事と言っても色々あるらしい。
あの爺さんの場合、我々の正義とやらのためには
社会的に抹殺すべきと判断された人間が発生した時に
要望通りに関係者には何故、誰が何をしたか理解できるように
”我々にとって不都合な人間”を闇に葬るのが仕事なようだった。




