心に刻まれた言葉
「早く!!御客様の視線の高さに売れ筋商品を並べる!
何度言ったらわかるの!!」
棚卸作業中の売り場で、よく見られる風景が
今日も繰り広げられる。
死に筋商品となって売れなくなった商品や
季節性の商品で季節外れになった商品を片付けて
売れ筋商品として宣伝している商品や
これからの季節になると毎年、売れる商品への入れ替え
そんな売り場の模様替えに追われる木曽と津川。
この大型小売店に入社以来、津川は木曽の下で働いている。
津川にアレコレと言う事で自分に言い聞かせる木曽。
今日の言い聞かせは売れ筋商品と死に筋商品の判別についてだ
「津川君はいつまでたっても商品見切りが下手だよね」
「え、でも木曽さんが指導してくれるおかげで
不良在庫を増やさないで、すんでますよ。
こないだまで売れていた急速流行性商品とかも
流行が終わった後も、ほどほどに売れる商品と
死に筋になって二度と売れない商品との見切りを
指導してもらえましたし」
「判別を間違えると、もう売れない大量の死に筋商品が不良在庫となって
倉庫に山積みされてしまう事になるんだから
商品の見切りくらいできて当たり前でしょ?
早く自分で見切れるようになってっ!」
「了解っすー!!」
津川はそういうと木曽に敬礼をして入れ替え作業をしていく。
「まったく・・・言われないと見切りすらも出来ないなんて・・・」
木曽と津川がフロアに戻ると閉店後の終礼が始まっていた。
「もうちょっと早く終われなかったのか?」
フロア主任の二宮が木曽と津川に軽く注意する。
「えー、だってあんなにいっぱい商品来たら時間かかりますよ」
津川はすかさず二宮の言葉に反論する。
慌てて木曽は割って入り二宮に謝る。
「すみませんでした。次からは気をつけます」
「それに木曽さんが僕に・・・グゥエッ」
さらに言葉を続けようとする津川のみぞおちに軽くヒジを打ち込む木曽。
「余計な事を言わない!」
「だって木曽さんが・・・」
「いいから!黙って上司の言うことを聞く!
終礼が長引くでしょ?」
そのやりとりを見て二宮は小さいため息をつく。
「木曽さんと津川は、いっつもそんな感じだな。
まるで仲のいい姉弟みたいだよ」
津川は二宮の言葉に合いの手をうつ。
「主任、うまい事いいますねー。
じゃ、これから木曽さんの事、
お姉様って呼びましょうか?」
その言葉に木曽は、さっきより強いヒジ打ちを津川に見舞う。
「ちょっと止めて!!ふざけんな!!」
「今の・・マジ、入りましたよ・・・」
「まったく・・・」
終礼も終わりかけの頃、二宮がひとつの発表をした。
「明日から来る新人の丸藤さんの指導員なんだが
津川君にやってもらう事にした」
「え、僕がですか?」 思いもしない発表に津川は驚く。
「そうだ、良かったな。
今度は妹が出来るぞ、姉妹に挟まれての三兄弟だ」
二宮がそう言うと場は笑いに包まれたが、木曽だけは笑っていなかった。
津川君が指導員?・・・・・・新人の若い女の子の?・・・・・・・・・
二宮は言葉を続ける。
「丸藤さんって結構可愛いんだよ。今時の感じで」
「マジっすか! 女性扱いの達人で百戦錬磨な主任が言うほどっすかー
いっやー、期待で胸とか体の色んな所が膨むっすよー!!」
津川が、いつものしょーもないボケを入れると再び笑いがおこる。
売れっ子の芸人が何をボケても笑ってもらえる状態だ
木曽の中で、いい様のない気持ちが膨れ上がってきた。
誰も突っ込まんのかーい。というか
なんで津川君の下に?! 津川君じゃ無理じゃね?
感情が高ぶり木曽は口を開いた。
「主任!」
「ん、なんだ? どうかしたのか?」
「津川君に指導員はまだ無理です。早すぎます」
「早すぎる事はないだろ?
木曽さんが指導員になったのは何年目だったっけ?」
「えー・・・3年目です」
「津川は何年目だっけ?」
二宮は津川に問いかける。
「僕ですか?3年目です」
「ほら、早すぎるって事はないだろ
中学生が高校受験をして高校生になるくらいの時間が
社会人になってから経過しているんだから大丈夫だろ」
それでも木曽は食い下がる。
「でも・・・津川君は見切りなどが下手でもありますし・・・」
「本当に姉御な意見だな。木曽さん」
「そんな事ありません!!私はフロアの事を考えて・・・」
「津川だっていつまでも木曽さんの下で指示されて
言われた通りに作業しているだけじゃ成長しないだろ。
下に仕事内容を説明している内に理解するって事もあるんだから
もっと仕事ができるように頑張れよ津川。期待してるからな!」
「はい! もっと、もーっと、今以上に頑張りまっす!!」
ハイテンションに津川が暑っ苦しくなればなるほど
木曽は冷ややかな気持ちになっていった。
・・・・
一人暮らしをしている木曽の夕食は基本的に自炊している。
でも今日は何故だか自炊する気になれなかった
駅から家への途中にあるコンビニに立ち寄り、
缶ビール6本入りとパック物のお惣菜をレジに持っていく。
レジのアルバイト学生丸出しな子が
マニュアル通りな接客で会計金額を告げる。
このレジの子とかから私の事は、どう見えるのかな?
寂しい一人晩酌する、”おひとりさま女”にでも見えるのかな?
やっぱ若年労働者向け商品しかないコンビニじゃなくて
主婦や年金生活者が買い物する安売りスーパーで
一週間分を買いだめしとけば良かったなぁ
ふとそんな事を頭がよぎる。
今週だけ・・・そう今週は、何か・・・オバサンくさい店を避けよ
レジで会計をすませ木曽は家路へと着いた。
部屋へ入るとカバンを無造作に床へ放り投げ、ソファにドサッと腰掛ける。
リモコンでテレビを付けて缶ビールを開け、一気に半分近くを飲み干す。
まったく・・・何が ”今以上に頑張りまっす”じゃ! あんボケがあ!
少し酒が入ると業務連絡な日本語じゃなく出身地の言葉が頭に浮かぶ
割り箸でお惣菜を口に運びながら終礼での津川の言葉を思い出していた。
ワシと一緒の時は頑張ってなかったとでも言うんか?
そう言うとまたビールを口にする。あっという間に1本目が空になった。
2本目を開け、2,3口飲んだあと、テレビの上にある写真を手にする。
・・・・・・指導員・・・
その写真は2年前の秋、レクリエーションでバーベキューに行った時の写真だ。
楽しそうな笑顔の津川の横で照れくさそうな顔をした木曽が写ってる。
木曽は津川の顔の部分を人差し指で軽くなで、
津川君も、もう3年目なんやなあ・・・・・・
お惣菜を食べようと割り箸を手にしようとした時、木曽のスマホが鳴った。
その音はメールの着信音だった。木曽は写真をテーブルに置き、スマホを手に持つ。
誰や?
送信者は津川だった。木曽と津川は普段からくだらない事でメールをしている。
テレビの事、音楽の事、新しいお菓子の事・・・・・・
送ってくるのはいつも津川で、木曽はそれに対して「ふーん」とか「くだらないねぇ」といった
たぐいの返事を出すだけだった。
木曽も気のきいた返事を出そうと思っているのだが、津川に子供っぽく見られたくないと
いう気持ちが邪魔をし、いつもそっけない返事を出していた。
津川の事を考えていた時に津川からのメール、、、木曽の鼓動は早まっていった。
なんで、こんな興奮してんのやろ?
いや、興奮してんのと、ちゃう!
これは・・・・・・そう!ビールのせいや!!
でも・・・なんやろ? 何を言ってくんのやろ
”僕は指導員をするより木曽さんと一緒に仕事がしたいです!”
とでも言うてくるんやろか?
スマホを握り締めたまま、ソファにあお向けに寝そべる。
少しの期待を抱きながら、メールを開封する。
【やばいっすよ!初めての指導員が可愛い子なんて!!
チョー興奮して眠れないかもしんないっすよーー!!】
メールにはそれだけが書かれていた。
期待していた内容とかけ離れている分
木曽の心の中で怒りに近い感情が湧き出てくる。
何や! それ!!? なんか、むっかつくわー!!
思わずソファの隅にあるクッションを壁に投げつける。
そして2本目のビールを一気に飲み干す。
3本目を開け、返信メールを打つ。
【何言ってんの? そんな事でいちいちメールしないで!!】
右手の親指で送信ボタンを押そうとした。
その瞬間、テーブルに置いた写真が木曽の目に入ってきた。
ボタンを押すのをやめ、左手でその写真を手にし津川を見つめる。
ちょっと、ヒステリックすぎて・・変な感覚・・・・・・
木曽は文章を削除し、メールに打ち直した。
【指導員は大変だよ。津川君の指導員だった私が言うんだから間違いないよ?
大変だろうけど頑張ってね。困ったことがあったら相談にのるから】
アルコールの力も手伝ってちょっとだけ素直な気持ちが入った文書になった。
送信ボタンを押す直前にふと木曽は思いとどまる。
何で、こんな文章打ってんのやろ?
1、2分スマホを眺めた後、木曽は2行目を削除し、送信した。
【指導員は大変だよ。津川君の指導員だった私が言うんだから間違いないよ?】
気がつくと3本目のビールが空になっていた。
4本目を開けようとした時、初めてこれが4本目という事に気づいた。
いつのまに・・もう3本も飲んどるわ!
何で・・・こんな早いペースなんやろな・・・・・・
ふっと写真に目をやる。
・・・・・・お前のせいじゃ・・・アホ
そう言いながら木曽は寝落ちしていた。
・・・
部屋の目覚ましが鳴る。結局買ってきたビール6本を全部飲んでしまい、
深い眠りについている木曽にはその音が聞こえなかった。
目覚ましが鳴り止んでから20分後、ようやく木曽は目覚めた。
はぁ~、、ちょっと頭重い・・・・・・飲みすぎ・・・
でも、目覚ましより早く起きるなんて久しぶり、今何時?
目覚ましを見る木曽は慌てふためいた。
ちょ、ちょっと、ヤバっ! 遅刻!
朝はのんびりしてから出社するが今日は時間がない。
急いで歯を磨き、化粧をする。
髪の毛整える時間ないっ!
普段は綺麗なロングストレートの髪をポニーテールにし
慌ててアパートを飛び出した。
朝礼が始まる2分前に木曽はなんとかフロアに滑り込んだ。
「おはようございまーす・・・はぁ、はぁ・・・」
「珍しいな、木曽さんがギリギリなんて。おっ、髪型も違うね」
二宮がそう声をかける。
「間に合いましたよね、主任」
「まだ始まってないからセーフだね」
「よかったぁ」
胸に手をあて、ホッとした表情をする木曽。
「でも、今日は新人が来る日なんだから
ギリギリってのは、よろしくないかな?」
そう言う二宮の横に見知らぬ女性が立っていた。
あっ、そうだった・・・しまった・・・最初が肝心なのに
「すみません。今後は気をつけます・・・」
木曽が二宮に謝っているといつも通り、ギリギリで津川がフロアにやってきた。
「おっはようございまーす!! あれ、木曽さん、今日はポニーっすかー」
朝礼が始まり二宮が丸藤の紹介を始める。
木曽は丸藤の事を観察するかのように凝視していた。
丸藤は最近の子しては珍しく装飾品は一切しておらず髪も黒髪だった。
小柄で可愛い子ね、ちょっと地味かな。
私も派手なほうじゃないけどあそこまで地味じゃない
ほとんどノーメーク・・・やっぱ若いって羨ましい、、って、私だってまだ20代!!
胸は・・・私の方がちょっと大きい?って何で比較してるの?
「今日からこのフロアに配属になりました丸藤と申します。
一日も早く戦力になれるよう頑張りますのでよろしくお願いします」
教科書通りの挨拶をし、軽くお辞儀をする丸藤。フロアからは歓迎の拍手がおこる。
津川は一人だけ強く拍手をしていた。
「丸藤さんの指導員は、ここにいる津川君だから」
「津川さんですね、よろしくお願いします」
ペコッと津川に対してお辞儀する丸藤。
「こっちらこそ!よろしくーっ!」
体操のお兄さんのようにテンション高く返事をする津川。
「で、こっちが丸藤さんのお姉さんになる木曽さん」
「えっ、お姉さんですか?」
キョトンとする丸藤。フロアから笑いがおきる。
「ちょっと!主任!!そんな紹介っておかしくないですか?」
「あのね、木曽さんは津川のお姉さんなんだ。
だから丸藤さんは木曽さんの妹になるんだよ」
「いいかげんにして下さい、怒りますよ?」
そういいながら木曽は二宮の腕に
なんでやねんチョップをした。
津川は耳打ちをするように丸藤に話しかける。
「見た、今の? 怖ーい姉御なんだ」
何どさくさに紛れて、近いでしょ、それ?
セクハラとか言われる近さじゃないの!!
「主任も津川君もふざけすぎですよ!
早く開店準備しないと間に合わなくなりますよ!!」
笑いながら開店準備に向かう二宮と津川。
丸藤はクスクス笑いながら木曽に話しかけてきた。
「みんな仲良しなんですね。何か安心しました。
これからよろしくお願いします」
「そうね。丸藤さんも一緒にがんばりましょうね」
丸藤の言葉に、どこかそっけなく答える木曽だった。
・・・
丸藤が配属されて2週間が経過した。
素朴で素直な丸藤の噂は店舗中の独身男性の噂になっていた。
丸藤の事を語るのが従業員の共通世間話。
「家具売り場に新しく来た丸藤さんって知ってる?」
「知ってるに決まってんじゃん!
見てると何か幸な気分になるんだよなー」
「何それ? キモーい!
でも同性から見ても可愛い子だよね」
男女問わず印象がいい丸藤。
いわゆる万人受けする態度と性格というやつなんだろうか
その噂を木曽は複雑な思いで聞いていた。
人気あるなー、丸藤さん。
性格が才能って人は客商売に向いていると
見込まれて採用されたんだろうけど
ここまで内輪でうける新人さんが来たのは久しぶり・・・
「・・・さん?」
・・・・・・やっぱ御客様にも同僚にも好印象なのが?
「・・・さーん」
でも何で津川君が丸藤さんの指導員なんだろ?
「きっそ さーーん ってば!!」
前に座っている津川は何度も呼びかけたが、
返事がこなかったので軽く脳天にチョップをする。
「痛っ、何するの、いきなり!」
「だって、何回も呼んでも返事してくれないから」
「えっ、そうだったの?聞いてなかった」
「考え事ですか?何考えてたんですかー」
お前の事だなんて口が裂けてもいえるはずがない。
「なんだって、いいじゃない
それより何か言いたい事があるんでしょ?」
「そうそう、聞こえてました?周りの人たちの話」
「周りって?」
「丸藤さんの噂してる人たちいるじゃないですか。
何か僕、すっげーラッキーじゃありません?」
「ラッキー?」
「僕は噂の人の指導員ですよ。
指導員っていえばしょっちゅう一緒だし。
きっとアイツら羨ましがってますって」
津川のその言葉を聞き、カッとなって席を立つ木曽。
「あれ、まだ休憩10分残ってますよ?」
「私が何しようと私の勝手!」
そう言うと津川を一人残し、休憩室を出て行く木曽。
「私、何に怒ってイラついてんだろ・・・」
休憩室を出て、少し歩いたところで立ち止まった木曽はそうつぶやいた。
・・・
夏のボーナス・シーズン大売り出しのピークがすぎた8月中旬、
家具売り場のメンバでちょっと遅めの丸藤の歓迎会が開かれていた。
津川は相変わらず丸藤の隣で仲良く話していた。
「・・・でその時、そいつがさ・・・」
「えー、本当ですかー?」
遠めの席に座っていた木曽には2人の会話は、よく聞こえなかった。
何話してるのかな?2人は・・・
そう思いながらちょっと濃いめのウーロン杯をゴクっとのみほす。
今までは・・いつも津川君の隣に私がいたのにな・・・
アルコールの力と、目の前で仲良くしている2人を見て、
抑えていた思いが無意識に頭をよぎる。
丸藤さんさえいなければ・・・また・・・津川君と一緒なのに・・・
フッと我にかえり、グラスをタンッとテーブルに置き下唇を強く噛む。
ダメ!!こんな誰かを呪うような感情を抱えちゃ・・・
悪意を抱えるだけ抱えても意味は無いんだから・・・
うつむいて重い気分になっている木曽の隣に
ハイテンションな声の津川がやってくる。
「きっそさん、飲 ん で ま す か~?」
慌てて津川の事を見て、目があうとスッと視線を外す。
飲まなきゃ、やってらんないでしょ・・・
「飲んでるわよ。それより何しにきたの?
丸藤さんの事、ほったらかしていいの?」
「いやー最近、木曽さんとあんま話してないなーって思って」
津川のその一言で木曽の心臓の鼓動が一気に速まる。
「しょうがないな。相手してあげようじゃないの」
「あれ、よくみると顔真っ赤ですね。飲みすぎました?」
そう言って覗き込む津川の顔が木曽の顔の真横までくる。
え・・・そんなに変な感情が表情に?・・・それにしても近づきすぎ・・
「ちょ、近づきすぎ!この酔っ払い!!」
そう言って木曽は自分が食べた枝豆の殻を
津川の顔めがけて投げつける。
「うわっ、痛いですよ」
「自業自得でしょ?」
「でも、この殻って木曽さんが食べたんですよね?
僕の頬に当たったから間接キスってやつっすか?」
「はぁ? 津川!!! こら きっさーま
何を言ってんの!!! いい加減にしなさい!!」
突っ込みしばきを防御する為、
亀のように丸くなっている津川を見て木曽は思った。
津川君の感覚ええわぁ・・・なんやろ、この感覚・・・
言葉にして説明は出来ないけど、やっぱ、ええ・・・・・・
2次会は当然のように、カラオケだった。
参加者はだいぶアルコールが入っていて思い思いの歌を歌っていた。
木曽は1次会で帰ろうとしたが、津川が2次会に行くと言っていたので参加した。
また、話せるかも知れないし・・・
木曽は普段、カラオケには来ない。来ても歌わない。
内輪でうけるような歌をほとんど聴かないし
リズム音痴なのでハイテンションな早い曲を歌うと
微妙にテンポずれして濁った感じでしか歌えないからだ。
そんな木曽も3年前に歌った事がある。
それは津川の歓迎会の時、2次会で津川とデュエットをした。
木曽はその時の事を思い出していた。
「木曽さん、一緒に歌ってもらえませんか?」
「えっ、む、無理よ。私、歌知らないし」
「僕、あんまうまくないんで恥ずかしいんですよ。お願いします!!」
「もぅー、しょうがないわね。指導員だし、面倒みてあげるわよ」
「ホントっすか!助かります」
結局、おっさんウケする内輪でうけるムード歌謡を歌ったんだよね。
内輪うけを狙った替え歌芸を披露しだすほどに酔っ払いだして
数曲が歌い終わった後、二宮が丸藤に歌うよう勧める。
「さぁ、ここで一番、ナウいヤングな感覚の
丸藤さんの歌声を聞かせてもらいましょーお!!」
室内は拍手が沸き起こる。
「私、あまりカラオケに来ないので1人だと恥ずかしいですね・・・
そうだ、津川さん、一緒に歌いません?」
突然の丸藤の言葉に木曽は呆然とした。
なんで津川君?・・・どうせ ”喜んで!” とか言うんでしょ!!
イライラをごまかすよう、手にしていたビールをグッと飲み干す木曽。
しかし津川の答えは意外なものだった。
「いやぁ、デュエットは・・・ちょっとなぁ・・・」
「どうしても、ダメですか?」
丸藤が哀願に近い目で津川に問いかける。
「わるいな。他の事だったらいいんだけどね」
「・・・わかりました。無理言ってすみませんでした」
口調は柔らかだが頑として丸藤とのデュエットを拒む津川。
その様子を木曽は不思議に思った。
あれ?・・・歌わないんだ?
ふと木曽が津川の方を見ると津川も木曽の事を見ていた。
木曽の視線に気づくと津川はスッと目をそらし、丸藤の歌を盛り上げはじめた。
「木曽さん、ちょっといい?」
2次会も終わり、店を出たところで二宮が木曽を呼び止める。
「コレって木曽さんのじゃないかな?」
そう言って黒色のカードケースを取り出す二宮。
「見覚えがないです。私のじゃないですよ」
「あれ、いや、でも、中にさ・・・」
いつもは歯切れのいい二宮がここまでとまどうのは珍しい。
木曽はいぶかしそうに中をみると
「っ!!この写真!!!」
それは木曽の部屋にもある2年前のバーベキューの写真の
木曽と津川の部分だけ切り取った写真だった。
なんで・・・私と津川君が写ってる写真が・・・
「木曽さんのじゃないとすると津川の物か、、、
あっ、もしかして津川は木曽さんの事・・・」
「ちょ、ちょっとストップ!!主任、ストップ!そ、そんな事ありません!」
二宮が何を言おうとしたかは木曽にも分かっていた。
でも、それを言葉で聞く勇気がなかった。
「ああ、俺はさ、仕事に影響出なければプライベートに口をつっこまないよ」
「しゅ、主任、、何が言いたいんですか?」
「俺も社内恋愛で社内結婚だったし」
「別に私と津川君はそんなんじゃ・・・それに津川君は今、丸藤さんが・・・」
「気になってるのかな?それだったら津川が丸藤さんにしてることって
昔、木曽さんが津川にやった事でしょ」
「私がした事・・・」
木曽が津川の指導員だった頃、何かにかけていつも津川と一緒にいた。
仕事中、飲み会、レクレーション・・・
初めての指導員だったので必要以上に津川の事を気にかけていた。
今の津川は同じ事を丸藤にしているのだ。
「ほら、弟の持ち物なんだ。届けてあげな」
「主任が届けてくださいよ・・・」
モジモジしている木曽に見かねた二宮はスマホを取り出し、誰かに電話する。
「お前カードケース落としただろ?
木曽さんが持ってるから急いで戻ってこい! 上司命令だ!!」
電話を切り木曽の肩をポンっと叩く。
「じゃあ俺はこれで。愛する妻と娘がまってるからさ」
「ちょ、ちょっとー、主任!!」
そんな・・・どんな顔して津川君に合えばいいっていうのよ・・・
1人残された木曽は不安、期待、喜び、緊張・・・もう訳がわからなくなっていた
店の前で待つ木曽。心の中は様々な思いが入り組んでいた。
同じような言葉が浮かんでは打ち消す木曽の視線に、小走りに走ってくる津川の姿が入った。
えっ、もう来たの?は、走ってこなくてもいいじゃない!まだ心の整理が・・・
津川も木曽の姿を確認すると走る速度を速め、木曽のもとにかけよった。
「はぁ、はぁ、、、、す、すみません・・・待たせちゃって・・・」
息も途切れ途切れに待たせた事を謝る津川。
まずは写真の事、、聞かないと、、、でも私から聞くのはなぁ・・・・・・
「ちょっと!遅い、、もう、、何分待たせたと思ってるの?」
恥ずかしさ隠しから気持ちと関係のない言葉を発する木曽。
「・・はぁ、、はぁ、、ホント、すんませんって」
「まったく、店に忘れ物するなんて津川君っぽいよね」
「僕、落し物とかした事ないのにな?飲みすぎですかね。あの、ケースは・・・」
「はい、これでしょ?主任が見つけてくれたんだからね。ちゃんとお礼いうんだよ」
木曽は津川にケースを手渡す。
「そうですね。明日朝イチでお礼言っておきます。
じゃあ、帰りましょうか。駅まで一緒に行きましょう」
津川はそう言って駅の方へ歩き出す。
えっ、写真についての弁明は? 何も言い出さないの?
「うん・・・」
駅までの数分の帰り道、津川はいつも通り
くだらないボケを飛ばし、木曽に突っ込ませた。
木曽は写真の事が気になったが言い出せなかった。
「じゃあ僕は地下鉄なんでこっちから行きます。
今日はお疲れ様でした!!」
「お疲れ、気をつけて帰るんだよ・・・」
地下鉄の駅への階段を降りる津川の背中を、狐につままれた気分で見ている木曽だった。
・・・
丸藤の歓迎会から1週間がすぎた。津川は相変わらずの調子。
しかし木曽はあの日以来、ずっと津川の事が頭から離れないでいた。
仕事中も、家にいる時も、食事中も、何をしていても。
「・・・山さん?どうしたの?」
休憩室で木曽と一緒に休憩していた二宮が声をかける。
「・・・えっ、あ、な、何ですか?主任?」
「最近ずっと心ここにあらずって感じだよね」
「そ、そんな事ないですよ・・・」
明らかに様子がおかしい木曽に対し、二宮が一つの提案をする。
「木曽さんも6年目でしょ、そろそろ次の事を考えないといけないと思ってさ」
「え・・・次ですか?」
「うん、木曽さんのフロア異動をマネージャーに相談してみようかなと思ってるんだ」
「フロア異動・・・」
この店では家具以外にも様々な商品を扱っている。
バス用品、照明機器、キッチン用品、その他生活雑貨を扱っていた。
フロア異動を経験する事により、より多くの商品知識が得られ自分の評価もあがる。
「会社としても女性管理職を増やす方針みたいでさ
俺としては自分の部下から出したいんだよね」
「私が・・・管理職ですか・・・」
「悪い話しじゃないと思うし、それに最近の木曽さんにとって、環境の変化も必要なんじゃないかな?」
それはあの日以来、様子がおかしい木曽への二宮なりの配慮だった。
「環境の変化・・・」
他のフロアに異動という事は津川と別のフロアになるという事になる。
二宮の心遣いより、真っ先にその事が頭をよぎった。
「・・・少し、考えさせて下さい」
「まぁ、色々あるだろうからよく考えて。来週には返事聞かせて。
じゃ、俺ちょっと商品管理課によってくから」
先に席をたつ二宮。木曽は窓から見える雲を見ながら ハァ っと小さくため息をついた。
家に帰り、部屋の電気もつけずに木曽はヒザを抱えて座りながら考えていた。
・・・6年も家具やってるから、確かに仕事には飽きがきてたのよね・・・・・・
私が主任ってのは想像出来ないけど、他の商品は担当してみたいかな
じゃあ、迷う事ないかもしれないなあ、フロアを異動しても・・・
・・・津川君は・・・・・・何て思うかな・・・私がいなくなっても・・・・
そして木曽は自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「3つも年上なんだ・・・私は・・・だから・・・依存しちゃダメだ・・・・・・」
そう口にしたら親離れできない子供みたいな気分になってきた
いや、その逆で子離れできない親のような気分なのだろうか?
そうだよ、こんなの変だよ・・・・津川の母親なワケでもないのに・・・・・・
津川の事を意識しないようにしようと思った時、スマホが鳴り出した。
メールではなく着信の音だ。
「・・・はい、木曽ですけど」
「遅くにすみません。津川です」
「は、津川君?!」
メールはよく来るが津川から電話がきたのは今まで1度しかない。それも掛け間違えだった。
「何?どうしたの・・・・また、掛け間違え?」
「いや、そんなんじゃないです。ちょっと木曽さんと話したい事があって」
「話したい事?」
慌てて部屋の電気をつけ、しきりに髪をなでながら
部屋の中を右往左往する木曽。誰がみても落ち着きがない
「木曽さん家って吉祥寺駅ですよね。実は今、駅の改札にいるんです」
「なんで、駅まで来てるのよ」
「直接会って、話したいんですけど・・・
家にお邪魔するのはアレだから途中まで来て貰えませんか」
「しょうがないわね・・・じゃあ駅の近くに井の頭公園があるから
そこの入り口のイセヤの前に今すぐに来て」
「はい、じゃあそこで待ってます」
木曽は電話をきると、急いで公園へと向かった。
公園に先についたのは津川だった。入口でキョロキョロしている。
「木曽さん?」
「何、こんな時間に!話って何?」
「そ、そのですね・・・あっ、座りませんか?」
「え、あ、うん」
ちょっと歩いてベンチに座る木曽と津川。どちらも話し始めない。
木曽がチラッと津川をみると津川も木曽を見ていた。
慌てて2人とも視線をそむける。1,2分の沈黙が続いたあと、津川が口を開いた。
「俺、、、木曽さんの事が好きです」
突然の津川の告白。木曽は頭が真っ白になった。
でもその言葉は木曽が待ちつづけていた言葉でもあった。
「何?なんの冗談?、、どうしたの?告白ごっこ?・・・」
「さっき、帰る間際に主任から聞いたんです。
もしかしたら木曽さんがフロア異動するかもって」
「主任が・・・」
「本当は人事異動の事って本人以外聞いちゃいけないじゃないですか。
でも主任は僕にだけ教えてくれたんです」
「どうして?」
「きっと、すっごく悩むだろうから力になってあげろって」
「何で・・・私の力に?」
「主任に話したんです。好きだって事」
「カードケース忘れて、主任が拾ってくれたじゃないですか?
多分、主任に写真見られたんなら話してみようって」
「そう・・・」
「見たんですよね?僕のカードケース」
そういってケースを差し出す津川。木曽はうなずきながら黙ってケースを受け取る。
「あのバーベキューの頃から好きでした。」
「だって、そんなそぶり、見せなかったじゃん・・・」
「自分に自信が無かったんで見せないようにしてましたけど
一回だけ見せちゃいました」
「いつ?」
「この前のカラオケの時です。
丸藤さんのデュエット断ったじゃないですか」
「あれが?」
「はい、僕、音程をとれないんで・・・
僕の歓迎会の時、デュエットして横で音程とってくれましたよね?
僕にとってデュエットする人は木曽さんだけだって思ってるんで」
「そうだったの・・・そんなんじゃわかりづらい!まったく・・・」
「すんません。でもすっと決めてたんです。
ちゃんと仕事が出来るようになったら告白しようって」
「えっ・・・」
「僕も指導員になって、丸藤さんが一人で仕事できるようになったら
告白して、おつきあいを申し込むつもりでした」
「でも、、丸藤さんはまだ一人じゃ仕事、無理でしょ・・・」
木曽が否定しようとすると、津川はその言葉を大声でさえぎる。
「あなたが、いなくなったら、意味がないんです!!」
「ちょっと、、そんな大きい声ださなくても聞こえるから」
「丸藤さんを育てても、木曽さんがいなくなったら・・・・」
津川の気持ちが痛いほど木曽には伝わってきた。
「もう一回言います。僕は、木曽さんが好きです!」
津川の気持ちが痛い程伝わってくる。でも木曽は素直に答えられなかった。
「いなくなるって誰が決めたのよ?」
「えっ?」
「まだまだ未熟な津川君をおいてフロア異動なんて出来ないから」
「木曽さん?」
「津川君は私がいないと危なっかしくて・・・」
「僕なら大丈夫ですよ」
「私がいないと何も出来なくて・・・」
ううん、逆よ・・・津川君がいないと・・・今の私は・・・
「私がいないと・・・」
言葉を続けようとする木曽をギュッと抱きしめる津川。
「津川君・・・?」
「強がる木曽さんが好きです。素直じゃない木曽さんが好きです。
どうしよもなく木曽さんが好きなんです!!」
「別に・・・強がってなんか・・・・ないから・・・・」
「フロア異動して仕事、がんばって下さい。
フロアが別々でも俺、ずっと木曽さんの事好きですから」
津川のその言葉に木曽は何かを決心した。
津川の腕を振り解き、慌てて涙をふき、津川をじっと見つめる。
「どうしたんですか?木曽さん?」
「津川君に言われなくても、最初から異動するつもりだったわよ」
「えっ、だって、今、異動しないって・・・」
「うるさいわね!フロア異動しても同じ店じゃないの?」
「そうですけど」
「いい?私が異動したからっていって
他の人を好きになったらただじゃすまないからね!!
木曽の言葉に一瞬ポカンとする津川。ちょっとたってその言葉の意味を理解した。
「木曽さん、それってひょっとして僕の事・・・」
最後まで聞こうとする津川に、木曽は両手で津川の頬を引っ張りながら
「うるさいわね!!津川君が一人前になったって私が認めたら
ちゃんとした言葉にして聞かせてあげるから、それまでは言わない」
といって、その手を離す。
「えー。今すぐに聞かせてくださいよ。
美しい俺が今まで聞きたかった言葉を
いや、木曽さんが言いたかった言葉を」
津川がそう言うと木曽は黙ってカードケースを津川に返す。
「ほら、こんな切り抜いた写真じゃなくてプリクラでもとりに行くわよ」
そう言うと木曽は駅の方へ走り出した。
「え、あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよー」
木曽に追いついた津川はさっと木曽の手を握る。
木曽は津川の事を見つめ、ギュッとその手を握り返した。
・・・・
数年後、閉店になった郊外店舗跡地であるエリアで
1組が夫婦がコンビニを経営していた。
「こんちわー、二宮でーっす。店長か副店長いますかあ」
アルバイトの学生が奥へ行って昼番の副店長を呼んでくる。
「まいどお、店舗経営アドバイザーになっても元気そうで」
挨拶をしてきたのは津川という名字になった木曽であった。
フロア主任だった時のように、
店舗施設管理が雑になってるんじゃないかだの
売れ筋商品がキチンと目立つ所へと配列されていないだの
アルバイトの教育が、ちゃんとできてるのか
だのと言いまくる二宮。
チェックが終わった後、挨拶のような昔話と
昔の自分みたいなアルバイトばっか雇うんじゃないよ。
などと仕事の話なのか冗談なのか、わからないような雑談。
二宮が帰った後、アルバイトの方を向いた準子は言う。
「あーんなねー。昔の同僚を食い物にしようとする
しょーもないのの言う事を全部うのみにしちゃ駄目だからね
もし、いない時に来ても店長がいないから、わかりません
って言って挨拶だけしとけばいいから
だーってねー。金ができたっからって妾抱えて奥さんに逃げられたんだからね
しかも、その浮気相手が、あんたとかと年齢かわらない若い娘
危ないからねー。同じ学校の同じ年齢ぐらいのと関わるようにしようね。
まあ、あーーーんなオッサン相手にする気おこらないよね。言うまでもないかあ。」
刺激の強い日本語で自分の言う事だけを聞くようにする話術を練習。
数日が経過して再び二宮が津川(旦那の方)がいる時にやってくると
同じ店の店員であった時に奥さんと結婚するまでに
こーんな事あったんだよなあ。と居合わせたアルバイトも混ぜて言いまくる。
旦那にしてみれば、最早はるか彼方の昔話、関西で言う所の
”ケツがカユクなる話”や、”歯が浮くような勢い溢れる若さゆえのセリフ”
のオンパレード。途中で話の腰を折るようにして仕事の話だけを喋りまくる。
二宮も津川の性格からしてそうだろうと予想して、わざとやっているのであろうが
毎度、同じみの落語のような会話が交わされていく。
そういえば、旦那が聞きたかった言葉、奥さんが言いたかった言葉は
二人の心が重なっていたかのように同じだった。
その言葉は二人の心の中に刻まれて一生、消えない。




