まるで綱引き (トリッキー・サーカス前日譚2)
一夜明けた翌日、新しいクルー、ミンファ御嬢様が来たという噂は
艦内に盛大な尾ひれがついて一気に広まった
曰く
「カーンの親戚だから近付くとハリセンで叩かれる」
「インフィニティの同類な変態女」
などなど
そのため医務室に来ては遠巻きに眺めるだけで、
本人に話しかけようとする人間はいなかった。
「…カーンさん。何かご用ですか?」
ミンファはカーンにそう聞いてきた。
「ああ、そうだ。これにサインくれ」
そう言ってカーンは書類を渡す。
「…同意書?」
「こっちが許可しただけだと、
あんたに何かあったら 責任は こちら持ちになるからな」
「…わかりました」
そしてミンファは同意書を読み始めた。
インフィニティがカーンに話しかける
「そういえば彼女の身元保証人になったそうですね」
「ああ。そうしないと許可が下りねえし、
他の奴に頼むわけにもいかねえしな」
「被保護者が二人になって大変ですね」
そう楽しそうにインフィニティは言った。
「二人? もう一人は誰だよ?」
「そこに寝ている人ですよ」
そう聞くカーンにインフィニティはジャディンを指差す
「なんで俺がジャディンの保護者なんだよ!」
「なにを今更言っているんです
もう誰もが認識している現実じゃないですか」
それを聞くとカーンは諦めたような疲れ果てたような顔をした。
ミンファ=ツァンが火星移住船に来てから半年後
現在火星移住船は寄港し、補給を受けている
寄港直後から何故かアリ・カーンは医務室に居続けていた。
何の用があるのか、という質問に対してカーンの答えは
「呼んでもいないのに来る客がいてな、そいつを待ってんだよ」
とのこと。それから少し後、カーンの言葉通り
見覚えの無い初老の男性と秘書風の男性が看護課にやってきた。
初老の男性はミンファの顔を見つけると一直線に彼女の所へやってきて
「帰るぞ。ミンファ」
前置きも何も無く、そう言った。
「…お断りします、お父様」
それに対してのミンファの返答も素っ気無いものだった
それを聞いた初老の男性はミンファの手を掴み
連れて行こうとするがミンファは手を払いのけた
そして二人が睨み合っていると
「おっさん、おっさん」
カーンが声をかけてきた。
「お、おっさんだと、この無礼者が!」
「既に、じーさんって呼ばれてもおかしくない年齢のくせに何言ってんだ
あんたの取った許可は見学許可だろ
乗員の持ち返りの許可なんか取ってないんだから
話し合いならもっと穏やかにやれ。」
「なんだ貴様は、部外者は黙っておれ
…そうか!? 貴様か、貴様がミンファを誑かしたんだな!」
そう言ってカーンに掴みかかろうとすると、
「やかましい」
その言葉と一緒にカーンの拳がその顔面に当たり
初老の男性は綺麗に吹っ飛んだ。
「顔も知らないやつと無理やり政略結婚させようとしたくせに何を言ってんだ?
だいたい一族内ルールだか知らないが、そこまで傲岸不遜に振舞って
子供が素直に自分と同じように生きてくれるとでも思っていたのか?」
「会長、大丈夫ですか、君、こんな事をされては
こちらとしても相応の対応を取らせてもらいますよ」
秘書風の男性が初老の男性に駆け寄ってカーンにそう言ってきた
「そう言うだろうと思って、艦内警察に通報しておいたから
訴えるなりなんなり好きにしろよ
アンタを一発殴ったのと引き換えなら辞めたって構わねえよ」
スッキリした表情でカーンはそう答えた
そして艦内警察がやってきて事情聴取に
「で、何があったんだ?」
「俺がこのおっさんを殴ったんだよ
で、このおっさんが俺を訴えるとさ」
「お前が殴った? ハリセンを使わずにか? 珍しいこともあるもんだな」
「まあ、そういうこともあるんだよ。さてじゃあ、連行してくれ」
「わかった」
そして連行されそうになったところで
「…違います。私が殴りました。カーンさんでは、ありません」
ミンファがそんなことを言い出した。
「あ、実は私が犯人です」
そしてミンファのセリフの後に
今度はインフィニティがそんな事を言い出した。
「あ、本当は私が」
「僕が」
「俺が」
その言葉をキッカケにして医務室の人間が自分が犯人ですと言い出した
こうして自称犯人が、その婆にいる全員になると管理官も呆れ顔
最初に言い出したカーンとミンファを取り調べ室へ連れていく事にして、
他の人間には医務室から外へ出ないように通達し
念の為出入り口には見張りも付けておくことにした。
数時間後、取り調べ室
取り調べの人数が多いということで
リーボックは不機嫌な顔をしていた
「大変だねえ、旦那も、医務室にいる全員の取り調べなんて」
面白そうに言うカーンにリーボックは怒りを顔にあらわして
「誰のせいだ! 誰の!」
「少なくとも俺のせいじゃねえよ」
「は~、まったく、いったい何を、したんだよっ」
「だから、気に食わないオッサンがいたから殴ったんだよ」
取り調べにも関わらず偉そうな態度を変えないカーンに
溜息をつく、リーボックだった。
そんなこんなで十分後 取り調べ室にドミンゴが現れた。
「あれ? ドミンゴ君、
ミンファさんの方の取り調べをやってたんだろ、どうしたんだい?」
「御老人が訴えるのを止めるそうです
だから その事を伝えに来ました、リーボックさん」
「あ、良かった。これで看護課全員を取り調べしなくてすむんだね」
「ふ~ん。で、オッサンはどうしてるんだ?」
「ミンファ=ツァンさんと話がしたいって言っていたから
そのまま取り調べ室を貸しましたよ」
「あ、そう、じゃあ少し部屋の外で待つとするかな」
そう言ってカーンは部屋の外で待つことにした。
同じように秘書風の男性が部屋の外で待っていたが
カーンは声をかけなかった。
ニ十分後、初老の男性が
何か疲れたような寂しげな表情で部屋から出てきた。
「会長、大丈夫ですか」
「ああ、心配無い、大丈夫だ」
「で、どうすることにしたんだよ。おっさん」
そう問いかけるカーンに
「ふん、貴様、責任は取れ」
そう忌々しげにカーンに言うと、部屋を出て艦を降りていった
ふたたび 取り調べ室、ミンファは まだ座っていた
そこへカーンが入ってきて扉を閉めるとその対面に座る
「なんて言ったんだ、あのおっさんに?
随分と態度が変わっていたが?」
「…私の邪魔をするなら全力で抵抗します。そう言ったんです」
「ご立派、言うようになったな
で、責任を取れってのは? どういう意味なんだ?」
「…妊娠しました、とも伝えましたから」
「そうか じゃあ、明日にでも俺の方で
俺の書く欄を書いた婚姻届を渡す」
妊娠の事を聞いてもまったく驚かずに、
そう答えるカーンに逆にミンファの方が驚いていた
「…驚いたり、疑ったり、しないんですね」
「おっさんの台詞で予想はついていたし、覚えはあるしな」
「…わかりました。カーンさんは、何も変えないんですね?」
ミンファは苦笑して、そう答えると
「今まで通りにして、特に変えたくないと想っているのは
お互い様だと思うけどな」
そうカーンは答え、ミンファの頭を撫でて微笑した
そして二人は翌日に婚姻届を出した。




