御嬢様との遭遇 (トリッキー・サーカス前日譚2)
火星移住船はオーバーホールの為、月面宇宙港に寄港中。
メンテナンス対応期間は3ヶ月という長さ
月にある墓地で、アリは墓掃除をしていた
昔、一族が住んでいて、今は墓があるだけの場所
今や空想上の生き物として
心の中に生きているだけの親族に向けて語りかける
「なんだかんだで、元気でやってけてるよ
色々あって退屈しない毎日だ
なんだかんだ言っても感謝してんだ仲間には、
余計なことを考えなくて済んでるから
面と向かっては こんなこと絶対言えねえけど」
そして持ってきた酒をコップに注ぎ
「結局、一緒に酒が飲める年齢になるまで
生きていてくれなかったな
まさか、こんな早く死ぬとはな・・・
自分が死んだ後の事なんか
考える年齢じゃなかったからだろうけど
自分独りで抱えすぎてたよな、ホント」
墓に向かい呟きながら一気に飲み干した。
「ふー、じゃあ又、いつかは約束しないけど
たぶん来ると想うから」
心の中に浮かんでいだ一族の皆に言い残して墓地を出た。
「さ~て酒は買ったし後は帰るだけだな」
アリ・カーンは墓参りを終え駐車場へ戻ろうとしていた
ここで花束を持った昔の知り合いの女に会わなければ
何事も無い休日が過ぎて行ったのだろうが
「…アリさん」
「あんたか、久しぶりだな」
「…生きていたんですね」
「勝手に殺すんじゃんぇよ」
苦笑して答えるアリ。
いつもならハリセンビームを使うところだが
さすがに女性には使わないようだ。
「…お墓に名前が書かれていたので亡くなられたのかと・・」
「いつか書かれるものだからな、そのままにしてある。
ん? ひょっとして火星移住船事件のこと知らねえのか?」
「…知りません」
「ふ~ん。ってことは俺に何があったかも知らないワケか
いや結構、派手に報道されたんだがな」
(まあ、そんなもんか。
あの事件も詳細が報道されたのは最初の一週間程度。
その後は別のスキャンダルで今や話題にもならない)
「…何が、あったんですか?」
「長い話になるし、ヒマなら今日は一日
一緒に過ごさないか。俺も休日で暇なんだ。」
「…はい」
二人が駐車場へ行くとサングラスに黒服の二人組が現れる
「お嬢様、どちらへ…」
「こちらは? どなたですかな?」
威嚇するような声色で
黒服の二人組が御嬢様を取り戻そうと近寄ると
「御前等は、どこの何様だぁ?
なんだ、その偉そうな威嚇声色はよぉっ!」
御嬢様に寄ろうとした二人の顔面に
アリの手元から伸びたハリセン・ビームが炸裂する
黒服二人が顔を押さえている間に、
アリは御嬢様を連れて車に乗り一気に発進させた。
「…彼ら、大丈夫、でしょうか」
「ハリセン・ビームに殺傷力はない」
「…ハリセン・ビーム、どこから、出しているんですか?」
「気にするな。
それよりあんな黒服が追跡してくるってことは
発信機が付いてる可能性があるから
衣装を買い代えて欲しいのだが、いいかな?」
「…はい。でも、お金、ありません」
「金ならある。無駄に貯まってるから心配するな。
ヒマはどれくらいある?」
「一週間ほど・・それくらいなら御一緒できますが」
「わかった、一週間だな。了解だ」
そして衣装変えしてもらった後
月で一番の大都市を観光しながら二人は色々な話をした
昔のこと、現在のこと、これから訪れる未来のこと
おそらく客観的にはデートする恋人同士に見えただろう
その夜、二人はホテルに泊まることにした。
彼女は疲れたのか早々に寝ている。
アリは最近のニュースを読んでいた。
「火星移住船にいて仕事だけしていたから
初めて知るニュースばっかだなぁ」
その後、アリは外に出て公衆電話を見つけ、ある番号を押す。
『ワシだ』
『はじめまして、会長さん』
『何だ、貴様は』
『あなたの娘さんと一緒にいる者です』
『貴、貴様か。娘を誘拐したのは!』
『自分の意志でいるから誘拐じゃあねえと思うが?
それはともかく会長さん提案だ
今日から一週間、俺達に手を出すな
監視するのは勝手だが干渉はするな』
『断ると言ったら』
『娘さんの安全は保障しない』
『き・さ・まぁあああ!』
『警察に報せても、娘さんは自分の意志で俺といる
恥をかいて笑い者になるだけだ
今、笑い者になるのは、まずいんじゃないの?
なんか株主総会だかで揉める予定なんだろ? 現会長さん。
じゃあな、揉める相手に宜しくな!』
その後、監視はいたが干渉は無く一週間が過ぎ
今、月宇宙港で二人は向かい合って立っている。
「なかなかに、楽しい一週間だったな」
「…アリさん」
「どう生きるのが正しいとかは語らねえよ
とりあえず自分が後悔しない生き方を選ぶんだな
自分以外の誰かや何かのために生きる事が
美しいとか素晴らしいとか教えられてきたから
自分が望む事だけを考えるのに
抵抗があるかもしれないけど
自分が幸せじゃないと
自分以外の誰かを幸せに、できないだろうからな」
そう言ってアリは御嬢様の頭を撫でる。
「じゃあ、またな」
「はい」
その返事を聞いたアリは驚いた顔をして微笑みを浮かべて
「あんたが別れ際に手短かな返事をするとは珍しいね」
そう言った後、アリは火星移住船へ戻って行った
・・・
火星移住船のメンテナンスも終わり、
帰省や旅行に行った乗員も戻ってきて
いつもの騒がしさに船内が戻っていく
アリは、今日のルーチンワークを消化した後、
帰省の時に買った地酒を飲みつつ星見をしていた
頭に浮かぶのは御嬢様のことばかり。
御嬢様・・・ミンファ
月面企業グループで最大の財閥、ツァングループの会長令嬢
現在 月社会で一番の名家令息との結婚も決まり婚約中
そして昔、アリと付き合っていた女性
火星移住船での事件があって自然消滅した元彼女
その頃の印象的な想い出が心に浮かんでは消えていく
肩まである美しい黒髪をした彼女の姿を思い浮かべ
アリは苦笑した。
(何をノスタルジーに浸ってんだ、ガラじゃねえ
こんな感傷的な感情が俺の心の中に残っているとはね
色んなメンタル・トレーニングをする内に
ノスタルジーを感じる心なんか消えたと想っていたのにな)
アリは火星移住船事件から今までのことを思い出していた
事件当事者の中でアリは最も苦しみを抱えずにすんだ生徒に分類される
船内パーティ用の食料を食べて救助までを過ごしただけだったので
大変なのは救助後、月に戻ってからだった
家に帰ってみれば両親は死亡して、その遺産目当てに争う親戚
ミンファに連絡を取ろうとしても全く連絡が付かない
アリは軽い人間不信に陥った。
火星移住ビジネス社から火星移住船に乗ってくれないか
という要請が来たのはそんな時だった。
火星移住ビジネス社の、人類の未来のためという設立理念を聞いた時
アリはそれが胡散臭さく滑稽に聞こえて、気付くと大笑いしていたが
現状に嫌気が差していたこともあり、火星移住船に乗ることを決めた。
そんな昔の事を思い出す内にアリはまた苦笑した
(もしも、あの時にミンファと連絡を取れていたならば・・か・・
今更どうにもならないよな、数日後には、どうせ誰かの奥様だ
まったく、御嬢様の心の中じゃ
過ぎた自分が主人公の昔話に出てくる
二度と再登場しない脇役なんだろうからな、俺なんか
もう、どうでもいい存在なんだろうな。たぶん、どうせ)
そう呟いて酒を飲んでいく内に夜が深まっていく。




