タイムスリップ軍人さん (昭和63年頃)
その大日本帝国軍人さんは南の島で苦しんでいた
南方支援部隊という事で船に乗せられ到着した太平洋上の島
ジャングルの中を延々と這いずり回り
食料支給も死なないギリギリくらいしかない
補給路を断たれたら、そうとうな人数が餓死してしまう実状
熱帯雨林の中で発生しているマラリアのような熱病にかかった人間で
体力や免疫力のある人間以外は亡くなっていく。
いつ敵が襲撃してくるか、わからないので
”早飯、早風呂、早糞”が全員に根付き
食事は、胃袋に3分以内で飯を かきこみ
風呂は坊主頭を水で流して、匂いがしないように下半身を川で洗い
便所はギリギリまで我慢して3分以内に終わらせる
そして自分の持ち場に早く戻る生活
実際は神経性胃炎で一日中、胃が痛く
何かに急き立てられるような、イラついた感覚に支配され
それに南国の暑さと空腹と、戦況がどうなるかの不安感が
そのイラついた感覚を増幅させていく
心が病んでしまいそうな過酷な日々を過ごしていたので
ストレス発散は自分より下の階級の兵士へのヤツ当たり暴力
上官に反抗して見せしめに戦死させられた同期すらいる
どうやったら見せしめの生贄にならないかを考える毎日
・・・・
ある朝、起きると同じ部隊の人間が誰もいない。上官も同格の兵士も誰も
ジャングルを彷徨った後、集落を見つける。
海辺にある原住民の村なようだった
”何故だ? ここには敵の部隊がいたはずなのに? 撤退したのか?”
というより武装していない人々が
激戦地の、こんな所にいる事が信じられなかった。
海辺で泳いで遊ぶ人々、飲み食いができるらしい店からは食い物の匂い
”一人では、どうにもならない。捕虜になるしかないのか”
そう諦めようとする気持ちと
”虜囚の辱めを受けるくらいなら死ね”
と上官に言われた通りに死ぬべきだという気持ちが交差する
「あの上官に言われた通りに・・いや上官は何故か いない 投降しよう」
銃を捨て、軍服を脱いで褌一丁で海辺へと歩いていく
海辺で遊んでいる異国の人々が不思議そうな顔で見てくる
その中に日本語を話している人間もいる
「なに? なんのコスプレ? フンドシだって。キャハハ」
「若い日本人の女が何故、こんな激戦地の戦場に?」
「何を言っているんですか? ここは海水浴場。
戦場だったのは遠い昔なんですけど」
「貴様こそ、何を言っている? 大日本帝国の軍人として
我等は、お国のために戦っているのだぞ」
「んだから 何をフザケテんですか?
何してんの? サバゲーの軍人ゴッコ?
大日本帝国なんて、もう何十年も前に消えた幻想
親戚の爺ちゃんが昔話で話しているくらいの過去の遺物」
混乱して思わず黙る。そして聞いた。
「今は、西暦何年だと言うのだ?」
「西暦1988年、昭和63年。何を当たり前な事を聞いているの?」
目の前を言葉にならない言葉が、散乱した新聞が並ぶかのように過ぎる
言葉にしたのを聞いても何を言っているのか理解できないような言葉だ
大日本帝国が消えた幻想になったという事は? 日本が無くなったのか?
いや1988年といった 1943年では無く
昭和63年、昭和18年だったはずだ。昨日までは?
しかも日本語を話しているのに、なんだ、この女は髪の色が黒髪ではない
俺、一人が45年が経過した世界に飛ばされたのか?
これから、どうすればいい。誰もいない。
昭和18年、ここは日本だったが今は他の国の領土なのか?
どうする? どうする? どうする? どうする?
錯乱した心に錯乱した言葉が湧いてきて、脳裏を飛び交う。
・・・・
記憶喪失で全く自分が誰だか理解できてませんという事にして
地元自治体のナントカ救済プログラムだかというものを利用して
観光客を相手にする客商売をする事になった。
日常生活の飲み食いは、昭和18年の時からは考えられないものだった
食べられそうな雑草と配給されたアワヒエと山中のタロイモ
ヤシガニが唯一の動物性タンパク質という食生活だったのからすると
なんとも贅沢なモノだった。
たかだか飲み食いの事だが、食べるのに困らない日常
だんだん、不安感とか飢餓感とかが消えていった
同時に何かのために頑張ろうという志のようなものも消えていく
たまに台風、いや日本国内では考えられない暴風雨に襲われるが
それも昭和18年に砲弾や鉄砲の弾に中で過ごした時に比べれば
たいしたものじゃない。
今日も朝日が昇り、抜けるような空の下で海水浴客が騒ぎ
夕陽が沈み、海辺の街の夜を夜遊び好きな観光客が遊んでいる。
場の空気というのは恐ろしいものだ。とても同じ場所とは思えない。
”日本に戻って昔の知り合いや親族を探そうかな”
たまに、脳裏をよぎるが、そう言ったら記憶喪失が嘘な事が判明してしまい
地元自治体の救済プログラムからは外れ
右も左も何もわからない ”平成の日本”という異国へ行かなければならない
とても受け入れられないと諦め、生涯を島で過ごす事に決めた。




