果たして、そうかな
ここは、春日山城下の館。そして、その館にある評定の間。
織田との合戦に参加していた越後衆も帰郷し、それに合わせて竹姫一行も魚沼から春日山へと戻っていた。そして、田植えの季節が過ぎたある日、竹姫は上杉家臣を春日山に召集した。
そう、田植えが終われば、次は戦いの季節が始まる。
評定の間にいる多くの武将たちが、固唾を飲んで小姓の動きを見守っている。
小姓が持つ竹筒には小さな棒が三本入っており、回し振る度にカラカラと小気味良い音が鳴る。そして、それを三人の娘の前に差し出して「どうぞ」と声をかけた。
卯野、深狐、鵺部の三人は、竹筒の棒を一本ずつ摘まんだ。
「よろしいですか。では、どうぞお引きください」
竹筒から、一斉に棒が引き抜かれた。
「ちっ、またか」
「あら外れ。当たりは鵺部ですわ」
「深狐が考えるに、鵺部は持っていますね」
鵺部の掴んだ棒の先は朱色。卯野と深狐の棒の先は無地。当たりを引いたのは鵺部だ。
「おし、決まったな。次も西で、参謀は鵺部だ。みんな、妾の、上杉の力を世に見せつけるぞ、陣触れを出せ」
「「「おう」」」
竹姫が拳を上げると武将たちのがなり声が評定の間を満たした。再度の遠征に興奮する者、手柄を取るぞと意気込む者、隣同士で熱い思いを語る者、一瞬にして間が賑やかになる。しかし、その盛り上がりの中、一団の武将たちが竹姫に頭を下げた。
「しばし、竹姫様。折り入ってお願いがありまする」
竹姫に頭を下げた者たち。最前列に座る本庄繁長を筆頭にした阿賀北衆の猛者たちだ。
「ん、何?」
「西への遠征、すなわち、それは織田征伐。そして、その遠征の参謀は鵺部殿。これは、いずれもくじ引きの結果によるもの。ここまでは、仕方なきことゆえ納得いたします」
「うん」
「しかしながら、我ら阿賀北衆は、前回同様、遠征には加わらず越後を守れとの命。これは、いかがなものかと思いまする」
「ええと、それは阿賀北衆にも遠征に参加させろってこと?」
「はい、是非にも」
「遠征で手柄を立てて恩賞がほしいのかな。国の守り役とはいえ、妾は正当に評価するつもりだよ。恩賞に差をつける気はないぞ」
「いえ、そうではなく」
「恩賞目当てじゃないの?」
「はい」
「はら?」
何だろうと竹姫は、天井に視線を向けた。だが、すぐに気づいた様子で視線を繁長に戻す。
「ひょっとして、純粋に戦いたいってことかな」
「はい!」
「だったら、遠征で越後が手薄になれば、関東の北条とか、会津の蘆名とか攻めて来るかも知れないし、次の遠征は関東か会津かも知れないし。すぐ戦える機会がくると思うけど」
「いえ、そうではなく」
「すぐに戦わせろって」
「その通り!!」
やっと分かってくれたかと元気のよい返事の繁長。そのうしろで激しく同意の頷きを繰り返す阿賀北衆の武将たち。
「うーん、妾は別にいいけどね。鵺部、繁長たちがこう言っているけど」
竹姫の言葉で、阿賀北衆の視線が鵺部に集中する。
「不要です」
迷惑そうな鵺部が即答した。
「不要だってさ」
竹姫は、鵺部から阿賀北衆に視線を移す。
「鵺部殿。我ら阿賀北衆、必ずや御身の力となりましょうぞ」
「不要」
「いやいや、我らこそ越後の底力ですぞ」
「否」
「そこを何とか」
「…」
「是非に」
「兼続」
鵺部が面倒になって樋口兼続に説明しろと促した。
「はっ。本庄殿、阿賀北衆の力、重々承知しております。だからこそ、皆様方には越後に残って頂くのです。国許に不安を抱えては遠征軍も力を発揮できません。阿賀北衆の皆様方が越後を守っているがゆえに、遠征方が力を発揮できるのです」
「うむ。それは分かっておる。だがな…」
「それに、実は、一番の理由が別にあります」
「一番の理由は別だと。それは何だ、兼続、言ってみろ」
繁長の態度は、竹姫や鵺部に対するものと兼続に対するものでは大違いである。だが、繁長は上杉家の重臣であるから不思議はない。
「兵糧でございます」
「兵糧?」
「はい、畿内では関東と異なり上杉家の旧臣のような方々はおりません。関東でできていたような兵糧の確保は叶いません。では、どうするかと言うと、兵糧を荷駄隊で運ぶしかないのです」
「運べばよかろう」
「はい、ですが、今回の戦場は近江。越後からでは遠すぎ越後衆は数を絞らざる得ないのが実情です。実は、前回もかなりの苦労でございました」
「越後から運ばすとも、加賀、越前で集めて運べばよかろう」
「ええ、そういった策もありますが…」
「が、何だ」
「妾が命じた。飯ぐらい自前で用意しろとな。妾は、これでも平等が信条だからな。戦場の近くで集めたら簡単にか、もとい、戦場の近くで兵糧を集めたら、ただでさえ前線だというにさらに領地が疲弊する。それは平等ではないからな。うん、そういうことだ」
「今回の遠征も、兵糧のことを考え前回と同様に春日山周辺の皆様方での越後衆を編成することとなります」
「ぐぬぬ、しかし…」
本庄繁長が唸り、後ろに座っている阿賀北衆の猛者たちがうなだれる。
「ほう、そこまで戦いにこだわるとはな。よし、その意気込み買った。あっぱれだ、繁長。そして、阿賀北衆の猛者たち。妾は、感動したぞ。これこそ武家の鏡」
「はい」
竹姫の言葉に繁長たちは嬉しそうに反応する。阿賀北衆が希望に満ちた顔を上げる。
「よし、この度の遠征軍も前回同様としよう。総大将は景勝、補佐に兼続、軍監は景虎とする」
「はあ」
繁長の喜ぶ顔が一転して理解できない顔に変わる。同じ前列にいる景勝はわずかに頭を下げ、兼続は平伏、景虎は「えっ、俺は総大将を」と言い身を前に出した。
「そして、妾が決めたことに不満のある者は、この鵺部と勝負しろ。鵺部に勝ったら望みを叶えてやろう。それ以外なしだ、よいな」
「またですか」
竹姫に指された鵺部が、うんざりという顔を見せる。
「繁長、阿賀北衆の猛者ども、己が望みは己が力で掴み取れ。景虎もだぞ。妾は、平等が信条、等しく機会を与える」
「「「ええー」」」
その頃、畿内では大坂本願寺を包囲する織田軍を尻目に海から本願寺へと近づく者たちがいた。本願寺から兵糧や武器などの支援を求められていた西国の雄、毛利輝元配下の毛利水軍だ。
毛利水軍は、二年前の天正四年(1576年)夏に起きた木津川口の戦いで、織田水軍を破り本願寺沖の制海権を握っている。以来、自由に兵糧や武器などを本願寺に運び入れていた。
一方、九頭竜川の合戦で上杉勢に大敗したことに危機感を強めた織田信長は、一気に本願寺を攻略すべく秘密兵器の開発を早め、その秘密兵器を毛利水軍の到着に合わせて投入した。
前回の海上合戦を第一次木津川口の戦いとするならば、第二次木津川口の戦いは、このような状況で始まった。
毛利水軍が、濃霧の沖を本願寺へ進んでいると織田水軍と思われる船影を見つける。早速、水兵たちは前回の戦で織田水軍を完膚なきまで叩きのめした必殺の武器、炮烙火矢を準備して待ち構えた。
しかし、霧を抜け毛利水軍の前に表れたのは六隻の巨大な黒い船。毛利水軍の炮烙火矢対策として船の周囲に黒い鉄板を張り付け、遠距離から攻撃できるように大筒や大鉄砲を装備した大型船である。足の遅い大型船であるが、毛利水軍の荷揚げを阻止できればよいとの拠点防衛に重きを置いた兵器だった。
毛利の足の早い小舟が、織田の大船を取り囲み炮烙火矢で沈めようと試みる。だが、側面の鉄板に弾き返され損傷を与えることはできない。反対に、織田の大船は、大筒や大鉄砲で毛利の舟を一隻一隻と沈めていった。
やがて乱戦になると、機を狙っていた織田方武将の九鬼嘉隆が織田軍小舟部隊を毛利水軍包囲に投入。包囲攻撃を受けた毛利水軍は荷揚げを諦め蜘蛛の子を散らすように撤退した。
両者の損害は互角。物量で織田方が勝り、技量で毛利方が勝った。しかし、織田水軍の黒い大船は六隻とも残った。そして、織田軍は本願寺沖に大船六隻を残し海上を封鎖。ついに本願寺沖の制海権が毛利から織田に移った。
毛利水軍への打撃、制海権の奪取、本願寺の完全封鎖。
この結果を一番喜んだのは、織田信長だ。
毛利水軍、恐れるに足らず。
損害が互角であれば、生産力に勝る織田勢が、今後、毛利水軍を圧倒することになる。
それに、この勝利で九頭竜川敗戦による信長包囲勢有利の印象を払拭し、すぐにでも大坂本願寺を下すことができると考えた。しかし、信長の喜びもつかの間、織田勢の戦勝の宴に水を差す伝令が飛び込んできた。
「上杉軍、西へ進軍開始」
上杉勢が西に向かったということは、再び織田領に攻めてくることを意味する。
謙信が倒れ当面は上杉勢に動きはないと踏んでいた信長は、その知らせを聞いて酒宴の盃を床に投げつけた。
「死にぞこないめ、どこまで邪魔をする。本願寺ももう一歩で落ちるものを。ええい、皆の者、上杉を武田のように粉砕するぞ」
そして、一ヶ月後、上杉遠征軍は、北国街道を南下し峠を越えて近江へと入った。その総数は三万三千。
景勝率いる越後衆が兵三千。斎藤朝信が率いるのは、越前で新たに編成した越前衆の一万。そして、河田長親の越中衆一万、能登加賀衆と一向宗門徒をまとめた須田満親の兵一万、合計三万三千が上杉軍の全容だ。
遠征軍には阿賀北衆の姿はなく、また、次こそは総大将にと考えていた景虎は終始不機嫌な顔をして景勝の隣の馬上にあった。
今回、鵺部から出された策は、力押し。
織田方にある大量の鉄砲を回避しつつ力勝負する単純な策。前回のような越後衆が戦線を無視して敵地をかき回すには北近江の地は狭すぎるためだ。
ただ、単純な兵力の比較では織田方が勝る。そこで、鵺部は、兼続に命じて檄文と調略文を大量に発行させた。
信長に敵対している大坂本願寺はもちろんのこと、信長を快く思っていない寺社、在野や旧敵に下った浅井、六角、斉藤、松永、北畠の旧家臣たち、信長の力の前に膝をつき従わざる得なかった堺の町や鉄砲集団の雑賀党、信長から離反した丹波の波多野秀治、 別所長治らの東播磨の国人衆、果ては信長の家臣たち、明智光秀、羽柴秀吉、滝川一益、佐久間信盛、荒木村重、筒井順慶ら、重臣や与力の立場に関係なく文を送りつけた。
一方、信長は、大坂本願寺を取り囲む砦にわずかだけの守りを置いて全軍を北近江へ移動させていた。その数、四万五千。
九頭竜川の敗戦による痛手は回復できていないが、北近江に万端の用意を敷いて上杉軍を待ち受けた。北近江を東西に流れる姉川に沿って、一里にも渡る馬留めと柵を設け、そこに鉄砲隊を配置して上杉軍を仕留める。鉄砲を大量に保有する織田軍ならではの戦法だ。
武田軍を壊滅させ、毛利軍を退けた今、上杉軍を壊滅できれば織田軍に勝てる勢力などいなくなる。信長は「武田のように仕留めてやる」と決意を固めていた。
ここに、第二次姉川の戦いが始まる。
【不定期な観光案内】
ー(ー) 鉄甲船
毛利水軍相手の木津川口の戦いに敗けた織田信長は、九鬼嘉隆に命じて鉄甲船を造らせました。そして、この船のお陰で第二次木津川口の戦いでは勝つことができたと伝わっています。
さて、この鉄甲船、記録が少なく実際のところどのような船だったのかよく分かっていません。
どんな船だったのだろう、と想像が刺激されますね。
そんな貴方に朗報です。
この鉄甲船のプラモデルがありました。w
興味があったら作ってみてはいかがでしょう。
今回は、観光案内ではありませんでした。
それでは、次回は「そこは、姫だろ」をお送りします。