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誰だって苦手なものぐらいあるよ


 九頭竜川は、水量も多く渡河に向く地点が限られている。しかし、越前を治める柴田勝家は、事前に領内を詳しく調べていたため渡河場所を改めて見つけ出す必要はない。

 浅瀬を強引に渡る織田軍の兵士たち。

 その様子を離れた場所から眺めている小さな影。だが、気がつくといつの間にか影はいなくなっていた。


 織田軍は大軍である。全軍の三万五千もの兵が九頭竜川を渡河し終えたのは日もほどよく傾いた夕方。その後、部隊ごとの体制を整え日暮れまで敵を求めて追撃したが、上杉軍の殿しんがりにも追いつくことは出来なかった。夜襲を警戒した陣形で夜を開かし、早朝から追撃を再開。そして、昼になって北ノ庄からの知らせを受け取った。


「まさか」


 それが、柴田勝家の一声。

 知らせの内容は、上杉勢三千が北ノ庄を急襲し城下の町に火をかけ、乱取りを行っているというもの。


 勝家には、作り始めたばかりの北ノ庄の町が灰塵にきす怒りよりも、敵領内深くで戦うことを選ぶ上杉軍への驚きのほうが大きい。少数で敵領内深く侵入し戦いを仕掛けるなどという上杉軍の行動が、勝家には理解できなかった。だからこそ出た言葉だ。


 柴田勝家が知っている戦い方とは自陣を増やすために行うもの。敵を退け、城を落とし、自陣を増やして敵を追い詰める。野焼きの拡がる火の如く、相手を飲み込んでいく。それが、知っている戦い方だ。死地とも言える敵領内深くに入り込んで戦うなど理解ができない。今までそのような戦い方をする味方も敵もいなかった。


 柴田勝家は、上杉軍に恐れを抱いた。それは、理解できないものへの恐れ。


 柴田勝家が、関東の武将であったならば理解はできなくとも驚きや恐れは抱かなかったかも知れない。なぜなら、関東では上杉謙信が毎年のように越後から越山しては、北条方の城の存在などかまいなしに関東各地で戦ったからだ。しかし、勝家は関東の武将ではない。日の本広しとは言え、そのような戦い方をするのは上杉謙信率いる上杉軍だけだから勝家が恐れたのも無理もなかった。


 北ノ庄から衝撃の知らせを受けた勝家は、全軍を動揺させないように与力の前田利家だけを呼び出し、秘密裏に指示を出した。追加兵糧の搬送を名目に、五千の兵を利家に預け北ノ庄に現れた上杉勢の討伐を命じた。


 五千の兵としたのは、上杉勢三千が深侵攻中、撤退しているのは残りの二万五千。対する織田方は三万で追撃できるとの読み。大聖寺城に二万五千もの大軍は、長く留まれない。上杉軍は、必ずや越後まで撤退する。勝家は、大聖寺城を攻略後、深追いはせず北ノ庄へ戻る決意を固めた。

 しかし、勝家の思いとは裏腹に、討伐に向かった前田軍は九頭竜川の渡河中に、斎藤朝信の上杉軍六千の急襲を受け壊滅。前田利家さえも合戦のさなか川に落ち行方不明となる。

 初戦は上杉軍の勝利。

 越後衆六千の北ノ庄側への渡河、内三千での北ノ庄城下への急襲、そして、前田軍の渡河に刻を合わせての攻撃。全ては、突如現れては消える鵺部が、斎藤朝信に指示したことだった。




 上杉勢が越後へ撤退するのを待つように、ゆっくりと進軍していた織田軍に、前田勢の惨敗兵が逃げ帰って来た。そのため後方で六千もの上杉軍が暴れていることが織田軍の兵たちに知れ渡り動揺が拡がる。勝家に従っていた武将たちも、これ以上の本隊追撃を諦め、後方の上杉軍に当たることを進言。勝家も諸将に同意し、すぐに全軍の進路を北ノ庄へと切り直した。


 北の空を睨みつける柴田勝家に苦い記憶が甦り悪い予感となる。まるで、昨年の手取川合戦と同じだと。


 織田軍が、九頭竜川に到着すると対岸に十分な斥候を放ち、佐々成政に殿しんがりを任せ、十分用心して渡河を開始。しかし、二千の兵が渡った時、見計らったように、加賀方面に撤退していたはずの上杉軍主力が姿を現した。そして、怒涛の勢いで織田勢に襲いかかる。


 勝家の悪い予感が当たった。


 上杉軍の勢いと川を渡れば助かるとの思いから織田勢の兵たちは、諸将の言葉も聞かず川へと入っていく。浅瀬かどうかなど知らないとばかり、押し合いへし合い、我先にと上杉軍から逃げ出した。


 柴田勝家たち武将が怒声を上げるも、まさに手取川合戦の再現、逃げ出す兵は増え、戦う兵は少なくなっていった。手取川合戦と異なる点があるとしたら、九頭竜川の北ノ庄側にも上杉軍がいたこと。その上杉軍が、織田勢の渡河に合わせて出現したとしか思えないほどで織田軍を襲う。

 さらに、一番の違い。それは、「一兵とも逃すな、狩れ」との鵺部の厳命。

 眉を潜める武将もいたが、皆が口を閉ざして従った。


 織田軍は、上杉軍の猛攻の前に総崩れし、九頭竜川に追い落とされた。両岸では、川から這い上がろうとする者たちは討ち取られ、川に沿って逃げようとする者たちは深みに嵌まって溺れていく。九頭竜川ほどの大きな川が、赤く染まり、人も馬も浮き沈みしながら流されて行く。まさに、地獄のような状況だ。


 その様子を、一段高くなっている場所から見下ろしている小さな少女。

 上杉軍の武将たちは、彼女に魅了され、彼女に従い、彼女に畏怖する戦いとなった。





 一方、越後魚沼にいる竹姫たちは、早朝から叫び声を上げていた。


「うおおおお」


 竹姫の乗ったそりが、雄叫びを残して雪面を滑り降りていく。


 もう、春だというのに越後の山深いこの地の北斜面には、まだ多くの雪が残っていた。そこを竹姫たちは橇で滑り降りて遊んでいた。

 日中は柔らかくなる雪であるが、早朝のこの時間であれば橇遊びできる固さはある。

 橇遊びは、材木を切り出した禿げ山に雪が積もり、丁度良い遊び場ができていたのを竹姫が見つけ、何かできないかと思案した結果だ。


 橇は、荷物運び用の橇に座るための板を打ち付けた急拵えの代物。だが、それで十分。

 雪ん装備に身を固めた竹姫と深狐が、代わる代わる斜面を滑り落ちては楽しそうに奇声を上げた。

 その様子を見ている謙信と卯野。

 寒そうにどてらを着込み腕を組んでいる謙信と薄着でも寒くなさそうな卯野の立ち姿は、まるで我が子を見守る夫婦だ。


「うおおおお、うわっ」


 竹姫の乗った橇が雪の固まりに橇足を取られひっくり返えると、竹姫が桶から投げ出されゴロゴロと雪面を転がった。


「あらあら、姫様、お怪我はありませんか」

 卯野が叫ぶ。


「おもしろー、大丈夫」

 雪まみれになった竹姫は立ち上がり、両手で掴んだ雪を放り上げて楽しさを体で表した。


「気をつけてくださいませね」

「おうっ。深狐、行くぞー」


 卯野の注意に生返事の竹姫が、斜面の上にいる深狐に向かって橇を蹴り押した。蹴り出された橇は、不思議にも斜面を下から上へと登り深狐の位置で止まる。そして、登って来た橇の向きを替えて、深狐が乗り込むと橇が自重で滑り出した。


「深狐、いきまーす、ですね」


「きゃー、ですねー」と深狐の乗った橇が、竹姫の方に向かって滑り降りていった。


 橇が止まると、「行くぞ 」と竹姫が深狐に声をかけ、まるで平地を走るように斜面を駆け上がる。その後を、深狐が橇の手綱を曳いて追いかける。そして、再び橇で滑り降りることを繰り返す。


「謙信殿、今朝、鵺部から知らせがありましたわ」


 卯野が、滑り出そうとしている竹姫に向かって手を振る。だが、その声は謙信向けだ。


 嫌がる様子を見せたにもかかわらず、早朝から強引に外に連れ出した理由が、遠征の経過を伝えることだったのかと謙信は理解した。

 上杉家当主を竹姫に譲ったから戦事に興味を失ったと言えば、それは嘘になる。むしろ、この度の織田征伐軍を自分が率いてないことを悔やんでいた。だが、それも叶わぬ夢であることも知っている。だからこそ、人智を超えた竹姫たちに託した。


 怒りが沸き上がるほど寒いなか、早朝から雪原に立たされることは、その代償なのだと思うことにして謙信は卯野に応えた。

「うむ」


「あら、まだ、お機嫌が悪いのですか? ふふふ、まるで駄々を捏ねる子供のようですわね」


「この寒い中、朝早くからいっしょにいるではないか」との言葉を謙信は飲み込んだ。「ふふふ」と隣で笑う卯野の視線を感じたからだ。


「織田勢と九頭竜川で合戦となり、勝ったようですわよ」


「うむ、勝ったか。で、いかに」

 謙信は、勝った内容を卯野に問う。敵軍に勝ったと言っても、自軍の武将たちが皆討ち取られては敗け戦と同じだ。


「鵺部は、狩り尽くしたと言ってましたから大勝だったと思いますわ。覚えている限りでは、柴田勝家、斎藤利治、佐々成政、不破光治を合戦中に討ち取り、丹羽長秀、安藤守就、稲葉良通は捕らえた後、首を跳ねたと」


「我が方は?」

 謙信は、織田方の武将を討ったその代償が気になった。


「あら、そう言えば。鵺部は、特に何も言ってませんでしたわね。大丈夫なのではないかしら」

 卯野は、小首を傾げ不思議そうな顔を見せる。だが、すぐに両手を合わせて笑顔に変わる。


「でも、これで、家臣たちも姫様の実力を良く理解したことでしょう」


「…」

「おや、謙信殿には不満でも」


「次の手は、いかがする」


「鵺部、行けるところまで行ってこい。と姫様が命じていましたわね。鵺部は、嫌な声をしていましたが、行きますわね。どこまで行くのかまでは、私にも分かりませんが」

 と、卯野が肩をすくめる。


「うむ」

 謙信は表情を変えず返事をするが、その声には不安だとの気持ちが入っていると卯野には聞こえた。


「大丈夫ですわよ。鵺部も困ったら朝信か兼続に意見を尋ね、賽を振りますわ」


「賽…」

「あら、賽に頼るのはお嫌いですか?」


「…」


「姫様はもちろんのこと。深狐、鵺部、私が振っても間違いありませんわよ。とは言ってもどの目が出ても大した違いはありませんけどね」

 卯野が、謙信に向けて片目を瞑った。


「仕方なしか」と謙信が呟く。


「気になるのは関東ですか。謙信殿への救援依頼を無視しての織田征伐でしたから。謙信殿のこれまでの評判を落としてしまいましたわね」


「それは良い。だが、いずれ北条とも決着を着けねばならぬ」


 どてらの隙間を閉じようと腕を組み直した謙信が、遠い南の空を見る。


「安心してくださいませ。姫様にできないことはありませんわよ」

「うむ」


 卯野も謙信が見る南の空に目を向けた。


「…」

「…」


「早く、暖かくなると良いですわね」

「うむ」


「…」

「…」



養父上ちちうえ、養父上ー」


 大きく手を振り回す竹姫が、斜面の上から謙信を呼んでいる。

 卯野と謙信は、竹姫に目を向けた。


「あら、姫様が謙信殿を呼んでいますわね。何かしら?」


「養父上も、橇で滑ろーよ、楽しいよー」

「…」


「謙信殿、どうされます。姫様が手を振って誘ってますわよ。ふふふ」


「否、断る」

 謙信の呟きは、竹姫に届きそうもなかった。






【不定期な観光案内】


越後国(新潟県)スキー、スノーボード場


新潟県は言わずと知れた雪国。当然ながらスキー、スノーボード場も多い。その数は

全国三位を数えるほど。(一位でないのはw)


前の不定期な観光案内で紹介した温泉とスキー場でのウインタースポーツ合わせれば冬の最強のコンボとなります。


家に籠もっているばかりでは心も籠りがち。

たまには、スポーツで体を動かして発散してはいかがでしょうか。


もちろん、細心の注意で!



それでは、次回は「くしゃみをしていた」をお送りします。


※コロナ第三波が広がる中、不定期な観光案内を続けるかどうか悩みしたが、続けることにしました。コロナ収束後の観光に活かしていただければ幸いです。



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