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なんだよ、結局、見た目か!


 評定の間に上杉家臣たちが集まっていた。


 上杉領を固める東西南北の守将たちが上座に向かって並び、威勢の良い話で盛り上がっている。この度の家臣団召集が、次の戦いの陣触れであることを微塵も疑わず、いかに勇ましく戦い武功を立てるか、遠征先はどこか、関東に出て北条と戦うか、はたまた、北陸へと進み織田討伐を行うか。いずれにしても勝利する前提で、取らぬ狸の皮算用の話に花が咲いていた。


 そのような中、小姓が御実城おみじょう様である上杉謙信の評定入りを告げると、一斉に静まり頭を垂れた。


 ほどなく、評定の間に入ってきた謙信の足音が上座に落ち着いた。しかし、一向に面を上げよとの声がかからない。平伏した者たちが、いぶかしんでいると更に評定の間に入ってくる数人の足音が聞こえた。

 それらは、着物を摺る軽い足音。子供か、女子かといった体の軽い者の足音だ。


 御実城様の話とは、陣触れではなかったのか、一体何を下知されることになるのだ、と家臣たちは頭を垂れた姿勢で想像する。

 後から入って来た者たちが小姓の位置に座る気配があるも、一番軽い足音が御実城様である謙信の隣に座ったと知れた。


「面を上げよ」


 謙信の声で、家臣が一斉に顔を上げて驚いた。

 あまりにも美しい少女が、上杉謙信の隣にちんまりと座っている。しかし、謙信は少女が目には入っていないかのような表情だ。


 ざわつく評定の間。


 少女に対して家臣たちの反応はまちまち。

 あまりにも人間離れした少女の美しさから、口を開けて見惚れる者。もしや御実城様に隠し子がいたのかと驚愕する者。一体、何者だと警戒をする者。いろいろな憶測から家臣たちがざわついた。


「静まれ」


 謙信の威厳のある声に、ざわついた間が一瞬にして収まる。さらに謙信は、家臣たちの憶測など知らぬとばかり話を進める。


「今日集まってもらったのは、他でもない、上杉家の家督譲りについてである。それで、皆に集まってもらった」


 謙信の言葉で、再び間がざわつく。

 家臣の誰もが、謙信の隣に少女がいることに合点がいったからだ。


 隣にいる少女は、おそらく御実城様の養女。

 その養女を娶った者が、次期当主となるのだと理解した。


 上田長尾家の者たちは我が春が来たような顔となり、古志長尾家の者たちは悔しげな表情となった。


 上田長尾家と古志長尾家は仲が悪い。昔から守護代長尾家一族の中核として主導権を争ってきた二家だ。

 両陣営の表情の差は、養女に対して婿候補がいるか、いないか。

 上田長尾家出身の上杉景勝は独り身。かたや古志長尾家は、上田長尾家に対抗するため北条家出身の上杉景虎を担いでいたのだが、当の景虎は景勝の姉をすでに娶っていた。


 上田長尾家出身の上杉景勝は、鼻息が荒い。

 景勝は、謙信の姉の息子であり、謙信の甥に当たる。今では、謙信の養子となって御中城おんなかじょう様と呼ばれる立場であった。これで景勝が、謙信の養女を娶れば後継者の座は決定となる。


 対する上杉景虎は、北条氏康の実子であり越相同盟の人質として越後に来た人物。だが、景勝の姉を娶らせ自分の初名を与えるほど謙信には気に入られていた。また、景虎も北条氏康が亡くなり越相同盟が破綻した際、北条家に戻らず上杉家に残って謙信を喜ばせた。景虎は、次期上杉家当主候補の立派な対抗馬だった。


 古くからの重臣たちは、謙信に嫡子がいないため消去法的に景勝が家督を継ぐことに異論はない。だから、騒ぐ者はない。ただ、古志長尾家の者と景虎のみが、苦々しい顔を謙信と隣の少女に向けていた。


「儂の隣にいる者は、さる高貴な家の出の竹姫たけひめである。この度、縁あって儂の養女となった」


 家臣たちは、固唾を飲んで次の言葉を待つ。

 景勝を選ぶか。はたまた、離縁させてまで景虎を選ぶか。さあ、どちらと注視した。


「上杉家の家督は、この竹姫に譲る」


 謙信の予想外の発言により、評定に集まった家臣たちが呆けた顔となった。何が起こったのか、何が起ころうとしているのか、謙信の言葉が理解できなかった。


 謙信が、竹姫に顔を向けてうなずいた。竹姫が謙信へうなずき返し家臣たちに顔を向けた。


「妾が、上杉竹よ。妾が上杉家を相続したからには、上杉家の未来は明るいわ。皆、一層、勤めに励げんでね」


「御実城様、お戯れを」

 竹姫の挨拶で、はたと正気を取り戻した重臣が叫ぶ。


「おっ、戯れときたか。さすが武闘上杉家の重臣だね、そんな目標は低いと言うのだな。それは、妾が甘かったよ。よし、それでは上杉家が、関東管領として名実ともに関東武家の頂点に立つことにしよう。それでいいかな」

「いえ、そうではなく」


「ほう、まだ、足りない。むむむ、では仕方ない、それでは取っておきの目標を。上杉家が天下を取る。これで、どうだ!」

「どうだと言われましても。ですから、貴女様ではなく、御実…お、お」


「へっ、妾ではない?」

「お、おお、大殿!」

 重臣が、謙信の新たな呼び名を捻り出したことで、悩みを解決した明るい顔を謙信に向ける。


「大殿、お戯れを」

 重臣が新たな呼び名で謙信を叫び直したが、謙信は冷淡に応える。

「儂は、戯れてはおらぬ。それに、すでに上杉家当主は、この竹姫である。不満があるならば新たな御実城である竹姫に伝えよ」


「ほう、そなた、妾に不満があったのか」

 竹姫は、発言した重臣だけでなく、家臣一同が同じように物を言いたげな顔であることに気がついた。


「そなたも、そなたも。ほほう、皆は、妾が当主では不満だと思っているのか。ほほう、ほほう、面白い。とっても面白いぞ。うむむ、どうしてくれようか」

 面白いと言う言葉とは裏腹に、竹姫の目は次第に細められていく。


「姫様、姫様、深狐が考えるに、勝負するのはどうですね」


「へ、勝負? 深狐。どゆこと」


「不満のある家臣たちと鵺部が勝負するですね。家臣たちが得意な刀、槍で」


「私かよ」

 つぶやいた鵺部が迷惑そうに深狐へ顔を向けたが、深狐は知らん顔で続ける。


「それで、家臣たちが勝ったら姫様は当主から下りるですね」


「おいっ、それじゃあ、この地にいられないじゃん。もっともっと楽しみたいのに。深狐、その案は、却下」


「ふっ、ふっ、ふっ。姫様、大丈夫ですね」

「大丈夫?」

「姫様は上杉家の養女。鵺部が敗けて当主になれなくても上杉家を助けるためにこの地に残る名目にはなりますね。あとは、養父様に念の籠った祈りをしてもらうことで、きっと大丈夫ですね」


「念?」と謙信が眉を潜め、「私が敗ける? ないない」と鵺部が手を振ってつぶやく。


「なーる。勝っても負けてもどっちでも問題なしと。深狐、天才」

「それほどでも、ですね」


 竹姫は、立ち上がって鵺部を指差す。

「よし、皆の者、聞いていたな。そこにおる鵺部に土をつけたら、妾は当主を下りる。それで良いな。鵺部、やれ」


 竹姫が顎で指示を出すと、仕方ないと鵺部も立ち上がった。そして、小さな美しくも可愛い娘が歴戦の武将たちに向かう。


「恐れ多くも高貴なる姫様に不満がある者は庭に出よ。刀でも槍でも得意な得物で私に挑むが良い。そして、敗北して己がいかに矮小で不遜であったかを深く深く噛み締めろ」


 明らかに子供に見える鵺部が啖呵を切っても、家臣たちは顔を見合わせるだけで名乗りを上げる者はいない。


「越後武者とは、口は動くが武で語る者はいないのか。そのような者が我が姫様に不満を抱くとは笑止千万。この虫けらども、貴様らは黙って姫様に従っていればよいのだ」


 鵺部が、目の前の家臣たちを蔑むように見渡し口角を釣り上げる。すると、重臣席の一人が立ち上がった。


「小娘、よかろう、そこまで言うのならば儂が相手してやる。女子なぞ相手にするのも嫌だが仕方あるまい。左手一本で転がして終わりにしてやるわ」

「では、儂が見届け役となろう」

 また、一人の武将が立ち上がる。


 竹姫は、後は鵺部に任せたとばかり再び座り卯野に「だれ?」と囁いた。


本庄繁長ほんじょうしげなが、三十八歳、阿賀北衆の重臣。五十公野治長いじみのはるなが、三十一歳、同じく阿賀北衆。阿賀北衆は越後の阿賀川より北にある土地の豪族たちで、二人とも独立心が旺盛な武闘派ですね」


「ふーん、脳筋って奴だな」

「はい、脳筋です。いいですよね、脳筋」

「はいはい」


 立ち上がった二人の武将に眩しそうに視線を送る卯野。そういえば卯野はそういう奴だったと、竹姫はげんなり顔。


「ふん、二人だけか。後の者たちは腰抜けか?」

 鵺部の挑発は続く。


「本庄殿が敗けるとは思わないが、腰抜け呼ばわりは小娘とて許せん。儂も見届けよう」

「では、儂も」「某も」と次々に武将が立ち上がり始め、評定の間にいた武将の九割ほどが鵺部と本庄繁長の勝負を見届けることになった。


「うふふ、素敵です。上杉家臣団、最高でございます」

 卯野の言葉と潤んだ目を見た竹姫は、うええ、ぶるぶると体を震わせた。


 鵺部と本庄たちが評定の間を出ていくと、残った者はわずかとなる。


「残ったのは?」

 再び、竹姫が卯野に囁いた。


「主だったところで、上杉景勝、二十二歳、一門衆筆頭。隣に樋口兼続ひぐちかねつぐ、十八歳、景勝の側近。上杉景虎、二十四歳、北条家の出で景勝の対抗。斎藤朝信さいとうとものぶ、五十一歳、重臣筆頭。河田長親かわだながちか、三十五歳、智勇備えた武将。須田満親すだみつちか、五十二歳、同じく智勇に優。ですわ」


「一辺には覚えられないな」

 竹姫がため息を吐いた。だが、すぐに気を変え家臣たちに向かう。


「残った者たちは、妾に不満はない。…と言う訳では無さそうだね。もう、面倒だな。養父上ちちうえも大変だったんだね」


 言うことを素直に聞く家臣ばかりじゃなくて養父上も苦労したんだね、と竹姫が隣に視線を送ると謙信が僅かばかり片眉を上げた。


「朝信、長親、満親、そなたたち、何を不満に思う」

 竹姫は、一番不満のなさそうな顔をしている重臣たちから声をかけることにした。


「はっ、某に不満はありませぬ。御実…大殿が決めた事に不満などは」

 序列が高い斎藤朝信が答えた。河田長親、須田満親も頷いて同意見だと態度で示す。


「おや、不満なし?」

「姫様、深狐が考えるに、この者たちは実力を示せと言ってますね」


「そうなの。だったら、そう言えばいいのに」

「姫様、それが大人のたしなみと言うものですわ」


「いやいや、そこは上杉家臣たる者、武闘系なんだから言いたいことを直に言って欲しいんだけど。まあ、いいや、景勝、景虎も何か言いたいことがあるんでしょ。言っていいよ」


 しかし、竹姫の促しにも関わらず景勝と景虎は睨み合ったまま動かない。序列としては御中城様と呼ばれる景勝が上なのだが、景勝が一言でも発したら言葉を被せようとしている景虎のせいで見合いになっている。

 それに気づいた竹姫が、肩をすくめ「じゃあ、景勝からで」と声を二人にかけた。


「では、某から景勝様の意を述べさせて頂きます」

「そなた、だれだっけ?」


「某は、樋口兼続ひぐちかねつぐ、十八歳、景勝様の側近でございます。高貴なる姫様、竹姫様とお呼びしても宜しいでしょうか」


 兼続は、利発そうな若者であった。竹姫に説明した卯野の言葉をそのまま使い挨拶をした。


「いいよ。御実城様と呼ばれるのも堅苦しいしね。それで、なぜ、景勝でなく兼続なのん」

「景勝様は、寡黙な方。故に、いつも某が補佐させて頂いております」


「寡黙? いつも?」


 竹姫が、意味不明だー、と思っていると僅かに頷く謙信を視界の端に捕らえた。そうなんだ、と竹姫は兼続に手を振って先を促した。


「はっ、それでは景勝様の意を述べさせて頂きます。大殿が決められたこと、竹姫様が上杉家当主となったことを大変喜ばしく思っております。ですが、上杉家は先ほど庭に向かわれた皆様方が多いように武を尊ぶ家でございます。そのような上杉家中を、か弱い竹姫様がまとめるのは、さぞかしご苦労されることと心配しております。そこで我が主、景勝様が竹姫様の補佐役として」


「もう、いいよ。要は、実権を景勝に寄越せってことね。じゃあ、次、景虎は?」


 兼続は、発言を止められたことを怒りもせず丁寧に頭を下げた。竹姫に手を向けられた景虎は、やっと出番かと前のめりになる。


「俺は、納得できん。女子供に上杉家中の者どもが従うものか! 皆が勝手をやりだし、上杉家中が揉め、内紛となる前に、さっさと次の当主を決めてもらいたい」


 竹姫は、手のひらを景虎に向けて言葉を止めさせた。次期当主を今決めろと迫って来そうな勢いだったからだ。


「むー」


 竹姫は、唸って立ち上がると庭に向かって指差した。そして、評定の間に残っている武将たちに向かって鬱憤を晴らすように宣言した。


「どいつも、こいつも。ええい、こうなったら、遠征して実力を見せつけてやるわ」


 竹姫の指の先には、越後武将を一人残らず叩きのめして戻ってきた鵺部がいた。


「はい?」


 鵺部は、竹姫に指された意味が分からず小首を傾げる。




【不定期な観光案内】

越後国(新潟県) 春日山城


越後武将といえば上杉謙信。

上杉謙信の居城といえば春日山城。

というわけで、春日山城を案内します。w


春日山城は、新潟県上越市にある日本五大山城に数えられることもある山城です。山城といっても春日山自体は標高189mの山で市役所からも近く、健脚な方であれば歩いても行ける距離にある城となります。


城内には毘沙門堂も復元されているらしく、上杉謙信がいた頃を偲ぶことができるかと思います。


日々の運動不足を感じる方は、是非、散歩を兼ねて巡ってみてはいかがでしょうか。


それでは、次回は「待て待て、その理由は良く分からん」をお送りします。


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