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地獄の湯治場  作者: ぐいんだー
2/2

 湯上りに飲む牛乳は格別だが渡されたのは紫色の得体の知れない飲み物だった。瓶の横のは牛のような生物と御札のようなデザインでラベリングされており、飲む意欲を促進させることを意識しているとは思えない。


「これ何味ですか」


こくんっと一気飲みをして一息ついている彼女に尋ねる。口から真紫の液体で染まった舌を唇の上で一周させて言った。


「林檎の味ですかね。地獄では有名な飲み物ですよ」

「林檎味? でも紫色って絶対なんか混ぜてんじゃん……」

「疑うなら私が飲ませてあげましょうか」


今度は瓶をひったくられ一口飲まれた。端から紫の液体を垂らしながら口に含んだ状態でジリジリとこちらに近寄ってくる。


「まさか口移ししようとしてないよね?……い、嫌よ! ファーストキス味がゲロマズな可能性を孕んでるとかどんな罰ゲームなのよ! んむぅ!?」


ドロドロと粘つくような液体が喉をゆっくり通りぬけ味を確認するまもなく流し込まれる。息ができず苦しくなり離そうとするが離れてくれないので口を大きく開けると更に舌を突っ込まれ蹂躙される。卑猥な音を立てながら膝を一緒に崩してペタンと座るとやっと塞がれた口が開きまともな息継ぎができた。つぅっと伸びた透明な唾液が膝にかかりそれをぼーっと見てしまう。


「ファーストキスはどうでした」


その一言で我に返り顔を背けて口を拭う。


「こ、殺す気か」


ぜえぜえと胸いっぱいに空気を吸う。


「味に満足いきましたか? 私はとても美味だと感じましたよ」


頬っぺをぺろりと舐められビックリする。


「んひゃっ!……あのねえ」


ここの大王はまず、この節操の欠けらも無いこの女将を裁くべきだと思うのは間違いではないだろう。


「ささ、早めに閻魔に会いに行きましょう」


 悪気の無い顔でそそくさと着替え終わった御霊さんは「体重増えてますね……食べ過ぎましたか」と人の気も知らず呑気に呟いていた。終始振り回され療養のはずが寧ろ疲労が溜まっている気がするが、やはり地獄だからだろうか。

 浴衣に着替え終わると手を引かれ髪を乾かす間もなく旅館の通路をぐにゃぐにゃと進む。左折と右折を繰り返しているので一見適当に進んでいるように見えるのだが正規ルートらしい。どんな空間なのか見取り図を見たいところだ。

 ロビーに着くまで5分足らずであったが体感20分位に思えるくらい長い道のりを歩いた気がする。旅館の入り口からフロントまで長蛇の列が出来ており従業員があくせく働いている。


「結構繁盛してるね」

「旅館はここだけですので自然と混むんですよ」


 女将なのに嫌そうに客を客として見ていない目である。じゃがいもと変わらなそうな見た目の妖怪や牛頭の妖怪、派手な色からくすんだ色まで様々な妖怪が持参したシャンプー等を片手にぺちゃくちゃ喋っている。その中に一際でかい赤い鼻をぶら下げた巨人のような妖怪と目が合うと列をはずれがこちらの方へ歩いてきた。5メートル以上ある図体は並んでいる小物とは違う雰囲気を感じさせる。


「あら、ようこそ閻魔」

「いい加減様を付けんか、馴れ馴れしすぎるぞ小娘」


喋る度に雷を落としている様な響く声に耳を塞ぐ。


「ん? 横にいるそいつは……そいつ人間ではないか。何故この旅館に人間がいるんだ!! 説明しろ女将!」


女将さんも流石に耐えられなかったのか途中から耳を塞いで鼓膜を守っていた。


「うるさ……ごほんっ、それは私もよく分からないのです。この方は頭を打ち付けた後、理由は分かりませんが、目が覚めたらここにいたらしいのです」


「今煩いって……まあいい。で、いつの間にかいただと? ならこいつはまだ裁判をかけていないと言う事だな。理由はどうあれ今からじっくり正体を暴いて然るべき罰を受けてもらおうじゃないか」


 何故か咎人扱いを受けていることに不満を覚えた。だが何より今足が竦んで立つのもやっとなので閻魔大王に向かって発言なんてできそうにない。情けなく御霊さんの背中に隠れ閻魔様とやらの様子を伺ってはいるがイマイチ腑に落ちなさそうな顔をしている。


「……そもそも秦広大王を差し置いてワシが先に裁いていいのか分からん。前例が無いと事が上手く運ばんな。おい、ワシのスマホを出せ、アイツにlimeをして事情を聞く」


聞き違いだと思うが私がよく使う文明の利器の名前が飛び出してきた気がするしメッセージアプリの名前も聞こえた。子分らしき鬼がお風呂セットから出したのはごてごてに装飾されたメタルチックなスマホであった。それを受け取った閻魔大王は「おっ、つべで新しい動画でてるじゃん。後で見よ」なんて現代っ子みたいことを言っていて若干引いた。


「ここってスマホ使えるんですか?」

「使えますよ。私はあんな使い辛い変な機械を使うのはごめんです。前に使った時あらぁむ? でしたか、それが止まらなくて止む終えず破壊することになってしまいました」


機械音痴極まれり、アナログな鬼である。まずスマホがある事に驚きを隠せない。女子高生ばりに拘束でフリック入力する閻魔大王とは下界にいる真言宗の人が見たら何を思うだろうか。


「彼奴既読つけて無視しよったぞ! ふざけおって!」

「なら閻魔から先に聴取しても宜しいのでは」

「当たり前だ! ろくに連絡がつかん奴に後からアレコレ言われる筋もないし好きにやらせてもらうわ」


何処からともなく錫杖を出し空中で振りかざした。すると赤いモヤと共にドスンッと卓が現れ周りの妖怪たちが何だ何だと集まってくる。卓上の帳簿がパラパラと捲られ腰を据えた閻魔様が上から私のことを見下ろした。野次馬たちは閻魔の裁判が始まると知るとスマホでパシャリと写真を取り恐らくここで流行っているSNSで流してるのだろう。


「さあ罪の告白をする時間だ、嘘を吐くことはおすすめしないぞ花芽咲よ」

「承知してます」

「よかろう、では第一の質問だ、貴様は罪なき生命を賊害したか?」

「いいえ、一切の殺生をした覚えはありません。気付か無いうちに命を奪ってしまったことは多分あると思いますが」


蚊を殺したのはセーフなのだろうか、仮にこれで裁かれるなら地球上の殆どの人間がここで引っかかるから平気だと思うが。


「ふむ、では次だ。他の物を偸盗したか?」

「盗みですか?」

「そうだ」

「あります」

「ほう? 何を盗った。言ってみろ」

「兄の持っているありとあらゆる場所にある避妊具を盗んで親の財布に入れときました。その日は2人の彼女さんとキャンプだったらしいので一晩よろしくやるつもりだったんだろうけど、生でやるわけにいかないだろうしさぞかしもどかしかっただろうなぁ」


 私の兄は何股かは知らないが何人かと関係を持っていて不健全極まりないので少しお灸を添えてやったのだ。イケメンだと持て囃されるのは良いのだが私の友だちまで食い散らかし、結局友人は捨てられたために私との関係もギクシャクし大学生の時は一瞬で孤立したのは苦い思い出だ。

 両親は財布にパンパンに詰め込まれた大量の避妊具を見て兄を呼び出し説明を求めていた。ついでに居間に情事最中の映像を垂れ流しておくと両親が目を点にして見ていたのを慌てふためいて止めている兄を見るのは学生時代の良い思い出である。


「おぉ……そうか、包み隠さず話してくれて助かったぞ。うん……まあ咎めはしないが少しやり方がな」


ドギマギしてるが嘘を付くと舌を抜かれるので事実を述べると決めたのだ。


「報復が怖いけれど強気な貴方も好きになりそうです」

「痘痕も靨か、号外とはこのことだったとはな。しかし此奴は人間であるぞ」

「愛に種族は関係ありません」

「送還されるかもしれんのだ。本気になるのはやめておけ」


しゅんと項垂れた御霊さんはそれでも私の手を離さなかった。正確に言えば私が強めに離れないように掴んでいるので解けないのだろう。怖くてすがっているわけでは無い。湯冷めを気にしているだけ。


「では次の質問だ不誠実な淫行をしてはいないな?」

「うわ……セクハラじゃないですかそれ」

「閻魔、落ちるところまで落ちたか。灸を据えてやろう」


殺気を隠そうともせずものすごい形相で閻魔大王を睨んでいるが一応王様なんだけど大丈夫なのだろうか。逆鱗にでも触れると思いきや案外平身低頭なのか閻魔大王は落ち着けと宥めている。


「し、仕方ないだろう。ワシだってしたてこんな質問をしているわけでは無いんだぞ。仕来りだからしているわけであって他意は一切ないと誓おう。もうこの質問男限定にした方が良さそうだな……」


で、結局どうなのかをさっさと言えと言われたので唾を吐きながら言ってやった。


「ぺっ、してません」


同じく御霊さんも閻魔大王に向かって吐く。惜しくも閻魔帳にはかからなかった。残念である。


「一応十王の一人であるぞ。貴様らよくもまあそんな態度を取れるものだな……そこらの男共よりよっぽど肝っ玉が座っておるぞ」


手に負えない子供を見るような目で見るのは癪に障る。発端はそちらなのだから私達がこのような態度になるのも頷けるだろう。

「次、えー、他のものに嘘を、ん? 秦広大王め今頃返信をしよって………何? 花芽咲は誤送された生者だと!?」

「は? マジですか? やったぁあー!!!」


耳を疑うような事実に両手を上げて喜んでしまう。野次馬たちはブーブーと文句を垂らすだけ垂らし温泉に入りに行った。外野が去って清々し、これであるかも分からない罪と恥をを暴かれる事無く済む。

 確かにおかしいとは思ったのだ。空き缶を踏んですっ転んだだけで死ぬなんてコメディでもあるまいしと頭の隅では訝しんでいたのは間違いではなかったことがホッとさせる。仮に死因が空き缶によって転んだ際頭を打ち付けての脳震盪とかダーウィン賞ものだし家族が告別式で困るだろう。嬉々として元の世界にはいつ戻れるのかを閻魔大王に聞こうとした時手を引っ張られた。


「行って、行ってしまわれるのですか……」


深く悲しむような表情で問われた。会って間もなく親しい間柄かと聞かれればノーと答える希薄な関係であるかもしれないしお互いのことはまだ良くわかっちゃい、言うなれば他人の様なものだ。


「御霊よ、此奴はまだここにいて良い存在では無い。引き留めるのは御法度だぞ」

「そんなのわかっていますよ」


だが涙を溜めて私の顔を直視するその様は物語に出てきた、王子様を見るお姫様のようだ。


「私なんかよりもっと相応しい相手はいくらでもいるんじゃないかな」


感情を押し殺して言うこのセリフは刃のように鋭く双方の心を強く抉る。


「見くびらないでください! 私が軽い気持ちで貴方を好きになったわけではないのです!!」


ばちんっ。誰かにぶたれたのは初めてだった。父親にもぶたれたことは無かったのに。怒りながら泣くとか器用すぎるマネをしながらぶった私を抱擁する。グスグスと泣いている鬼の頭を撫でる。


「初恋は人を狂わせるね。いや、鬼を狂わせてしまったのか」

「貴方が初恋で本当に不幸です。私の鬼生をどうしてくれるんですか」


私は責任取ってやるなんて軽々しく言えるほど甲斐性のある人間では無い。でも真剣に愛をぶつけてくれる御霊さんの思いを無碍にして帰るなんて再び地獄に落とされても文句は言えない。


「本当に残ることは出来ないの?」


交渉の余地はあるかもしれない。

一縷の望みにかけてみることにした。


「そんなの認められるわけなかろう」


きっぱりと言われどうしたものかと思い、ここは閻魔大王の過失を攻めればという閃きが降りてきた。


「でもですよ、私はもしかしたら地獄で辛酸を舐めることになっていたかもしれないんですよね」

「なんだ脅しか? そんなの通用せんぞ。ルールはルールだ、逸脱した決定なんぞ認めん」

「認めないだけで出来るには出来るんですね」

「……さっさと下界に戻れ人間の小娘よ、御霊も何時まで泣いておる、惨めったらしいぞ」


すると客を捌き終わった千歳さんが私達の間に入ってきた。


「おい閻魔、咲をこの地に置けることが出来るんだよな?」

「なんだ貴様もか。 どうして旅館の連中はこうも呼び捨てなのか、レビューを星1にするぞ」

「しても構わん。どうせここしか旅館は無いのだからな。して、そんなことより吉報だ御霊」


何かを企んでいるのかニヤリと悪い笑みだ。


「グス…なんですか千歳さん」


千歳さんが掲げている物体に目をやる。


「なあ閻魔よ、これが見えるか?」

「なんだ……おま、まさか!?」


こちらからは画面が見えないがスマホを片手に閻魔大王に向けている。すると画面を見た大王は目を剥いた。


「そう、察したな閻魔よ。これは貴様のらんこーぱー」

「やめい! わかったから口を噤め!」


閻魔大王が情けない声を上げて千歳さんに懇願し始めた。


「許可する気になったか?」

「ぐっ……しかしここの戒律を乱すのはここの王として―――」

「あっこんなところに動画アップロードボタンが」

「ストップ、ストップ。よしわかった、よかろう、認めようじゃないか新たな住人としてな。ようこそ地獄へ」


圧倒的掌返しである。


「次いでに咲を鬼にする事も出来るよなぁ?」

「それは認められ……」

「ふぅん」


数回スワイプすると黙りこくった閻魔大王は手のひらを挙げ降参したようだ。


「許可する」


苦々しい顔で私が鬼になることを許可した。鬼になる、考えたこともなかったが面白そうだと感じる。今ここにいることも非日常ではあるが別の種族に転化するなど多分史上初だろう。


「貴様は良い王じゃなぁ。今後とも良い付き合いが出来たら良いのぉ」

「それは御免だ。さっさとそのスマホを渡せ」

「約束を果たしてからだぞ」

「じゃあさっさと選ばせろ!」

「では咲よ、好きな方を選べ。ここに残るか現世に戻るか」


なんだかわからない方法で恐らく脅したんだろうが、私達の為に交渉してくれた千歳さんに感謝だ。

 けどよくよく考えると地獄は得体の知れない妖怪が居て身の危険を脅かす危険な場所。正直怖いのもあるがなによりこの世界と上手く付き合っていく自信が持てない。やはり故郷に戻りたい気持ちが大きく、それに両親やろくでなしの兄に孝行せずに死ぬのはまだ早いだろう。千歳さんがもぎ取ってくれた条件を放棄してでも私は戻ろうと思った。


「すみません千歳さん。私を現世に戻らせて下さい」

「なっ、なんと言った? 聞き間違えかのぉ最近耳が悪くて」


苦笑いで聞き返してくるところ悪いが私の決意は変わらない。


「現世に帰ります」


鶴の一声とばかりに場は静まり返り時が止まったかと錯覚する。


「正気か貴様」


千歳さんは鬼の形相でこちらを睨んでいる。まあ彼女の反応も当たり前だろう。実際血も涙もない人間だと思っているのは仕方がない。御霊さんに至っては放心しながら涙を流している。言葉が足りない自覚はあるがこうも追い詰められるとは思わず次の一言が言い出し辛くて敵わない。ただ戻ることだけが本意では無いのだがそれが多少なりとも伝わっていないのは少し傷付くと思うのは傲慢なのかな。放心状態の御霊さんの頬をぺちぺち叩き呼び戻して目と目を合わせる。


「何勘違いしてるの」


「やっぱりそうなんですね」


何がやっぱりなのかは分からないがしょうもないことを考えてる顔だ。


「私のこと嫌いなんですか! だったらはっきり嫌いって言ってくださいよおぉ…」

「いやだから…」


早とちりして泣き崩れられ殻に閉じこもったように丸まり今説明するのは無駄そうだ。何を言ってもネガティブにしか捉えられそうにないので後でいっぱい私の気持ちを聞かせてやる。だから再び閻魔大王と対峙する。


「先程言った通り現世に帰ります。…ただ先程千歳さんが言っていた条件と真反対のことを望んでもいいですか」

「どういうことだ」


言いたいことを察したのか面倒くさそうな顔をしているがキチンとここで言っとかないと勘違いしている約2名の鬼からのヘイトが外れないので大きな声で言う。


「御霊さんを現世に連れていきます! もちろん人間としてです!」


千歳さんは唖然とし、御霊さんは顔だけ上げ泣き止んで固まったままになった。


「御霊さんは私と来るのは嫌?」


ぶんぶんと首を振り否定を顕にした。


「また面倒な願い事をしよって、ワシは閻魔大王であるぞ」

「でも出来るんでしょ、地獄の神様」

「ふん…条件付きだ。貴様は死後、天国へ登らず地獄に来い。たっぷりこき使ってやる」

「お易い御用ですよ」


どうせ死んだ後も御霊さんと居られるんだし第二の故郷として住まわせて貰うつもりだ。


「ならまた会えるではないか。なぁ、御霊よ」


背が小さいため無理やり腰をおらせ頭を撫でくりまわしているのであんまり格好が付かないのは目を瞑った方が良さそうだ。


「でも旅館が……」

「思ってもないことは口走らん方が良いぞ。お前がこの旅館に対して憂うなぞ演技でしかないことは十分知っとる。お前に女将をやらせて楽していたがまた面倒な客たちを裁かにゃならんとは。久々に気合いいれるかね」

「ありがとう。千歳さん」

「まぁ良い、かわいい孫娘が嫁ぐんだ。少しくらいの間ならやってやるさ、せいぜいそこの娘と人間界を楽しんで行くといい」

「おばあちゃんだったの!?」


まさか千歳さんが御霊より歳上だとは、しかも御霊が孫ってこの人いったい幾つなんだ……。


「言わなくても良いかと思ってましたので」

「性格全く似とらんだろう」


確かに性格は似てないが顔は若干面影がある。


「貴様らそろそろ飛ばすぞ」


手続きが終わり私達を送還するため閻魔大王は札を取り出し私達に預ける。


「この札を頭に貼って目を瞑れば現世に戻れる。あちらの世界では花芽 御霊として送るが問題ないな?」

「家族ってこと? それって近親相姦になるじゃん」

「私は構いませんよ」


嫌がるどころか嬉しそう……いや興奮している顔だ。


「知ったこっちゃないわ。方法は他にもあったが一番手っ取り早いのが家族にすることだったのだ。文句は受け付けん」


となると御霊さんが欲を抑えてもらう事で傍目からは普通の姉妹という関係性で落ち着くことが出来るが、隠れてコソコソイチャついていたらいずれバレるだろう。この変態は恐らく3日で露呈させる。


「実家から出るかぁ」


地元を離れて何処かのマンションに引っ越すのも視野に入れといた方が良さそうだ。


「二人暮しですか」

「家だと色々不都合でしょ? あと兄貴は妹でも構わず御霊に手出すかもしれないじゃん」

「そんな節操無いとは……なら出た方が良いですね咲姉さん」

「咲姉さんはなんかヤンキーの親分見たいで嫌。お姉ちゃんって呼んでよ、私は御霊って呼び捨てにするからさ」

「そもそも私が妹なんですか? 咲の方が小さいじゃないですか」


温泉に入っている時年齢を確認した気がするが多分体をまさぐるのに夢中で聞いてなかったのかと呆れてしまう。


「御霊の方が歳を食ってないからのぉ」

「なら仕方ないですね咲」

「結局呼び捨てなのね」

「ごちゃごちゃ喋ってないでさっさと行け。 他の大王たちに見つかったら面倒な事になるのはワシなんだよ」


急かされるままに札を貼り手を繋いで目を瞑った。


「達者でな」


ぽんっと肩を叩かれ送り出される。


「行ってきます」


プツリと意識が途切れた。


**************************************************


「ここは……また温泉?」

「んん……」


かぽーん。

温かいお湯だ。湯船の中でゆらゆら一緒に揺られている。裸体で抱き合った状態のままなのだが御霊は眠っているのだがどうしようか。起こそうか迷っていると戸口がガラッと開く。


「お目覚めですかー? お客様ー」


戸口の方で作務衣を着たおばさんが私達に話しかけてきてギョッとしたが微笑ましそうに見てるのでそのままで良いかと思い「はーい」と返事をした。


「そろそろご夕食が出来たのでお呼びにまいりました」

「あ、態々どうもすみません。……あの変な質問をするんですがここって何処でしょうか?」

「治極楽旅館ですよ。妹さんがまだ寝られてるようなのですがもう少し入られますか?」

「え、あぁ、そうして貰えると助かります」

「お食事はお部屋の方にお運びしておりますのでお食事が済みましたら後程取りに行かせてもらいますのでそのままで結構です。ではごゆっくり」


そう言い戸口から仲居さんが出て行った。

質問もそうだが二人して寝ていたら放っておくものなのかと不審に思い首を傾げてるといつのまにか目を覚ましていた御霊が肩に顎を乗せたまま蕩けたような声で話す。


「閻魔が関わりのある人間の記憶を捏造でもしてここに飛ばしたんでしょう。ふぁあ……」

「弄って大丈夫なの?」

「さぁ? 責任はあの人にあるので気にしなくていいでしょう。それよりここは地獄旅館の温泉に負けず劣らず良い湯ですねー。また寝ちゃいそうです」

「誰かさんの所為でゆっくり出来なかったから丁度いいわね」


皮肉ってやると真に受けたのか載せた顎を退けて人一人分のスペースを開けた。


「私も少しは自重しましょうか?」

「らしくないね」


無理やり肩を抱いて引き寄せると顔を赤らめて嬉しそうに微笑んだ。暫く二人とも黙ってちょろちょろと流れるお湯を堪能していた。


「あの」

「なあに?」

「言いたいことが」

「どうぞ」

「では改めて言わせてもらいます」


言っておきながら黙って虚空に目を彷徨わせているが大丈夫か。気長に待ってやるかと思い目を閉じた瞬間を見計らってなのか口を開いた。


「貴方と共に生涯を歩み、死が私達を分かつことがあろうとも決してこの愛を忘れず傍に居させて貰えますか?」


多分目を開けたら面白いくらい赤くなってそうだけど開けたら顔を背けられるかもしれないので瞑ったままにして返事を返す。


「堅い、やり直し」

「えぇ!? や、やり直しですか? えと、じゃあ、貴方への愛を永久に誓い」

「また堅くなりそうな出だしじゃん」


思わず目を開けジト目で見ると口をへの字にしてぶーたれ始めた。


「じゃあどうしろと言うんですか」

「こーゆうのはシンプルに大好き愛してる結婚してでいーのよ」

「だいすきあいしてるけっこんしてー」

「御霊が言うと薄ら寒いかも」

「角で刺しますよ。ってもう無いんでしたね」

「なんだかんだ一緒になれて嬉しいよ」

「私もです」


ちゅっと音を立て、一度目の様な乱暴なキスではなく触れ合うようなやさしいキスだ。ふふっと頬を染め笑い合う。


「人間になったこと後悔してない?」

「言ったじゃないですか。鬼も人もさして変わらない、傍に居られれば何になっても構わないです」

「恥ずかしいこと躊躇わず言うんだから……あーこっちが恥ずかしくなる。もうそろそろ出てご飯食べよ。お腹ぺこぺこだよ」


湯船を出ても繋いだ手で冷めることはなかった。


治極楽旅館はつい最近近所に出来たらしく家から歩いて20分程度の近場であったため日帰りのような形で夕方辺りに家に着いた。

 母に迎えられ特に問題もなく仲のいい姉妹として扱われたので安心して自室に戻るとベッドが敷布団に変わっており部屋がスッキリしていたことに驚いた。久々に使う敷布団に高揚感を感じていたが夕食後先に戻った御霊が布団を一枚だけしか敷いておらず狭い中ぎゅうぎゅうと暑苦しいくらいくっついてきたので早めにベッドで寝るために引っ越そうと決めた。

 早々に辞表を書き別の会社の内定を取って地方のマンションに引っ越す準備を始めた。地獄に行く前に勤めていた会社を辞めようとした時上司から脅されたのは予想外で家に帰った後悩んでいたが、いつの間にか音声レコーダーを遠隔で操作して録音したらしい脅しの音声を御霊が社長に突き出すぞと電話越しに聴かせ難なく辞表を出せた。

 両親は急に二人の娘が出ていくと言うので悩みや不満でもあるのかと変に気を使わせてしまい説明が面倒だった。兄に関しては「御霊が咲について行く必要ないんじゃない? てかお兄ちゃんもついて行こうかなぁ」とキモイことを言ってたので一発蹴りを入れて御霊の腕を引いた。


**************************************************


「やはりこの人間界のカラクリは便利ですね」


引越し早々居間で寝そべり片手でスタンガンをバチバチと鳴らしながらラップトップで通販サイトを巡っているのは馴染んだと言えるのか。


「これから二人暮しに必要なもの買わなきゃね」

「入用のものは大体買ったんで後は+家具くらいですかね」

「実際見に行きたいけどどう?」

「いいんじゃないですかね」


 車で数十分のところにある家具屋に行くことにした。順応性の高い御霊は最初こそ車を見ておっかなびっくりしていたが今ではスマホを弄りながら窓枠に腕を置いている。三半規管が弱いのか気持ち悪いと言い毎回ぐったりするので辞めればと提案しているのだが中々首を縦に振らないから酔い止め薬の消費が激しい。着く頃には治っているため喉元過ぎればなんとやら、帰り道には忘れまた気持ち悪くなっているのだ。

 ついて早々にベッドのコーナーに走る姿はまるで幼い子供のようで妹なのも頷ける。ベッド自体が初めてなのかころころ転がって「弾き飛ばされるのが面白いですね」と楽しそうにしていた。一緒に寝っ転がると少し狭いけどくっつく口実になるのであんまり大きいベッドは買わないでおきたい、とでも言えば脳みそ真ピンクの御霊は調子に乗って眠れない夜になりそうなので口を噤んでおいた。どのベッドが良いのか店中の寝っ転がれるベッドをごろついて結局セミダブルのベッドにすることになり自宅に配送してもらうことにした。


帰りは近くのショッピングモールでウィンドウショッピングをし夕飯には湯葉用の豆乳を買い総菜コーナーで好きなものを買った。私も御霊も料理ができないのでスキルアップの為にレシピ本を買い早速車の中で意欲的に読んでくれていたので遠くないうちに美味しいかは別として手料理が期待ができそうだ。


家に帰りまだチラホラと開けてない段ボールに囲まれた部屋の真ん中に丸テーブルを置き膝を崩して買ってきた夕飯を並べた。

 人間界の食べ物に興味津々でパスタを選択した彼女はフォークをうまく使えないのか箸でつまんでつるつるすすっていたので今度覚えさせないと外で大変だなと思いつつ、レンジで即席うどんを温めた。

 その間に実家から拝借した新品同然の鍋を出し携帯コンロに火を付けて湯葉用の豆乳を入れる。醤油につけてひょいひょい食べるのもよし、わさびにつけるのもよし、いろいろな薬味に合うため味に飽きることがなく、湯葉自体さっぱりとしているのついついぱくぱく食べてしまう。


「何故湯葉なんです?」

「何かと温泉に浸かってたからなんとなくね、湯ってついてるし縁があったからさ。あっ湯豆腐もあるよ」

「はあ、なんとなくですか。わさびにつけると美味しいですね……湯豆腐は後で頂きますおすすめの薬味ください」

「じゃあ断然ポン酢だね!」

「あの、かけ過ぎじゃないですか……それ絶対私食べませんからね」


小さいころによく両親からは食事の時間は共にしろと口うるさく言っており反抗期真っ盛りな私はそれを無視して外で食べてきたりしてい。、それを後悔し始めた年ごろを迎える頃には大人でどうしても家族と時間が合わず一人寂しくダイニングでご飯を食べていたものだ。だが今は好きな人と和気あいあいと食事をすることができたのは偏にあの空き缶のおかげなのかな……やっぱりそんなわけない、下手したら死んでいたのだから。今頃になってムカついてきたが御霊にあーんされそんな苛立ちは吹っ飛んだ。


「バカップルか」

「いいじゃないですか。私は甘々な日々を楽しむ為に色々と考えているんで覚悟しておいてくださいね」

「じゃあ私も対抗しちゃお」


おりゃっと言い彼女の懐に飛び込む。


「ちょっと、危ないですからやめてください。パスタこぼしたら許しませんよ」

「キスしたら許してくれるでしょ。ほら、ちゅー」

「……許しません」

「私の愛は食欲に負けたのだー。くやしぃー」

「はいはい。あっ、食べ終わったら近くに銭湯があるので行きませんか?」

「賛成、じゃあさっさと食べて行こ」


夕飯を食べた後、着替えを肩掛けバッグに入れて玄関を出る。


「最近銭湯やら温泉ばかりですね」

「良いじゃん。御霊は温泉好きでしょ? 私も好きになったしお金貯まったら今度は遠くの温泉に行こうか」

「いいですね、ほかの温泉に入ってみたかったと地獄では毎日思っていましたから」

「じゃあ新婚旅行計画を二人で立てようか」


じゃれあい時には照れ合いながらまだ見知らぬ銭湯を目指す。


地獄と現世が繋いだ縁に感謝し、いつかまた地獄旅館で愛する人とゆっくり入れる日に思いを馳せて月明かりが照らす夜道を並んで歩いた。


その後私たちは足繁く銭湯に通っていた所為か常連として近所の方に知れ渡り、専ら湯煙美人姉妹と言われ恥ずかしくなり暫く行かなくなったのはまた別の話。

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