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パスタで時を測る救世主

作者: 片隅千尋

 世界中の時計が狂ってしまった。

 目覚まし時計も、壁掛け時計も、電波時計も、ケータイの時刻表示も、テレビの時刻表示も、日時計も、原子時計ですらも、てんでバラバラな時間を示すようになった。

 時間測定の基準となるクォーツの振動も、自転周期も狂い、人類には「正しい時間」がまったくわからなくなったのだ。

 原因も不明。

 太陽フレアのせいだとか、地磁気の乱れが関係しているだとか、ブラックホールによる時空の歪みだとか、ダークマターがうんぬんだとか、科学者は色々な説をたくさん紹介してくれた。その説明は人々のお勉強にはなったけれども、結論としては何の解決にもならなかった。

 当然、社会は大混乱になった。

 もちろん、夜が明ければ朝になったとわかるし、太陽がだいたい真上に来たら昼だとわかるし、日が沈めば夜になったとわかる。

 だがそんな大雑把では話にならない。現代社会はずっと正確な時間を前提として運営されているのだ。

 

 なんとか正確な時間計測はできないか――?

 必死の試行錯誤の末、意外な救世主として見出されたのが、イタリアンの料理人である俺だった。

 なぜか?

 俺は自分の店で、毎日毎日何十年も同じ条件でパスタを茹で続けてきた。そして俺にとってベストなアルデンテに茹で上がる時間が、かっきり300秒、すなわち5分だったのだ。

 5分ちょうどであることは単に偶然である。茹で具合を見て、ベストなタイミングで湯を切る、その時間を測ってみたら、たまたまちょうど5分だったというだけだ。

 それを友人が面白がり、俺が時計を見ずに5分かっきり(1秒のズレもなく)でパスタを茹で上げる動画をサイトにアップし、ちょっとバズったことがあった。――ものすごく地味な動画だと思うのだが。

 時計が狂った後、その動画が再度話題となり、藁をもすがる思いで政府高官が俺の店を訪れたということらしい。

 そして時を測るのはイタリアンシェフである俺の腕に委ねられた。

 今まで普通の人は時間を測ってパスタを茹でていたものだが、これからは俺がパスタを茹でて時間を測ることになったのだ。県道沿いの大衆向けイタリアン食堂が、新しいグリニッジ天文台となったというわけだ。

 通称「パスタ時計」。

 ただ、俺の仕事は大きくは変わらなかった。今まで通り、朝から晩までパスタを茹で続けるだけだ。それこそ、時計のように正確に。


 俺が刻むパスタの時間で、世界が曲がりなりにも「正しい時間」を取り戻しつつあったとき、さらなる衝撃が世界を襲った。

 地球に巨大隕石が迫っているという。

 巨大隕石の軌道を逸らすには正確なタイミングで核ミサイルを撃ち込まなければならないという。

 そんな、某ハリウッド映画じゃあるまいし……。

 と俺は思ったが、どうやらマジらしかった。

 マジならやるしかない。

 成功すれば英雄、失敗すれば地球が滅ぶ。だが、どのみち自分以外、成功できると請け合っている人間はいないのだ。ならやってやろう。パスタの茹で具合だけできっかり1時間、コンマ1秒のズレもなく測って見せようではないか。

 俺の店に専用の通信設備が用意された。俺はいつも通り、5分ごとの12サイクル、計1時間の間パスタを茹で続け、1時間、すなわち3600秒ちょうどでボタンを押した。


 結果――隕石衝突を回避した人類は、さらに「時計」を取り戻すことにも成功した。時計が狂った原因が、どうやら未知の力場を持つこの隕石の接近にあったということらしい。

 詳細は専門家が現在も調査中だ。

 俺は英雄として表彰されたが、それだけだ。ちょっと店の客足は伸びたかもしれない。


 近頃、ふと考えることがある。

 時間の推進力は何なのだろう?

 時間が経過したからパスタが茹で上がる、と普通は考えられているが、逆に、パスタが茹で上がったから時間が経過したのだ――とも言えるのではないだろうか?

 つまり、時間の推進力は実はパスタではないか? 少なくとも、あの時計が狂っていた期間は、それを否定することはどうやってもできないんじゃないか――

 なんつってな。

 時間とか地球とかは、科学者が考えればいい。

 俺はちょうど良い茹で具合のパスタのことだけを考えて生きていく。

 よし、今日もばっちりアルデンテだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 変わった観点からで興味深く読み進められた。 というかちょっと吹いた。 [気になる点] 作業時間以外の準備時間と片付け時間を考慮されていない。
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