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第3章 ゼロから始める共同生活-1

第3章です!!

書き溜めがなくなりました。執筆スピードがアレなので毎日投稿厳しいです。

5000字ずつ上げればいいものを、今回区切りが悪くて8000字超えちゃってるし。

どうかこれからもよろしくです(・ω・)

 最初に鼓膜を震わせたのは、夜明けを象徴する小鳥の囀りだった。

 うっすらと目を開けて、頭の横に置いてあるスマホで時間を確認する。

 午前6時。

 アラームは6時半にセットしてあるので、少し早く目が覚めてしまったことになる。

 が。

(起きるか……)

 上半身を起こし、大きく伸びをしてから、ベッドの側面に足を下ろす、

 最近の起床というものは、眠くて眠くて二度としたくないような行為だったが、今はそうも感じなかった。

 土日は寝すぎてまだ眠いとか駄々をこねるくせに、今は不思議なくらいに眠気を感じない。

 つまりあれだ。全体の睡眠時間の20~25%に相当するという、レム睡眠の状態から起きられたってことだ。

 普段は睡眠時間が五時間やそこらになりがちだから、上手くアラームの起動と中途半端に少ないレム睡眠の時間が被ってくれないんだろう。

 逆に四時間以下になると平気だったりするんだよな。

 運のいい目覚めを自覚した俺は、立ち上がると、窓際まで歩いてカーテンを開ける。

 遮蔽物を失って容赦なく部屋へ降り注ぐ太陽光を浴びながら、一回、二回と深呼吸。

 ――うん、いい朝だ。

 少し早いが、たまには余裕を持って朝の準備を終わらせておこう。

 今すべきことを定めて、ドアに向かって踏み出そうとする――と。


「ん……」

「うおっ!?」


 正直めっちゃびっくりした。

 振り返った先、ドアの前に――、

 銀髪美少女がそれに背を預けてしゃがんだまま眠りこけていた。

「……ああ、そうだったな」

 寝惚けてはいないんだけど、現実味が薄すぎてまた夢の中にいるのかと思った。どんだけ夢見たいんだよ俺。

 まるで現実逃避したがっているかのような自分に呆れつつ、彼女の前まで歩を進める。

 膝を抱えて、その腕に頭を乗せながら寝息を立てている彼女の名は、

「おい、リリア。朝だぞ、起きろ」

「……む……?」

 腕の中に収まりきっていなかった右頬を軽くつつき、目覚めを促す。

 すると、驚くほどスムーズに彼女は顔を上げ、ぱっちりと目を開いた。

「何だってこんなところで寝てるんだ。そんなにベッドの寝心地が最悪だったか?」

 確かに時間はかけなかったとはいえ、ちゃんと眠れるようにはしたはずなんだけどな。

 ベッドメイキング技術が不足しているのか。掃除や洗濯、料理にばかり目が行きがちだけれど、家事ができる男を名乗るならこれも磨かないといけないらしい。

 何、俺は執事にでもなりたいの?

 己の未熟さを痛感する俺の前で、リリアは、ふるふる。

「5時に目が覚めたから、挨拶しに行こうと思った。でも、寝てたから、起きるまで待つことにした」

「5時は早すぎるだろお前は近所のおばあちゃんかよ。流石にそんな早くには起きねえよ」

 6時になる前から散歩してるおじいちゃん、本当に元気だよなあ。

 そんな時間からご近所挨拶かましてくるのはもうやめてほしいけど。

「……私、まだ、十六歳」

「わかってるよ、もののたとえだって……マジ?」

 てっきり中学生くらいだと思ってた。

 だって、背は150センチもないくらい小さいし、顔は大人になり切れない幼さがあって超可愛いし。

 つまるところ同い年じゃん。誕生日がまだ来ていないと考えて同学年だぜ。

「……?」

 どうして俺が固まってしまったのか、その原因が解せない様子のリリアは、無表情のまま小首を傾げる。それ、癖なのかな。いちいち可愛い奴め。

「いや、何でもない。でも、挨拶は大事だな。お前は偉い」

「……ん」

 どこか満足気にしている彼女が可愛くて、つい目を離すタイミングを失いそうなので……

 俺のしたいことを察してくれたのかドアの前から退いたリリアを一瞥してから、レバーハンドルに手を掛ける。

 そしてドアを押し開きかけたところで――言い忘れていたことに気付き、もう一度彼女に振り返る。


「おはよう、リリア」

「……おはよう。悠久」


 挨拶は大事。

 日本人として子供の頃から深く刻み込まれている心構えなのに、外国人であるリリアに遅れを取ってしまうなんて、なんと恥ずかしいことか。

 何もかも、ずっと言う相手がいなかったせいなのだけれど。

 たった一言交わしただけで、今日は昨日までとは変わった一日を過ごせそうな気がして。

 初めて名前を呼んでくれた彼女を引き連れながら、朝日を待ちわびているリビングへと向かった。


 本日も晴天なり。


 *     *     *


 神代悠久。十六歳。最近進級を果たしたばかりの高校二年生。

 俺のささやかな自慢だが、自分ほどインパクトのある名前はそうそういないと自負している。

 なんてったって、『悠久』と書いて『はるき』だ。読みはありがちなのに、この漢字を当てる俺の両親のネーミングセンスを疑う。

 それに加えて、『神代』という苗字。

 控えめに言って、かっこいいが過ぎる。神の代って何だよ。神代家が続く限りずっと神の時代じゃねえか。俺が末代になる可能性大だけれども。

 このように非常に珍しい姓名を尊い生命と共に受けて生まれ育った俺なので、名前は覚えられやすい方だった。

 初見で『悠久』を正しく読んでくれた人とは生まれたこの方出会ったことがないけど。

 その上、教えても覚えてくれないから大体『神代君』って呼ばれる。

 それだけならまだいいものの、その苗字すら読めなかったのか、俺を一度も名前で呼ぶことのなかった同期が数え切れないほどいるというのは深刻な問題なのではないでしょうか。ぼっちの最たる原因はこの名前なのでは?

 と、名前の話はこのくらいにして。

 俺が生まれ育ったのは、日本の最果て、北海道。

 そのおよそ中心あたりに位置する旭川市だ。

 旭川市は道北の上川地方に属する都市で、北海道第二の都市と呼ばれている。

 特徴は何といっても、全国的どころか世界的にも有名な誰もが知る動物園の代表、旭山動物園だろう。

 旭川市の中心地からはいくらか離れた辺鄙なところに立地しているが、その集客力といったら想像を覆す異様なレベル。

 一味も二味も違った異色なアイディアによって作られたぺんぎん館やあざらし館などの展示法は、あっという間に全国的な人気を呼んだ。

 何年か前には動物園の史実を元に映画化されたことまであり、今や日本で最も人気のあると言っても過言ではない動物園、それが旭山動物園なのだ。

 ……ここまで熱く語りはしたが、十六年間住み続けてきた俺としては、この旭川市は旭山動物園のおかげで都会らしく見栄を張っていられているのではと疑わざるを得ない。

 人口三十五万人弱、全国の人口順では七〇位台に入るといっても、市のもう一つの特徴であるとされる日本初の歩行者天国はあの様だ。

 平和通買物公園と呼ばれるそれは、札幌から来た知り合いを連れて行ってみれば鼻で笑われるような場所で。

 本当に都会と呼んでいいのかわからない都市、旭川市に、俺は住んでいる。

 そして最後に、俺が通っている高校は、『翔雲鳳凰学院』。

 そこのあなた。めちゃくちゃ名前かっこいいって思いましたよね。え、思ってない? むしろダサい? そんなことはどうだっていい。

 この学校名を聞いてどう感じるかはその人の感性によるが、事実、人気は結構あるらしい。その証拠として、低ランクのバカが大勢入ってくる。

 旭川駅からそう遠くない場所、つまり旭川市の中心近くにあるからというのも一つの理由だろう。都会もどきの割にはなかなかの生徒数を抱えている方だ。

 かと言って偏差値が低いかと思えばそうでもなく、生徒のランクは良くも悪くもピンキリってところである。俺はどちらかといえば上の方にいると信じたい。

 市内では最大の私立高校で、進学を見据えて学力の向上を図る普通科のほか、就職後における即戦力化を目的とする国際ビジネス科、機械工学科、情報処理科といった専門学科を構えている。

 更に普通科は通常の進学コース、より高みを目指す特別進学コース、そして最上位クラスの頭脳を持った者のみが生き残れるとされる難関選抜コースの三種類に分かれていて、廊下を歩くだけでも意識の高さの違いが目に見えてわかるのが現実。難関選抜の奴ら、滅多に理由なく廊下に出てこないからな。

 クラス数は、普通科の進学コースが三クラス、他一クラスずつの計八クラス。

 俺はといえば、特に何も考えずに情報処理科に進学し、現在2年F組に在籍している。

 受験の時は本当に何も考えていなかった。

 いや嘘。

 確かパソコンでネットサーフィンするのが好きだったから、パソコンに関わる仕事したいなーとか、そんな軽い気持ちで受けたような。

 繰り返せるわけでもない高校生活、もっと真面目に考えておけばよかったって後悔している。今更辞める気にもなれないから、とりあえずこのまま卒業まで惰性で過ごすつもりだ。適当に内定もらって。


 学費のかかる私立高校に在学中の身でありながら勤勉さに欠ける劣等生の悠久君は、今日も元気に登校しなければならない。

 なので、いつもより三十分ほど早く起きた分のんびりと、大人しく食卓の椅子で待機してくれているリリアのために朝食の準備を終えて、トーストを齧りながら朝のニュース番組に耳を傾けている。

『昨日20日夜、札幌市中央区のJR函館線琴似駅で、十代後半から二十代前半と見られる男性が特急列車にはねられ、死亡が確認されました。現在、警察は自殺と見て、身元の確認を急いでおり――』

「……最近、こんなんばっかだな」

 見飽きた不謹慎なニュースを横目に、安物のインスタントコーヒーを口に含む。

 年がら年中絶えないニュースの話題の王道、自殺事件。

 いくら報道したところで減りはしない、その上誰も得しないのだから、報道する意味なんてあるのだろうか、と見る度に思う。

 自殺の方法も方法だ。

 人身事故だぞ。自ら命を絶つことが、見知らぬ誰かに迷惑をかけていい理由になんてならないのに。

 ただ、自分のものとはいえ、命に手を掛けられる度胸だけは素直に尊敬する。

 俺も無意味な生き方をしてはいるけれど、本気で死にたいだなんて思ったことはないからな。

 もっとも、特に意識して生きたいと願ったことだってないけどさ。

 でも、心から生きたいと思って大きな決断を下した奴だって案外、身近にいたりするのかもしれない。

 全身に負った傷痕を包帯やガーゼで隠したその身で千切りにされたキャベツのサラダを頬ばるリリアを見て、ため息をつく。

 こんな簡素な朝食でもお気に召したのか、リリアはアナウンサーの声に耳も傾けずひたすら箸を運ぶこと運ぶこと。

 一口一口が小さいから、皿が空いていくスピードは遅いのだが、食欲は旺盛なようでそこは一安心。

 精神的ダメージが深ければ食欲も失せるものだ。今の彼女の様子を見るに、健康状態に問題はないと見ていいだろう。

 また、人の心を奪うには、まずは胃袋を掴むことから、などという話がある。

 無論、彼女のハートを狙うつもりなど毛頭ないが、俺にはまず、彼女がここに来た理由を引き出さなければならないという使命がある。

 もう既に二食分振る舞った仲だ。少しは信用を得ることもできたんじゃないか?

 というわけで……そうだな、話題はあれでいいか。

「リリア、お前、日本に滞在していたことあるだろ」

 ぴく、とトーストを啄むリリアの動きが止まった。あまりにもわかりやすすぎる反応だった。

 憂鬱なニュースには耳も貸さなかったというのに。

「どうした?」

 こいつ、無表情は無表情だけど、嘘は苦手なタイプなのだろうか。

 ポーカーフェイスくらいは会得しておかないと辛いぜ。バイトの時とか。ソースは俺。

「……、」

 リリアは静止したまま数秒経てから、トーストを元の皿に戻し、じっと俺の目を見つめてきた。

 人の目を見つめ続けられるのは長所として褒めてやりたいところだが、その仕草が癖になっているリリアの場合、相手に次の言動を勘付かれるリスクに繋がるからどうも複雑なところだ。

 ……冷静になってみたけど、だから何がいけないんだ。俺は何を考えているの? 探偵にでもなったつもりなの?

「……どうしてわかったの?」

 どうして、ねえ。

 一晩とはいえ、彼女の様子を観察していれば誰だって想像がつくものだと思うのだけれど。

 ほんの少しだけ眉をひそめながらリリアが問うてくるので、探偵にでもなった気分で答えてやるとするか。

「簡単だ。お前は日本語が上手い」

「……」

 一言そう返すと、訝しげにしていた彼女の表情は一瞬で呆れに変わったのがわかる。同時に、どうしてこんな単純なハッタリにかかってしまったのだろうとか思ってるでしょ。馬鹿にしましたよね。

「っていうのが、疑うことになるきっかけだよ。きっかけに、過ぎない」

「きっかけ?」

 馬鹿にされたままだと悔しいのでそう後に続けると、再び彼女は不思議そうな表情に戻る。

 無表情とは言ったけど、意外と変化読み取れるものなんだな。見ていて飽きないね。

「テレビを見ていれば日本語を話せる外国人はそこまで珍しくない。漢字だとかいう無限に存在し得る文字を扱う言語だ、アルファベット大文字小文字合わせて五十四文字だけ覚えればいい英語とは訳が違うから、中国語に次いでトップクラスに難しい言語なんて言われることもある。でも、習得できる人はできるんだろう。日常会話程度ならニュアンスだけでも案外伝わるし、日本人こそ正しく日本語を使いこなせていないものだしな」

 日常会話程度なら、と濁したのは、彼女の日本語の理解度がまだ掴めていないためだ。

 口数が少なくて片言のような喋り方をするから、いまいち判断しにくい。

 こちらの言うことはすべて理解してくれているようだから、教科書を齧った程度の素人ではないということくらいは推測できるが。

 そんなリリアの方はと言えば、反論すべき言葉を探して口を小さく開けたり閉じたりしている。

 人間って、さほど重要でない情報を意味ありげに入り交ぜて長ったらしく述べるだけで、こんな風に簡単にこちらのペースに乗ってくれるんだよな。

 営業職の交渉術なんかは、こういった話術が必要になってくるのだ。

「でも、勉強するだけなら、日本に来なくてもできる」

「どうだ、お前の掌から抜け出してやった」とでも言いたげにようやく言葉を紡ぐリリアだが、残念。

 まだ、最も不確定な『仮定』の部分を話しただけに過ぎない。

「だから、あくまできっかけだって言ってるだろ。理由は他にもある」

「他にも?」

 一度降りたつもりの悠久ペースに再び乗せられてくれるリリア。

 将来、詐欺には是非気を付けてほしい。

 淡い心配を抱きつつ、今は一晩で得た情報の推理を並べることに集中する。

「そうだな。まず一つ目に、箸の使い方が上手い。お前は外見からヨーロッパ系の人間だと仮定していたが、それにしては日本の食事の方法に慣れている。あっちじゃ箸なんて使わないはずなのにな」

 これも言語同様、練習すれば誰でも――なんて言い訳を付けて否定してしまえばそれまでだが、『かつて日本に滞在していた説』の裏付けとして、他の理由と共に用いるには十分に有力なのである。

 そして最後に、とっておきの推理を述べてやるとしよう。

「個人的にこれは確実だろって思ったのが、昨日の夜のお前の発言だ」

「……?」

 小首を傾げるリリアを見て、俺のヒントに対する心当たりがないということ、つまりその発言が無意識であったことを確信する。

 多分、これで王手までは来ているところだ。

「お前、俺に『おかえり』って言ったろ」

「……うん」

「その後、メシの時にも『いただきます』って言った」

「それがなに?」

「まだわからないか?」

 リリアは少し視線を上に逸らして考える素振りを見せてから、素直にこくり、と頷いた。

 わざと気に障るような言い方をした自覚はあるのだけれど、挑発には乗りにくいタイプのようだった。

 では、答え合わせということで。

「『おかえり』も『いただきます』も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……!」

 一瞬だけ、彼女が目を見開く。

 述べた通り、英語圏には、「おかえり」や「いただきます」を表す言葉が存在しない。

 これは中学の英語で得た程度の知識だが、英語では、帰宅した相手に対して「How was your day?」だとか、「Did you have fun?」と話しかける。

 簡単な文法だから説明するまでもないだろうが、これは和訳すると「今日はどうだった?」「楽しかった?」という意味だ。

 一応相当する英語として「Welcome back.」というものがあるが、このような堅苦しい表現はネイティブの日常会話ではまず使われない。

 英語圏では、具体的な内容を訊くことが帰宅した相手を労う役割を果たしているのだ。

 かたや、とりあえず「おかえり」「ただいま」と交わしておけば挨拶として成立する日本語の杜撰さよ。

 また、「いただきます」という食べ物に対する感謝の気持ちを込めたフレーズも、英語表現にはない。

 あえて代わりになるものを書くとすればこうだ。

「Let’s eat.」。そのまますぎて泣けてくる。

 日本語で「さあ、食べよう!」なんて言おうものなら、「ちゃんと『いただきます』しなさい!」と母親に叱られるのが日本の世の中なのだから。

「英語にはないこれらの言葉を、お前は二回も使った。日本語の上手さといい箸の使い方の上手さといい、日本の生活に慣れている決定的な証拠になるだろうな」

 ここまで言い切って彼女の顔色を疑うと、今が食事中であったことを忘れてしまっているのかというくらい唖然としているのが見て取れた。

 図星を突いた、と見て構わないのだろう。

 ならば、可哀想だけど、もう一発行ってみようか。

「話は変わるんだが、もう一つ、今わかったことがある」

「今度は、なに……?」

「俺はこの会話で、英語の例をしつこく挙げたのにも拘わらず、お前は一度も反論しなかったし、違和感を示すような素振りも見せなかった」

 完全にこちらの掌の上で踊らされてしまっているリリアは、こくこく、いつもよりやや早く二回頷く。

 そんな彼女の反応の変化が面白くて、つい笑みが零れそうになって――、

 一呼吸おいてから、こう言い放った。


「リリア、お前()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……どうして、そこまで……?」

 今度は明らかに、驚愕を露わにして目を見開くリリア。

 いや、無表情だと思っていた奴の顔を意のままに操れるっていうのは楽しすぎるな。高校生にとっての青春レベルに麻薬だ。

 最低だ、俺って……。

 反省はしないけど。

 無意識に口角が吊り上がりそうになって、誤魔化すように咳払いをすると、俺はこう続ける。

「へえ。()()だったのか」

「……え?」

 別の意味で驚き、きょとんとするリリアに、

「普通に考えてみりゃ、英語圏の国なんていくらでもあるだろ。特にヨーロッパなんか、第一言語は違えど英語を教育の必修科目とするような国はたくさんある。俺はただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何度目のブラフだと思ってんだよ」

「……あ……」

 人は、正論や真理を次々と吹っ掛けられて冷静を失えば、いつもなら気付ける嘘やハッタリが紛れ込んでしまっても気付けなかったりする。

 俺としては意外と使いやすい話術の手法の一つであるわけだけれど、リリアはまんまと引っかかり続けてくれたわけだ。

 人を騙した上で種明かしするのは存外にも楽しいもので、リリアに主は頭のいい頼れる人間だってこともアピールできて一石二鳥なんじゃないかな。

「今度こそ俺の話は以上だ。本人が伝える気のなかった事柄だろうと、言動をよく観察していればいくらでも読み取れるもんさ。そういうのが上手い人間がそうでない人間を騙して痛い目見せてたりするのがこの世界。お前も気を付けろよ」

 何も言い返せずに口をわぐわぐさせるリリアからようやっと食器に目を戻し、箸で冷たくなった目玉焼きを突きながら、諭すように言う。

 すると、落ち着きを取り戻してきたのか、彼女は――、

「……すごい」

 小さな声で、漏らすように。

「悠久は、すごい」

 しかしながら、目を輝かせて……確かにそう呟いた。

「よせ。確かに俺は天才だけど照れる」

「本当に、すごい。私、自分のことは何も話してなかったのに……全部合ってる。悠久は天才なの?」

「ああ。天才だ。多分な」

 誰に似たのか、口だけは達者になってしまったからな。対人関係は苦手なくせに。

「悪いな。思ったより話が長引いた。もう冷めてるだろ」

「ううん。楽しかったから、いい」

 楽しかったか? 騙されてた方なのに。

 結果的にWin-Winであるのならそれに越したことはないけど。

 また明日も吹っ掛けてみようかしら。さすがに怒るかな。もう少し時間空けた方がいいかな?

 なんて、性格の悪いことを企みつつ。

 起床時間が早かったおかげで、まだ余裕のある時刻を確認してから、

「冷めても、おいしいよ」

 心なしか柔らかく微笑んでいるように見える彼女に「そりゃどうも」と照れ隠しの言葉を返して、冷たくなったコーヒーを飲み干した。


 *     *     *

伏線をばらまきまくってる小説、今作がはじめて

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