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第2章 薄幸のふたり-3

書きながら二人とも可愛すぎてつらい。

でも挿絵がないとその容姿が伝わらないからもっとつらい。

神絵師のイラストほしい。

 *     *     *


 結論から言うと、作戦は成功した。

 しかし、俺は犠牲として大きなものを失ったような気がした。


 人間っていう生き物は、生きる過程であらゆるモノを失い続ける。

 俺は勿論、俺の親だってそう。幼馴染みの京花だってそう。

 俺たちの知らない地球の裏側に住む人たちだって、何も失わずに生きられるはずがない。

 ただし、『何かを失う』ということが、必ずしもデメリットだけに繋がるとも限らない。

 わかりやすいように、社会科の教科書に載るような人物を思い出してみてほしい。

 百年戦争当時のフランスは、弱冠十七歳にしてフランス軍を率いて祖国のために戦ったジャンヌを二年後に亡くしたが、彼女の死がフランス軍の士気を更に高め、リシュモンの手によってイングランド軍に勝利し、百年戦争を終結させることができた。

 十三世紀のユーラシア大陸、広大な領土を持つモンゴル帝国は、抗争の絶えない遊牧民族を率いて国を作り上げてきたチンギス・ハーンを病でいともあっさりと失ってしまったが、彼の意思を引き継いだ息子や孫たちが中央ヨーロッパに至るまでを席捲し、あの神聖ローマ帝国に代表されるヨーロッパ連合軍すら軽々と打ち返すまでに帝国を成長させた。

 歴史上の偉人たち、また彼らを取り巻く環境は、重要な何かを犠牲にすることで、元を上回る大成果を呼んでいる。

 ハイコストハイリターン――投資家やギャンブラーが用いるこの思想が、時としては歴史さえ揺り動かす枢要な一歩に成り得るのだ。


 そして、それは今の俺にも当てはまる。

 確かに俺が失ったと感じている犠牲は大きい。

 特にそのようなつもりはなかったのだが、人間としての尊厳に値したのかもしれない。

 だからと言って、遂行した作戦に悔いはない。

 膨れたボストンバッグに目をやりながら、確信する。

 こうして、確かに多大な成果を得ることができたのだから。


 ちなみに、京花の母さんからいただいた家族揃っての夕食のお誘いは丁重にお断りしました。

 家に人を待たせているからっていうのが一番の理由なのだけれども。

 お互い高校生にもなって京花の両親と一緒に食卓を囲むとかさすがにハードル高すぎません?


 *     *     *


「ただいま」

 左肩にボストンバッグを掛けていたため、ズボンの左ポケットに仕舞っていた家の鍵を取り出すのに少しばかり苦労しながらも、無事本日二度目の帰宅を果たす。

 いつも通り、返事のない廊下を歩いて、広いだけのリビングへ。

「おかえり」

 すると、思いがけない声が飛んできた。

 いつの間にやら両親が帰ってきていた、とかそういうシーンではなく。

 ソファの上で未だに両膝を抱え込み続けていて、しかしながら先ほどよりは姿勢を崩しているような……内股気味になっているリリアが、目線をこちらに向けてそう呟いたのだ。

 正確にはこの家の住民ってわけではないけど、それに関しては気にしない。

 ずっとそんな座り方してて身体痛くならないのかな。多少辛いから内股になってるんじゃないの?

 とにかく、ワンピースの裾が両脚に持ち上げられて中が見えそうだからやめてほしい。その生白い太腿を仕舞ってくれ。

「お、おう。ただいま」

 本能に抗って目線を逸らしつつ、まずはボストンバッグを床に放る。

 ずしり、と出発前の数倍の重さのあるそれが置かれると、負荷から解放された左肩が一気に軽くなる。

 なんだか一仕事終えた気分だ。

 重いものを持って帰ったという点では二仕事目かな。

 そんな気持ちに応えるように今日も一日重労働を終えた俺の腹がグゥ、と鳴る。

 まだ今日の仕事は終わっていない。

 一人暮らしをやっていると、学校に通っていようが何していようが関係なしに家事まで全部自分の仕事になるっていうのが辛いぜ。

 早く結婚して分業できないかな。

 こういう時こそワークシェアリングだ、アウトソーシングだ。効率化って大事でしょ?

 心の中でぼやきつつ、家に帰った後には手洗いうがい。

 それから、リビングに戻って、リリアに声を掛けた。

「リリア。今からメシ作るけど、食えるか?」

「……ん」

「そうか。ちょっと時間かかるけど、適当に寛いでてくれ」

「……うん」

 これだけ痩せ細った身なりだと、拒食症だという可能性も考慮していたわけだが――杞憂だったようだ。

 存外にリリアが素直に返事してくれたことに驚きつつ、それを悟られぬように台所へ向かった。

 いよいよ、本日最も重要視されるであろう大仕事に取り掛かるとしよう。


 *     *     *


 結局、今日の家へ出かける前に米を研ぐことはできなかったので、最初に米を研ぐことから始める。

 俺も空腹で早く食事を済ませたいから、今回は早炊きにするか。待ち時間三十分ってところだ。

 俺の食べる量は標準くらいで、リリアはあまり詰め込めそうな身体をしていないから……明日の弁当と彼女の昼食分も含めて、一・五合以上、二合未満くらいで。

 ちなみに俺は朝といえばパン派の人間なので、朝食分はカウントしない。

 翌日もどうせ暇なので、夕食分はまた新しく炊くさ。

 釜を炊飯器にセットすると、早炊きコースを指定して炊飯開始。

 ピーッ、という音を確認すると、すぐさま台所へ戻ってキッチン下部にある収納棚から片手鍋を取り出し、お椀で三杯分ほどの水を量って投入、IHの上で加熱する。

 父さんが建てたこの家はオール電化住宅なので、俺はこの十六年、IHを見て育ってきた。ガスコンロに触れたことは学校の調理実習くらいしかない。

 俺としては、火が丸見えでコントロールの難しいガスコンロより、一見何も変化がないのに設定通りの正確な火力を発揮できるIHの方が好きだ。余談だけど。

 でも、料理人でもない高校生の一人暮らしに三口もIHは要らないと思うよ、父さん。

 しかしながら料理の腕に向上心のある俺は、無駄なことを考えている間も休まずてきぱきと手を動かす。

 170はある俺より背の高い冷蔵庫から、下校中に購入した豚肩ロースともやし、昨日余した半分の木綿豆腐、あとは長ねぎとだし入りの白味噌なんかを取り出す。

 ついさっき片手鍋を取り出したところの横の棚からまな板と包丁を取り出し、豆腐をさいの目切りに切り、それから長ねぎを小口切りに刻み始めた。

 トントン、とリズミカルな音を立てる包丁とまな板の二部合唱を彩るは、熱された鍋のお湯が対流を起こして泡を立てる音。変な感性と言われようが、料理している最中に聞こえるこの独特なBGMが結構好きだ。

 素早く切り終えると、豆腐と、収納棚から新たに取り出した乾燥わかめを鍋に投入し、続いて長ねぎも加えた。

 一般的なレシピとしては、長ねぎは火を切る直前に入れるのが正しいらしいが、ここは母さんから学んだ神代家流。早めに入れて、少しとろっとした具合になるのが好きなのだ。

 それから間もなくお湯が沸騰したので、一度火を切り、少しおいてからおたまと網杓子を用いて味噌を溶く。

 俺の怠惰が現れているかのようなだし入りの味噌だが、それでも美味いものは美味いので気にする必要はないだろう。

 それらしくなった味噌汁をもう一度火にかけると、今度はフライパンを取り出し、温めながらキャノーラ油を引く。

 味噌汁を作るシーンだけで見終えておけば家庭的な人物に見えたのかもしれないが、ここからは男の一人暮らしの神髄を見せてやろう。

 180グラム十九円という破格のもやしの袋を開けると、熱されたフライパンにドサーッ! からの、ジャーッ!

 ここからは心を無にして取り掛からねばならない。漢とは、そういうものだ。

 本来なら肉を先に入れておけばちょうどよく出来上がるのかもしれないが、小さなフライパンでは同時に調理して満遍なく火を通すのが難しい。

 なので、手早くもやしを炒めて皿に盛りつけると、冷める前にと豚肩ロースをぶち込んだ。

 ジュワアアア――と脂が広がっていくフライパンから、人類の求める肉の薫りが立ち上り、空腹状態の俺の鼻腔をくすぐる。ああ、早く食いたい。

 だが、悲しいことに、買ってきた豚肩ロースは1枚だけだ。切り分けてもよかったかもしれないが、弱った少女から食糧を取り上げるような気分になって気が引けてしまった。

 大昔に戦争をやってモノを奪い合っていた人たちの気持ちにはなれないね。

 まあ、久しぶりに客人に手料理を振る舞うのだ。今回は譲ってやろう。

 空腹感を抑えるために感情を無に返し、ついでに肉もひっくり返し、両面同じ色に焼けたら蓋をして更に弱火で待つこと数分。

 二枚用意されたもやしの乗った皿のうち、片方だけにポークステーキを切り分けて盛り付けたところで、ナイスなタイミングでピーッ、ピーッという炊飯器の音。

 タイムアタックとして捉えればこの作業は三十分程度だったということだ。

 自炊ができるようになったとはいっても、まだ未熟だな。

 特に、包丁の扱いに慣れていないという自覚がある。

 精進しなければ。

 今回の反省点をつらつらと脳内に並べた俺は、出来上がった料理と皿たちを食卓へ運ぶのだった。


 *     *     *


 リリアを食卓テーブルへ呼び、適当な椅子に座らせると、彼女の目の前にやや遠慮してご飯を盛り付けた茶碗を差し出してから、対面に位置する椅子に腰かけた。

 本日の献立は、白米、わかめと豆腐と長ねぎの味噌汁、もやし炒めと豚肩ロースのステーキ。

 栄養面を完全無視した男の一人暮らしらしいメニューだが、勘弁してほしい。

 案外もやしって栄養豊富らしいから許されるでしょ。俺が目指しているのは栄養士ではないのだし。

 これでリリアの舌がめちゃくちゃ肥えていて一口しか手を付けられなかったりとかしたら泣く自信がある。

「大したものじゃないけど、どうぞ。何も食わないよりはマシだろ」

 そう言って彼女に割り箸を差し出すが――そういえばこいつ、日本人じゃないんだよな。箸って使えるんだろうか。使えなかったらフォークとか持ってくるけど。

 白米と味噌汁出しておいて食器がスプーンっていう絵面もなかなか来るものがあるな。吹き出しそう。想像するのやめよう。

 一応確認しておこうと口を開きかけたところで、当のリリアは――、

「――ぁ」

 小さな口から聞き取れないほど小さな声を漏らして、固まっている。

「……どうした。もしかして、好き嫌いとかあったか?」

 先に訊いておくべきだったかもしれない。

 食の細さは想定していたが、菜食主義者だったって可能性も否定できないし。

 もしくは、アレルギー持ちとか。

 しかし、新たな心配事が芽生えた俺に対して、リリアは首を横に振る。

「……ううん。ちょっと、びっくりしただけ。こんなにいっぱいのお肉は、初めて見たから」

 おっふ……。

 もう既に闇深そうこの子。もう安心してね、俺が養ってあげるからね。

「そ、そうか……不満がなかったんならよかった」

 問題はなかったようでほっと安堵。むしろ彼女の方が大分問題だった。

 それはさておき、俺も腹が減っているので手料理を前に手を合わせる。

 すると。

「いただきます」

 先にそう言ったのは、俺の声ではなかった。

 見ると、想像に反し、パキッと割った割り箸で上手に米を口元へ運ぶリリアがいた。

 ちゃんと、右手で箸を持ち、左手でお茶碗を持っている。

 へえ、やるもんだな。外国人だからと言って侮っていたのが申し訳ない。

「……?」

 見られていることに気付いたリリアが、不思議そうに視線を返してきたので、慌てて目を逸らし、俺も「いただきます」と続いて箸を持つ。

 いや、他人に手料理を振る舞うのって、思った以上に恥ずかしいものなんだな。

 京花先生レベルならまだしも、俺の場合はまだ素人だから、いちゃもんを付けられるのが怖い。

 そんな恐れを抱きながら味噌汁を一口すすりつつ彼女の方に視線を流すが、彼女の方はといえば、そういった様子は見受けられなかった。

 むしろ好印象にすら見て取れて、気と一緒に頬が緩んでしまう。

 小さな口で少量ずつご飯を口に運ぶその姿は、小動物のようでなんだか微笑ましい。

 また妹でもできた気分だね。成長した頃に、逆に作ってくれるようになるような感じの。

 ただ、ステーキにはまだ手を付けていないことが気にかかって、

「肉、食わないの?」

『食わねえなら俺が食うぞ俺だって食いたいんだよ俺の皿にないんだよ』オーラを隠しつつ、そう問うと。

「……食べる」

 気のせいだろうか――俺の目には一瞬むっとしたように映ったリリアは、左手の茶碗を置いて、切り分けられたステーキへと箸を伸ばした。

 静かな音のない動作でそれを摘むと、ゆっくりと、口元へ。

 ……あの口に入るのかな。もう少し小さく切り分けた方がよかった?

 本日何度目かわからない俺の心配事をよそに、はむ。

 一口だけ齧ると、しばらく咀嚼し、飲み下す。

「だ……大丈夫か?」

 何が大丈夫かなんだろう。ちょっと自分でも質問の意図がわからなかった。

 毒を食わせているわけでもあるまいに。

 そして、口を半開きにして瞬きをしたリリアは、

「……脂っこい」

「……ああ」

 だろうな。いつもの癖でキッチンペーパーで油吸い取ったりとかしなかったし。

 そうした方がいいっていうのはわかるんだけど、どうも面倒臭くて。

 ごめんよ。

 声には出さずに謝っていると。

 リリアが、こちらの目を見て、はっきりと。

「でも、おいしい」

 口元を少しだけ緩ませて、そう続けた。

「……なんだ」

 笑えるんじゃないか。

 全く、無用な心配かけさせやがってもう。

 これはとあるゲームで見た台詞で、『人間、美味いもの食ってるときが一番幸せだよな。あとの人生はオマケみたいなもんだよ』とは大袈裟かもしれないが――実際に、リリアの変化を引き出すことはできたようだ。

 出会ってから二時間と少し、ずっと無表情のままだったから、不安だったんだよ。

 そんな俺の気持ちなど知る由もないリリアちゃんは、口元の緩みを戻すと、決定的に見た目が異なる自分の皿と俺の皿を見比べて。

 何を考えついたのか控えめに頷いたかと思えば、一切れ食べられて残り七切れとなったポークステーキを、四切れだけ俺の皿に寄越してきやがった。

「ん。半分こ」

 満足気にもう一度頷くと、彼女は先ほど通り食事に戻る。

「……いいのか?」

 確かに調理したのは俺だとはいえ。

「……食べたそうに、してたから?」

 隠していたつもりのオーラは、彼女には見抜かれていたようだった。

 だから俺とこいつは似てると思ったんだよ。

 周りの空気は読めないくせに、人の考えていることは薄々わかってしまうんだ。

 いつも自分がやっていることを自分に返されると、恥ずかしくて仕方がない。

「ありがとな」

「ん」

 短く返すと、彼女は何事もなかったかのように、ぱく、むしゃむしゃ、ごくん。

「やっぱり、おいしい」

 もう一切れを飲み下して、微笑んだ。


 *     *     *

次に投稿する分は書き溜め終わってるので1日1回ペースで投稿できたらいいなっておもいました(小並感)

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