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第1章 空の落とし物

第1章です。やっぱり短いです。どうしてなの。

多分次から長くなるんじゃないかな。多分。


7/27 アラビア数字と漢数字とか、『ひとり』と『一人』とかの使い分け諸々修正

 キーンコーンカーンコーン――。


 響き渡るチャイムの音に、夢の中から呼び覚まされる。

 最近、まとめ買いしてしまったライトノベルを消化するために寝不足だったとはいえ、授業中に寝てしまうのは自分としても感心しない。内申点って結構重要なものなので。

 チャイムが鳴り終わるや否や席を立って騒ぎ始めるクラスメイトたちを横目に、教室正面にある黒板の横辺りに掛けられた時計の針を確認する。

 時刻は――午後二時一〇分。午後一、つまり五時限目の終わりのチャイムが鳴ったという頃だ。

 チャイムが鳴った後に「起立、礼」が聞こえなかったことで気付いたが、どうやら担当の先生は途中で教室を抜けていたらしい。よかった、俺の内申は守られた。

 ということは、この五時限目は退屈な自習時間で、しかも昼食をとった直後であったわけだ。そうともなれば眠くなるもの仕方がないね。

 今日の授業も残すところ一時限、本来であれば生徒は六時限目の準備をして大人しく十分間待ってやるべきところだが、命乞いの時間すら他愛のない日常会話に費やしそうな青春真っ只中の彼ら彼女らがそれを許さない。

 ある者は席を立った生徒の椅子に腰かけて隣の友達と会話を楽しみ、ある者は椅子を後ろ向きに座り直して向かい合った友達とスマホのアプリの対戦ゲームらしきものを始め、そしてまたある者はこのような輪に入っていない俺の方にちらり、ちらりと控えめな視線を投げかけてはもう別の生徒に小声で耳打ちしている。ああいうの地味に傷付くからやめてほしいんだよな。しかしもう慣れたふりの俺は気付かないふりをして、机の中にしまってあるラノベを探る。あれ、どこやったっけ。

 高校生の青春というものはそれはそれは強烈な麻薬のように人間を狂わせる時期で、ふと正面に目を向けると、ボタンを予めすべて留めた学生服を上から羽織り、顔の見えない状態で油性マジックを片手にクラスメイトを追いかけ回している男子がいた。本当にわけがわからなかった。なんというか、夢であってほしい。そう、俺の視界で暴れているように見える山田はきっと空想上の生き物なのだ。鈴木も動画撮ってないで今すぐ止めろ。


 話は変わるが、夢といえば――ここのところ、似た夢を見る。

 内容はほとんど記憶から抜け落ちてしまっているが、俺を除いて登場するたったひとりの人物は多分同じだったはずで、恐らくは続き物なのだろう。

 夢の中の俺は、いつも知らない場所を歩いていた。

 ある時はどこを見渡しても一面の緑しか目に映らないだだっ広い草原だったり、ある時は無機質な機械が立ち並ぶ不気味な工場だったり。

 誰に命令されるでもなく、自分に意思があったわけでもなく、ただひたすらに歩を進める。

 変わった風に見えない景色に自分のいる場所を惑わされながら、それでも歩くことをやめずに前へ、前へ。

 まあ、シチュエーションはどうだっていいが、夢占いに興味のない俺が、なぜこの夢をここまで気に留めているのかというと、一つの共通点があるためだ。

 それは、長い間歩き続けてから突然……そうだな、たとえば今この時のように、見知らぬ人物に声を掛けられて――、


 *     *     *


「ね、起きてってばー!」

「……あ…………?」


 いつの間にか机に突っ伏していた俺の前方から聞こえた声に、脳は覚醒を促される。

 あれ、俺何してたんだっけ。確か知らない女の子に声を掛けられていたような……いや。

 さっき俺に呼びかけていた、台詞の勢いの割に印象が柔らかく感じ取れてしまう、この聞き慣れた声の持ち主は、

「……京花か」

 顔を上げると、そこにはやはり見慣れた少女がいた。

 肩にかかるかかからないかというラインまで伸びた目に優しい桃色の髪に、美少女然とした愛嬌のある表情。

 学校指定のセーラー服は、校則で定められるスカートの丈から誰も気に留めないようなリボンの形に至るまでびしっと整えられており、溢れ出んばかりの優等生オーラがひしひしと伝わってくるようだ。

 くせっ毛なのか柔らかくウェーブがかったその髪を揺らしながら、彼女は俺の机の前にしゃがみ込んだ。無意識なのだろうが、顔が近くなるからやめてほしい。

「京花かー、じゃないよ~! もう、ハルくんてばいつまで寝てるつもりなの?」

「いつまで、って言われても、まだ六時限目は……」

 言いかけて、ついさっき見たばかりのような時計にもう一度目を向けると。

 今何時? そうね、だいたいね。

「うっそだろ」

「私もびっくりしちゃった。忘れ物したから戻ってきたら、まだハルくんいたんだもん」

 短針が示すのは『4』のところ。さっき確認した時は二つくらい手前にいなかったっけ。で、六時限目が終わって下校時刻になるのが三時一〇分のはず。

 え、これこそ夢じゃないよな?

 試しに額を机にぶち当ててみた。とても痛かった。目の前では京花が困り顔で引いていた。グラウンドで練習中の野球部が鳴らす金属バットの打球音が鼓膜を突き抜けていって、変に気持ちがいい。

「起こしてくれたっていいじゃんか……ったく、夕飯の買い物いかねえと」

「ごめんね。さすがに自然にスルーされすぎてて私も声かけづらかったの。それに、今の今までいることになるなんて想像つかないよ」

 ひどすぎませんかね、クラスにとっての俺の扱い。新学期早々これって。

 彼女が俺に近寄るのを躊躇う気持ちもわかる。立場が逆だったら考える間もなく放棄している。

 俺は、人間関係が得意じゃない。ここだけ聞くと実は人間性に満ち溢れているラノベ主人公のようであるが、他愛のない無益な世間話をはじめとした、興味のない話題に適切な相槌を打って合わせることができないのだ。

 無理に相手を不快にさせない返事を探しているうちに「無理してる?」「一方的でごめんね」などと勝手に話が進んでいって、会話の話から外されるのが常になり、そのまま一年を過ごした結果、今に至る。

 いわゆる、ぼっちというやつだ。

 俺が孤立しているのは、クラスのみんなの優しさと俺自身の自業自得故なのであった。

 そんな俺にも分け隔てなく接してくれるという、申し訳なさそうにしながら育ちのいい胸の前で軽く手を合わせるクラスメイト――(たちばな)京花(きょうか)は、渋い表情をする俺の前で話題を転換する。

「私もね、これから帰るところなんだ。お詫びっていうわけじゃないんだけど、お母さんにおつかい頼まれてるから私もついて行っていい?」

「お前、部活は?」

「部長たちが用事でいなくって。なんだか気の抜けたムードになっちゃったから、今日はもう解散でーっていうことになっちゃった」

 苦笑しながら京花は「今は暇な時期だから別にいいんだけどね」と付け足す。

 自由だな。何してんだよ顧問。そういえば昨今、嫌々押し付けられた名だけの幽霊部活顧問の存在が問題視されているらしいが、この学校にもいるということなのだろう。

 かく言う俺は部活動に所属したことがないので何とも言い難い。束縛されることに向いていないタイプなので仕方ないね。フリーダムイズジャスティス(自由は正義)。

 それはそれとして、京花は見ての通り優等生だし、人気者だし、無害な常識人だ。一緒にいて疲れたと感じた経験はほとんどない。俺が他人に合わせることが苦手だと知っていて、あえていつも自分から俺に合わせてくれる。だからずっと唯一といっていい友達でいられたのだ。

「構わないけど、欲しいもの買ったらすぐ帰るぞ」

「大丈夫だよ、私もたくさん頼まれてるわけじゃないから」

「そうかい」

 短く返して席を立ち、背筋を張って大きく伸びをする。これだけ寝ておけば、また今夜もラノベ消化に全力投球できる気がした。昼夜逆転ってこういうところから始まるんだよな。

 京花に手渡された鞄を持ち、財布の中の千円札を数えてから、教室のドアに手を掛けようとして、一度教室内へ振り返って窓の外に目をやった。

 本州以南に住む人たちからすれば季節外れかもしれないが、この地域で桜が咲くのはまだ先の話だ。

 一年にほんの数日しかお披露目できないというのに、せっせとその姿を作るための準備を急いでいるかのような儚い桜の木。

 窓の外に見えるそれらを少しだけ見つめてから、正面に向き直って立て付けのよくないドアを開けた。

 ふとした拍子に脳内に出現する『俺もあんな風に人に望まれる存在になれたら』なんて考えは、俺の人生指針と噛み合わないだろうという理由で何度も投げ捨ててきた。

 でもまあ、せめて一人くらいの友達には必要とされる人間になりたいな、なんて心の隅で思っていたりして。

 とりあえず、今年度春季初の綺麗な景色の登場くらいは、待ち遠しく思う。


 *     *     *


「疲れた。ただいま」


 スーパーで必要な食材を購入した後、帰路につき十数分、京花と分かれてからはものの数分。

 玄関のドアを閉めて二つの鍵と念のためチェーンを掛け、返事のない廊下を真っ直ぐ歩いて辿り着いたリビングのソファにもたれかかる。

 京花の話に付き合っているうちについ買いすぎてしまったが、これだけ買い溜めておけば今週はもたせられるだろう。重いものを持ち帰る疲労と引き換えに数日間の平穏を得るか、一度の無理でバテてしまわないよう小分けに買い物に出かけるか、人生はこういった選択の連続なのだ。ああ、洗濯機も回さないと。

 この家には、諸事情あって俺一人しか住んでいない。

 二階建て、5LDKというなかなかに広い間取りなので、正直部屋を持て余しまくっている。二階なんて日常生活において行く機会がないまである。使っていない部屋でもたまに掃除しなくてはならないというのは小さな悩みだ。

 ローンは父さんが全額返済済みで、普段の食費、水道光熱費などといった生活費も父さんのお金から支払っているので、俺はその中でのびのびと親に甘えて生活していた。父親とは偉大なのである。例外を除き。

 とはいっても、特に夢も希望もない一介の高校生が広い家に一人暮らしというのも寂しいもので。

 おかげでこのように家事スキルは自慢できるほどには成長したが、悲しいことに自慢できる友達すらいない。唯一話せる京花なんか相手にしたところで、あいつの料理の腕には勝てないし。何度が作ってもらったことがあるが、味付けに関しては母さんより丁寧でとても美味かった。そのうち京花先生にはより上を目指して教わりたいところだ。

 と、休んでいる場合ではなかった。

 立ち上がって買い物袋を再び手に取ると、冷蔵庫の前まで行き、生命線を繋ぐ牛乳から補充していく。つい最近、賞味期限順に並べ忘れて冷蔵庫の中で賞味期限切れを出しかけたことがあったから、注意せねばならない。

 次に、今晩ステーキにして食べる予定の豚肩ロース。別に肉なら何でもよかったのだが、2割引だったので買ってきた次第だ。

 そして、偏食家でないことをアピールできる野菜群。安くて美味くてかさ増しできる一人暮らしの最大の戦友こともやしをはじめ、週末にカレーでも作ることを見越してジャガイモやニンジン、玉ねぎなども買っておいた。肉はその日にでも買い直さなきゃだけれど。

 一人暮らしにしては無駄に大きい冷蔵庫に一通り食材を詰め終え、洗濯機へ向かう前に時計を確認すると、だいたい五時半くらい。少し早いかもしれないが、そろそろ夕飯を作り始めてもいい頃合いだった。米が炊けるのには時間がかかるから、先に研いでおいてもいいだろう。

 そして、時計から目を落とすと。

 ……いっけね。朝から窓開けっ放しだったのか。やけに涼しいと思ったら。

 日没を控えた西日が照り付ける部屋の中を、ただでさえ目つきの悪い目を細めながら進み、縦滑り出し窓――軸を回転させて外側に開く方式の窓のノブに手を掛けて、外を眺める。

 そこそこ値の張る家らしく無駄に庭なんてついてしまっているものだから、草刈りも近いうちにしなければならない、と伸び放題の雑草に見渡しながら思う。

 窓から外を見て左側には立派なガレージまで建てられていて、自動車どころか運転免許すら持っていない俺にとっては宝の持ち腐れだ。年齢の問題で持っていないだけで、いずれは取得したいと思っているが、その頃には就職なり進学なりしてここを離れているだろうし。

 兎にも角にも、やりたいことを訊かれると困るのに、やらなければいけないことはたくさんあって困っちゃうね。

 タスクを抱えすぎても気が重くなるだけなので、後でできることはまた後で考えるとして、今は今やらなければならない家事を優先しよう――


 そう思って、窓のノブを引きかけた、

 その時、異変が訪れた。

 五感がまずはじめに捉えたのは、あえて書き出すとすれば、ブオンッ、というような何にも例え難い異質な音。

 そして、その数瞬後。


 この庭の中心、地上2~3メートルから、どこからともなく突如現れた女の子が降ってきた。


橘京花(たちばな きょうか)

高校二年生。悠久の幼馴染み兼クラスメイト。

誰にでも優しく穏やかな性格で、クラスの癒し系人気者。

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