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2 ダイラン・ガルド

リーデルライゾン。

エリッサ警察署。

殺人課処理班。

特Aチーム。

フィスターはライオンの様な剣幕で黄金髪の健康的な肌色の大男が鬼の様な形相でとんでも無い声を張り上げ怒鳴りを上げたから金切り声を上げて真っ青になり泣き叫んだ。

「デダグラガバダガダガアアアアアア!!!!」

ドアを開けた瞬間、第一に目に写ったその素敵な男性、23,4くらいの年齢の殿方だった。

黒のトラウザーズに白のシャツに深みのある紫色のネクタイ、襟足が肩に掛かりゆるくセットされた深いブロンド、そして宝石の様な瞳の独特な目元の彼を見て、一瞬で強烈に虜になったのだ。そんな事は初めてだった。

慎重は2メートルに届くのでは無いだろうか?190強はあった。優雅な態と強烈な自由奔放さの根付くオーラの彼。

その彼がフィスターを見た瞬間、眉を寄せた鋭い目で、静かに真っ直ぐ見据えて来たのだ。

彼が、ダイラン=ガルド警部だと紹介を受けた。

「きゃあああ!!!きゃああああああ!!!!」

真っ青に泣き喚き肩に担がれ道場に連れてこられいきなり畳の地べたに投げつけられた。既に彼が何を言って怒鳴って来ているのかが分からなくガタガタ震え、怒鳴り声に壁がビンビン震えて悪魔の形相の大男が凄い剣幕で怒鳴りながら投げてくるわ飛ばしてくるわ締め付けてくるわ捻り上げてくるわ逃げ回る背を掴んでぶん投げては背を叩きつけもう、もうフィスターは強烈な殺気まで感じて余りの恐怖に泣き叫んでいた。

帰りたい、マイアミに帰りたい、恐い、恐い、帰りたい、パパの所に帰りたい、リキのところに帰りたい、でも帰れない、この男から逃げたい、恐い!

フィスターはもうぐったりして畳みに転がった。

「うう、ううう、もう辞めたいです……うう、」

「あんだと貴様ああああああああ!!!それでも警官かああああああああ!!!!そんなひょろひょろした成りで警官が勤まるとでも思ってやがったのかさっさと辞めちまいやガアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「ひいいやあああああああ!!!!」

フィスターはきゃーきゃー叫んで追い掛け回してくるのを逃げ回り、道場を出て走り逃げて行った。

怒鳴り散らし追って来る悪魔の形相の鬼神に「いやあああ!!!!」と叫んで彼女は走って行き、この地区中を逃げ回ってきゃーきゃーいう声と獣の様な怒鳴り声が響き渡ったのだった。

2時間も床に投げ飛ばされ、3時間も追い掛け回されフィスターはもうへとへとになっていた。

「うう、ううう、帰りたい……、マイアミに帰りたい……、うう、」

あんなにいい男だと思っていた男なのにもう完全なる恐怖の対象になり、フィスターはまたあのド派手な紫色の車両に首根っこを掴まれ放り込まれ、今度は何処に誘拐されるのか、恐くて恐くて窓をドンドン叩いて逃げたがった。

その常に怒り狂った鬼ノ様な形相の彼が、将来結婚する相手になるとも知らずに。


その通り、ガルドは姿が完全に別人になっていた。

紫とシルバーのコーンロウ編み込みが、1月後半からまたヘアチェンジし、トップを黒ドレッド、サイドを紅コーンロウ2本と黒ボーズ、そこから他はまた細かい編み込みで白、シルバー、赤紫色の3色で染め上げられていた。

それを、3月半ばにいきなり日本女のミランダに日本刀で断ち切られ、身体中と口内部の蛇と孔雀と大車輪入墨を消され、口、舌、耳、顔中、体のボディピアスを外され、紫色と黒色でオリエンタルチックエキゾチックなマンションの室内も取り払われ、躾・マナーを叩き込まれ、皮革製品や鉄製だった衣服も署内では厳禁にされて、アクセサリーもピアス2つ以上は厳禁にさせられたのだった……。


ガルドは可愛いフィスターを早速夜のデートに誘う為に、取りあえずアジェン酒場の下見に来ていた。

というか、彼の一目惚れだ。

一応昼間に充分追い掛け回したり、柔道の技を掛け合ったりしてデートしたのだが。

「あ!ガルド警部!」

ガルドは雑踏の中を振り返り、向き直って顔を真赤にしてそのまま無視して歩いて行った。

「待って下さい警部!あたしです!ジェーンです!今日新任で入った!」

彼女はニコニコ笑ってそう追いかけて来てガルドの腕を引っ張った。

「……、」

ガルドは真赤なまま彼女を見下ろし、彼女は酒をどこかで既に飲んできたのか、頬がピンク色で羅列がおかしかった。

「な、なんだよ、」

バッと邪険に振り解き、そのまま歩いて行った。

あんなに昼には自分から逃げ回っていて真っ青だったのにこんなにニコニコ笑い来られたのでは緊張しすぎて言葉が出なかった。

フィスターは腕に腕を回して来たから驚き振り払い、大股で歩いて行くと走って追いかけて来た。

ガルドは逃げ回ってフィスターは首を傾げ追いかけた。

なんて情けねえんだ。あんなにデートに誘うとか思っておきながら。

フィスターはガルドがドアに入って行ったのを追いかけ見回した。

もういい気分で酔っているフィスターは、普段1杯で酔うものを、なんと3杯も飲んでいた。

「おうガルドの倅。おめえなーにやってんだ。」

「シ!!!」

「ああー?」

ガルドはカウンタ内にケツをつき隠れていたのを、フィスターは「シ!!!」と馬鹿でかい声にやってきた。

「ガルド警部?」

顔をひょこんと覗かせた時にはガルドは背後にいて走って行った。フィスターは首を傾げ腕を伸ばした時だった。

「きゃあ!!」

「ジェーン!!」

声に駆けつけ、その瞬間店の照明が一気に闇に落ちた。

フィスターはガルドにしがみつき、彼女がカウンター内の照明釦を消してしまったのだった。

ガルドはドキドキして、キスしたくてフィスターの顔があるだろう所を見下ろした。

というか、本気で抱き寄せているのがあのジェーンなんだろうなと思ったのだが分からない。

しかも、緊張しすぎてなかなかキスできなかった。頬を捉えて顔を傾け、キスをした。

首に腕が強く回され、ガルドは胴と腰を引き寄せキスをのめらせた。

「んもうダリー最高!」

「うおい!!!シャインかよっ」

シャインを放ってその瞬間照明がつけられ、フィスターはカウンターにのめったまま目を回していた。

「ねえあんた、イメチェン?舌のインプラントとかピアスどうしたのよ。この髪型どうしたの?身体中の入墨は?」

ただ、ブラックライトで浮き出るタイプの紫グラデーションなアラベスクタトゥーだけはその照明に当てられ、革パンから出た腰周りや脇腹下腹部に妖艶に光っていた。

「珍しいじゃないダリーキャット?まるで、見間違えちゃった。」

ガルドは憮然として歩いていき、フィスターを引き上げた。

「ララレロラパプパラ」

「はあ?」

「どこかの富豪のお嬢様を酔わせちゃって、いけない男。」

ガルドは肩越しに見てから向き直って肩に担ぎ歩いて行った。

これは世話が妬けるもんだ。アジェンを歩いていき、路地を通って行ってはマンション横の車両に乗せた。

「おい。送って行く。どこに家はある。」

「……パラプルププカ」

「はあ?」

ガルドは辺りを見回し、ドキドキして見つめた。

可愛い。可愛すぎる顔だ。その瞳が開き、彼はびびって抱きついて来たから凍りついた。

部屋に持ち運ぼう。

ガルドはそう決めて抱き上げ、階段を上がって行き鍵を開けて入るとベッドに横たえさせた。

「ピパププリキ……」

「はあ?」

放っておいて離れて行き、顔を水でじゃぶじゃぶ洗ってから拭き、そちらを見た。

顔を戻し、ていうか、自分はこの2年間不能だ……。

ガルドはガックリうな垂れ、そんな事実を忘れていた。ベッドの横に戻り、彼女が朝ここで目覚めたら金切り声を上げるだろうから肩を叩いた。

「起きろ。ジェーン。部屋はどこだ。」

「リーイン集合住宅地です……」

「何?あんな高い所に入ってんのかよ。警察寮に入れ。金かけてんじゃねえよ。」

「はい……」

ぼうっとするフィスターはそのまま立ち上がり歩いて行った。

「今日の所は送ってやる。明日にでも移れ。空き部屋はいくつかある話だからな。もう荷は届いたのか?」

「いいえ……」

「じゃあ楽だな。そのまま寮に運ぶように言うんだ。」

「はい……」

車両に乗り込み、リーインに走らせる。

ここにはあのデスタントの双子の兄、ディアンもいるマンション地帯だ。後輩を住まわせるわけにはいかない。第一、物価が高い。

「どこの棟だ。」

「ヴィーナスです……」

ジーン通りを左折した。優雅でパステルカラーのステンドグラスを見上げ、ドアから入って行った。

この時間暗いホールは闇の様だった。ビーナスの場合、内部構造が2階構造のメゾンタイプになっている。元々洒落たマンション地帯だから、内装も洒落ていた。

部屋に入って行き、ガルドは電気を着けた彼女の背を見ていた。

「……ジェーン。」

フィスターがニコニコしたまま振り返り、酔ったままの足で歩いて来た。

「何ですか?」

「えっと、」

呼んだだけだ。

広い室内を見回し、サーモンピンクの壁に焦げ茶色の木材健在のロマンティックさで、床は白の石の継ぎ目に灰色の小さいスクエアがモザイクされている。中二階部のロフトにはピンクと白縞にちゃ点ソファーやオットマンなどが窓の前にあり、その下の1階部には小振りの黄金シャンデリアの下に円形で充分装飾されたロマンティックな形の白い重厚な浴槽がある。

マホガニーの重厚なローテーブル横のボックス、二脚の1人掛けと3人掛けは白ビロードに木枠で、上には紫や赤ピンク、黒のタイシルククッションが並んでいた。

寝室は2階らしい。

ガルドはフィスターを見つめ、両腕を持ちそっと柔らかな頬にキスを寄せた。

抱きしめ狭い肩に頬をうずめた。

フィスターは目を閉じて燃えるように熱く広い背を撫でつづけた。

ああ、守ってやりたい。そう、彼女はおぼろげな意識の中で思った。

そのまま熱い腕の中で立ったままにして眠りに着いていた。

「?」

ガルドは彼女が眠っていたから頬を膨らめ、抱き上げて2階のドアを開けていき、寝室を見つけて横たえさせた。

シーツを掛け、髪を整えてから目が開かれた。目が離せなくなり、ガルドは顔を背けて背を伸ばした。

「じゃあな。」

そう出て行った。

フィスターはそのドアの方向を見つめ、いきなりガルド警部が真横にいたから驚いた。きっと、酔っ払った自分の事をここまで運んでくれたのだろう。暗闇の中また横たわった。

頬は熱かった。そんな事に罪悪を感じた。

リキを失って、まだ経って無いのに……。

フィスターは酔いも消えた頭で起き上がり、階段を降りた。

「ガルド警部。」

「あ?」

「ありがとうございました。送っていただいた様で……。」

「別に。」

いつも、憮然と眉を潜めている。怒っているのかは分からなかった。眉を潜める顔しか知らない。

それは彼が今の自身の格好に不満を抱いているからいじけているだけなのだが。

ガルドはフィスターがさっき頬にキスをしたり、抱きしめた事を覚えていなかったらしいと気付いた。

またドアの所から彼女の所まで来た。

だが、やはり緊張して何もせずにそのままドアを出て行った。

フィスターはその場に立ち尽くし、ゆっくり窓まで歩いた。ピンクの壁の先、紫の車体が夜の中を煉瓦を背に暖色に照らされ、石畳を進み、エンジン音が遠のいて行った。赤紫のテールランプが、消えて行く。

彼女は絨毯の敷かれたソファーセットに来て座った。

うつむき、目を閉じた。


フィスターは寮の与えられた室内を見た。

「で、入って左背後に簡易キッチンがある。その横のドアはシャワールームとその横がトイレだ。」

「はい。」

フィスターはハンドバッグと着替えの入ったボストンバッグを置き、ワンルームという形式の室内を見回した。突き当たり窓際にベッド。同じ広さのスペース。キッチン横は玄関スペース。2つのドアはシャワーとトイレ。

狭い。驚く狭さだ。

「一応ユニットバスはあるんだが、大浴場がある。使う場は同じだが男女別で60分。女警官は日勤者は基本的に夜8時から9時。夜勤者は朝5時から6時だ。男警官は夜10時から11時。朝7時から8時。それ以外の時間には基本的に湯が抜かれてる。掃除は寮の主がやってくれる。」

「わかりました。」

「女警官は305にリーリ巡査と402にマクール巡査がいる。女同士の相談は2人にシフトを聞いて相談に行くといい。すぐ上のリーリ巡査は時期によってパトロールの夜勤が多くなる。」

ガルドは手招きするとフィスターは着いていった。

廊下に出て歩いて行く。

「食堂だ。自分で作ってもいいが、食券で購入できる。朝は5時から8時まで。夜は6時から8時までやってる。それ以外は自由に厨房は使えるが、この銀色の冷蔵庫は食堂のおばちゃん達の領域だ。この緑色の冷蔵庫なら名前書いておけば自由に使っていい。」

「場所の占領は無しだぞファッキンガルド!」

「……。」

フィスターは瞬きし食堂で新聞を読んでいる男を見た。ガルドは憮然とし振り返ってから顔を戻し説明を続けた。

「調味料は自由だ。ここに詰まってる。あと、台拭きはここにある。自分で拭いて戻しておけ。あのハゲみてえに足テーブルに乗せる野郎もいるからな。」

そこから出て行き、ハゲのチャーリーは新聞をめくっていた。

「基本的にこの寮は無料だが、市民からの税金で賄われている。特にエケノ地区の周辺人民である人間とのコミュニケーションを大切にな。ただ、ガス、水道、光熱費、電気代の場合は一律してその月によって等分して取られる事になる。備品は経費から下りるが、どれも使いすぎに注意しろ。もしもどうしても余計に使いたい都合がある場合、その月は3割増し自腹になる。自己告発は寮主に一言言えばいい。」

「はい。」

「基本的に、この建物は街地主の所有物で固有遺産になっているから、」

「紫ペンキで部屋中塗りたくったり、地域住民の事も考えずに曲ガンガン掛け捲ったり、紫照明24時間常にガンガンに焚きまくったり、寮のエントランスドア売り捌こうと盗んだりするんじゃねえぞルシフェル野郎。」

フィスターは瞬きし、イタリア系の警官を見て、ガルドは憮然としてから振り返り向き直って階段を降りていった夜警ミシェルの背から顔を戻した。

「傷をつけたり構造を変えるような事はだめだ。常に綺麗に保て。」

「はい。」

「ジェーン。」

「はい。」

ガルドが振り返ったすぐそこにいたから彼は驚いて後ずさり咳払いした。

「俺が8時に迎えに来てやる。」

「結構です。」

「そうか……。」

ガルドはしょんぼりし歩いて行った。

外に出るとガルドが一声上げた。

「あんだ女補給係」

「あのさっきのハゲがチャーリーだ。あのイタリア野郎がミシェル。リーゼントがバークー。イカ顔がタラップ。バンダナがハメス。立て巻きロール男がベリー。筋肉マンがサルダラ。星サングラスがドベイ。ドレッドがハスバ。あとはまだ帰って無いらしいが、頭に櫛つけてるアフロがベルゴ。ひっつめ初老女がリーリ。赤髪女がマクール。インド人がサマトス。フランス訛がギルバート。今の時間と朝が一番揃ってる時だ。」

ガルドはフィスターの背を押した。

「今日から202に入る殺人科情報処理特Aチーム勤務の巡査フィスター=ジェーンだ。」

「よろしくお願いします。」

誰もが男共はにニカッと笑った。可愛い子が入った。でかしたガルド。と。

「お前の横は立て巻きロール髭のゲイ、生活安全科のベリー巡査と、筋肉マンのサルダラ巡査部長だ。」

「202に入らせたのかよ。」

「他の部屋は物置が2つだろうが。移動させてられねえよ。」

「あとの一部屋は禁断の魔パープルルームだもんなあルーシー。」

「だからって202に入れるこたねえだろうが。俺の横部屋あいてんだぞ。」

「てめえの横に誰が入れさせるかイカ顔野郎が。」

「うるせえヤキ入れるぞ糞ルーシーが。」

202は半月前までオスカーという男が使っていた。

フィスターは男ばかりだったので、多少気まずそうにガルドを見上げた。

「ガルド警部はルーシーさんと呼ばれているんですか?」

「……。奴等の言葉は放っておけ。」

ガルドはまた寮に入って行った。

「寮の主はそうだな、大体いつもいてくれるんだが、いない時は8時に帰って来る。元敏腕刑事だった人間だ。いろいろ頼りになる。」

「はい。」

「門限は11時から翌朝4時までだ。ただ、突如の夜間災害や事件時には急遽パトカーで駆けつける事が原則になっているから常にベッド横の署からの直通寮内通信警報機はオンの状態にして、即刻駆けつけられる様にしておけ。何度かパトカーの場所まで走って訓練しておくといい。奴等は皆早いから乗り遅れるなよ。」

「はい。」

玄関から階段横を通り、奥へ歩いた。

「ごみが出たらこのドア横に持っていけ。瓶。缶。可燃物。不燃物。生ゴミ。場所が決まってる。割れた物だとかはこの箱の中だ。粗大ゴミは寮主に言えばワゴンで運んでくれる。」

「はい。」

階段を上がって行った。

「古い建物だから、エレベータは無い。」

「はい。」

しばらく歩き、屋上に出た。

「洗濯物は部屋のベランダからも干せるが、シーツだとかバスタオルだとか布団はここに干せばいい。一気に乾く。ああ、そうだ。洗濯ルームの場所はまだ教えてなかったな。こっちだ。」

大浴場と食堂のある階に来て、大浴場に来た。

「ここが大浴じょ」

「きゃああああ!!!!何開けてんのよ!!!!」

「マクールだ。」

ゴッ

桶が飛んだ。

「次行くぞ。」

フィスターが顔色一つ変えないガルドを口を引きつらせ見てから歩いて行った。女性に興味が無いのだろか。

「その隣の部屋がランドリールームだ。コイン式になっていて、3セントで10分からだ。この2台が女用になっている。他はあのむっさい者共のランドリ」

「むさいとは何よむさいとは!」

「お前が一番、むさいんだよ。」

バキッ

「よろしくジェーンちゃん。あたし、ベリー~…ィン」

「よろしくおねがいします。」

ベリーは女用ランドリーに入れた。

「……。馬鹿野郎お前は男だろうが。まだ入れてやがったのか。」

「失礼しちゃう!あたしのは綺麗よん!」

フィスターははにかみ、立て巻きロールの髭男を見上げた。

ランドリールームから出て歩いて行った。

「リーリは既に夜勤で出ている時間帯だ。他の奴等はまだ仕事が押しているか、とっととどこかに飲みに行ったかのどちらかだ。あと、門限が過ぎても2時までは寮主が起きていてくれるからチャイム鳴らせばいい。」

「くれぐれも外壁伝いに窓から侵入して寮中の警報機ならして凱旋帰宅なんて事ねえようになあルシフェルガルド。」

フィスターはまばたきしドレッドの黒人と共に歩いて来たアフロの黒人を見上げた。

「ベルゴだ。」

「お。何だよこのガキが、随分可愛い子連れてやがるじゃねえか。どこから拾ってきた女だ?」

「あたしは新任巡査フィスター=ジェーンです。よろしくおねがいします。」

「へえ。寮に入ったのか?」

「ああ。ベリーの横だ。いじめるなよ。俺のチームの後輩だ。」

「はーん。例の奇人変人対応貧乏チームの。」

ガルドは獣の様な顔をした。

「気をつけろよお嬢ちゃん。この男はこんな仕立て良いクラックスにシャツネクタイでどっかの貴公子みてえな上品顔しちゃいるが、ところがどっこい見かけに騙され」

「次行くぞ。」

「おいおいファッキンルシフェルがよ~。猫かぶりかよ。」

「ああ。そうだが。」

「おい。聞いたかよ耳疑うなあ。ウーマンキ」

「ここが共同的なロッカールームだ。何入れても良いことになってるが、生ものと危険物と有害物質と食べ物と生き物は入れるな。鍵は後から寮主から借りてくれ。その隣の部屋が」

「きゃあ!!」

フィスターは真赤になって顔をそむけ、ガルドは蹴散らして進んで行った。ギルバートと彼女が転がる横をフィスターも真赤に顔を反らして進んで行った。

「備品ルームだ。ここの物は自由に使えるが、消耗品はこっちの帳簿に日付と品名と量を記載しろ。日用品は日付と品名と名前だ。」

「はい。」

「なあダイラン。お前、ちょっとは蹴りいれる場所考えろよ。ケツにお前のブーツ痕着いたんだぜ。」

そのケツを見てガルドはバシッと叩いて言った。

「はん。可愛いじゃねえか。」

「ってーな!このバイが、」

「………。」

フィスターは瞬きしてどうみても男前なガルドを見上げ、ガルドはギルバートをまた蹴り付けて進んで行った。

「さっきのがギルバートだ。」

「は、はい……。」

「毒虫や害虫が来た時は各ポイントに置かれているこれで叩け。だがまず出ない。」

「毒蜘蛛ルシフェルなら出るもんなあ。」

「火災の場合はこのプレートの場所に消火器、消化ホース、警報機が着いてる。どの階も同じ場所に設置されている。各部屋にはキッチンの右に設置されている。食堂はこの通り多い。」

「はい。」

「郵便物は全て各部屋のドアポストに寮主が入れてくれる。小包の場合は寮主が伝言を玄関内側のボードに書いてくれているから毎日確認しろ。預かってくれている。」

「はい。」

「今から夕食に行くか。」

「結構です。」

「そうか……。」

ガルドはガックリして歩いて行った。

「あの……お食事、造りますから食べていって下さい。それに、迎えだなんて申し訳無いですのでバス停の場所を教えて下されば。」

「そんな事してたら遅刻するぞ。妙な事気にするな。俺が迎えに行く。」

そう言いながら部屋に入ろうとした腕を筋肉マンで47歳の巡査部長に引っ張られた。

「おいこら。大人しく説明終えたら帰れ。女の部屋に早速入るな。」

ガルドはブーブー言ってから威嚇されたので、渋々帰って行った。

「おいジェーン!」

「は、はい!」

本当に凄い声だ。普通に喋る声もでかいし、棘があるし、恐いし、声を張り上げたりするだけでぎんぎん響く。

窓に走って行って見下ろした。

「8時だからな!」

「はい!よろしくおねがいします!」

ガルドはそのまま走り去って行った。

フィスターは中へ引き返した。

枕はやはり、持参に限った。備え付けの枕を椅子に置き、羽毛枕を置いた。

少し時間を置いたら、マクール巡査の所へ行ってみることにする。


黒のメルセデスがガルドの横で停まった。

咄嗟に、デスタントファミリーの人間かと思った。拳銃を手にしたが、その前にがたいがいい黒スーツが陰のように立っていて、こめかみに当てていた。

「下げなさい。」

そういう声が聞こえ、ガルドは横目で金持ちのボディーガードと背後窓の中にいる声の主に意識を飛ばした。

デスタントの人間じゃ無い。

ボディーガードは下げ、ガルドが顔を向けた。

「部下が悪かったね。懐かしい顔を見たものだから、つい引き止めてしまった。」

「どんな脅迫方法だ。危うく警察署に突っ込む所だったぞお前等。」

そう言い、声の割にきつい顔つきで貫禄ある老人を見た。

「君は警察官かね。」

「ああ。丁度そこに警察署まである。」

男は頷き、ガルドに言った。

「それでは一つ、尋ねたい。新しくこの街の配属になったフィスター・クリスティーナ・ジェーンという女性についてだが。」

「……。あんた、ジェーンの祖父さんか父さん?」

「いいや。そうなる予定だったが……。」

「あいつに何の用だ。俺の部署に入った人間だが。」

「そうか。それは大きな偶然だ。実は、その彼女の住所を知りたいのだが。」

「あんたが例の引っ越しセンター?」

「いいや。」

「それなら、警察寮に行けばいい。この背後の道を行くとザンジバルドアの嵌った建物がある。」

「分かったよ。どうもありがとう。」

「いいや。」

「ところで、君はレガント一族の人間かね。」

「いいや。」

「違ったのか。それは失礼した。」

「寮は門限があるから、早めに切り上げてくれ。ジェーンは明日も朝から忙しいんだ。」

「承知した。」

車体がゆっくり走り去って行き、ガルドはしばらく見ていた。

トアルノに住む様なお嬢だ。天使みたいで署内でも人気で穏やかで可愛くて柔らかくてソフトで蜂蜜と白百合の香りがしておしとやかでシャイで子羊の様で無垢で純粋でソプラノが高くて……。そんな彼女が俺に初対面で激しく怒鳴り散らして来た。あの顔が怒ると可愛かった。怒鳴ると一気に高いままだが恐い声になった。頑固そうな目をしていて、言葉遣いははっきり言って首を傾げる返答が多いが、意思が強そうだ。交通科のラニールとすぐに仲良くなった。多少心を見せない様な装いすぎる部分が多いように見えるが、どこか少女の部分と年齢より大人びた部分がまだ同居している様な初々しさもある。

ガルドは歩き酒屋に入ると、店仕舞い前の準備をしていた。

「ようガルドの倅。」

「ああ。キャメルカートン。」

「おうよ。」

彼はガルドと同じマンション102に入っている。専業主婦の妻と2人の子供がいた。

ガルドはまた夜のバートスクストリートを見た。しばらくは見ていた。

「どうした。ぼうっとしてるじゃねえか。」

恋をしているのだ。

「いいや……。なんでもねえ。」

そう言い、カートンとつりを受け取り掲げては礼を言い、出て行った。車両に乗り込み、住んでいるアジェン地区へ走らせた。


フィスターが寮から出て、ジーンストリートを歩いて行く暗闇の中だった。

蛍光灯が左右転々とあるくらいで、けして明るい道とはいえない。ベッドタウンを貫く大きな道なのだが。

彼女は富豪層達が軒を連ねる地帯、トアルノッテという地名の住宅街に祖母がいる。

「おばあちゃんに何て言おう……。」

リキのこと、凄く好いていた。

とってもいい青年だわね。と、手紙の文面での報告に返してくれた。写真を見て、なんて優しそうな子だこと。と。

いい青年だった。それに優しかった。どこも酷い場所なんか無かった。悪い所も一切無かったし、改善してもらいたいところも気付かなかった。いい奴過ぎる場所もあった。自然体だった。すごく可愛い性格だった。誰からも好かれていた。何事も精一杯に喜び祝ってくれた。

一緒に、いつかこの街に来ようねと言い合っていた……。

フィスターは足を止め、停車したベンツを見た。

暗い中を、リキの祖父が歩いてきて、フィスターは目を見開き驚いて深くお辞儀をした。

「前陛下。」

「背を伸ばして。」

フィスターは背を正し彼の顔を見て口を一度つぐんで頭を深く下げた。

「申しわけございません。あたくしは……」

泣きそうになったのを歯を噛み締め、その肩に重い手が当てられ目を開けた。

「私の方こそ君に謝りたい。マイアミでとても辛い思いをさせてしまった事を聞いた。」

フィスターは首を横にぶんぶん振り、言葉が詰まって出せなかった。

「いいや。君は何も悪くは無い。リッセンドラが君を悲しませてしまったんだ。あの葬儀に行く事が出来ていたならば、少しは君の気持ちをさっする事が出来たはずだと自己を攻める。」

「貴方様はその時期、ご多忙の内にあったのですから。まさか、あたくしの為に来て下さっただなんて、わが身を恥じます。」

「いいや。ただただ謝らせて欲しい。」

「そんな、大切なお孫さんを失った貴方様の悲しみに比べればあたくしの……、」

パパ以外の場所ではもう絶対に泣かない、そう決めた筈だった。リキの笑顔を思い出すたび、死んでしまったリキへの悲しみと、犯人への怒りと、リキ自身へのいいようの無い怒りが占領した。

「あたしは、あたしはリキが憎くて仕方が無いんです……。」

自分だけ死んでしまった。あたしを置いて寂しい思いをさせて、あんなに仲が良かったのに突然消えてしまったなんて。憎くて仕方ない。何で殺されたりなんかしたのよ馬鹿って、あの葬儀の時リキに怒鳴り散らしたかった。でも、見ることがどうしても……最期まで出来なかった。

認めたくない。あのリキが本当に、知らない場所で知らない内にそうなってしまった事。姿を確認する事が出来なかった。

フィスターは顔を押さえ身体中を真赤にぼろぼろ泣き、彼は彼女を抱き寄せて髪を撫でた。

リキとの結婚生活が浮かんでいた。幸せで、楽しくて、平和な生活。


「おうっと、ガルドじゃねえか。お前何やってんだよ。」

ガルドは顔を上げ、立ち上がると首を横に振り101のドアの牛革カーテンをまくり入って行った。

革靴を放って焦げ茶シルクのベッドに転がり、背伸びをして紫ネクタイを放った。

赤茶褐色と黒と古金のエスリカ=ギライシーの部屋101は、ガルドが互いによく行き来する部屋だった。

「酒飲もうぜ。」

「ああ待ってな。何か食うか?」

「いいや。酒だけで良い。シャワー貸せ。」

「おい。そういえば、オスカーの野郎が前置いて行ったやつがあったぜ。」

「何を。」

オスカーには一時期ガルドが部屋を貸していた。

「ブレスレット。」

そうまな板で何かを切りながらエスリカが首をしゃくり、ガルドはそちらへ行った。アクセサリーがいくつも置かれた3段のケースの上に確かに見慣れたブレスレットがあった。よくオスカーをオリジンタイムスに連れて行っては飲ませてやっていた。

「オスカーの変りに、一人女が入った。」

「へえ。奴は1ヶ月しかお前のチームにいなかったもんな。」

「……。」

ガルドは何度か頷き、酒を煽る様に飲むと置いた。

「俺は何も出来なかった。」

「ガルド。不運だった。そう思う他もう無いんだぜ。そういう事件ばっか扱うようになるお前まで危険だって事だ。奇妙なもんだよな。」

「それを防止しろだとさ。起きねえようにだぜ。奴等狂った犯人共の餌食の為に特Aがある様ならチームなんか解散してやる。」

だが事実そういうわけにもいかない事など分かっていた。どこかが防止しなければ。

吐き捨てるように言い、シャツとトラウザーズを放った。シャワールームへ入って行き、音楽を掛けた。

目を閉じ湯を受け、頭を空にする。

シャワーから出ると、酒を飲みながらベッドを背に座った。

「どんな女だって?」

背後のエスリカを振り返り、ガルドはまた向き直った。

「何だよ。良い女なのか?黙り込みやがってこいつは。」

ガルドは何も言わずに酒を傾けた。エスリカは片肘を尽き横這いにガルドの頭を小突いた。

「お前、ガキ時代からこうだよなあ。本気になった女の事になると黙り込むよな。」

「うるせえな……。」

ガルドはグラスを起き、溜息を尽き古金コブラシャンデリアを見上げた。

「可愛い目しやがって相当惚れてんなこのオス猫野郎は。」

フィスターの事を思い出すとだいたいは他の奴等と話している時は彼女は笑っているのだが、どうも自分の前では顔を真っ青にしている。

エメラルドが魅惑的に光り、恋した目元が開かれた。

自分の女にしたかった。

きっと嫌われているし恐がられている。将来、結婚したいなどとまで思った事は初めてだった。ジョスに紹介しに行くつもりだ。いずれ、後輩だという事で。


「辞表?」

また奇妙な事件の囮を買って出たフィスターをガルドは止めた。

若い女が狙われ、死体も無いままに心臓が各家に送られる事件だ。犯人を誘き寄せるために被害者達と同世代の自分が囮になると頑固に言い出した。

ガルドは部長がOKサインを出した事で部長を恨んだ。ガルドが警護に着く事にしては、そんな内にフィスターが犯人に誘拐され、被害に遭いかけた。

犯人は寸前でガルドに逮捕されたが、その犯人に恐怖を植え付けられたフィスターは精神的に困憊し、部長に辞表を出したというのだ。

「特Aの新人刑事がアッドマンに引き続き、初事件毎に狙われるなんて。」

ロジャーがそう苦い声で言い、ソーヨーラも溜息紛れに頷いた。

ガルドが引き戻して連れて来たフィスターをデスクに座らせて言った。

「囮捜査がまだ対狂人共に関してはアマ中のアマって事なんだよこれは。相手は麻薬捜査の犯罪者とも痴話揉めだ喧嘩の末の犯罪じゃねえ。予測出来ない事に何もわかっちゃいない人間を向かわせるのは危険を生むだけだ。俺はベテランが連れてこられると思ってたんだからな。」

「あたし、お邪魔ですよね……。」

「だからって辞表なんざ出す事はねえだろうが。え?何の為に警官になったんだよ。」

「それは……。」

「いいか。お前は他の部署に移させる。」

そう部長に掛け合いに行ったが、あっさり却下されたからガルドは毒づいて出てきた。

「どうだったの?」

「特Aメンバーは変えないだとよ。」

「ガルドくん。それじゃあ、訓練を受けさせ続けるのみね。」

フィスターを振り返るとしょんぼりしていた。ソーヨーラは彼女の横に来てから言った。

「出来る限りあたし達処理Bも手を貸すわ。何かがあれば何でも言ってくれて構わないのよ。ラニール刑事の事は本当に残念だったけれど、元気出して。」

フィスターははにかみ、頷いてからガルドがデスクに座った方向を見た。彼は憤然とした顔で座っては上目で斜め前の位置のフィスターを睨むように見てからペンを走らせた。フィスターは俯いてからデスクに辞表を仕舞った。

「駄目よ。破って捨てなきゃ。やっていこうという根性がへこたれちゃうじゃないの。」

そう言ってソーヨーラは没収して行った。

ドア側からフィスターのデスク、ロジャーのデスク、2列目がソーヨーラ、ハリスのデスク、一番奥の警部デスクがガルドで、横に警部補キャリライのデスクがあった。

キャリライ、ロジャー、ハリスは昼の為に今不在だった。そろそろ3人も帰って来る。キャリライの場合、レガント敷地内まで帰るのだからボンボンは嫌になる。

「ただいま。」

「あら。お帰りコーサー。」

キャリライが帰って来るとデスクに座り、眼鏡を置いてから目頭を押さえた。

「全く、メイズンは知らぬ内にとんだじゃじゃ馬なものだな。」

冷たい横目でガルドを見るとガルドは無視していた。

署内では一切棘を出さない性格の猫被りキャリライが、珍しくそう言いまた眼鏡をかけた。レナーザ一族令嬢だったメイズンにキャリライは4年前、蹴り付けられた事で片目の視力ががた落ちになり、余りにもナンセンスなアイテム、眼鏡などを掛けなければならなくなったのだ。

「犯罪者に仕立て上げたなんてな。」

フィスターは首を傾げて珍しく恐い雰囲気のコーサーを見てから、ソーヨーラの背中を見た。元々、キャリライが眼鏡を掛けていたために、自己紹介の時誰なのか全く分からなかったのだ。

元々彼は凛としたいい男で、優雅な感じの根強い男で、社交でも人気だ。レガントの男達は誰もが男前揃いで昔から人気が高いのだが。お洒落だし、センスも良いし、長身のナイスプロポーション揃いだ。

それが、眼鏡などというアイテムでまるで違った印象にしていた。優しそうな男、という印象に。

ソーヨーラは、元々キャリライという人種が冷めていて差別本願で皮肉的な人間だという事を同期のよしみでも、貴族同士の社交での関わりでも充分知っている為に一度上目で見てからおどけておいた。

第一、ガルドが警官になりたて時代は顔をつき合わせる毎に署内でも酷い状態だった。きつく物を言い合うし、棘に棘をぶつける様な物だったし、ピリピリしていたし、貴族とスラムの格式違いからか毎回、キャリライが皮肉を言って嗾け、ガルドが掴み掛かっては警備員が止めの繰り返しだった。

ガルドからしたら、こんな差別満載の糞貴族なんかの糞ッ垂れと共にチームを組まされる事が嫌で嫌でたまらなかったのだろう。キャリライ自身もガルドを嫌っている筈が、特A促進の為に仕方なく部長の人員そろえを受け入れた感があったものの、それでも互いにそれを露骨に出す事は無かった。

特に新しいチームメンバーフィスターの前では、キャリライは頼りなくキョドる優男の仮面を被っては彼女に優しく接しているのだから、ガルドはキャリライが尚の事気に食わなかった。

フィスターは、口出ししない方がいいと思って上目で見ていたのを目を戻した。メイズン、という名は、きっとメイズン=レナーザ嬢の事だろう。とても美しい女性で、一度見たらその彼女のオーラと迫力には気圧される。自信に満ち溢れ、その上姐御肌で頼りがいがあり、性格もしゃきっとしていて尚且つ優雅だ。

彼女はもう何年も社交に現れない。背も高く、グラマラスな肉体で、とても目立つ輝きを帯びた人だ。

「お前がどう誘惑」

「野郎がいつまでもぐだぐだうるせえんだよ。」

フィスターは殺気を帯びた立ち上がったガルドの声にびくっとなって上目になり、彼が共に立ち上がったキャリライの肩を肩でどついた為にソーヨーラも立ち上がった。

「ちょ、ちょっとガルド君落ち着きなさいよ。コーサーも何気が立っているの?視力がまた落ちてでもいたの?喧嘩は良く無いわよ。」

ガチャ

「何を騒いでいるんだね。」

カトマイヤーが出て来てはガルドとその奥のキャリライを見て、2人は顔を反らしあってデスクに座った。

「勝手にこの野郎が気が立ってるだけだ。」

「お前の街の汚点だったあのイカれチームが消えてくれてせいせいしたものだな。」

殴ろうとしたガルドの腕をカトマイヤーが掴み止め、呆れた様に冷たく見た。キャリライは眼鏡の蔓で見え無い横目で険しい顔のガルドを見てから、ガルドは腕を邪険に払った。

「俺が気にくわねえならそう言えばいいだろうが!!!」

「大人しくしなさい。」

フィスターは困惑し、おろおろしてソーヨーラは彼女の横に来て肩を撫で廊下に連れて行った。

「彼、元々スラム時代ではやんちゃだったから、反りが合わないのよ。あまり気にとめないで。部長とコーサーに仲間達を一斉にムショ送りにされたものだから尚の事犬猿の仲でね。」

「そ、そんな彼等3人がチームを組んで……?あ、あたし、場違いの気が。……というか、あの?彼というのは、ガルド警部、の事ですか?」

ソーヨーラはしまったという顔で目を反らし、口笛を吹いて歩いていった。

「え?あの?どういう?」

フィスターは首を傾げながら、瞬きを続けていた。

「大変だ!」

ハリスがそう言いながら走って来た。

「おかえりなさいハンス巡査。」

「ああフィスター!事件だ!」

「え?!」

剣呑と睨みあっていた2人も顔をドアの方に向け、ハリスがドアを開けた。

「エケノ地区民家で変死体が発見された。被害者は主婦アーリー=レダル。レダル家自宅キッチンで眼球が無い状態で生首で発見され、今現在警官が到着した所。特Aチームに捜査要請が出たので向かってもらいたいとの事だ。」

部長は頷き、ガルドとフィスターに事情聴取のためにミスターレダルを任意同行させる為に向かわせた。

彼等2人は走って行き、キャリライは溜息をついてデスクに座った。

「ジェーン君が来てまで仲違いはやめなさい。」

「もう1人、有力な者を探して下さいよ。彼を追い出す為にね。警部のポストを欲する人間は多い。適した人間も、経験豊富な人材も。」

「それは認めない。」

それだけを言い、歩いていった。キャリライは目を細めその部長の背を見てからコンピュータに視線を落とした。煩わしい眼鏡を掛けなおして、最近の所頭痛が酷い。無闇な手術などしたくもなかった。メスを入れるなどとんでもない。眼鏡は見てくれも悪い。

今は事件の事だ。レダルはグランドホテル料理長の所の人間としても有名だった。一体何の事件が引きおこってそんな事になったのか、家の主とは大学時代を共にした記憶もある。


ガルドは勘弁してくれよと言う様にぐったりと仮眠部屋のベッドに倒れ込んだ。

食人事件でホメスト=レダルが検挙された内に巨大な白い生き物が現れるわ、逃げ出すわで、署内はてんてこ舞だった。

そんな中でまだ新設の特Aなんかから捜査班を殺人課に移すべきだという声も上がるし、犯人を留置所から取り逃がすチームが何処にあるんだと署長からも激怒されるし、とにかく、相手が普通では無いのだ。

第一容疑者のホメスト=レダルはティニーナの馬鹿に頭を大砲に突っ込まれ身動き不能状態。

重要参考人の1人は美形の男で、爪で壁に穴を空け逃走。

2人目の重要参考人の1人はボブの女で、証拠不十分で保釈後に完全に姿を眩ました。

肉を食べたと証言する1人は狼女で、新しい処理班のチームメンバー、ティニーナとジョセフを気絶させその保釈されていた女と逃走。

しかも、そんな内の目撃証言から、食人の真犯人が現れたというのだ。前者の4名以外に。4才の少女。

ホメスト=レダルは明らかに3人に利用されている。そのまま確保しておき、3人の仲間だと思われる少女の行方を追う必要があった。

その少女にあのキャリライが誘拐されたのだ。

「あの馬鹿垂れが口だけ達者な野郎だな!!!」

ガルドは片目ド近眼なキャリライの眼鏡が落ちているのを拾った。

「おい奴が眼鏡掛けて無いとどうなんだ。」

「さあ。犯人の顔まともに分からないんじゃないのか?酷ければ頭痛起して気絶してるかもな。」

憎いと言えども親戚の男だ。

ガルドはまさかキャリライの野郎が食人の被害に遭ってバランバランになって発見されるんじゃねえだろうなと頭を振ってライフルを持ち車両に乗り込んだ。当然、大嫌いなキャリライにぶっ放すためでも無い。

大きな白い生き物に乗った少女が目撃され、アヴァンゾン・ラーティカへ向かわせる。他の目撃証言では、少女がサーカステント横の広場で男を連れて行ったとも言うのだ。

ガルドは生きているらしいキャリライを見つけて駆けつけた。ガルドは死ぬほど安心してキャリライをぶん殴った。

「てめえ!!馬鹿野郎が!!女だからってガキにまで着いていきやがって!!!」

正直、娘が生まれたキャリライは少女などに泣かれると実際弱くなっていた。迷子らしかったし酷く泣くのでころりと騙されてしまったのだ。

無事だったキャリライを放り、逃げ出した少女を追った。

発見したのは少女を抱き上げたフィスターの腕の中でだった。例の肉を食べた白い生き物が、ガルドが容疑者を撃ち殺そうとした前に踊り出て威嚇した。

フィスターの前で白い生き物は少女を乗せ走り、仲間の男女と共に逃走した。

「……、」

白い生き物も共に少女も男女も逃した。


「また辞表を出した?」

ガルドはフィスターが部長室から出て来たのを腕を掴んだ。

「離してください!」

フィスターはガルドを睨み見上げ、ガルドは自分のデスクに戻って憮然とした。

「警部。あなたは間違っています。あなたのやり方は強行が過ぎるわ。確固とした証拠も無かったし、少女が第一食人をした現場も確証も無かったのに狙ったりなどして。」

結局、被疑者達は逃亡して取り逃がしたままだった。

フィスターは信じられなくてガルドの目を見た。ガルドはふいと視線を反らし、その目をまた彼女は覗き見た。

やはりだ。ガルド警部の目にはなにか、警官の色とは違う何かがあるのだ。10代の頃はやんちゃだったという内容の意味が分からないし、ファッキンルシフェルなどと名指されているし、どうも普通とは思えない。その内容を聞いても誰もが口を閉ざすし、フィスターは釈然としなかった。

どんどんフィスターはガルドに対して不信感を持ち始め、ガルドは横のキャリライがそしらぬ顔でパソコンに打ち込んでいるのを立ち上がって部署から出て行った。

「警部!待って下さい!」

その背を追い、廊下で腕を引っ張った。

「警部。あたしは警部に主任らしくいてもらいたいんです。あなたが以前どんな荒くれ者だったかは詳しくは分かりませんが、あたしは警部に着いて行きたいと思っているんですよ?これって余計なプレッシャーですか?警部は主任ですよね?」

「ああそうだ。」

「お願いです。特Aの人間が狙われる事が多い中で、警部自身にしっかりしてもらいたくてコーサーもあんなに言っているんだと思います。」

ガルドは振り返り、フィスターの目を見てから溜息を着いて歩いていった。

「警部!」

フィスターは地団太を踏んで憤然として部署に戻った。

誰もが警部の事を悪く言う。彼はまるで、誰からも嫌われているかの様だった。とても寂しそうな背中に思えた。

「自業自得だあんな物は。放っておけ。」

そうキャリライがまた棘を吐いた。

「彼は何をして?何故そこまで嫌われているんですか?彼はしっかりした所もあるし、正義が無いわけでも無いし、警官としての仕事もしっかりこなしているし、良識もあるのに。」

「さあ。どうかな。」

そう言い、キャリライも去って行った。こんなに気まずくて居辛い部署に居ろと?フィスターはどうにか仲を取り持ちたかった。それにはわだかまりが多すぎる。

フィスターは警部を信じたいし、彼は決して悪い人では無い。恐い人だし、常に怒ってるし、常に恐い顔をしているけど、優しい人だ。優しい人に悪い人は居ない筈だ。


「何?!!!また辞表だと?!!」

ロシアへの出張の折に、ガルドがいとも簡単に過激派の人間を一気に目の前で撃ち殺して行ったショッキングな場面が忘れられずに、確かに任務的には素晴らしい功績と身体能力、凄腕さには驚かされたのだが、普通じゃ無い何かが増して思えたのだ。

フィスターはリキが被害に遭った事もあって、あの武器所持反対加盟者会議で勃発した過激派達との攻防に一切手も足も出せずにいて、ガルドに終始護られながらもそれでも何度も危ない目に遭った。

アメリカに帰ると、フィスターは精神状態が完全に駄目になっていたのだ。

ガルドはフィスターを捕まえ、彼女は本気でガルドが嫌で嫌で仕方なかった。

フィスターは過激派や武装兵の部類には恨みがある。

だから、余計にガルドの強行的な捜査や攻撃力や殺傷力が激しい嫌悪に繋がったのだ。

だが、やはり辞職は認められなかった。

そんな中、ガルドの過去を知ってしまった。

フィスターはショックを受けた。

銀行強盗、宝石店強盗、殺人、機密軍用武器・麻薬密売、密入国犯罪者搬入、美術品強盗、他都市ギャングボスとの契約……それらの犯罪ファイルを見てしまった。映像の中の、まるで悪辣で凶悪な質悪い悪漢、通称ルシフェル。

ガルドの本名はダイラン=ガブリエル=ガルドだ。ダイランの綴りは、デーモンである悪魔と同じ様なつづりのため、よくデーモンと間違われる。天使と悪魔の名を持つド派手な根からの犯罪者。犯罪グループの人員はガルドを中心に、スラム地区での悪漢達と、各国の著名人で貴族令嬢レナーザ姉妹、エジプト王族のジャー・レム嬢、フランス富豪のジェレー・ネラ嬢、富豪グラデルシ婦人の妹マゼイル、その他。彼等を従え、派手な悪魔的改進劇の犯罪を重ねては刑務所の常連だったのだ。

それが、ガルドの過去だった。


ガルドの仲間が脱獄した。

エジプト王族のジャー・レム姫が獄中で何者かに殺害されていた事実も判明した。共にズィラード、メイシス、マゼイルの3人が姿を消したのだ。

ガルドは4人の釈放と同時にZe-nを再起動させるつもりでいた物を、予測していなかった一斉脱獄に邪魔されてしまった。アヴィトが暗殺する予定だったカトマイヤーがパフォーマンサー3人の事も連れて行き、ガルドは動きを停止させねばならなかった。

「ジャー・レムを殺害した人物が不特定だ。3人が逃亡した事で事実は分からなくなった。」

その脱獄者3人は闇組織から来た女殺し屋に連れられ、その組織入りしたのだ。

3人のパフォーマンサーはカトマイヤーに身体能力を買われ、CIAの人間になった。

脱獄事件は、ある犯罪グループの男達が一斉に脱獄を試みて刑務所を爆破し、その混乱に乗じて他の脱獄班達も逃げ出していた。それに紛れて、そのグループを始末する依頼を受けていた殺し屋は犯人グループのへりを爆破。他の殺し屋達はこのレクリエーション時に脱獄者達を射撃していきポイントを稼いでは、同時に組織に勧誘できそうな人材をぱくってくる。女殺し屋もパートナーに言われ、犯罪グループのへり追撃後にルシフェル=ガルドの部下だった3人を闇組織に引き入れる為に接触し、多少3人には動機に問題有りだったが、引き入れさせたのだった。

「あの刑務所は地獄だ。だが、女子監房はそこまで酷くは無いと聞いていた。女同士のリングでファイトが激しく行なわれる位だ。麻薬の出回りを仕切る女もいて、その機嫌さえ損ねなければ自由を許されていて、多少の暴行やリンチくらいは確かにあったんだろうが、4人は別の監房に入れられていたんだぜ。誰かが故意にジャーレミを……」

ガルドは唇を噛み締め、うつむいた。

自分があの15の時、エジプト、砂漠の幸せのハレムから彼女を連れ出したからいけなかったのだ。

そのままハレムの宮殿の中で過ごさせれば、あんな監獄の中などで殺される事は無かった。

「罪悪を今更感じるのかね。」

ガルドは顔を反らし、部長室から出て行った。

ジェレアネルを刺した時の感覚が、よくこの手に蘇る。

頬に触れてきた彼女の細い手。愛し続けて来ては可愛がって来た女達。

手ががたがた震え、硬い頬をさすって目を閉じた。

「警部?大丈夫ですか?」

ガルドははっと険しい顔を上げ、フィスターを見てから「なんでも無い。」と言い歩いて行った。

「……」

フィスターはその背を見つめては、俯き床を見つめた。


FBIが追っていた武器密売輸送船が大爆破した。

ガルドが転がって気絶したフィスターを抱え上げ、囮で捕らえていた武器密売の女が悪態を付いた。

CIAからの囮捜査の為に渡されたその女は何者かに船を爆破された事で、それは彼等FBIとCIAが追っている謎の闇組織だとされた。

ガルドは愛車ベライシーを木っ端微塵にされた事も忘れてフィスターを引き起こし、囮捜査のCIAだとはガルドにはまだ報せていない女も走って行った。

フィスターをアメリカへ帰らせ、ガルドがその密売女を連れて武器製造の本拠地へ向かう事になったが、その先でFBI長官に彼女と共に武器製造をしている闇組織を追ってくれとの司令を受け、嫌々ながらCIA隊員の彼女と共に探る事になった。

その内にもまたフィスターがガルドのいぬまに辞表を出していたのだが。そしてまた部長に引き止められたのだが。

その闇組織は結局掴めないままに終わり、ガルドは帰国を余儀なくされたものの、相手側が初めて接触にも近い攻撃を仕掛けてきた事は大きかった。FBIにそれらのガルドと女が集めたデータなどを回収され、まるでお払い箱の様に捜査打ち切り命令が出たからガルドは部長に抗議したが無駄だった。

「何?!!!辞表?!!!!」

ガルドの怒鳴り声が署内にまた響き渡った。

「でも、彼女また引きとめられたみたいよ。」


ガルドは部屋に帰り、クロゼットを開けた。

写真立てが置いてある。

妹のリサの写真。それに、親父ウィストマの写真。

あの囮捜査の女ケリーナ=バダンデルが言っていた。自分はリサの姉貴だったんだと。

ケリーナはよく生きていた頃のリサに似ていた。髪色も年齢も全く違ったし、性格なんか雲泥の差だったが、面影が大きかった。

リサは既に12才の年齢でこの世を去っていた。

途中からガルド家の家族に加わったリサ。金髪に、緑の目に、可愛らしい顔をし、純粋だった。ガルドの天使だった。彼女が自殺した時の事を忘れられなかった。

ケリーナは生き別れた妹を、ガルドが狂わせたのだと信じ込んでいた。だが、事実は違う。スラム地区の奴等に襲われた事が原因で、ふとしたきっかけで気が触れてしまったのだ。

ガルドはそいつ等を見つけ出して、復讐の仇を討ちつづけていた。明らかな殺意として。


ガルドはフィスターと共に、世界的大富豪、MMを追うことになった。

MMは自殺幇助映像事件の主犯として追われ、彼はキャリライや祖母リカーとも交友があり社交の華だった。誰もが今までMMに目を着けた人間などいなかったものを、ガルドは彼を追い始めたのだ。

その彼の元に新たに届けられた映像にガルドが完全に激怒した。

リサの映像だったからだ。

フィスターはガルドにまさかの妹がいて、しかも自殺していた事を知って彼の精神状態が心配になった。

MMは何の証拠も無いとして逮捕すら出来ずにいて、彼が関わると知った政府やFBIまでもが大きな捜査を打ち切った。

その裏でガルド達特Aは捜査を続けていた。その為に特Aはあるのだから。

キャリライはどうもMM事になると逃げ腰で、ガルドは余計に怪しがった。

フィスターが辞表を出す事などなくなり、ガルドと常にセットになって捜査をする様になっていた。

何度もその事件の内にも、フィスターはレズビアン達に恐怖に陥らされるし、恐い目にも遭うし、散々だったのだが。


リキの父親はフィスターがMMに刃向かって男と共に捜査を続けている事を知って溜息をついた。

MMはリキの父親である彼の隠し子を助けると約束してくれた。

「へえ。あんたの息子の元婚約者寸前だったのか。あのエンジェルジェーンは。俺からは信じられない女だな。恋人が過激派に殺された半年も経たない内から、どうみてもダイラン=ガブリエル=ガルドとは仲が良い様にしか見えなかった。上司と部下以上にな。」

「……。」

彼は顎に当てていた指をそのままに失った可愛がっていた息子リッセンドラの写真を見ていた。

隠し子はよくリッセンドラの少年時代と似ていた。可愛らしい顔をした子で、黒髪に黒睫が多くて、唇が赤い。だから、余計にリッセンドラを殺した過激派共には怒りを感じる。フィスターと幸せな結婚生活を送る筈だったのだ。

「葬儀では、噂では酷かったらしいな。」

「父が彼女に会いに行ったが……。」

「あの前陛下が?」

「ああ。将来、自分の孫の妻になる予定だった女性だからな。その折りに、ジルに似た青年に会ったと。多少、彼女には好意を持っていた印象を受けたようだ。」

「はあ。なるようになるのか。リキが浮かばれないな。俺は会った事は最後まで無かったが。」

リキの父親は鋭い顔つきと造りの目を頷かせた。

前陛下はリキの死から体調を崩し、既にリキの父親が爵位していたので静養に出たのだ。

リキの父親は数年前に、問題の女王との間に隠し子を設け、その赤子をアメリカの孤児院に連れて行かせていた。女王の悪質な性格に薄々感づいていた為で、その子を護る為だった。

現在、徐々にその女王の血筋が、MMと提携を結び闇組織のアサシンであるシルバーウルフに始末され続けている。

その中に、どうかまだ幼くて何も知らずにいるその少年を暗殺名簿から除外してもらいたいと願い出たのだ。

シルバーウルフは子供には手を掛けない。それにその少年も、性格的に実に健気な子だし、正義感も強い為にリストから外す事になった。

同じく、王女の血筋が入ったエジプトの2人の姫、セーラと妹のジャー・レムは、犯罪に大きく傾いた妹は既に獄中で暗殺され、ギャングボスデスタントと一度婚姻を結んだセーラを狙う事になっている。デスタント自身は、既にセーラと離婚した為にリストからは除外されていた。

「リッセンドラを失った今、カリーナスカーナルまで失いたくは無い。」

「分かってる。任せろ。もしも、時期皇帝にしようとしていたリッセンドラも死んだ今、レダリオンと共に跡目にくわえる場合、あの女王の血縁だが本当にあの少年が王家に入るにふさわしかどうかはこれからを見ていけば良い。」

「MM。感謝する。」

MMは微笑み、組んでいた膝の腕のリングの嵌る指を解いて軽く組んだ。

「とにかく、今この2人の警官の存在は目の中の大鋸屑だな。女王殺害は成功したが、やり方が雑過ぎた。」

「あれは警察に喧嘩を売っているのかと思ったんだが。」

「思った以上に敵に回すと厄介な奴だったようだ。」

リキの父親は相槌を打った。

MMは完全にガルドを気に入っている目をしていた。その目を見て彼はMMに言った。

「倅の元恋人に、君はけしかけたらしいな。参列者から聞いた。君がフィスターを泣かせたようだと。」

「ダイランを取っただけだ。愛情には略奪は必要だからな。リッセンドラの事も、ダリンがフィスターから略奪した。」

「その事でウィーンで2人はあんな目に遭ったんだ。MM。やめておきなさい。泣きを見るんじゃないのかね。」

「俺、聞分けがねえんだ。」

そう微笑して言い、彼は上目でMMを一度見てからやれやれと首を振った。こちらの誘いにも乗らないと思えば、今度は身分もよく分からない青年には惚れ込んでいるようだ。

MMが国王とは絶対に関係を持たない事は分かっていた。中立の立場を護り通すつもりで、どこの王家にも将来属さないつもりで、その事で国籍を持たない為だ。

「あまり、フィスターを泣かせる事は無いようにしてくれ。余りにも悲惨だ。」

「だが、俺の方が早くダイランに目をつけてたんだぜ。」

「あの男は何者だ。君なら、あの不可解な存在の正体をわかっているのでは?ミズリカーに尋ね様にも、レガントの人間では無いと通すばかりだ。」

「さあ。それならそうなんじゃ無いのか?」

そう顎を引いて上目で微笑み、薔薇の薫るシガーに火をつけようとした。

「……ありがとう。」

彼は微笑みを返し、火を消すと一瞬ゆっくり立った煙の先の彼の鷹の様な焦げ茶の瞳に吸い寄せられ、MMは定まらない視線を閉じかけたが薔薇の香りにはっとして身体を戻した。

「……。」

彼も細い口元を押さえて背もたれに背をゆっくり付けた。

MMは髪を耳に掛け、目元を落ち着かせた。

「失礼。」

「いや。こちらこそ。」

MMは立ち上がり、窓の傍まで行った。

「君は女なのか?」

その背後から聞こえ、MMは首を「分からない」という風に傾げただけだった。その艶めいたプラチナ髪を見つめ、彼は頷くと顔を戻した。

MMの美貌は男も、女も虜にさせる。

彼には一瞬、MMの背後が儚さの中の美に思えたのは気のせいだろうか。見てはならない、背徳の美に思えた。


ガルドは自殺幇助事件加害者でもある自殺者の少女と同じ孤児院にいた少年の写真を見た。

フィスターがその写真を見つめていたからだ。

「どうした。」

「え?あ、いいえ。何でも。」

フィスターははにかみ、その葬儀の時よく手を繋いでいた少年がリキの腹違いの弟だとも気付かずに何故か見つめ続けてしまっていた。

「本当に可愛らしい子だったと思いまして。」

フィスターはガルドに自分の過去をMMの口伝いで知らされた事で、なんらかのうしろめたさがあった。

意地の悪いMMが、ガルドに言ったのだ。フィスターが元恋人リキの葬儀で彼を罵倒した事でマイアミから逃れるようにこの街に来たのだと。

ガルドは気にしていないとあの時言った。フィスターがいきなり恋人を失った悲しみを制御出来ずにきつい言葉を発してしまったのだろうと思ったからだ。

ガルドはフィスターの恋人だったという男、リキの事を知りたいと思ったが、それは話したがらないだろう。どうやってその恋人が死んだのかは不明だが、思い出して首を傾げた。

『そうなる筈だったが……。』

同時に、数ヶ月前に見た新聞を思い出した。可愛い顔で笑う青年。確か、誕生日の日に空港ジャックで殺されたという某国国王の孫、リッセンドラなんとかという青年だ。

「あれ……。」

フィスターの顔を見た。思い出すあの青年の笑顔。フィスターのソーヨーラ達と話す時の笑顔。彼女の今持っている写真の中の少年の笑顔。

「あれ?!」

似ている。フィスターを見て写真を見て記憶の青年を浮かべて少年を見た。

慰問に来た殿下様にもらった十字架のネックレスをみな孤児院達は大切にしていた。

「お前の元恋人は、国王に就任した男の息子か?」

「……。」

フィスターはガルドの顔を見て、応えずに写真を見下ろした。

「おい。俺もその記事を見た。空港ジャックの」

「やめて下さい」

フィスターは立ち上がり、ガルドは黙った。

「……ごめん」

「警部、」

ガルドは歩いていき、フィスターは追いかけた。

新聞では恋人同士で殺されたと書かれていた。だから、思い浮かびもしなかったのだ。

フィスターは辛かった筈だ。恋人が殺されたのが、まさか他の女と共にいた時だった事実を知って。その事が原因で葬儀でも騒動が起きたようだ。

あの時フィスターに老人は謝罪に訪れたのだろう。彼女に辛い想いをさせた事で。

あの王子はまだ誰とも婚約発表をしていなかった為に、報道陣は共に空港に降り立ったイタリア人の女が彼の恋人なのだと書いたようだった。その事も、どんなに正式な恋人だったフィスターを傷つけた事かと思うと、ガルドは振り返ってフィスターを抱き寄せていた。

離し、言った。

「リッセンドラに弟がいる話を聞いた事はあったか?」

「リキの父上は彼の母親とは離婚をしていまして、その後に現国王が現在の王妃との間に王子が。リキは元王妃の後を追ってアメリカへ渡って来た人なので、王族からは完全に除外されていたんです。元王妃である彼の母上も普段はとっても気さくな方だったんですが、それまでにも一度も話は出ませんでした。」

「あの坊主はリッセンドラっていう男と似てる。」

「え?リグ君が?」

フィスターは面食らってまた部署に戻ってデスクの中の写真を見た。

首を傾げ、確かに似ていた。

はっきり言って、リキの顔は一度見たら忘れられない様な甘いマスクの可愛い顔の男だ。背が高くて体つきもある程度ならしっかりしていて、髪型も緩くセットしていてお洒落なスーツもよく似合う。

「あたし、アルバムを見せてもらった事があったんです。前陛下、現陛下、元王妃と写る少年時代のリキや、赤ん坊の時、幼かった時の事。」

無意識にじっと写真を見つめていて、言われるまで気付かなかった。まるで、自分にもどこか自然な似ている部分があって自分の写真を見ている習慣の一部の様だったのだ。この感覚は。

リキとはよく似ているといわれていた。彼は黒髪に焦げ茶の瞳をしていて、彼女は金髪に淡いグリーンの瞳をしていた。どちらも、柔らかい印象の白い肌をしていた。同じ顔で微笑んだ。同じ様な場所で笑い、同じ様な部分で困惑し、同じ様な部分で和んだ。

「そのアルバムは確認できないのか?少なくとも、女王が自殺したという事件も含まれている。王家と関わりが深いMMがその事件に関わったとなれば、あの場にいたあの小僧がまさかの偶然とも思えない。エリーも下げていたあの胸の十字架は以前殿下からのもらいもんだっていう話だろう。」

「しかし……」

リキのおばさんとは、今険悪な雰囲気のまま自分はマイアミを離れてしまったのだ。けじめをつける事も無いままに。

「お前が行き辛いなら、俺が元王妃の屋敷に行く。」

「でも、今本当はリキの父上の隠し子だったとして、彼は知られるわけにはいかないと思っている筈です。孤児院に預けさせた程なんですから。そっとしておいてあげましょう?彼はリグ=タラン。王家などに関わる事無く」

「あいつは母親に会える日を楽しみに生きている。それが生甲斐なんだ。もしも、父親が国王だったなんて知ればあのどこか状況にのらりくらりした性格も驚いて気絶するかもしれないが、そういえばそういう所お前によく似てるな。あの小僧は頑固だし辛い時に辛いと言わないし滅多に泣こうともしないし正義感旺盛だし楽観的な部分もあるしMM相手にものらりくらりとしてるし肝が据わってるし可愛いし……とにかく、父親が本当にあの国王なら、母親の名前が分かるんだぜ。」

「そのお母様がもしも、何かの都合から引き取る事が出来なかったのだら、ぬか喜びをさせる事になります。だって、王妃との間に生まれていればわざわざ異国の孤児院などに預けないし、離婚した元王妃もリキ以外には子供を産んでいません。ということは、相当の訳ありの女性との子供という事でしょう?」

「訳ありの女が滅多な事で国王と関係なんか結べる筈が……」

「……。」

「……。」

「女王。」

ガルドとフィスターが声を揃えてそう言った。

「いやいやまさか。そりゃねえだろう。第一お前、よく考えてみろよ。あれ?!!!」

「は、はい?」

『姉が私に微笑んだのよ。』

ジャーレミはそう言っていた。エジプト語で。ジャー・レムは王家から抜けてブラディスの所有するハレムの女になったと言っていた。母親はどうやら国王の妾との姉妹だったとかで、その母親の顔は知らないと言っていた。

「女王の事が邪魔だったと、MMはあたしに……」

「もしも、女王が各国国王と関係を持って何らかの血縁の綱を引っ張っていたんだとしたら、節操無い女王の存在を誰もが煙たがる筈だ。」

「ちょ、ちょっと待って下さい。警部のおっしゃっている事は、リキの父上を始めとする各国国王が何でもビジネスマンで中立的存在のMMに依頼して、女王やそのDNAを持つ王子、姫達を根絶やしにさせる依頼を……」

フィスターは自分の言葉に口を閉ざし、床を見つめた。

「リキの父上には三度ほどお会いしましたが……」

ガルドも書籍で顔なら知っていた。その前陛下と共にその横に写っていた。良い男という奴だ。鋭利な目をしていて、スレンダーな鋭さは勇ましさも覗える。気品も強く備わり、一切の甘さなど皆無な顔つきで、リッセンドラの顔が親子関係として浮かばないのも頷ける。前陛下も勇ましい顔つきの男で、勢いや貫禄が備わっていたのだ。

「リグがもしもその国王と自殺した女王の間の隠し子だとしたら、危険なんだぜ。」

「しかし、MMはあの子には手を掛けませんでした。子供は嫌いな風は感じなかったのですから。」

「リッセンドラの親父に話を通せ無いのか?連絡先は?」

「そんな、知るはずもありません。」

「だがお袋の方は今でももしかしたら連絡取り合ってるかもしれねえじゃねえか。そうだろう。」


「……。」

その美人はフィスターを一切見ずに、伸ばす背筋の顔は広い瞼の視線だけが斜め下を見ていた。

細身のその女性がリキの母親だった。

「ごぶさたしております。おばさん。」

「ええ。」

そう小さく言い、その毅然とした風が今にも風に吹かれてしまいそうだった。

ガルドが咳払いし、話を始めた。

「実は、1月に亡くなられた息子さんのアルバムを拝見したいのですが。」

「……。何故あなたに。」

鋭い目でガルドを見てから、フィスターを見た。

「……フィスターちゃん。あなた、良からぬ噂を聞くのよ。リキが死んで半年も経たない内から、色恋沙汰の多いレガント一族の御曹司ともう恋仲の様に社交に揃って現れたって、嘘でしょう?」

「え?まさかおばさん。そんな事、」

ガルドは大きく瞬きして美人を見て、口をきゅっとつぐんだ。

「いくら、レガント一族の方だからといえ、こちらにもプライドがあります。息子の元恋人を涙も乾かぬ内から奪って、」

「だが、あんたの息子さんはジェーンを泣かせた。」

「分かっております充分と……。」

彼女は俯き、目を閉じた。

「もしも、この子とあなたが恋仲になるのならね。レガントさん。彼女の事、あたしから言うのも変かもしれないけれど、大事に、幸せにしてあげてもらいたいの。フィスターちゃんは本当に健気な子だわ。その彼女をあの子は本当に大切にして来ていたの。確かにちょっと、変わり者な子だったけれど、あたしが女手一つで着きっきりで育て続けて来た子だもの。心の中のことがよく分かるのよ。葬儀での事だって、本当は……。」

ガルドは手を持たれ、瞬きしていたのを唇を噛んだ。

彼女はフィスターに言った。

「ダリンのこと、責めないであげてね。フィスターちゃん。リキのこと、あの世界まで連れて行ってしまったけれど……、本当に彼等も仲良くてあたしは一人何もしてやれなかった気がして、やりきれないわ。」

「おばさん、」

フィスターは彼女の横に座って肩を持った。

「あたし、恨んでなんか……あたしがおばさんを傷つけてしまったんです。葬儀でのあたしは、鬼だったんだわ。そうだったのよ。」

ガルドはフィスターの横顔を見て、言い知れぬ気持ちになってこの場から去りたかった。

きっと、自分がリッセンドラに敵うわけが無い。マントルピースの上のリッセンドラとフィスターの2人の写真が輝いていた。本気でお似合いだ。もしかしたら、結婚を考えていたんじゃないかと思う安定感がある。

「アルバムを持って来ます。」

彼女はそう言い、静かに立ち上がって歩いて行った。

「……。」

フィスターは戻って来て座り、2人に会話は無かった。妙な空気感はあった。気まずさだとか、そういった物だ。

「……あたし、MMの恋愛観というものが潔いと思ったんです。」

フィスターは紅茶のカップを見つめながらそう静かに言った。

「あたしは弱いから、すぐに心が倒れてしまうんですね。MMはあなたの事を5年間もずっと待ちつづけていたって言っていました。あたしの様にはすぐに男性からのキスを受けないし、そんな事が信じられないと。きっと、MMはそんなあたしに対して怒っていたんでしょうね。確かに、人によってそういった事って其々だけれど、あたしはMMのそういう頑なな所、妙に尊敬しちゃって。」

フィスターがリキと呼ぶ男が生きて来たこの屋敷内で、フィスターがリキとの想い出を話して、自分の心の揺らぎを自分に話して来ていて、彼は顔を反らして左手を強く握った。そんな話聞きたく無い。不愉快だった。

「弱くなんかねえだろ。逆に強すぎるんだよお前は。強い心が無きゃ次に進めるわけがねえんだからな。その分危なっかしいから見てて冷や冷やするんだよ。笑顔が似た人間は性格も似てる。リッセンドラって男がお前に性格そっくりだったなら、そいつが死ぬ寸前、絶対に悲しかった筈だ。お前をこれから失うかもしれないと思うと。自分をその瞬間責めた筈だ。どこかしら責任感が無いようで、根付いてる。そういうのらりくらりとした奴が一瞬で悟ったそういった感情は、お前を愛し続けたっていう時間全てを凝縮した感情の深さに匹敵するはずだ。愛情と罪が同等になった時、その先に本当なら進みたかった筈が、それが出来ないと悟ったリキが最後に自分を誘ってくれた女を精一杯護って死んだ。絶対に俺になんか出来ない。安定感が確かにある男で、立派な奴だったって事だろう。お前の彼氏は。だから、そいつの事を受け入れてやれよ。愛し合ってたんだろう。その今までの時間を今の自分の中にも受け入れて許してやれよ。生きてきていた奴だ。完全に似た者同士が引き付け合った関係を大切にしろ。」

フィスターはガルドの横顔を見て、ガルドは一度フィスターを横目で見てから反らしてコーヒーを飲んだ。

「そんな目で見るな。」

そうきつく言い、フィスターは俯いて膝で組まれる手を見つめた。

ドアの外の母親は床を見つめて口元を抑え、目を閉じて口元を震わせた。涙が流れ、しばらくは動けなかった。

しばらくするとドアが開き、リキの母親がアルバムを置いた。

「どうぞ。」

「拝見します。」

ガルドが受け取り、開くと、知らない世界だった。

自分には親父がいて、母親がいなかった。その全くの逆の世界だった。母親というものをあまり分からないダイランだったが、この写真の中には母と子供の姿が写し出されていた。

手芸をする母。ガーデニングをする母。紅茶を飲む母。綺麗に着飾る母。息子のプレゼントに涙目で微笑む母。幼い息子に笑いかける母。

「……。」

ガルドはアルバムを閉じ、フィスターに渡した。

「似ている。」

そう言い、フィスターは頷いた。

「こんにち……うわは!」

「はあ?」

ガルドは聞いたことのあった声に瞬きし、振り返った。フィスターも振り返り唖然とし、リキの母親は驚き立ち上がった。

「まあ、MM、」

「あ!お姉さんだ!」

「り、リグくん、」

リグはMMの白革グローブの手を持っていたのを走って行った。

「久し振り!元気だった?」

リグはそう言い、ニコニコしてフィスターとガルドを見た。

「アハハまた恐い顔してるライオンみたい。」

「このガキ!」

ガルドはガーッと言って威嚇しリグはフィスターの後ろに隠れた。

「おい。お前、あの時屋敷で逮捕しないでいてやるって話に甘えてうろつき紛れに誘拐事件引き起こしてんじゃねえよ。」

「はっ。失礼な事言うなよ。」

MMはそう顎を上げ目を細め言ってからくるんと上目になって微笑しては、フィスターを横目で見た。

「驚きだな。彼氏でも紹介しに来たのか?」

「違います!」

フィスターはMMの前では大体が怒っていた。

「あの。MMはどういった事で我が屋敷に?」

「こいつを連れてるって事は、どうやら」

「俺の子供って事でいいだろう。」

「あのなあ。」

「別に変な話じゃねえんだぜ。俺はあんたとは5年前関係持ったし」

「え?警部?」

「え?ご、誤解だ誤解!」

「その時ガキが出来てればこれくらいでかくなってるだろうよお。」

「うるっせえ!お前男だろうが!」

「俺は女でもあるんだぜ。男でもあって、無性だ。」

「黙れ、はぐらかすんじゃねえよ。おいリグ。この意地悪な魔女に何に釣られてついて来た?アメか?キャンディーか?」

「ううん。チョコレート。」

「こらー!誘拐してんじゃねえー!」

「里親探してるんだが」

リグは驚いてMMを見上げた。

「この人が僕のお母さんなの?」

MMは写真に気付き、そのマントルピースまで進んだ。

「ほらよ。見てみろ。お前の兄さんのリッセンドラだ。お前にそっくりじゃねえか。」

「……本当だ……」

リグはそれを見つめ、寂しそうな目でリキの母親を見た。

「なんで僕を捨てたの?」

瞬きをしてリキの母親はMMを見て、やり方が気に食わなくてガルドはMMを睨んだ。

「リグ。捨てたんじゃ無い。」

「なんで?MM。だって、こんなに大きな家なんだよ?こんなに大きな部屋なんだよ?小さい僕1人増えても、皆を笑わす事だって出来たんだ。6年間で、僕、……。」

リグは瞬きして顔を歪め泣くリキの母親に驚き見上げ押し黙った。

「ああ、リキになんて……」

彼女は小さなリグの腕を持って真赤に泣く顔で姿を見回し、その柔らかい頬に手を触れ、力いっぱい抱きしめた。

リグは驚いて目をぱっちり開け、瞬きを続けてから顔が真赤になった。

「ママ?ママなの?僕の……」

リグはそう言って体を離してその彼女の顔を見た。

彼女はMMを見上げ、MMは首をしゃくって促した。ガルドは何も言わずにいて、フィスターはMMの顔を困惑した顔で見た。

「あたしの息子に、なって頂けるの?ママと呼んでくれるの?あなた、こんなに小さいのに、こんなに立派になるまで、育って、」

「リグはあんたの元旦那の子供だ。」

リキの母親は顔を上げ、またリグの顔を見た。

「リグ……」

そう言い小さな体を抱き寄せ、リグはそこで初めてぽろぽろ涙を流した。

「ママ、ママ……」

MMは歩き出て行き、ガルドは追いかけた。

「おい。リッセンドラの父親に頼まれたのか。お前、各国の国王とも繋がってるんだろう。」

「慈善事業も行なってんのさ。」

「白々しい事言ってんじゃねえよ。」

「いいかよ。余計な事は言うな。リグには今に、父親が国王で母親が元王妃だった事は彼女自身が言うだろう。丸く治めるところはうまく波風立てずに治める。それもビジネスだからな。アルグレッドも承諾している。」

「リグはエリーと離れたがったのか?」

「エリーは俺の知り合いの富豪が引き取った。」

「何?まさか……」

「悪いか?当人が息子を欠いて寂しくて引き取りたがったんだ。」

「だがジェポンはお前に恨みがある筈だ。息子の方は自殺に変わり無いとしても、会社関係だけでも充分にな。重役問題で脅迫されたんだ。」

「それとこれとは別さ。別に俺はジェポンを敵視しているわけじゃ無い。眼中に置いてないだけさ。企業主同士としてはな。ただ、友人は友人だ。」

MMはそう言うと、白のコートを翻し、プラチナヘアーの小さな頭を返し歩いて行った。

ガルドはフィスターを見てから来させた。

「MMはどうやら、完全にリグくんには手を出さないように決めたようですね……。」

「そのようだな。」

「何か聞き出せたんですか?」

「リッセンドラの親父である国王とは何らかの関わりがありそうだったが、はぐらかして来た。」

「あと一息でしたね……、悔しいです。」

フィスターは廊下の先を見て、ガルドを見上げた。

「彼のこと、良いんですか?」

「当人同士がそういう事にした方がいいなら、変に口出ししない。リグの為だ。」

フィスターは頷き、もう一度戻った。

「お姉さん!」

リグは嬉しそうにフィスターの両手を持ち、ロザリオを黒い服から出した。

「ずっと僕、お母さんに出会えるように星に祈ってたんだ。十字架の形した青い星。」

フィスターは彼の笑顔を見て、ふと涙が零れた。

「リキ、」

そう囁く様に言い、口を噤んでから微笑んだ。

しゃがみ、リグの頭を撫でて微笑んで頷いた。

「……。」

ガルドはその背を見て俯き、廊下を歩いて行った。その姿を見たリキの母親は歩いて行った。

「レガントさん。」

「……何だ。」

自分が親族レガントの名で呼ばれることへの拒否反応も、今は失せていた。

「彼女の事、どう思ってらっしゃるの?」

ガルドは振り返り、首を横に振った。

「まだ分からない。出会って間もないし、互いをまだ知り尽くしてもいなければ、付き合ってすらい無いし、気持ちだとか確かめ合ってもいない。あんたは付き合ってるとか誤解していた様だが、実際は距離がある。だが、俺は惚れてる。」

ドアの方をザッと見て、まさかフィスターが立ち聞きしてんじゃねえだろうなと見たが、いなかったから安心した。

「あんたの息子が悲運な目にあった目の前で言う事もなんなんだが……。」

その前まで来て、ガルドの手を彼女は持った。

「きっと、あの子が彼女をあなたに引き合わせたのね。そういう子だわ。フィスターちゃんが寂しがるなんて、絶対させるわけが無い。分かるの。他の人をすぐに見つけさせたいと思う子なのよ。」

「変ってるな。」

「ふ、フィスターちゃんと似ているの。変った所。」

「リグも似てる部分がある。やっぱ血はあがらえないようだな。」

フィスターは車両の中で屋敷の方にずっと手を振っていた。角で曲がってもしばらくはそちらをずっと見ていた。

マイアミの空は明るい。リーデルライゾンが初夏から夏を迎える時の空色が今の時期も広がっていた。

ガルドは走らせて行き、後部座席のフィスターを見た。バックミラーから目を反らした。

「実家には寄って行くんだろう。」

「あ、いいえ。悪いですから……。」

マイアミでの彼女は元気が無かった。きっといづらいのだろう。

「そうか。無理する事も無い。」

フィスターははにかみ、うつむいた。

「会いたいですが、今、家族に会ってしまったら自分の意志が様々な方向で揺らいでしまいそうで……。本当に自分本願ですよね。あたし。折角来たのに。」

「心の準備が整えば会いに行けばいい。俺もお前が居づらいだろうに共に来させて悪かった。」

「そんな、いいんです。いつかは、解決しなければならない事なんです。分かっているけれど……。」

ガルドはハンドルをきつく握り、フィスターを一瞬の事で悪者にした街の奴等全員を引っ張り出して打ん殴りたかった。

何もフィスターは悪くなど無かったのだ。非難を浴びる事など無かったのだ。リキは姉妹のように仲のいいダリンという女と共に出かけ、そこで被害に遭った。そういう性格をフィスターは分かっていた。確かに許せなかっただろうが、フィスターはずっと悲しみと戦って耐えていた筈だ。

それを、葬儀の場でフィスターのその心を友人達が踏みにじったという事だ。きっと、リッセンドラとダリンの事を口々に言って。

フィスターはきつい殺気にガルドの背中を見て、ミラーに映るガルドの顔が恐ろしい鬼の様だった。

信号で停まり、そのまま動かない。青になっても。

「あの、警部。」

「あれ?ねえ。あれって伝説の悪女フィスじゃない?」

「え?幻でしょ?いるわけ」

「フィスター?どこだよ。」

ガルドがガチャッとドアを開け、2人の女と2人の男はビクッとして目を見開きガルドを見上げ、フィスターは駆けつけた。

「……。フィスター。何だ?まさか、リキが死んで間もなくもう男出来て親に紹介しに来たのかよ。」

「さすが、葬儀で罵倒して冷たく吹っ切っただけあるよな。どうせ別れる気でいたんだろ?それとも、既にこの男が控えてたのかよ。じゃあ万々歳だったわけか。」

「きゃあ!!」

「警部!!止めて下さい!!!」

フィスターは男2人をなぎ倒したガルドのライオンの様な顔の背を必死で引っ張り、倒れた男は顔を歪めて警部と呼ばれた男を見上げた。

「警官……?」

「ちょっと、何よ、なんの捜査?フィス、」

女2人は上目になってガルドを見上げ、フィスターは異常なまでに殺気立つガルドを見上げて腕を必死で引いた。この目は、完全に怒ってる目だ。それに、同じ人を殺して来た時と同じ殺気をひしひしと感じた。

自分のせいで、ガルド警部を怒らせてしまっているのだ。

「警部。どうか、」

ガルドはフィスターを振り返り、2人の男と女を見てから歯の奥を噛み締めて2人を引き起こした。

殴られると思って2人の男は目を硬く閉じ、だが瞬きした。キスされたからだ。

「俺は女より男の方が好きなんだよ。今のところこんなひょろひょろの体力ねえ新米女がどうこう言われても何も返す気もねえよ。」

フィスターは愕然として男にディープキッスしたガルドを目を見開き瞬きし、女2人は男前な大男を瞬きして見つめ、ガルドはくるんと向き直った。殴る代わりにキスだ。

「が、ガルド警部、両性愛者なんですか……?レオン刑事が彼女だった話は一体……」

というか女性に硬派じゃ無く、ゲイっ気のあるバイ。

フィスターはガルドが何も言わずに車両に乗り込んだ姿を見てから、口元を抑えた2人の男が腰を抜かしてその場に崩れたのを女2人が駆け寄った。

「な、なんだか、随分変った上司のいる部署に入ったみたいね……。」

フィスターはビクッとして背後を顔を引きつらせ振り向いて、目を泳がせた。

「あたし、あんたが悪かったって思ってるわけじゃ無いから。でも、なんだかリキの心を最期まで独占したあんたに激しいジェラシー感じるわ。」

「……ディーン。」

「葬儀ではごめんなさい。あんたの言うとおり、あんたの気持ちも考えずにあたし達が勝手言ったのよね。その事、後から気付いたけど、素直に謝る事出来なくて。あんた1人をあたし達は悪者にしたって事よね。ジャックした奴等には太刀打ちできないし、2人を奪われた怒りなんてぶつけ様も無いし、あんたがリキの誕生日で精一杯祝おうとしてたっていう話、後から聞いてて、その時とか失った時のあんたの気持ち、本当に辛かったって思うわ。でも、あたしは他の人間には言わないわ。リキにあんたが愛されてるから。あの自信に満ち溢れたダリンさえも嫉妬させる程にね。」

女2人は罰悪そうに耳を赤くする男2人を連れて踵を返して歩いて行った。

フィスターはその方向をしばらく見ていて、車両に乗り込んだ。

「……。」

フィスターは俯き、目を閉じてから開き、顔を上げた。

「警部。ありがとうございました。」

「別に。何もしてねえよ。」

「あたしの為なんかに怒ってくださって……」

ガルドはちらりとバックミラーを見て、視線を戻した。

「なんて顔してんだよ。お前らしくねえ。とにかく、今日の所は帰るぞ。」

「はい。」

フィスターは小さく微笑み、ガルドはその微笑みを見て、抱き寄せてやりたくなった。

だがそのまま車両を進めさせた。

矛盾の上に成り立っている自分には、フィスターの一律の元に動いている感情が潔く見えた。自分はまだいつまで経っても半人前だった。いずれ、何かがきっかけで変る時は、自分で変える時なのだろう。



デイズ・デスタントはそのおんぼろの輸送船を見上げ、溜息を着いた。

ぼろい。

錆で赤茶色をし、白いペンキが剥げ、鼠、蜘蛛の巣、錆びた空気、……。

「不衛生だ。」

そこらへんやっぱりおぼっちゃんなデイズはそう言い書類を翻した。

レナーザ造船の船は実に良かった。だがいまや、海のもくずだ。

急遽、一隻の大型船を用意したが、酷い有様だった。中も外もまるで使い物にならない20年目の船。

寿命を迎えそうだった。

「祖父さんの会社の船に判を押させられれば、楽なことは無いんだがな。」

デイズの父方の祖父ブラディスも高級大型船、豪華客船造船も担っていたために、世界中に本来なら使える船が五万とあるのだが、それを、管理している母方の祖父モーリーが許さなかった。犯罪に使う事になるからだ。

ブラディスの関係で、デイズも多少は船には詳しいのだが、それを言うなら兄のディアンが船長並だ。奴は航海もする。もしも道を間違えていたなら、海賊か、祖父の豪華客船会社の次期社長になっていただろうくらいディアンは船に詳しい。

「今はこれで我慢しましょう。動くなら事欠かない。」

キースはそう言い、デイズは眉を潜めて何かに気付いた。

「おい。雨漏りまでするのか。湿度を管理出来ない船なんか輸送には使えない。」

そう、水滴が零れる天井を見上げた。

「しかし、他の船を見つける時間が無いですよ。」

「駄目だ。もう少しまともなものを見つける。」

「分かりました。」

キースは出て行った。

デイズは見上げて首をやれやれ振り、その下を鼠が5匹走って行った。デイズは虚ろそうに鼠が20匹駆けてゆくのを見下ろし、うんざりして出て行った。

ガルドの野郎、本気で今に潰してやる。


ガルドはリグとリッセンドラの写真を見比べていて、元王妃の写真を見た。フィスターの写真。そっくりだ。柔らかい感じは全て元王妃からくるものだった。ソフトで、美しい。元王妃は、ブロンドに、緑の瞳をしている。微笑みが純白な感じで、リッセンドラと微笑んだ表情がそっくりだ。

あの女王の写真を見た。美貌は鋼だ。年齢は61という話だったが、どう見ても40。磨かれた肉体。ダイナミックさがある。整形を重ねただろう若々しい顔。年齢の無い完璧肌。

「おい。そういえば、こいつ等の親父の写真あるか?どういう顔だ?」

「え?陛下の写真ですか?そうですね……社会新聞にもしかしたら。確か、合同会議が開かれ、アメリカへ来た折のものがあります。5カ国の国王、大統領、首相達が合同で撮影したものが。陛下のお顔立ちはそうですね……とても素敵なお方です。」

「へー。」

ガルドは目を伏せ、フィスターが頬を染め、素敵なお方と言うのを憮然とした。

「前陛下はおっかねえ顔してるもんな。」

「お心の優しいお方です。」

「みたいだな。」

ガルドは一度実物と話した。ガルドが17の時に退位した国王で、その息子がその後爵位したようだ。チーム時代にはメイズンの持って来る富豪書籍で各国国王や大資産家、貴族達の顔ぶれを見ていたのだが。

彼女は社会部資料室へ降りて行った。

ガルドはロイヤルファミリー達の顔を見比べていて、もしかして、フィスターも子供を産めば、リグやリッセンドラと同じ顔になるのだろうかと思った。

コーヒーを飲み、フィスターが新聞を見つけ出しもって来た。やはり、彼女は恋人の父親の事には詳しく、何年何月にアメリカに執務に来ていたのかは分かっていた。その彼に2人で会いに行く事もあったのだから。

「彼です。」

ガルドは新聞を取り見た。

「左から3番目のお方です。」

ガルドはその男を見て、徐々に目が見開いていき、首が伸びて口が開いていき、そのでっかい目が瞬きし始め、でっかく開かれた口から「ひあああああ~~~~・・・」と、人とも警部とも幽霊ともみられない声を出したので、フィスターは顔を引きつらせガタガタ震えた。

「けけけけ警部?!」

「あが、あがが、あががが、あが、」

「け、警部?!!あ、あの?!」

ガルドは新聞を持つ手をガタガタ震わせていて目を白黒させ、たまに白目をむいてフィスターは顔をびびらせた。

「あがががばぎゃ、」

「え、ええ?!!」

「あびゃがぢゃふぁぴゃ………」

「けけけけ警部が!!警部が!!!」

フィスターはアガガガと恐ろしくなって立ち上がり、ガルドの肩をぐらぐら揺らした。

「あが、あばががが、が、がが、ががが、が、が、………ぴゃっ」

「ひいいいいっ!!!け、警部ーー!!!」

ガルドは真っ白になって泡を吹いた。

「きゃあああーー!!!」

フィスターの真っ青に目を白黒させる叫び声に2階殺人課の人間達は驚き3人駆けつけて来て、サリー警部が瞬きしてフィスターと異常な程テンパっているガルドを見て、レオンが完全にラリッてるガルドの頬を叩いてマザレロが首をかしげて並ぶ写真を見下ろしていた。

「おいガルド。お前、バイセクシュアルだからってこんなチビの小僧まで狙ってんじゃねえよ。デスクに並べてへらへらしやがって。」

「馬鹿言ってんじゃねえ!!!ガキに興味ねえんだよ!!!変態か!!!」

「け、警部、ば、バイセクシュアル?」

ガルドは顔を引きつらせフィスターを振り返り、今まで冗談と受け止めていたっぽかったから、まあまた今回も冗談と受け止めて警部は真面目で堅実で正義の味方でお子様達に優しく笑顔で力持ちのお兄さんな警察官

「は?あんだ知らなかったのかよ。んな有名な話。第一こいつは巡査時代パトロール中さぼってエビって野郎とも」

ガルドは獣の様な顔になり飛んだ。

「路上でファック」

ガルドはドガッとマザレロの頭を蹴りつけ、フィスターはガルドを見て、また体を戻し、聞き違いかと頷いた。

ガルドはサリー警部がフィスターの反応を気にして唇をきゅっと噛んだ険しい横顔を見て、くすりと笑った。

「一体何が?」

「え?い、いや、な、なん、でも、」

ガルドは顔や耳どころか、手まで真赤にして、新聞を背に縦に丸めてケツポケットに入れ、レオンがそのセクシーな腰下の形の良いケツから新聞を取り、眺めた。

「新聞がどうかした?」

「あ、はい。アルグレッド・サティエル4世のお顔の確認を……。」

フィスターはガルドの背を見て、首が真っ赤だ。異常な程。一体どうしたのだろうか。またサティエル4世の顔を見てから、相変わらず素敵な方だ。鋭い目元は黒の睫で焦げ茶の瞳をし、細い造りの高い鼻は形がやはり良く、頬は無駄な造りが無く、眉も鋭い。細い顎の唇は鋭く引きあがり、引き締まったお顔立ちだ。黒髪を後ろへ流し、まるでサーベルや鷹を男性にしたような方で、渋い大人の色香がある。声もブランデーのようであり、そしてスレンダーな腹の底から出すようなテノールで快活な声音は、落ち着き払うと低く深みが増す。意外に、人懐っこいチャーミングな目元をする時もあり、真面目な部分はシビアだ。優しくて、人の事を鋭く読み取っては過ごし易いようにあわせてくれる。彼は実際、サーベルで打ち合う事を競技としているので、体も鋭く鍛えられシャープだ。乗馬も実に得意な方だった。冷静沈着な風が崩れた事は見たことが無いが、そういう場所を見てみたいと思わせる何かが彼にはある。フィスターにはそういう態で接してくれる。

ガルドは唇を噛んで、フィスターの顔が見れなかった。リグの親父さん?リッセンドラっていうフィスターの元恋人の親父?

巡査になりかけの19歳のとき、ミンクスでの宴に呼ばれた先で、ロイヤルファミリーが招かれていた。国王と王子がいた。その王子の従姉妹の姫と、国王の妹である王女もいた。

『レダには君と同じ年齢の兄がいるから、親近感が沸くんだろう。』

リッセンドラは自分とタメだ。

レダは可愛い顔をしたベビーフェイスの王子だった。あの鋭い顔の引き締まった渋い父親の息子にしては、レダはどこか変わり者で天然ボケそうな奴だと思ったものだ。きっとその兄貴も似たような性格で可愛い顔してんだろうとおぼろげに思ってもいた。

ガルドはアルグレッドのボディーガードに射殺されかけた。

ガルドはレオンが顔を覗き見て来るのを、彼女は怪訝な顔をして額に手を当てた。

「あんた、顔熱いわよ。」

まさかあのアルグレッドが例の女王と関係を持ち、子供が出来ていたなんて信じられなかった。しかも、その事が原因で、今回、MMに依頼した人間が彼女と関係を持っただろう人物達と予想されているのだから。相手が国レベルの人間だという予想は上司から跳ね返されていた。

だが、このアルグレッド・サティエル4世の名前ならレオンも知っていた。4年前に××××で起きたジャック事件でサティエル4世の息子王子が恋人の令嬢と共に被害に遭ったと、記事が派手に新聞を騒がせたからだ。

「あら?この写真の人、確か……、4年前に恋人と共にジャック犯に殺されたっていう王子じゃない。何?何か関係でもあるの?何かの事件が?」

ガルドとフィスターの顔を見て、特Aの捜査内容は機密だ。

フィスターは写真を丁寧に整え、小さくはにかんだ。

恋人と共に。

世間ではそうなっている。地元ではリキの恋人はフィスターだったが、新聞記者は連れの女が恋人だと思ってそう書いたのだ。著名人の美男美女が共にと。世間は普通に彼等を恋仲と見た。そして彼等が被害にあい尊い命を哀れみ悲しんだ。

ガルドはフィスターの肩を持ち、座らせた。


「警部。無理です。王に直接事情聴取など。」

ガルドが車両に乗り込んだ腕を持ち、フィスターは止めた。

フィスターを睨み見上げ、彼女は口を閉ざして腕から手を離した。

「お前は会いに行き辛いだろうから、残っていればいい。」

「警部。秘書があなたを王に会わせるわけがありません。警察組織の人間が王室の周りをうろつこうなどと、例えあたしであろうと、既に我々が事件の水面下で捜査を行なっていたことは知れ渡っています。」

「分かってる。それでも真相を確かめる必要がある。」

そうやって駐車場で押し問答をしていると、本署最上階の署長がオーシャンビューの窓から下方を見た。

ガルドとジェーンが口論をしている。署長はレザーチェアに足を組み座り帳簿をめくり、ジェーン巡査の携帯のナンバーに連絡を押しては、再び窓まで行った。

既にガルドが遠方を睨み、ジェーンは俯いていた。

彼女は飛び跳ねるように驚き、携帯電話のナンバーを見ては辺りを見回していた。

ガルドが尋常無い驚き様だったフィスターを見て、眉をさらに潜めた。

「どうした。」

「署長からです。」

「何?あの色男が美人妻に内緒で俺の物にまさか手を出そうと早くも昼間から愛人命令……」

「あの? 警部?」

ガルドは署長室を睨み見上げては署長がいて、フィスターから電話を剥ぎ取り出た。

早くも、あの署長の声が冷たく響いた。

「お前は、上司に報告もせずに行動に移そうと? 一度上に来い。」

ガルドは署長命令も無視して車両に乗り込もうとした瞬間、口を引きつらせ、そろそろと車両から降り立った。署長の魔の視線が背に突き刺さって心臓や全身を貫き目の前の地面に穴を空け溶かしたからだった。

あの署長に強烈に鞭打たれると激痛への悦びのあまりむせび泣

「警部?」

「うおお!!」

今度はガルドが驚き声を上げ、フィスターは目をぱちくりさせた。

ガルドは仕方なくフィスターを連れ歩いて行った。


「アルグレッド王に事情聴取だと?」

署長は眉を潜め、2人の顔を見た。

正気か。

「ここに来い。」

規律を持って署長がそう言い、ガルドは進み、フィスターには聴こえない低い声で言った。

「お前は4年前ミンクスで彼と会った時に、どういった人物かは充分分かった筈だ。何らかの事件性に関わる事は無い。」

ガルドが警察官になりたての19の年齢で、プライベートのパーティーで王に会っていたのだから。そこにはこの署長も偶然プライベートで出席していた。

「俺の話なら聴くかもしれない。」

「彼のボディーガードは公務のためならどこまでも厳しくなる事でも有名だ。」

「分かってる。」

「お前の行動を見ていて、分かっているようには思えなかったがな。」

「事実を聞きに行くだけだ。捜査をこれ以上続けるつもりか?」

署長は床を靴底で叩き、目を閉じると開いた。

「分かった。私からの書類を出す。それを持って行け。だがそれには最低3日掛かる。」

ガルドは頷き、フィスターは驚いた。

「しかし、署長……。」

「それか、私がカトマイヤー警部と共に事情聴取に向かう。あちら側は厳重体制を敷いて来るだろう。その方が互いが安全だ。」

「事実が分かったらどうするつもりだ。あんた等で闇に葬り去るんだろう。事件捜査を完全にそこで打ち切りにさせて。」

「事情聴取をした後に、捜査主任である君と補佐であったジェーン巡査も交え、会議を開く。それは約束しよう。」

「そこで丸めこもうって魂胆か。」

「いいから退室しろ。」

ガルドは釈然とせずに退室した。

フィスターはエレベータ内で一息置くと言った。


アルグレッド・サティエル4世は、カトマイヤーと名乗っている古くからの友人、ライ・ローガルを見た。そして、交流もあるイタリア貴族の子息ラヴァンゾを見た。

ガルドの事は署内に閉じ込めてきた。

MMによれば、どうやら偶然、フィスターと上司の刑事が居合わせたというので、いずれは彼女がここに来るだろう事は覚悟していたのだが、まさか彼等が来るとは。

ライ・ローガルはどうやらどこか目元が憮然として思えた。幼い頃から知っていると、どんなに互いにいい年齢になろうが、悟れる感情は悟れるものだった。あの狐目の大きな瞼が多少伏せられあちらを見ては、口を閉ざしている時は大体は目の前の事が気に入らずに考えを進めているときだ。何か不可解な事があるとそうなる。身分を隠す為に瞳の色まで変えているから、どこか温かみのある目元に見えるのだが、元もとの淡いトーンでこの目をするライ・ローガルはどこまでも冷淡に見えたものだ。

気にくわ無い事があれば言って来る性分だ。その口をつく言葉を待つ前に彼は切り出した。

「遠方から来て頂いて、申し訳無かった。座ってくれ。」

彼等はソファーセットに座り、彼の左右にボディーガードが立った。

互いが見知った中ではあるのだが、どうも空気感は張り詰めていた。ボディーガードは王の友人であるライ・ローガルを見ては、4年前に撃った青年の上司である貴族出のラヴァンゾを見た。まさか、あの青年が今回も共に現れるんじゃないだろうなと思っていたが、あの紫色のド派手なごろつきは現れなかった。魅力的な態で王を誘惑したのだから。

「アメリカとヨーロッパ各地で動いていた一連の事件についてを御協力願いたい。陛下。」

ラヴァンゾはそう切り出し、王は溜息を抑え頷いた。

「本件は、事の発端は××××の森林内の古城で起きた女王自害事件を中心として勃発したと考えられていますが、それに関った多くの人物が命を落としています。部下からの報告では、女王が各国国王と関りを持ち跡目を出産した事で、どうやら各国の主導を掴もうと画策していた事が原因だと。そこで各国国王盤上一致の元で女王と子息の殺害をあるイレイザーに依頼したようですね。」

ボディーガードはラヴァンゾを睨み、ラヴァンゾは無視した。王の反応はずっとあちらを見たままだ。

カトマイヤーはずっとその横顔を鋭く観察し続けていた。

ラヴァンゾは続けた。

「誰も自己の血を引き継ぐ子供に手を掛けたくは無かった筈ですが、そうまで至った理由を聞かせて頂きたい。女王の強行が本当に貴方達にとっての脅威にあったとしても、娘や息子達が本当に罪はあったと?」

王は視線を落とし、目を綴じた。自分はMMに頼み、我が子を助けてもらった。MMは元妻の下にまで幼い息子を送り届けてくれたのだ。他の者たちも同じ気持ちだった筈だ。どんなに我が子に脅迫されようとも。

「各国国王の名の提示をして頂きたい。」

王は口を開く事は無かった。

カトマイヤーは隠し子など抱えていた彼を見ては、その視線に王は顔を向けた。

現在FBIは、とある巨大組織を追っている。各国国王の命令ともなれば、動く場所はその組織なのではと思わざるを得ない。カトマイヤーはそれを知ることを目的としていた。そんな場所との関りがまさか各国トップがあるとは思えない。ことにこの王の場合は、特にそうだろう。他の国王達の中に組織との橋立がいる筈だ。

女王暗殺は、国益に来すとして行動に移した事は確実と思われた。

MMを決定的に捕らえるためにも彼等の証言が必要だ。だが、彼を捕らえれば世界は乱れ混乱を来す。これは、犯罪ではなく国家レベルの指令になるのだから逮捕は難しい。

それが、本当にMMが関り、糸を引き、MMが闇組織の橋立をしているのだとしたら、第一級犯罪だ。

組織には必ずしも巨大なバックアップであるスポンサーも必要になる。互いが利益を潤せては動き易くするために。自己の利益だけでは組織は信頼を問われて国に潰されるというものだ。危険要因として。それが、50年もの歴史を動きつづけているのだから。

今回の事で、大富豪MMが組織運営のスポンサーなのではと、名が浮上したのだ。はじめて。関りを掴まなければ、組織は炙り出せない。

「お前の部下を写真で見たが、グランド・ジルに瓜二つだな。」

意図的に話をそらしてきた為に、カトマイヤーは目を鋭くして彼を見た。確かに事件捜査をさせていた為にガルドの名が出ることは分かってはいるのだが、その出し方にカトマイヤーは口を開いた。

悪意がない事は分かってはいるのだが。


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