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1.フィスターとリキ



フィスター=クリスティーナ=ジェーン(20)愛称フィス♀

リッセンドラ=カーネラーズ=エカ(23)愛称リキ♂

シーマ=ヘンゼー=クリストファー(25)元彼♂

ダイラン=ガブリエル=ガルド(22)愛称ダリー、ダン、ダルとか♂


貴族;既に各国で貴族制度が廃止されている。

   ここでの貴族というのは、本当に今も貴族制度のある国では貴族であり、その他は由緒正しい格式高い貴族の末裔達の事。

王家や王侯貴族・王名;フィクション

リーデルライゾン周辺;架空の街


☆蜂蜜の白い笑顔☆


USA南端

フロリダ州西南

コーラルゲイブルス群

ジェーン一族屋敷。


「そう、分かったわ。」

影の差すくらい中、緩やかなカーテンの先から差す白い光が彼女の俯ける先光を広げていた。

表情が蜂蜜色の髪で見えずに、受話器をもつ白い腕が、寂しげに思える。

彼女は受話器をそっと置いてから立ち上がり、壁のほうへ歩きチェストを開けた。その中の写真を見て、輝く恋人達の笑顔の光に、心の寂しさの陰りが差した。室内の灰色の影と共に。

その柔らかい指で触れ、見つめる淡い黄緑の瞳が、恋人リキを見つめた。

1月のウィーン。寒いんだって、分かってるのにこのマイアミから行ってしまった。

彼女を置いて。

電話口からのリキの元気な声に、いつもの溌剌とした可愛い笑顔が浮かぶけれど、彼女の心は寂しかった。

一緒に彼の誕生日をお祝いさせてくれないんだ。リキはいつでも一緒にいやすいけれど、時々奔放で。

室内から出る。

フィスター・クリスティーナ=ジェーンは廊下を進み緩やかな階段を降りて行った。

どこまでも明るい陽射しが屋敷内にも、下のホールにも浸蝕して、艶の白大理石と金に赤の空間は屋敷の中心部を他の場へのホールにしていた。

リビングを背に赤味の絨毯の階段を降りる。

中央の銀のシャンデリア下に、美しい赤やピンクの花々の花瓶が、六角形茶褐色のテーブル第二乗り、六角形の絨毯の上に彩られていた。

寒さの気配が無い。パリの1月はあんなにも冷え込む日々を過ごして来たのに。

黒木の扉が並ぶ廊下を歩いていき、曲がると満遍なく窓から光が差し込む広めのダイニングルームに来た。

「ママ。ちょっと、出かけてくるわね。」

「ええ。行ってらっしゃい。」

母ヒースは華奢なカップからコーヒーを飲み、ニュースペーパーを見下ろしていた目を上げ、そう微笑んだが、娘の微笑んだ表情を見てカップをそっと置いた。

「フィスター。」

「なにか?」

彼女のいつもの柔らかな微笑みが、陽で更に柔らかくなっていたものの、目元に寂しさが覗えた。

「何かあったの?リキくんの誕生日が明日だから、はりきっていたじゃない。」

彼女はうつむき微笑んで首を横に振り、笑顔を上げてから母を見た。

「そうよね。」

後ろ手で組んだ手を見て、この子の小さな頃からの癖だ。寂しい事があって後ろめたいと、いつも後ろ手をもじもじさせる。

ヒースは立ち上がり、何かがあったとは絶対に言わない性格の娘の頭を抱き撫でた。


街の中心部である名門ホテル、ビルトモアでの予約をキャンセルするわけにはいかずにいた。

みんなで一部屋を借り切って、盛大にパーティーをやるつもりでいた。CABANAスイートで。

ミラクルマイルを自転車で下って行き、フィスターは思い立って友人宅へ電話を入れた。

「え?でも、いいの?」

「いいのよ。たくさん連れて来て。THE Uの子とか、ハウスクラブの子とか一斉に連れてきちゃってね。」

「リキの知り合いだけで盛大にやるんじゃなかったかしら?」

その主人公がウィーンに行ってしまったのだ。きっと、公演される薔薇十字軍、観に行くのだろう。

「あたし達で盛大にやりましょう。声掛け、あたしもたくさんしておくわ。ごめんね。」

イタリーのカーラは黒髪をくるくるやり、上目になってから言った。この子は自分が悪くないときに謝ってくるとき、本人も気付かない内にしょぼくれているからだ。その時の顔がすぐに浮かぶ。

「パパが今いたらあんたを悲しませるリキのお尻を叩かせるのに。」

フィスターは可笑しそうに笑い、首を振った。

「いいの。ね。じゃあ、お願い。」

「OK分かったわ。」

明るい陽射しが差し込み、自転車を走らせた。

猫の餌を買いに店に入り、彼女はミントグリーン色の瞳を持った白猫を抱え、入って行った。

キューバンスパニッシュのエネサが微笑みやって来て、フィスターに腰をダンプさせた。

「ハアイ。もしかして幸せ真っ盛りなフィスじゃないの。あなたは。」

フィスターは可笑しそうに笑い、猫が彼女の肩から顔を背後に覗かせた。

「明日ってリキのパーティーなんでしょ?明後日、クラブレジョールノでみんなでリキのお祝いで馬鹿騒ぎしようって決めたの。」

「まあ。それって素敵……」

フィスターははにかみ、どうしてもリキがバースデー旅行に行ってしまった事が言えなかった。

餌を持ってカウンターに歩き、彼女はスクリューの先に可愛い蜜蜂とハートマスコットの着いた猫ジャラシを見てそれも買った。

猫を自転車のカゴに入れて、彼女は実は警察官だ。

去年の暮れ、刑事課への配属が決まったのだ。

約4ヵ月後の4月、彼女の移転部署先がまだ未決定で、彼女は審査の結果をずっと心待ちにしていた。

どこだろう。5,6年後までには、かの憧れの街への配属になりたいのだが、そうは簡単には行かない事は分かっている。マイアミの何処の署に配属になるとしても、それまでは精を込めなければ。

リキは刑事課配属を共に喜んで共に祝ってくれた。

「んもう!帰って来たらリキのほっぺに噛み付いてやるんだから!」


「ブシュッ」

「ええ、」

リキはくしゃみをし、マイアミ国際空港内でコートの腕をさすった。

トランクを持ってまたくしゃみをした。

「風邪かなあ。」

「風邪?冗談でしょう?今からあなた、何処に行くか分かっていて?」

スパニッシュの父を持つリキは温暖育ちの温室育ちのチャーミングな男で、頷いてからマフラーを巻いた。

「分かってる分かってるー。」

「情け無いわね……。」

女友達のダリンは金髪をさらっと流してから毛皮の帽子も被らせた。

「は、早いだろ第一……はくしょん!」

「馬鹿ね。頭冷やすとヤバいわよ。」

「や、ヤバイのかよ。」

「ヤバイ。」

2人は歩いて行き、むさっくるしい格好では無いが、どちらにしろまるでシベリアにでも行くのかと思われるリキは××××行きのチケットを手にパスポートを出して真っ白の肌の頬がピンクに染まっていた。

「あんた、熱いの?」

「熱いよ。こんな格好してれば。」

ダリンは可笑しそうに笑ってから帽子を取って脇に抱えてトランクを引き歩いて行った。

ダリンは肩越しに背後のマイアミに微笑み、向き直ってリキに着いて歩いて行った。あのフィスターからこの可愛い彼を奪い取れるチャンスだわ。愛はやっぱり略奪じゃなきゃ。

「はくしょん!」


USA極北端

リーデルライゾン

エリッサ地区

エリッサ警察署本部

殺人課

ギャングファミリー撲滅班

「アクチュン!!ブアクチャン!!アクチャバ!!」

「きったねえな糞ッ垂れが!!!!」

くしゃみをした警部ダイラン=ガルドは激しく頭を打っ叩かれ、

「大体おまえアクチャバって何だアクチャバってのは!てめえの顔でアクチュンっつっても可愛くねんだよ!」

「お前にバイ菌を飛ばすにあたる最良の業」

バシッ

ガルドはチーム部下のポルトガル人、ボルドンにぶったたかれて、蜘蛛巣入墨とスパイダーインプラントとピアスのある舌をべらっと出して書類を置いた。鼻のピアスを外して鼻をつまみ、サリー警部に渡されたハンカチで思い切り鼻をかんだから彼女がうーうー言うガルドを目を座って見た。ガルドは彼女を見上げ、「てへ!」と言った。

「ブアグジャバ!!」

「ぎゃあ!!!貴様!!汚ねえだろうが糞ボルドンが!!!邪いんだよ!!!」

「あーー。移された移された~。」

「んのやろ!!」

ボルドンの縫われた痕のある両口端を引っ張ってスキンの頭を踏んでボルドンがギャーギャー騒ぎ、ボルドンはガルドの長ったらしい腰に揺れる編み込みを掴んで引っ張りガーガー二人で騒いでいた。蛇とコブラと孔雀の入墨が入る上半身だいたいよく裸のガルドの腹にボコボコ拳を入れてボルドンのボーダーランニングの筋肉の肩にどこっと両拳を組んで入れ白の細い足のボルドンが崩れた。

ガルドはデスクに立ち乗って「ウォー!」と言い、丁度出てきた部長ギガを見てファイルに足を滑らせ転げ落ちた。ギガ部長は目を伏せ、ガルドは頭をさすりながら椅子に座って大人しくなった。

いつもの事だ。大体乱闘している。デスクの上と来たら、格好の格闘リングだとでも思っているのか。

「ガルド君。来なさい。」

ガルドは歩いて行き、警部室へ入って行った。

「3年間、一向にボスのデイズ=デスタントは姿を見せないままだな。誘き寄せる何らかの方法を出さなければならない。」

ガルド自身も3年間、奴の姿を確認していなかった。悪漢ガルドがスラムの人間を裏切り警官になっては、警部になりギャングファミリーデスタントを取り締まるチームを設立してからという物を、元からの慎重派のデスタントがハイセントル外に歩き出る事はなくなった。

リムジンからのドアTo地下だ。マンモス街、向こう街、私営ヘリポート、グランドホテル、港、全てそうやって行動が探れない。

「……。一つ方法がある。まあ、それで出て来るなんて事も無いんだろうが……。」

「言ってみなさい。」

「今、デスタントの輸送船は1ヶ月前に出航しているが、きっと2月中にはまた他の物資を積んで帰って来る筈だ。今まで足取りも大して掴めずにいた輸送船の行方だったが、一気に港の取り締まりを掛けて物資を取り押さえ押収したい。輸送時の船乗員の幹部人員もこれで一気に確認出来る。」

「物資の予測は?」

「確固としていないが、麻薬、武器、貴金属、美術品、盗難動物、脱獄犯、人身売買、臓器などだと思う。港の闇市にそのまま降ろすか、マンモス街に経由させ流させる筈だ。」

「それは栗の場合がそうだったと?」

「……。俺は臓器売買はやってなかった。」

「オーケーサインを出すわけでは無い。それに、本当に搬送されてくるのかも分からないからな。輸送船が空の状態なのかの確認が第一だ。それに、輸送船内部構造が不明な内には向かわせるのは危険だ。だから今船の押収を急がせるのは早い。」

「……。」

だがガルドはあの巨大輸送船の機械内部までも事細かく細部に渡るまで知り尽くしていた。それを知られてはまずい。ガルド側が。ガルドがあの船を造船させ、核などの闇で仕入れた金の一部をクリーン化する為の一つの手段として安定な収入として金持ちに売ろうとしていた商売品だったのを、デスタントにオーナーがガルドだと知られない様に奪わせたのだから。ガルドが悪漢としての名と、もう一つの世界都市地下で働き掛ける名は全くの別物だ。その片方で得た莫大な金を全く結びつかない金融ルートで運び、その方面でクリーン化すると完全に足がつかなくなる。もう一つの名であるZe-nはアングラ金融界の糸を全て掴んで操作しているから楽なものだ。

「まだ第一、帰って来てはいない。その話は検討を続けてくれ。」

ガルドはギガの言葉に頷き、出て行った。

ガルドがデスタントを完全に崩した後にZe-n復帰する足がかりにも、あの船の存在はデスタントへ痛手を少しでも負わせる一部に出来る。再び名が浮上する事でなんらかの過去の足が浮上するものなのだから。第一、レナーザ造船のレナーザは生きている。世界中のどこかに逃げたレナーザをわざわざ見つけ出してばらすか、輸送船をばらすか、手っ取り早く輸送船だ。無くなった所で何の痛みもこちらには無い。


マイアミ。

彼に渡す筈だったプレゼントを執事から受け取り、彼女ははにかんでからそれを抱え見た。

きっと、喜ぶだろうと思ってフランスの2人の名匠に5ヶ月前から造ってもらったリング、カフスや、革手袋、帽子の入ったボックス。クッションの上の帽子を持つと、中に男性的な宝石箱が置いてあって、リングとピアスに、カフスとタイピン、それに……美しい封筒の中のヨーロッパ旅行のチケット。

いろいろ回るためにヨーロッパ中リゾート地のホテルやレストラン、予約してしまった。

もう、これは帰って来たらリキにちょっと意地悪して責めよう。「んもう。酷いんじゃないの?先にいっちゃったのね。」とか言って。フィスターは苦笑してから、自分はいいのよ。寂しいけど……。

ただ、彼のほかの友人達になんといえば?一緒にパーティーを計画してくれた彼等はがっかりするだろう、主役がいないから、プレゼントがもしも氷のペガサスだったり、3ヶ月前からリキの為にどうにか一流コックにようやくつくらせたスイーツだったりとかしたら、残念がるだろう。

正直に言うしかない。

「本当?」

「ええ、そうみたい。でも、ほらせっかくのパーティーだもの!楽しみましょう!リキは不在だけど、思い切りはしゃぎましょう!」

フィスターはそういい、シャンパンを掲げた。

「ハッピーバースデーあたし達の愛するリキ、リッセンドラ=カーネラーズ=エカ!!」

華やぐ笑顔に眩い明りが降りそそいだ。

「ハッピーバースデー!リキ!」

皆も声をそろえ、主役不在の中を乾杯した。

「よし。これは、リキが帰ってくる事を見計らって、また彫ってもらう。」

そう、氷の猫の行列23匹を見下ろしリキの男友達が言った。

「ふふ。そうね。可愛い。愛嬌のある顔がリキそっくりじゃないの。仕草とか顔も一匹一匹違うのね。」

氷の中には其々、心臓の部分にハート型の色とりどりのゼリーが入っていた。

フィスターはふと窓外の夜空を見上げ、星を見た。黄金色の星……。


××××。

ウィーン。

空港。

リキは咳き込み、それは風邪のせいでは無かった。煙幕による咳だった。

「フィス……フィス、」

倒れ込み、幾重にも重なる雑踏が横や後ろ、様々な所を駆け回っている。

リキは霞む目をこらし、ダリンを探した。

「どこだダリン」

身体を起し、柱にぶつけた腕をさすって目をこらした。トランクが転がっている。そちらへ歩き、白煙の中の彼女のカシミアコートの手を見つけた。彼女の黄金チェーンが光っている。駆けつけた。

「ダリン。しっかり。」

彼女を引き起こし、彼女はうめいてから目を開けた。

「リキ、」

彼にしがみつき、リキは彼女を見回した。

「怪我や痛みが走る所は?」

「いいえ、無いわ……」

「立てる?無理ならおぶっていくよ。ここから移動しよう。」

「一体何が?」

リキは首を横に振り、白煙の中を見回した。可愛い顔でいつも笑っているリキの顔に緊張が走って硬い表情になっていて、きっとフィスターだって見たことが無い真面目な顔。

「分からないけど、危険なのは確かだ。空港内で何か空調が爆破したとかかもしれない。」

彼女を引き立たせ、抱き上げようとしたのを「平気よ。歩けるわ。」と言った。

「これはレストランの予約の時間、押しちゃうかもな。」

「能天気ね。今はいいのよそんな事。」

「でもお腹空いたよ……。」

「ほら、チョコレートあげるから。」

「ありがとう。」

リキは屈託なく笑い彼女のコートに入っていて渡されたチョコレートで腹を満たし、歩いて行った。

白煙が薄れて来て、リキは溜息を小さくついてそちらへ歩いて行った。各場所でサイレン灯が回っている方向へ走って行く。そちらが出口だ。

「とんだ誕生日になってしまったわね。」

「まだまだ。天からのとんだビックリ演出さ。」

「楽観的なんだからあんたは毎回。」

リキはなんだか不安になり、フィスターに会いたくなった。

1ヵ月後のフィスターの誕生日に婚約指輪を渡すつもりでいた。ドイツの教会も予約した。きっと喜んでくれる。

ダリンの手を引き走って行くリキの手が微かに震えている事に気付いたダリンは強く握ってやった。

「恐がらないで。大丈夫よリキ。」

幼馴染で26のダリンはいつでも年下のリキをそうやってあやして来た気がする。

リキははにかみ、フィスターと同じような顔になる。よく似ていて、兄弟みたいだ。黒髪と金髪で色の違うだけの、性別と人種が違うだけの。

ダリンは歯の奥を噛み締め、リキを振り向かせてキスをした。

「……ダリン?」

リキは驚き瞬きし、ダリンは俯いてからリキの手を引っ張りサイレン灯の方へ走って行った。

そこで初めて、リキはフィスターとダリンへの罪悪感に気付いた時だった。

「フィス……」

リキはうつむいてそう言い、ダリンは足を止めた彼の手を引き走って行った。

彼女の背を見つめ走って行き、見慣れた背だった。少女時代からよく帰り時に手を振って走って行った背で、自分が彼女の背を追い越し始めたのは14歳の時だった。

自分はもしかしたら、フィスターやダリンにとんでもなく悪い事をしてしまったのではないのだろうかと、今まで全く気付かなかった。

サイレン灯が近づき、外の白い光が横に並んでいる。外だ。

ドドドドド

「?!」

鈍く音が鳴り響き、激しい音が刹那、赤のサイレン灯の群の光を奪い消して行った。空港内の人間達は光を見失い一気に騒然となった。

機関銃の、激しい唸りにも。

リキはダリンを引き寄せ、目を見開いて彼女の背を見下ろした。

「ダリン、」

どこかのまだ残っているサイレン灯の光が背に当たっているのだと思った。

見下ろした背が、赤く濡れていた。

リキは続けざまの激しいヒステリックな音に咄嗟にダリンを下にうつ伏せ、耳を塞いだ。

硝子が激しく舞って、それは今から出て行こうとした硝子扉が一斉に撃ち割られたからだった。

白煙が、一気に空港内に押し寄せた凍てつく風に吹き飛ばされ、リキは顔を上げて目の前の外を見た。

黒い服の武装した男達、機関銃、剣呑とした目の群。

「……、」

駄目だ。

「フィス、」

ごめん。俺きっと……今ここで、本当にごめん

リキは目を硬く閉じ、息絶えてしまったダリンの肩に覆い被さった。

「フィスター」

愛してる。


1月も17日。

フィスターは父親の言葉に顔をふと上げ、しばらくわけが分からなくて父親の顔を見ていた。

「え?」

首を傾げそう言い、まだ眠い頭は、いきなり起されたから夢見ごこちだった。

父親レジェルトは元の温かみのある声で静かにゆっくり言った。

「空港ハイジャックがあったんだ。フィスター。」

「え?!空港で?!早く向かわなくちゃ!」

刑事になった彼女はそうリリーホワイト色のシルク寝巻きのまま走って行こうとした腕を引かれた。

「パパ。早く向かわなければならないの。あたしは警官だわ。」

「よく聞いてくれフィスター。聞くんだ。事件は××××の空港で起きたんだ。」

「……」

フィスターの淡い色の瞳が一瞬揺れ、定まらない視線が父親を見上げた。

「ウィーン、……リキが、リキが今ウィーンに行ってるの、早く飛行機を連れ戻さなきゃ危ないわ。そんなジャックされている場所に降りたら、ああ、でもそうよ。空港側が降りさせるわけ無い。」

フィスターはその場をうろうろし出して、父親は彼女の肩を持ってゆっくり歩かせ、ソファーに座らせた。

その横に座り、両肩を持ちながら、出来るだけ静かに言った。

「リッセンドラ君が被害に遭ったんだ。」

「……え?何か?」

頭の中をフルに回転させていたフィスターは顔を上げた。もしもジャックされていて脅迫し、監視塔で飛行機が通常通り降ろさせていたら、あのちょっと恐がりなリキが真っ青になって心臓を飛び出させてしまう。

「被害に遭ってしまったんだよ。」

「……」

「リキ君が。」

フィスターは父親の目を見つづけ、皺のある目元だとか、白髪が混じる優しげな眉毛だとか、整った口髭、その見慣れた顔を見ていて、ただ、言葉がまるで何か別世界の様だった。

「待って、パパ?怪我の具合は?まだ拘束とかされているの?」

「地元警察が入って既に捕らえられたと言う。」

「ウィーンに、早く行かなきゃ」

「待つんだフィスター。彼はもう、」

「離して!」

フィスターは振りほどき、唇を噛み締めて床に俯いて目が真赤になってきつく絨毯を睨んだ。

リリリリリン、

フィスターは電話の音に飛び驚き、出た。

「フィスター、落ち着いて、聞いて欲、しいの、さっき、連絡が……、」

ダリンの姉のチューンからだった。

「リキが、ねえさっきリキの事パパから聞いたの。チューンも何か聞いて?リキのおばさんはそこにいるの?リキは無事なの?」

「それが、」

チューンは隣家のリキの母親を見上げ、彼女は茫然としていた。

「フィスター。あのね……リキとダリ……、」

そこでチューンの息がつまり、嗚咽が聞こえてフィスターは振り返ってコートを着て走って行った。

「フィスター!待ちなさい」

「パパ、あたしリキの屋敷に行って来るわ。」

フィスターは運転手に連絡をしてその内に走って行ってしまった。

玄関に着き開けられたドアの中に入って走らせる。

「こんな夜中にいきなりごめんなさい。どうしても急いでもらいたいの。」

夜の闇が濃い。その中を進んでいき、フィスターはしばらくしてドアを開け駆け出した。

エントランスのドアを開けた。

「こんばんは!おばさん?あたし、フィスターです!おばさん!?」

暗い屋敷内は音が無く、ひんやりとしていた。

チューンの屋敷かもしれない。再び乗り込み、私道を走らせて行き、門を抜けて隣の屋敷の私道を行き、降りてドアを開けた。

「チューン!ダリン!いる?!」

チューンは彼女の声にエントランスホールへ来て、そのチューンは真赤に顔をゆがめ泣いていた。

「ああ、フィスター、どうすれば、なんて言えば、」

彼女は完全に動揺しきった真赤に泣く顔で、そのまま気絶してしまった。

「チューン!」

抱きかかえ、フィスターは駆けつけた運転手に彼女を任せてから階段を駆け上がって行った。

「おばさん?」

扉を静かに開けた。

「ダリン?」

リキの母親がソファーにうつぶせていて、動かない。

「おばさん。」

「死んでしまったの」

ソファーに顔を押さえうずくまる彼女がそう、微かに言い、その両肩に手を当てていたフィスターは体が固まって、彼女の背を見た。

「……え?おばさん?」

彼女は身体を起し、フィスターを真赤に泣き見ては肩にしがみつき泣いた。

「……、」

フィスターは目を見開きソファーの柄を見つめ、頭が真っ白になった。

フィスターはこの屋敷のメイドが駆けつけたのをふと顔だけ見上げ、視線をそろそろと上げた。

彼女が何かを言っていた。リキの母親がメイドに連れて行かれ、フィスターはその場にそのままの体勢でいて、視線だけが降りては揺らいだ。

「どういう事?ジャックって、空港ジャックって、何……?」

「フィスター、」

「パパ」

慌てて追いかけた父親が駆け上がって来てフィスターを見て、彼女はソファーから振り返った。

「ねえなんなの空港ジャックって何なのよ!!ねえパパ!!!」

半狂乱になってフィスターが怒鳴り顔を真赤にして目を吊り上げ、こんな娘の顔を見たのは初めてだった。彼はただただフィスターがソファーの背を両拳で叩いたり一度蹴り散らしたのを腕に抱きしめた。

「あたし信じないわ。リキの顔まだ見てないもの。皆、ちょっと早とちりしすぎよ、」

彼女はそう顔を真赤に怒らせ言い、彼はどうすればいいのかが分からなかった。

フィスターはまた一度床を見てから振り返って言った。

「誕生日の日に何も酷い事起させる神様なんか、いないわ。世の中にはどんなに恵まれた誕生日を過ごしつづけた人がいる事か。」

彼女はそう言い、唇を噛んで視線を反らして早足で歩いて行った。

きっと、あの子は既にこの事が真実だと分かっているのだろう……。


フィスターはぼんやり目を開き、2日間何も食べてはいなかった。

痩せた腕を撫でながら身体を起し、ゆっくり起き上がって朝日が灰色に差した方向を見た。

ずっと、部屋にいた。無気力だった。分けがわからずにいた。

頭が働かない。

「フィスター?」

「はい……」

母親ヒースはドアをそっと開けた。

「フィスター、痩せてしまっているじゃないの、」

「大丈夫よ平気」

高く柔らかなソプラノがそう更に高くなり言い、フィスターは母親が彼女の背にガウンを掛けたのをはにかんだ。

「朝食、食べなさい。ね?」

彼女は首を横に振り俯き、「いらないわ……」そう言った。喉を通らないのだ。

「でも、身体に良く無い。少しだけでも食べてもらいたいの。」

そう言い、娘まで自分がなっていたような拒食症になどならせたくは無かった。

「ね。お願い。」

ヒースの考えていた事が読み取れ、フィスターは頷いてから歩いて行った。

母親の拒食の時、本当にやせ細ってしまっていた。今は普通に食べられるようになったのだ。ただでさえその神経の細い母を心配させてはいけない。

ダイニングへ降り、虚ろに並べられた食卓を見つめた。

「姉貴。」

レイモンが顔を覗かせ、頬が痩せてしまっているフィスターを見た。

「大丈夫か?」

「ええ。大丈夫よ。」

そう微笑み、フォークを手に取った。

この2日間、ただただ動けずにいた。涙も出ずに、泣く機能も無く、ただただ羽根枕の上のプレゼントのサファイアリングを見つめ続けていた。

「あたし、今日しっかり署にいかなきゃ」

そう言い、2日間も休んでいたなんて今まで無かった。


リーデルライゾン。

ガルドは新聞を広げていた。

「おう見せろよガルド。これだこれだ。」

ダイランはアメフトの記事を見ていたのを怒ってアメフトに対して傾向していない刑事ヨシュアムから新聞を引き抜き頭を叩いた。普段新聞なんか読まずにラジオを聞いているのだが、アメフトの大会時だけ見るのだ。

「よーよー見てみろよこの記事。」

「あんだよ一体!」

「××××でジャックだとよ。アメリカ人の有名所の富豪2人がやられちまったらしい。」

「へー。いいから返せ!」

「見てみろよこの女!すっげー美人」

「あ?!美人だと?!貸せ馬鹿!!」

ガルドがそれを見ると、本気でイタリア系美人だった。横に可愛らしく笑う甘い顔の男が写っていた。

どっちも美男美女だ。

「このカップルがやられたのかよ。」

「野郎の方はどこだったかの国王の孫とかだってよ。美人の方はグランドピアノ王だかの娘。」

「へー。」

新聞をヨシュアムが持って行き、ガルドはごろごろ転がった。

刑事レオンが肩にバッグを担ぎやってきて、首を傾げた。

「何やってんのよ。」

そうヒール横に転がって来たガルドを見下ろし、ガルドは起き上がった。

「別に。」

レオンは首を傾げ、デスクに座った。

「あ。あんた、サリー警部に甘えに行こうって魂胆ね?」

「じゃねえよ」

「あらガルド君。別にいいのよ?」

背後のデスクを振り返りサリー警部の美しい微笑みを見て、ガルドは大人しくなって自分のデスクの方へ歩いて行った。警部はくすくすレオンと共に笑い、ガルドは椅子に座った。

ペン立てに10個刺さっているカンザシを取って、今はゆるく片流しになって後ろ上部で団子になっている紫コーンロウと、もう片方は銀色で側頭部を白黒髑髏コーンロウされて長々と後ろに流されている髪を全てグルングルンに巻き上げカンザシでグサグサさした。背に入るヨーロピアンな星座の大車輪の入墨が現れる。ベライシーのキーを持ち、黒のショートガウンを肩から掛けると歩いて行った。

殺人課の昼食はレオン達一科が帰って来ると、ガルド達の班の人間が向かう。

紫グラデーションの鮮やかな車体のベライシーに乗り込み、走らせる。

海へ走らせ、煌く青の鮮やかな海に綺麗な紫の車体が映え溶け込むようだった。

冬の凍てつく風が吹いている。冬は昼抜きだからデスタントの輸送船の無い場所をおぼろげに見ていた。

ファミリーの人間はやはりうろついていない。

他の会社の輸送船が動いては汽笛を鳴らし出航していく。

もしも、帰って来たら襲撃するとしたら、ある程度の奴等を船上に誘き寄せてやる。そこで一気に毒蜂共を撃破する。

風の音に目を閉じた。


マイアミ。

フィスターはふと、課長室から出て他の人のデスクの上の新聞が目に入り、手に取った。

相変わらず忙しく誰もが駆け回っている。

それを手に取り、フィスターは目を見開き新聞が落ちた。

雑踏。電話に取り次ぐ声。掛け声。喋り声。コンピュータを操る音。インフォメーション。ファイルをめくる音。通信を取り合う声。

「……ダリン?」

足許に落ちた新聞を、そのデスクの横の男の巡査部長が拾った。

「大丈夫か。気を落とすな。全く、不運だったよ。気を察する。」

フィスターは肩を叩かれ顔をはっと上げた。

「あの、もう一度見せてください、」

そう言い新聞を受け取り、フィスターは目を疑ってその記事を見た。

「……嘘」

フィスターは茫然として瞬きも忘れ、そのまま歩いていって自分のデスクに座った。

どういう事?リキ、ダリンとウィーンへ……?ダリンも共に、犯罪者達に……?

嘘、彼等、2人で空港ジャックの人間達なんかに、やられてしまったの?

ジャックの人たち、何が気に食わなくて彼等にそんな事を?ただウィーンに行って、音楽聴きたくて、誕生日をダリンと過ごしたかっただけで、何故、無関係者にやられなければ?

今から楽しもうとした2人を、彼等は……

いきなりの音にフィスターは顔を上げ、誰もが泡だって状況を知らされ、皆険しい顔で走って行った。

ダウンタウンの人間達による銀行強盗だ。

フィスターも走って行き、頭は真っ白だった。

車両に乗り込むと頭を振り、急激に動き出した後部座席でしっかり掴まった。

無心に前方を見つめ続け、風景が流れて行った。

フィスターの出る幕も無く強盗事件は夜に突入して収まり、フィスターは屋敷に帰って執事が珍しくおろおろしていた。

「ただいま帰りました。」

「お帰りなさいませお嬢様。」

「ええ。」

フィスターは首を傾げ執事の手の中のものを見た。

「どうしたの?」

2通、自分宛ての名前を見つけた。

フィスターはそれを手に取り、見た。

「……、」

フィスターはしばらく見ていたのを驚き、固まった手から落としそうになってそれを見た。

執事はフィスターを気遣う様な目で見たが、フィスターはそのまま歩いて行った。

部屋に入り、ドアを背に、手の中の手紙を持つ手が震えた。

歩いていき、円卓に置いて窓際のベンチに力を無くして座る。

円卓の上のものを見つめた。

首を横にふるふる振り、目を閉じて立ち上がってチェストへ走った。

震える手で引き出しを開け、写真を手にして……、リキが、微笑んでる。

「……、」

自分は、叫んでいた。

奇声を上げていた。

執事が驚き駆けつけドアをドンドン叩き、メイドが2人来てドアを「失礼します」と開けた。

フィスターが気絶していた。その横に2人で写る写真が落ちていた。

「お嬢様!」

ぐったりした彼女を抱き上げ、横のベッドに横たえさせた。

「姉貴!」

レイモンと母親は気絶したフィスターに驚き部屋の電気をつけた。

レイモンは円卓の上のリキの遺族から届いた訃報の封筒を見て、フィスターの顔を見た。

「レイモン!」

激しくドア横の壁を殴りつけたレイモンをヒースが抑え、宥めさせた。

「リキの野郎!!女と浮気なんかしやがって!!!」

「落ち着いて、お願いよフィスターが目覚めちゃうわ。」

レイモンは真っ白なフィスターの顔を見て歯を噛み締め何度も頷き、顔を押さえた。

ヒースは外に彼等を一時出させた。

メイドが持って来た濡れタオルを彼女の額に乗せる。

全く泣かなくてまるで無気力になってしまった様に動いていたのに、彼女の気を失う目からは涙が流れていた。強がる子だから、泣く事など出来なかったのだろう。

静かに髪を撫で、今の倒れた時だけでも充分泣かせてあげた。

あんなに仲が良くて愛し合っていたんだもの。どんなに彼女が彼の死を知ってショックを受けた事か……。泣けない事は辛さを持つ事もあるのだ。


葬儀当日。

フィスターは合同葬儀の場に現れた。

ずっと顔を上げる事も出来ずに母に寄り添い連れられ、屋敷の庭は2人の親族、友人達、富豪主達の喪服で黒くなっていた。

フィスターが真っ青な顔にいつものルージュを塗って、珍しく頬に色を差して歩いてきて、誰もが振り向き立ち上がった。

「フィス、」

そう彼女は友人に肩をもたれ、フィスターは座って膝の上の手を見下ろしたままだった。

「浮気相手との葬儀を一緒にするなんて、」

そう、誰かが後ろで言った。

「本物の彼女の気持ちを考えられなかったのか。え?」

「辛いでしょうに、可愛そうに……。」

「なんて酷い話だろうなあ。天罰というもんだよ恐いもんだねえ。」

フィスターはカッとなって、手を強く握り締めた。

「だって、誕生日だったらしいじゃないか。それを、普通他の女と海外旅行なんかするか?」

「あんまりにフィスターが可愛そうよ。」

「ほら、なんだか無神経なところあったじゃない?」

「おい、お前等いい加減に、」

リキの友人が目を吊り上げてそう言い、フィスターの肩を持った。女が目を狐のように言った。

「だってそうじゃない。あの女もあの女よね。リキのことまさか狙ってたなんて。」

「魔性の女?二人でなんの為にウィーンに行ったのかしらね。」

「信じられない。」

「リキの奴も自分がどの女からももててたからって笑顔振り撒きやがって。」

あたしの彼やダリンを侮辱しないでー……、

フィスターは目をきつく閉じ、開いて立ち上がった。

パアンッ

パアンパアンッ

2人の男と1人の女は驚き頬を抑えフィスターを見上げた。

会場の他の口々に言っていた者達も口を閉ざし、彼女を見た。

「あんた達に何がわかるってのよ。」

いつも柔和なフィスターのものとも思えない低い声がそう冷たく言い、彼等はただただ見上げた。

「馬鹿じゃない?」

「……え、フィス?」

遠くに座ったヒースは慌てて駆けつけようとしたものの、何かに足が取られたかの様に動けなくなった。

「言いたいこと言うだけ言ったらそれなら帰ればいいじゃない。何があたしが悲しんでるってのよ。知った風な口叩いて勝手に人の事哀れんでるんじゃないわよ。そういうのって、胸が悪いわ。」

「フィス」

「気安く呼ばないで。彼とも、これも丁度の別れ時だったわ。」

背後の誰かが言った。

「なんて女だ、けしからん。あれでも元は愛し合っていた恋人か。」

その男はフィスターが振り返ったのを見て、他の人間達も口々に言った。

「あたし達はあんたをかばってやったのよ?」

「煩いのよ偽善者。」

「まあ!」

「勝手に死んで、あたしの事昇進祝ってくれてはいたけど、それも今回の事でわかったもの。」

真横に居るリキの友人が、フィスターの目を信じられないという目で見た。

「酷い男だって事。」

2人の親族が激しく泣き、リキの友人は拳を握って彼女を殴り倒した。

「フィスター!」

「この街から出て行け、二度と帰って来るな」

母親はフィスターに駆けより泣きながら彼を見上げ、リキの友人は踵を返して歩いて行った。

フィスターは痣になった口はしから血が出て、床を睨む事も無く普通の目で見下ろしてから立ち上がった。

「ああ、これでせいせいしたわ。」

その言葉に参列者達の非難の声が飛んだ。

フィスターはそう言うと、2人の棺の中を全く見る事も無く背を向け歩いて行った。

母は慌てて追いかけて行き、そのヒースの背にリキの母親とダリンの父親が言った。

「もう二度と交友を持たない。」

「……、」

ヒースは何度も深く頭を下げ、誰もが歩いて行くフィスターを冷たい目で見た。誰もが。

彼女は来た車両に乗り込み、母も乗り込んで走って行った。

フィスターはずっときつい目元のまま窓の明るい外を見つづけていた。ヒースは触れる事もしばらく出来ずに、しばらくしてから咄嗟に白いハンカチを渡した。

「口、拭いて。ね?」

フィスターの口はしにそっとハンカチを当て、フィスターは顔を歪めて受け取った。

俯き頬を抑え、目を閉じた。

「……ごめんねママ」

「フィスター……」

棺の中を見ることなど、出来なかったのだろう。自分が見てしまえば、あの場に泣き崩れ、絶対に立ち直る事など出来なくなっていただろう。そんな事でリキを悪者などにしたくなかったのだろう。死んでしまった彼を。殺されるいわれなど何処にも無かった彼を。自分が泣くことで哀れまれたくなど無かったのだろう。

リキは、彼女にとっての体の一部の様に大切な存在だったのだから、複雑なんかでは無くただ一筋の一緒にいて居易い星の輝きのような微笑み合う恋人関係。それをふと日常に失ってしまった。

屋敷に到着し、レジェルトは驚いて怒りに狩られた顔のフィスターが階段から上がって来た姿を見た。

「フィスター?」

口はしをハンカチで抑え、フィスターは見られる前に足早に歩き去って行こうとした。

「フィスター。」

その彼女の肩を引き、父親の顔を見上げた瞬間、唇が震えた。その唇の痣を見てレジェルトが、全ての非難や責を、負う事も無いというものをこの子の背に全て負って来たのだろう事が瞬時に分かって彼女を優しく抱き寄せた。それを耐えてここまで来たのだろう。彼を失った今その場で汚された事が辛くて。

この子は不器用な子だ。素直じゃ無いし、頑固だし、正義感が強すぎるし、そして、どこまでも本当は感受性が強かった。強すぎて辛いから物事を感じる事に鈍くなったのだ。自分が崩れると周りも崩れるから。

彼女の綺麗に伸びる金髪を優しく撫でた瞬間、フィスターは優しくされる事で泣きたくなかったというのに、刹那、顔が真赤に涙がぼろぼろ零れた。顔を歪め子供の様に声に出し泣き続けた。

「分かってる。分かってるよ。」

彼女がリキに怒りたい気持ちも、リキを失って悲しい気持ちも、リキを貶されて怒り悲しい気持ちも、自分だけが地上に置いていかれてしまった大きな気持ちも、自分がリキの葬儀で言ってしまっただろう酷い内容も、リキが感じただろう現場での計り知らない恐怖、女性であるダリンが感じただろう巨大な恐怖、ここまで辛くても泣けなかった全ての混ざり合った感情。

子供の様にずっと泣き続け、ヒースは顔を押さえて走って行きドアの中で泣き崩れた。

娘は自分に責任を深く感じているのだ。

あのまま、リキのウィーン行きを止めなかった自分を。生き残った自分を。いつも横に居る自分の変りに死なせてしまったダリンを。自分が葬儀に現れた事でリキに非難の言葉を皆に吐かせてしまった事を。

あの子は弁明しない。悲しむ事もしない。自分が悪者になる。その事で、リキ自身を守ろうとする。一般の常識からは離れているが、彼女なりの彼への深い愛情に他ならないのだ。


フィスターは、冷たい女、酷い女、冷淡な女、という目で見られる様になり、それでも彼女は毅然として歩いて行った。

葬儀で恋人の死を前に、普通の女なら悲観に暮れ泣き崩れ、思う存分泣いては最期を見送り、天国へと送るが、フィスターは冷たく言い放ったのだから。

「今までのあの猫かぶり、なんだったのかしらね。」

「本性が知れたっていうか。」

「恐いわよね。信じらんない。」

「リキとダリン可愛そう。」

フィスターは振り返り、デパートの中で3人の女は口をつぐんで目をそらした。

分かってるわ。ダリンだって、リキの幼馴染だ。彼の事を狙っていただろう。フィスターを少しは怒らせたくて、幼馴染の女友達を取るか、恋人を取るか、リキの性格だもの。あまり深く考えずにダリンが出したウィーンの話に乗ってついていくわ。何も、だからってジャックなんかに遭う不運なんか無い。

フィスターは踵を返して歩いていき、3人は冷たい目でその背を見ていた。

一気に友人が退いていって、レイモンと母と父だけは変らずに接しつづけてくれた。

「姉貴!」

彼はにこにこして走って来て、フィスターのショッピングバッグを持って運転手に持たせた。

「付き合ってくれてありがとう。」

「なんなりと!」

レイモンは憎めないいつもの笑顔で笑い、歩いて行く。

「あーあ。逃げたいわけじゃ無いわ。でも、なんだか、他の街でもいいかも……。」

真っ向に向き合っていきたいのに、もう崩れたのだ。

「姉貴。気落ちするな。姉貴は頑張ったって俺、思うんだ。」

フィスターが夜、毎日夜空の星に祈っている事を知っていた。そんな姿を知られたくないのだろうから、レイモンは窓から見えると自室のカーテンの中に引いていく。

「でもね……。」

フィスターは美しい床を見つめ、顔を上げた。

レイモンは微笑み、その手を取った。自分だけで負おうとするなら、少しでも役に立ってあげたかった。彼女の気が済むことなど無いだろうものの、支えたかった。

「ほら、カフェに入ろうぜ。あ!それか久々にCOCOに行こうか!食べ捲くろう!」

「そうね。」

車両に乗り込み、レイモンに言った。

「あんたまで人の目にどうみられるか。ね。彼女と不仲になったりしたら悪いわ。いいのよ。」

「そんな事思ってるのか?俺をそういう軽薄な男だって思われちゃあ、くすぐるぞー!!」

「ええ?!嘘よ!嘘!本当!」

レイモンは笑い、頷いた。フィスターがようやく笑ってくれた。

「俺のことは気にするなよ。な。」

そう笑って言った。


「慎重に運び込め。」

闇に紛れる中を男が言い、輸送船は不気味な闇の中を波が揺れ佇んでいる。

巨大なホテルのようにでかい闇は、紫色の月の夜を群青に広げ、月の周りを白青にしていた。

その下、星の無い闇を真っ黒の陰が不動の態を置いている。

艶掛かる船体は頑丈であり、丈夫だ。どこをとっても設備が完全な態で整っていた。

ギャングファミリー要人の2人は背後の闇に頷き首をしゃくって走らせた。

港に積まれたコンテナの背後陰の中、ガルドがエメラルド色の大きな釣りあがる目を覗かせた。

大まかな武器は中に入って調達すればいい。それに、構造上の要点をつけば幾らでも可能だ。

一瞬瞬きの為に目を閉じ、一瞬のはずがまるで眩暈かの様に、開けられなくなって目を抑え頭を小さく振った。

「……、」

まだだ……まだ、残っている。リサを汚しやがった下衆野郎共は……、

残ってる。

『ダン!』

ガルドは目をうっすら開き、真っ白の視野になったのをまた目を閉じ、開いた。

『もうすぐ出られるって……』

リサ、

真っ白い中のリサ。

「……。」

目を閉じ、闇に感覚が落ちて開いた。週に一度、港の明りは全て落とされる。はるか上に赤の明りが灯るだけだ。闇に閉ざされた中、紫の月がエメラルドと白目を浮き立たせた。

リサ、徐々に、徐々に仇を討ってやる。全員、いつか。絶対に。

兄貴の俺に任せろ。

お前の辛かった事全て、消し去ってやるからな……。

ガルドは目を鋭く、拳銃の弾を装填しザッと進み出た。


「空港ジャックを引き起こした人間共が第一に悪いんだぜ。そうだろう。なのに!」

レイモンはそう言い、ヒースが「ええ。」頷いた。

あまりにフィスターの事を言う人間達が多かった。フィスターはそれに一度も返さない。

「それは誰もが充分に分かっているっておもうけど、向けられない怒りだもんな……。俺、リキ達の両親に会って来る。犯人共に正統な判決とかさ、よくわからないけど。」

「そうね。彼等は処罰を与えられると思うのよ。しっかりとね。世界の国からの遺族がそれを望んでいると思うわ。でも、今は彼等はそっとしておいてあげて欲しいの。リキもダリンも仲が良かったし、そんな2人がいきなりあんな不運な事になって、彼等はショックが大きいのよ。お互いの事をリキの両親もダリンの両親も姉弟の様に思って来たと思うのよ。自分達の子供の様にね。」

レイモンは何度か頷き、それでも空を睨んだ。

「空港ジャックの奴等、顔見てみたいな。ぶん殴ってやりたい。もちろん姉貴の分も。遺された皆の気持ち、察するよ。」

ヒースはレイモンの肩を持ち、座らせた。

「怒りたい気持ちは分かるわ。でも、全身が真赤よ。落ち着いて。」

普段全く怒る事が無いから心配だった。

「あたしねレイモン。リキ君とダリンの両親に、これから接していってやりたいと思ってるのよ。彼等、今とても辛い時だわ。あたしが何かしてやんなきゃって思うのよ。フィスターが余りにも辛くて葬儀の場面でああ言ってしまった事もお詫びをしなきゃならないし。」

「姉貴の気持ちも分かるよ。どんなにあの場で辛かったのか。昔から表現の表し方も変ってるけど、ものの考え方がおかしいわけじゃ無い。」

「あたしがあの場でフィスターが言う前に言ってあげていればよかったのに……。」

「自分を責めるな。俺は俺自身が嫌になるよ。なんで着いていってやらなかったのかって。リキには怒り感じるけど、でももう最低なジャックの奴等に被害なんかに遭って、その上で勝手な悪口言う奴等の口塞ぎたかった。」

レイモンは椅子から立ち上がると間口の方向を見た。

「大丈夫かな。トラウマとかにならないか?刑事の仕事、続けられるかな……。何も、あんな危険な職業につかなくたって……。」

レイモンはマントルピースの上の、フィスターとリキの幸せそうな写真がいつもの様に飾られているのを見た。家族写真に紛れて写っている。ダリンが写ったものもある。

「……チューンも辛いよな。妹のダリンのこと可愛がってたもんな。一緒にショッピング行ったり、エステ行ったりしてたのにな。」

「どこも辛いのよ。世の中には酷い人間もいるわ。幸せを送る人とか、ささやかな一時とか、奪うんだもの。自分達の怒りが確固とあって政府側に向けた何かの心や怒りだったとしても、リキ君達に罪は無いのに。金目的の犯行だとしたら、もっての他よ。」

「武装勢力の動いた理由は報道されて無いよな。」

「ええ。そうなのよ。フィスター、昔からそういうの大嫌いだものね。愛する者を守りたいが為に警官になった子よ。それが、まさかの恋人と友人をその元凶にやられたとなっては、一層の事歯止めが効かなくなりそうよ。」

ヒースは目を閉じ、額を抑えた。


ガルドは輸送船を単独爆破させた事により、言及を求められた。

その爆破によって港市場まで水浸しという被害が出ていた。

デスタント輸送船の中の純粋な麻薬、覚せい剤は全て証拠も無く海の藻屑と消え去ったし、身元も不明になった遺体がバラバラの船体に混じって海中に浮かび、バラバラで人数は正確には不明だが、200人余りいた。その中の56体、弾丸が体内に残っていた。それに、港にいた目撃者の話では、逃げて行ったボートの3隻に船上からオレンジ色の閃光が3本走り、爆破させたというのだ。

確かに、任務に沿ってなら見事な功績だ。

慎重で抑えられなかったギャングファミリーの人間達の一角を崩したのだから。

だが問題は、上司にゴーサインも受けずに、司令も受けずに、何の相談も無しに、捜査の枠を離れて、完全単独のプライベート時に行ったという事だった。しかも実行する事すら何も言わずに。

港市場の人間達からはクレームが殺到するし、直属の上司で部長であるギガは怒り奮闘の様子で会議室へ来た。

「ガルド警部の辞職を。」

ドアを閉め進んでは座って早々そう言った。ギガはガルドを睨み、ガルドは憮然としていた。

警部達と各部署の部長達が集まり、署長は白い目でガルドを見た。

「ダイラン=ガルド。説明しろ。どういうつもりだ。私情目的で行動にうつしたのか。どこの世界に軍隊でもCIAでもFBIでも無い市警に過ぎない男の単独爆破を問わない機関があるというんだ。」

ガルドは何も言わず、その長い髪を所轄の警部に掴み引っ張られた。鋭い横顔を睨み見下ろし、警部はガルドの髪を離した。スペイン出のオールバックのその男が言った。

「FBIの特殊部隊か、軍隊にでも送ればいいんじゃないですか?それか刑務所にそろそろ終身刑で閉じ込めて必要な時だけ政府の元で動かされる犯罪者共のイレイザーの殺し屋にでも大人しくなってればいい。」

ガルドは男を睨み見上げ、立ち上がり突き飛ばそうとした肩を処理班のカトマイヤー警部が引いた。

「座りなさい。」

ガルドはそのカトマイヤーの手を蛇の様に歯を剥き邪険に払い、出て行こうとした。元々、下手をやらかせば元凶悪犯の彼をCIA特殊部隊に突っ込むつもりでいるのだ。ガルドは知らないのだが。

署長はガルドを呼び、ガルドは嫌々着いていった。

署長室へ来て、ガルドは署長を見た。彼はハイバックチェアに座り、海側からガルドを見た。

「ギガ警部はああ言っていたが……。」

「なんだよ。」

「君の事をカトマイヤー警部が買った。」

ガルドはおもむろに嫌そうな顔をした。

「明日から、彼が部長を務める特Aへ移れ。」

冗談じゃ無い。左遷に他ならない。

「俺を完全にあの男の監視付きで大人しくさせようって?特Aなんか冗談じゃねえんだよ。」

噂でだけなら知っていた。どんな場所なのか。一つ上のその階には行ったことも無い。

過去の捜査を掘り起こして情報処理する部署だ。B班が一般刑事事件の情報処理。特Aが奇妙な事件の情報処理。んな完全なデスクワークなんかに回されるなんてごめんだ。

「断る。」

「カトマイヤー警部に連れられて大人しく軍人になるか、首と共に刑務所から一生出られなくされたいか、デスタントを検挙するための囮になって共に撃ち落されたいか、どれがいいんだ。」

「……」

ガルドは署長を睨み、署長は彼を横目で流し見た。


ガルドはまるで空気清浄機でも備え付けられているその部署へ入って行った。

「……。」

金髪の先をピンク色にしているプードルの様な女。親戚の男で大ッ嫌いなレガント一族のキャリライ。サルーキーのような美形で色気のある女。ラッコみてえな顔の男。そして彼が大ッ嫌いなカトマイヤー警部。

彼等が部署のドアを開けたガルドを見上げた。

「……。」

ガルドは回れ右し、帰って行った。

「こらこら待ちなさい!」

署内でも見たことの無い目のでかいプードル女がそう言い腕を引っ張ってきた。同じく見たことの無いサルーキー女とラッコ野郎の中の美人が鋭く微笑んだので、ガルドはその美人の顔を見て入って来た。

「やあ。来てくれて嬉しいよ。」

親戚の男がそう言い、ガルドはシカトして半分閉じた目で仏頂面をしていた。

デスクワークのみの部署は初めて見たが、うんざりして気が滅入ったので帰ろうとした。

「彼が我が部署処理班に配属される事となった警部ダイラン=ガルド君だ。紹介しよう。」

「僕は処理B班内新設特Aチームの警部補、キャリライ=レガント。コーサーでいいよ。」

「あたしは処理B班の巡査部長、ソーヨーラよ。」

「あたしは処理B班巡査、ロジャー。」

「え、えっと、俺は処理B班巡査のハリス=ハンス。よろしく……。」

「私は処理B班、特Aチーム双方の部署が設けられている処理班部長、警部ハノス=カトマイヤーだ。」

カトマイヤー警部が最後に言った。

「君にはレガント警部補と共に特Aチームメンバーを組んでもらう。」

「処理Bで結構だ。」

「私は君を特Aチームの為に呼んだ。」

「断る。」

「君の使う警部室はここだ。その横が部長室で私の部屋になる。」

ガルドはまだ奴等の顔を見なくてすむならと入って行った。

警部室は木製の書斎机にハイバックレザー、ソファーセットと棚、その奥にドアがあった。仮眠室で、ベッド、棚、クロゼット、テレビとラジオなど、しっかり揃っていた。

警部室から出て歩いて行った。

部署の奥は2部屋の取調室。その2部屋目の奥にミラー越しの監視ルーム。その奥が資料室だった。そこへ入りながらカトマイヤーが言った。

「いずれ、特Aは拡大化を図っている。レガント君を元は主任にする予定でいたが、これからの人員拡大によっては君にその任を担ってもらう。その時には、処理B班の人間も特Aの人員へと変更させるが、まだ何しろ新設されたばかりで正式に認められたチームでは無いのでね。」

「チームってのは、3名以上の編成じゃなけりゃあ取り消されるんだろう。」

「ああ。そうだ。だから、今現在もう1人の人員を選考し探している所だ。」

「そいつ等に任せてろよ俺はご免だぜ。なんだか怪しいあんたとも居られねえからな。それにあんたにはスラムでのチームを崩された恨みも、メイズンやマゼイル達をぱくられた恨みがあるんだ。」

「今はもう君は警官だろう。いいからこの班にいなさい。分かったね。」

「……。」

ガルドは壁に背を付け、出て行ったカトマイヤー警部の背を睨んでから見回した。

資料室から出て歩いていき、部長室へ入って行った。

「特Aは基本的に特殊な犯罪が闇入りしたファイルや資料や証拠・証言テープを再び処理しなおして事件を洗って行き、捜査を始めるチームらしいな。」

「ああ。そうだ。それを今まではレガント君1人で行って来た。処理B班の傍ら独自にコンピュータ上での情報処理を進めて来ては、3年前、署長に正式なチーム編成を要請したようだ。その事で、私がその部署の部長に納まることとなった。」

元々カトマイヤーは4階、ベテラン達の集まる刑事課の部長だったが名乗りを上げたのだ。

「俺にそんなコンピュータ上の過去の事件なんかの処理させてえわけじゃ無いんだろう。何をやらせたいんだ。」

「特Aが正式に起動しはじめれば、特殊な事件などが起きた際の事件捜査を行う班になる。今は過去のデータファイルなどを検証する事で捜査上の特殊照合など犯人像や性格などに役立てる基盤作りをしてもらいたい。」

「その捜査枠は普通に殺人課とかぶるって事じゃねえか。」

「ああ。」

「キャリライの独断か?」

「そういう事になる、彼は兄レイブル氏を変死で失ってからは、その闇入りした事件捜査をずっと続けていてね。その関係でチームを設立したい心が強いようだ。」

怪しいものだ。あいつはそんな熱い性格の男じゃ無い。冷めていて皮肉っぽくて冷淡で嫌な奴だ。それが何か他の目的が無くこうもチーム編成に無我夢中になるわけが無い。

だがガルドには関係無かった。

「奇人変人対応チームって奴か。噂通りの。」

「そういった狂人的人物達の引き起す事件を将来的に防止する事が我々の役割だ。」

「FBI捜査主任だったって噂のあんたが名乗り挙げてわざわざ部長やるぐらいだ。そこからの司令も特別に受けるって事か。」

「その通りだ。だがそれはチームの人員には知らせる事は無い。」

「んな事件捜査を俺に任せていいのか?いくらでも情報が集まって来る隠れた中枢の場所って事じゃねえか。あんた1人の身だけでもな。俺が今、あんたを脅迫して聞き出す事聞けば、」

「君は謀反を冒せば、CIAへ行ってもらう事になっている。君が警官になった時からの条件だ。元上司の官長が君という人材を欲していてね。それを私が査定し」

「断る。」

「それならば無謀な事は考え無い事だな。」

ガルドは憮然として、部長室を出て行った。

「はい。コーヒー。」

美人ロジャーがウインクしてきて微笑み渡してきた。殺人課にはこういう女がいなかった。コーヒーだとか差し出してくる女。

「ったく、どうやらここまで相当暇な部署らしいな。」

「そうね。」

第一、常に鳴り響く電話も、喧騒も、駆け回る声も、怒鳴り声も、インフォメーションも無い。

無音だ。この部署。

誰もが事務だけで静かにファイルをめくり格闘している。気が狂いそうだった。

「あんた、なんでこんな部署に?元は何処にいたんだ?」

「あたし?麻薬捜査班よ。1階奥の警察犬がたくさんいる先の部署。」

「へえ。愛人でも出来て左遷されたのかよ。」

「………。」

誰もがガルドを見て、ガルドはロジャーを見て彼女の顔から身体を反らし歩いて行った。

というか、少ない。人員。処理B3人。特A1人。部長1人。で、ガルド。

ガルドはロジャーという美人がいる事だし、よく考えるとあんな寂しい場所で1人でいるなんてご免だったから、というか基本的にガルドはかなりの寂しがり屋だ。なので2階の殺人課に連絡を入れた。

「デスクを?いいけど?ちょっと待っててね。」

ギャング取締りチームのリンダが背後に話し掛けていた。

ああホームシックだ。電話口の喧騒が懐かしい。

「大丈夫だって。あたし一緒に運ぶの手伝うよ。」

「いや。ヨシュアムでいい。」

「馬鹿野郎!!冗談じゃねえぞてめえで運べ糞ッ垂れが!!!窓から捨てるぞ!!!」

ガルドは憮然として降りて行った。レオンが上の階から来たガルドを見て首を傾げた。

「ダリー。あんた、どうなったのよ。デスクがどうとか言ってたけど。」

「特Aに左遷された。」

「……。」

シー………ン、

殺人課内が水を打った様に鎮まりかえった。

「特A?」

「特Aって、あの噂の……」

「ガルドが?」

「音無いチームだろ……」

「遂にレガント警部補も左遷されたあの例の処理B班内の……」

キャリライはレイブルが殺された殺人事件の時からまるで人が変った様にその事件の事を捜査し始め、元は頭が切れるし一目置かれた信頼される警部補だったものを、過去の妙な事件ばかりを掘り起こし始めデスクワークに専念してはコンピュータとばかり向き合う様になった事から、兄の事件に取り付かれてしまったのだろうという目で見られ始めては、殺人課から処理Bに左遷されたのだ。

レイブルはキャリライと同じ様に社交好きで令嬢達からも人気の兄弟だったが、性質は異なった。兄のレイブルは遊び好きで派手でお洒落好きな性格であり、リカ・ラナ社長であるリカーの秘書だったと共に右腕的存在だった。弟のキャリライは性格が冷淡で優雅な紳士服を好み、社交でも甘く紳士的な性格でかなりの女好きだ。宴ではだいたい美人の横にいる。元々頭も良く、意外にも警官になった事は誰をも驚かせたのだが。

レイブルの死後、リカーはミランダ=劉という中国女を秘書にして、今では彼女がリカーの欠かす事の出来ない敏腕女秘書になっていた。

「おいガルド。お前、マジかよ。よく頷いたじゃねえか。なに大人しく従ってんだよ。」

ガルドはデスクの上の物をボックスに仕舞いながら、ひやかして来るジョージュを睨み見た。

「どうせ、そこ断れば首だとか言われたんだろうぜ。いつまで首が繋がってられるかだな。」

「ようガルド。確かよお、処理Bってロジャーがいるよなあ。元麻薬捜査班の。」

ヨシュアムがそう横に来て言った。

「ああ。」

「マジかよ。話しとけよ。俺と酒飲む話をな。」

ガルドはシカトしデスクを抱えた。

「あ!あたし椅子持ってくよ!」

「おいおいガルドが飛ばされたチーム見に行こうぜ!」

「うるせえ。のんびりしてねえで仕事しろ。」

「おいこらガルド。」

マザレロが背後から言った。

「お前が起した輸送船爆破後の処理もお前が自分でやっておけよ処理班。」

「分かってる。」

ガルドは向き直り歩いて行った。


「巡査オスカー=アッドマン。本日より正式に本署勤務に決まった私服警官だ。共に、この特Aチームの人員に加わってもらうことになった。」

ガルドはそう言い、オスカーは男らしく微笑んで挨拶をした。

ロジャーはこのキャリライ、ガルド、オスカーという良い男3人に嬉しそうに内心微笑した。カトマイヤーも紳士的で素敵なのだから。

「オスカーは俺の警察学校時代の一つ後輩で、これまでをロサンゼルスで2年間巡査勤務していた。見かけは目つきが鋭いが、気が良い奴ですぐに打ち解けると思う。いろいろはじめての事が多いぶん、いろいろ教えてやってくれ。」

久し振りに会ったオスカーと共に勤務終了後にガルドの実家であるバー、オリジンタイムスへ向かった。

「へえ。じゃあ3,4日俺の部屋貸してやってもいいんだぜ。」

「ああ、本気でいいのか?うわー助かる。この街って物価が高いから焦ったぜ。」

元々研修の1ヶ月間は警察寮にいたのだが、何故か途中から出て行ったのだ。どうやら全て共同だという所などが気になったらしい。

「良い物件があったらすぐに出て行く。」

「好きなだけいろよ。給料入ってからの方が契約もスムーズに行くんだろう。」

「悪いな。気遣ってもらって。」

「いいんだって。」

スラム地区へ進んでいき、車両をバーの前で止めた。

「おうジジイ。」

「ようダイラン。」

「オスカーだ。今日から俺の所のチームに加わった。」

「よろしくオスカー。俺はこのバーのマスター、ジョス=マルセスだ。こいつが世話になっているな。」

「どうも。はじめまして。マスターの話はよく聞いてた。仲が良いとか、信頼しているとか。こっちの方がいつもガルドの世話になってたんだ。学校でも若いし見かけに寄らず頼りがいがあったんだ。」

オスカーはそう笑い、ずらっと並んだ写真を見て嬉しそうに笑った。

「もしかして、これってお前か?」

カウンターや棚には多くの写真立てが置かれていて、多くの人間が写っていた。

七変化のガルド、親父、妹、マスター、シシリー、ローランサン、デスタント兄弟や両親、その祖父、デーロイ兄弟、ステンガー家族、ロマンナ親子、この店の常連であるリーイン工場務めの男達、ガルドの友人や仲間達、ガルドチーム時代の女達や男達、元彼女のレオン、アギとヴェレ、鰐、犬達、メリーゴーランドの様な街を丘から見た風景、猛獣園やサーカステントや遊園地に行った時の幼かった彼等や、ガルドの親父が少年時代リドと写ったもの、飛行場、工場主娘のマリンバ、ハイセントルの奴等、三十代の若かりしジョス達……、歴史が覗えた。

「可愛いな!お前が小さいときってまるで天使だな。」

元の髪色の金髪がふさふさで肌が真っ白くて翡翠色の目が大きくて口が大きくて本気で可愛らしくてやんちゃな男の子だ。

「怪獣みてえに煩かったけどなあ。」

「太陽みたいに俺は眩しくって元気っ子で甘えん坊でモンシロチョウのように可愛くて」

「ぶあっくしょんっ今はこんなに邪悪になちまって」

「なにをー!」

「ハハ、ほらよ怪獣。」

マスタージョスが酒を出し、怪獣ダイランは受け取って3つのグラスに注いだ。

「乾杯しようぜ。」

「おう乾杯!」

オスカーは嬉しそうにグラスを置いてから言った。

「和む場所だな。ここで育ってきたのかガルドは。」

しみじみとそう言い、頷いた。

「どうしたんだよセンチメンタルチックになってんじゃねえか。ジジイ、こいつマジでいい奴なんだ。よくしてやってくれ。これから永く付き合ってくからな。お前も仕事頑張れよ。わけ分からねえチームだが部署は部署だしな。」

「ああ。俺はああいう場所は好きだぜ。遣り甲斐があるってもんだしな。どんどん頑張って立派にお前の右腕になれればな。」

「はは!お前、俺を誇大評価し過ぎだって。」

「そんな事ねえよ。尊敬してるんだ。本気で。」

「お前、尊敬してくれる人間が出来たなんて嬉しい限りじゃねえか。大切にしろよ。」

ガルドは珍しく嬉しそうに口端を上げさせた。


ガルドは壁を蹴散らし、怒鳴り散らしていた。

「馬鹿野郎が!!!何やってやがった!!!!」

まだ若いハリスは口を押さえて他所を向き、ガルドは頭痛がして目元を抑えた。

小学校の生徒達はどやどやと騒いでいたのを逃げていき、ガルドは切るように辺りを見回した。これがオスカーだなどと言われて誰が信じると言うんだ。

少年の腕を掴み、それをキャリライが止めた。

「お前は何を見たんだ。あ?誰がこうした!」

「分からないよそんな事!!」

少女は泣き叫んでいて、ガルドはその少女に聞いた。

「おい応えるんだ。何があった。何か見たのか?見たんだろう。眩しいなにかや、武器や、機械や、何かを持った人間だ。どうなんだ?お前の目の前でこうなったんだろう。いいか立つんだ。」

少女はガルドが聞いてくるのを、焦った様に聞いてくるガルドが恐かったし、目の前で起きた事も恐くて泣き続けていた。

「おい子供に怒鳴り散らすな。恐がってるじゃないか。」

「怒鳴り散らしてなんかねえだろうが!!!聞いてんだよ!!!オスカーの奴を、」

ガルドはその足許を見下ろし、がなって壁を殴りつけ額を抑えた。

「糞、やっぱり危険な何かが裏で起きてたんだよこの事件は、向かわせるべきじゃ無かったんだ」

少女と少年を肩に担ぎ上げたから少女は泣き叫び少年は暴れてキャリライは驚いた。

「おいハリス。ガキ共を連れて行け。万が一何かの状況で感染するかもしれないからな。早急に鑑識を連れて来て回収させろ。」

「わ、分かった、」

ハリスは走って行き、もう一度床のものを振り返った。信じられずに、走って行った。

ガルドは目元を抑え、息を吸い吐いて目を硬く閉じた。

信じられなかった。こんな事。

一瞬にして、少女の目の前で彼の体が液体化したと言うのだ。

肌色、赤いと、白。その液体。

「畜生!!!」

「落ち着いて!」

キャリライは気が立ったガルドを見上げてから気を落ち着かせた。

「こいつがこうなったのは俺の責任だ。最終的にあのガキの監視のゴーサインを出したのは俺だ。」

「お前はそれに反対してた。それを押し切ってでも部長に食い下がったのはオスカーだ。」

「こんな狂った事件の一部の被害者に加わらされたんだぞ!!こいつはまだ新任だった!!」

ガルドは普段の冷静さを失い、完全に切れていた。自分を責める。自分が嫌になった。

オスカーを死なせてしまった……。

不可解な事件などで。

少年が風邪にうなされた後に鳥の幻影に惑わされ続け、その少年の同級生の女の子、母親が惨殺され奇妙な死体で各家庭で発見された。その事で犯人をおびき出す為に、子供好きのオスカーは囮である少年の警護を買って出たのだ。だが、オスカーはエイズを患っていてそれは危険だとガルドが止めていた。

だが、最終的にこうなってしまったのだ。小学校で少年の監視に着かせていた内に、オスカーまでもが変死してしまった。


「課長。こちら巡査ジェーンです。」

「ああ、丁度良かった。凄いタイミングだぞ。君の部署が決まった。特殊A級犯罪情報処理班への配属だ。」

「特殊A級犯罪、ですか。喜ばしい限りです課長。その様な大きな目的をもった部署への配属を、このあたしが?」

「ああ。有力な将来性を生むという、新設されたばかりの部署の様だ。人員は、元FBI捜査主任の経歴を持つ部長ハノス=カトマイヤー警部。2年間ギャングボス取り締まりチーム主任を務めたダイラン=ガルド警部。著名人であるキャリライ=S=レガント警部補だ。」

「なんて素晴らしい。」

フィスターは大きく頷き、返事を出した。

「是非、向かわせて頂きます。」

「それでは4月から向かってくれ。意義ある全てを君が学べる事を願う。」

「イエッサー!」

「勤務地はフロリダ州から離れる事になる。半月間、その引越しなどの準備をしなさい。」

「フロリダ州から、ですか?」

「ああ。カナダ寄りの最北部の街への勤務が決まった。リーデル・ライズンという街だ。」

ああ、そうか。警部補であるキャリライ=S=レガントの住んでいる街だ。レガント一族は街の有権者で、キャリライは高級コスメティックブランド、リカ・ラナ女社長の孫だ。

「まさか、あたしがリーデルライゾンの勤務に赴いても?」

信じられない事だった。今はこうやって北アメリカの最南部にいるけれど、元々のフィスターの出身は極北部リーデルライゾン。かの憧れの街なのだ……。

まさかこんなにすぐに行く事が出来るなんて思ってもみなかった。

「精一杯の力を振り絞り勤務に当たります。」

リーデルライゾン。美しく優雅な街並、上品な貴族達の街、美しい一族の治める街、優雅なリカ・ラナの女社長が治める街、記憶に残っている。祖母の屋敷の庭には薔薇の木がある。広いホールから見える陽射し。隣街は宝石箱の様なのだ。

夢の様な街だった。


フィスターはリキの写真を見下ろし、自室の戸棚に収めた。

聞分けのいい大人の女など、演じたくなど無かったのだ。

悲観する女なんて演じたくなかった。

浮気に変わり無い彼を許せない気持ちが大きくて、怒りだけ。……。

フィスターはサファイアのリングを見つめ、それを同じく引き出しに入れた。

「リキ……あたし、この街、離れるの。祝ってくれなくていいの。もう。……さようなら」

部屋の鍵を閉め、ボストンバッグを手に、颯爽と歩いて行った。

リキ。リキ、リキ……。

共に祝ってくれなくていい。だから、見守っててね……。



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