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一、黎明を待つ:きみ仁の巻

抹元の宿は、周囲の家々とは一線を画す、四隅に四角柱の塔を持つ瀟洒な建物だった。

周囲の家々より格段に大きい灯籠のおかげで、壁は極彩色に染まっている。

きみ仁はまじまじとその建物を眺めた。

「ティグレムですか」

燈籠町の、というか、白篭族の住まいは、基本的に、防御野営地クサールから発展した城塞建築だ。クサールは、堅牢な囲壁いへきの内側に、少ないもので数戸、多いもので百戸以上の家が配される。クサールに出入り口は一箇所しかなく、左右に物見の塔を持つ門から何本かの太い道路が伸び、囲壁に等間隔に建てられた塔と濠で敵襲に備える。クサール内ではひと家族が縦に空間を所有し、基本的に隣家と壁で接しているが、明かり取りや通気性のため、迷路のように小路が這う。

ティグレムは、外敵に備えなくても良くなった時代、壁や通路の共有に不満を持った富裕層が建て始めた、クサールを基にした邸宅である。

抹元は誇らしげに答える。

「よくわかったねぇ、きみ仁君は建築に興味があるのかな?」

「軍属でしたので。建築様式や建材の把握は、戦略に有効でした」

「ふふん、5年前に、120年ローンで建てたんだ」

蓮李は適当がひゅぇっと息を吸い込んだ。

「ひゃくにじゅうねん!? 抹元さん、妖精族かなんかですか!?」

「あっはは、もちろん違いますよ。この辺では、白篭族向けのローンはそういうものしかないんです。この街には金座がないから、暁市の金座から借り入れたんですけどね」

蓮李は釈然としない顔をしたが、きみ仁は納得した。


自治体ないし国が金融機関の設置を許可しないことで、通貨流通の機会、および産業発展の機会を、白篭族から奪っている、もしくはコントロールする狙いがあるのだ。


120年の借金はエルフなどの妖精族、ヴァンパイアなどの亜人族など、長命種用の短期ローンだ(彼らはそもそも貨幣経済に参画しない方が多いが)。先進諸国では人間への適用は違法である。

かつて人間に適用された時代、その目的の多くは、子の代、孫の代まで借用証で職業選択の自由を縛る事だったからだ。

加えて、貨幣経済不参加種族向けのローンというものは、信用の問題で金利が高い。


(通貨流通量と選択肢の幅に干渉する事で、国民の安心を買う。金融業は政治家との親交が深い。政府の人気取り政策に利用しようと思えば、いくらでも)


この国、カスィルークス共和国は、小大陸を東西に横断する大統領制国家だ。間接選挙で自治体の代表や大統領を決め、大統領を国家元首とし、政治的トップの役割を担わせる。

つまり、理論上は、白篭族への待遇は民意を反映した結果といえる。

カスィルークス共和国は、約400年前の世界言語統一時代、公用語の普及を名目にした移民団に領地買収されたり合併されたりして、現在の形になった。現在の形ができる前は、民族単位で戦争と統一を繰り返す小国家群だった。そして人口の大多数を占める移民は、一部の先住民を信用していない。

領地買収の際にも、合併の際にも、そして移民団(400年前当時は名目上は公用語普及団)が最先端武器を持ち込んで国土に船をつけた際にも、反発した現地人と移民間で血みどろの争いが勃発し、敗者にはむごたらしい処遇が待っていたからだ。これらの紛争、テロ、小競り合い、暗殺、全てをひっくるめて移民戦争と呼び、言語統一時代は世界中で起こった。多くは不平等条約を結んで終結し、いくつかは移民の追い返しに成功したが、いずれにしろ敗者は悲惨な目にあった。この小大陸では、確かな後ろ盾と数で勝る移民が勝ち、小国家群は南北の二国におさまった。カスィルークスは北側だ。

ではこの大陸の現地人側に、勝者は全くいなかったのかというと、そうでもない。買収や合併に素直に応じた国、円満に領土移譲が行われた国は不平等条約を結ばされる事もなかったし、移民に与する事もできた。

けれども歴史学上最大の勝者といわれるのは、隣国でカジノ都市を丸ごと裏で仕切る、青篭しょうろう族だ。とはいえ彼らも移民戦争時は敗者だった。

非常にざっくり言ってしまえば、まともな職に就かせてもらえなかった戦敗者の青篭族が、少ない財源を一度で何倍にも増やす術が単に賭け事だっただけで、それが成功したのは、巧妙に成功させないと明日の命運も知れなかったからである。つまり文字通り、命がけでやった。そして400年の歴史の中で、カジノを国の主要産業のひとつに数えられるほどに成長させた。公的には国営カジノとなっているが、その運営決定権はかの都市を作りあげた青篭族の族長にしかない。

逆境を伏せた好例だが、これは皮肉にも、白篭族のようないまだ貧困と差別の真ん中にある民族に「敗戦しようが努力すればなんとかできる、なんとかなってないのは努力しないからだ」というレッテルを持ってきた。

青篭族も含め、生きる道を限定された敗戦民族は、多くが尊厳を捨てて勝者に額づく(そして戯れに頭上に岩を落とされる)か、窃盗をしなければ飢えて死ぬような境遇を押し付けられた。そういう時代が100年は続き、ひとつのパンをめぐる殺傷が横行し、被差別者による裏社会や闇市が成長し、取り締まりのための予算が財政を締め上げ、その解消目的や人権意識の高まり、マイノリティとなったオリジンの暴動で、不平等条約は緩和されたり撤廃されたりして、最終的に俗にいう「マイノリティ保護法」が出来上がった。


しかしこの保護法が、移民とオリジンの溝に、練り石塗って固める事になる。


マイノリティ保護法では、オリジンの不当解雇を禁じ、雇用促進のために、一定割合以上のオリジン雇用業者を優遇する政策を布いた。

この時、移民(の子孫)とオリジン(の血統)という区別意識が一層濃くなる。

次いで、オリジン側の雇用は増え、移民側の失業率が上がり、オリジン側の所得が上がった事でインフレが起こり、失業した移民の自殺率が上がり、土地を買えるようになったオリジン増加により、地価が上がって貧困層となった移民は住む場所を失った。

さらに、この保護法では、金銭によるオリジンの生活を保障している。一定以下の所得のオリジンには、自治体から保護費が支給されるが、財源はもちろん税金だ。


オリジンが盗人呼ばわりされる所以は、彼らが盗みで生きていかねばならなかった時代云々より、こうして仕事と土地と財源を奪った事の方が大きい。


そしてこの保護法は、撤廃するわけにもいかず、「オリジンと移民を棲み分けさせる」という対症療法をとりながら、現在も生きている。

棲み分けの結果生まれたのが、燈籠町のような「オリジンコロニー」だ。

100~70年前のオリジンコロニー創成期、折角買った土地を「区画整理」の名のもと、金と引き換えに取り上げられたオリジンは激怒し、一部の過激派が自ら事故物件を生み出し、風評によりオリジンが住んでいた土地の多くにケチがついて安く売られ、地価は下がり、影響をもろに受けた金座は貸し渋りを始め、金利は上がり、法人・自然人問わず倒産が相次ぎ、移民・オリジンともに失業率ははね上がった。その間、差別殺人・傷害事件は引きも切らなかった。

おかげで移民・オリジン双方の不信感と差別意識と被害者意識はこんがらがって、未だ光は見えない。

白篭族だけ見れば、オリジンの締め付けが政治に利用されているように見えなくもない。

(共和制が、衆愚に堕ちたか。無念な)

きみ仁の眉根は自然、寄ろうとしたが、包帯に筋肉の動きを制限されていて無理だった。

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