一、黎明を待つ:蓮李の巻
年端もいかない子どもたちが蓮李を見つけて、走り寄ってくる。
周囲に払う注意もなく、まっすぐ目標めがけて駆けてくる彼らの、思わず「頭重いんだから気をつけて!」と声をかけたくなる足取りが、輝いて見える。尊い。
「危険なものを知らないからこそできる、ゼロの物怖じ……ぁはぁん詩的にきゃわいい……」
呼気熱く、蓮李はひとりごちた。よだれが垂れかけた。
子どもたちが蓮李を取り囲み、「れんりせんせぇ」と名前を呼ぶ。
蓮李は心臓を撃ち抜かれた心地がし、立っていられなくなってへたり込んだ。子ども達と視線が近くなる。
できたてのお饅頭のようにほこほこハリのある頰と、好奇心が潤みになってこぼれ落ちてきそうな目、成長途上の身体を象徴したようなちょんとした鼻と、少ない語彙で懸命に意思疎通を図ろうとして、とばしすぎた唾液でてらてらになったふかふかの唇。
それらすべてがいとをかしくて、声が砂糖の山を溶かしたようになる。
「はあぁいれんりせんせぇれぇす、おでしになりたいのはどのこかなー?」
挙手とともに、はぁいはぁい、と、全員が隣に負けじと声を張る。そのうち声が割れて、黄色い声になって、「のどがいたむからもぁぉいいよおぉぉ」と最終的に蓮李が悶えた。
子どもらそれぞれの、自分に一番の注意を引けるように、といういじましい努力が、蓮李にはたまらない。
ひとりがぷっと膨れた指で、蓮李の服をつかみ、すねたように「おれがいい」と訴えてきた。
上目づかいに蓮李の思考回路が焼かれた。
他の子どもたちが「ずるい」といいながら同じように服を掴んでくる。
次々と、洗濯物がピンチに吊されるように、服が引っ張られる。
「えっそんな、まって、まってまって、脱げぶぇっ」
蓮李の反応を見て、いたずらを思いついたような顔で、子どもがひとり、蓮李に突っ込んできた。
「おおぶえぇぇ!」
「レン。着いた」
ひび割れた大地みたいながさがさ声がして、蓮李にめり込んでいた高下駄の歯が退いた。
「おまえ、お前ごほっ、もうちょっと優しい起こし方出来ないの!? おもいやりってちゃんと書ける!? その履物は凶器になりうるんだからひとに振り降ろしちゃいけません!」
「識字は問題ない。優しい起こし方は功を奏さなかった」
「そんな答え聞きたくありませぇん! 朝起きたら”おはよう”でしょ!?」
「抹元さん、起きました。よく舌が回る。問題ありません」
きみ仁が白い光の方へ消え、蓮李は慌てて体を起こした。ぎしみし、と関節が軋む。きみ仁に足を振り下ろされた箇所が痛んで、咳込む。咳き込みながら、きみ仁の消えた方を確認した。
白い光だと思ったものは、なんの事はない朝の光だ。消えたと思った相棒は、外れかけの蝶番にほうほうの体でしがみついている扉の向こうに出て行っただけだ。
(扉?)
修復跡の多い天井と壁、穴が開いて薄いクッション材が見えている座席。腐りかけの床。獣の匂い。自分の荷物。
(馬車? かな? なんでぞ)
「あーどっこら。きみ仁ー、ここどこー? ちょっと俺昨日の夜から記憶がないんだけどー」
扉を壊さないように外に出ると、知らない景色がひろがっていた。