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四、反出生主義無明バイアス:セリアの巻 4-ろ

きみ仁がアルコールを摂取したとは思えない身体能力で窓から飛び去った直後、蓮李はしれっと懐からコルク栓をした試験管を取り出した。

試験管は、琥珀みを帯びた液体で満たされている。


「ふん、反抗期め」


蓮李が躊躇いなく栓を抜くと、アルコールの匂いがセリアの鼻をつく。

本当に少し、口をつける程度に、蓮李は試験管の液体を啜った。


「ほ、ほんやくコニャック?」

「そ。きみ仁くんとは長くてね。あいつが酒持ったらどうするかは織り込み済み。実はさっきのが予備で試作品の一部」


セリアがおそるおそる尋ねると、蓮李は栓をして、試験管を顔の横で振りながら、屈託なく笑った。

試験管が陽の光を受けて煌めく。

隈が濃くてボサボロなのに、なぜだろう、ひかりのよく似合うひとだ。


「ご飯にしよ。それから、お話をしよう。情報をご所望なんだって? あ、所望って意味わかる?」


蓮李の気遣いに、しかしセリアはぷっと頬をふくらませた。


「セリ、ジーニアなの。そこらのガキと一緒にすんな」

「えっ、くちがわるい。かわいい〜〜」


蓮李は酔っ払いみたいにべろんとした笑顔になって、大きな手でセリアをひと撫ですると、ふらっと、給湯所だろうか、扉に向かう。

さっとセリアの胸に不安が広がる。

この人達は大丈夫だ、なにかするなら眠っている間にするほうが効率がいいはずだ、そこまで思考は巡るのに、もう警戒が身体に染み付いて離れない。

あの扉はどこに通じているのか? 追っ手が待ち構えていたり、凶器をしまってあったりするんじゃないのか?


「どこに行く!」


気が付けば蓮李を怒鳴りつけている。

蓮李はひどい隈をひっさげた目を瞬かせた。


「どこって……ああ、そうね。自己紹介がてら、ちょっとだけ、マジックショウといこうか」


蓮李はいたずらっぽく笑うと、踵を返してセリアを抱き上げた。

一瞬、セリアの呼吸が止まる。

悲鳴をあげそうになって、しかし大声をあげて誰に何を気取られるかわからない、そもそもここがどこなのかもわかっていない事に気づく。

暴れようにも、寝起きで体に力が入らない。

膝が痛い。

(だいじょうぶ、だいじょうぶなはず)


「離して! どこに」

「ノブをこう、いっかい、にかい、さんかい」


蓮李は、ぺち、と繰り出されたセリアの平手打ちを意に介さず、上下式のドアノブを三回上下させ、「オープン」と扉を開いた。

セリアは思わず、脅威もくそもなく手近な蓮李にしがみつき、ぎゅっと目をつむる。熱風が吹き出て眼球を蒸発させられないように。


「セリアちゃん。別にえぐいもんとかないよ。そういうの堂々ぶら下げてるひともいるけどね、俺はグロいのは好みじゃない」


ぽんぽん、と背中を叩かれて、セリアは勇気を奮い起こし、そろそろと目をあけた。

いつの間にか、顔ごと蓮李に押し付けていたようで、まず蓮李の襟が目に入る。良い生地だ。


「見た目グロいのはね、俺ほらガキとつるんでるわけだし、情操教育っての? あんまり目にさせたくないんだ」


草の匂いとアルコールの匂いが、セリアの鼻をついた。


(草!? 屋外!? でもここ、地階ではなかったような)


きみ仁はさっき部屋を出る時、窓から空に一歩を踏み出すように出て行った、だからセリアはだいぶ驚いたし、蓮李は「怪我がしんどくても階段使え飛び降りるな、学べーー!」と声をかけた、はずだ。

セリアは思い切って目を開け、顔を持ち上げた。

様々な植物がぶら下がる網棚と、網棚を吊るされた三角の天井、天体観測できる望遠鏡がつっこまれた小窓つきのロフトが見えた。網棚は、下に植物の逆さ吊り、上に鉢植えをみっちり乗せてガラスに覆われ、中では魔法陣が何個か浮いて、気ままに水遣りしたり、ただふよふよ漂ったりしている。

セリアは瞠目した。


様々な計器の乗った机や棚、棚は本棚から網棚から小間物ダンスから植物棚まで様々あるが、どれもいっぱいでぎゅうぎゅうで乱雑だ。いくつか中身があふれて閉まらなくなっている抽斗もある。

植物には燦々と陽があたっている。セリアの位置からは見えないが、小窓のほかにも、窓があるのだ。


陽当たりのいい、多分そこはラボだった。計器の中にはよくわからないファッショナブルなものもあるが、試験管、フラスコ、分銅計、天秤、砂時計など、セリアがよく知っているものもある。

なのに、セリアの知っている、スチール家具で区画整理されたような研究室とは、だいぶ様子が違う。


セリアが寝ていた部屋の二倍は広いその部屋は、最低限の動線の他は、物、もの、モノで、物の洪水に沈没中、みたいな有様だった。その最低限の動線には、きらきら光る線や文字が刻みつけられている。魔法陣だろうか。

適当に椅子にかけられた毛布、壁のフックに直接引っ掛けられて、ハンガーを手持ち無沙汰にさせている衣類、コルクボードを飛び出して直接壁にまで貼り付けられた魔法陣の図案、札、魔法陣の図案、メモ書き、大きくばってんされた魔法陣、魔法陣、なにかの記事の切り抜き、魔法陣。

本棚には製本されたものも巻物もファイルボックスもぺら紙もランダムにつっこんであって、色や大きさがバラバラなせいか、見た目的にうるさい。

部屋の奥、ロフトの下には射角と大きな定規といくつかの磁石とふせんのついた設計机があって、設計用の大きな紙が、丸められて何本も木箱に突っ立てられている。そしてその木箱が設計机を中心に、両翼を広げるように並んでいる。

木。

木だ。

セリアの知っているラボと大きく違って見えるのは、壁も床も天井も、木製だからだ。

しかも、部屋の手前、入り口から近い位置には、ミシンと手芸用品を突っ込んだ棚、金物類をさげたボードがある。

ハンマーの金属がきらっと光って、セリアは反射的に蓮李にしがみついた。


「セリアちゃん? どしたの?」

「どうもしない!!」


虚勢の分だけ声が張った。(びびりを悟られたら、つけ込まれるかも知れない!!)

蓮李は特に、気にする様子もない。

どころか、いたわるようなソフトさで、大きな手がセリアの髪に触れる。そのまま、優しく撫でられた。


「ここはね、俺の書斎」


(書斎!?!?)


紙を原料から作るんだろうか、という程度には、紙より植物の方が多い。

蓮李は続けた。


「兼実験室兼研究室兼仕事場」


セリアは一気に言われすぎて、つまりワークスペースなんだと理解するまで数秒を要した。

そしてふと、室内の違和感に気づく。

気づいて、蓮李の手をふりほどく勢いで、扉のあちらとこちらを見比べた。

なにかおかしい。

ものの見え方。試験管やフラスコを抜けて描かれる虹色スペクトルの位置。全体的な、室内の色調。日に照らされた、埃の舞い方。


「ひかりの……射角がへん……」

「えっすげ。わかる?」


セリアは観察しながら、頷いた。

窓の位置。影の濃淡。濃い影のでき方、薄い影のでき方。方向。方位。


「太陽の位置が、違う。寝室とラボで、影のでき方がおかしい。光源が違う……? ふたつ、太陽があるみたい」

「えっほんとにすごいね!!?

 扉のこちら側は朝だけど、あちら側は、今は午後のティータイム頃だよ、真冬だし」


ふゆ!!?

セリアは確かめるように、蓮李を見つめた。

三日三晩野外で過ごしたセリアだが、季節が冬だったらとっくに死んでいる。

蓮李はいたずらが成功したように、笑った。「ほんとは時空に関する魔法は失われた事になってんだけどね」


そうしてセリアを覗き込む。

色素の薄い瞳は、底なし沼みたいに、薄いのに深い。


「俺は偉大な魔法使いの、蓮李。とりあえず大魔法使いって覚えておけば間違いはないから」


(そういう事って、自分で言っていいんだ!!)


セリアはあんまり覚えなくていい自己表現を覚えた。



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