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四、反出生主義無明バイアス:セリアの巻 4-い

(れんり、の言葉がわかる。状況が、変わった!?)


セリアは、勢いよく天蓋付きベッドから飛び出そうとして、思ったより体に力が入らず、リネンが重く、点滴の真っ最中だったことに気がついた。

びん、と輸液管が張り、ベッドの端から転がり落ちる。

衝撃を覚悟してぎゅっと目を瞑る。細い点滴針が、セリアの皮膚破る痛みが走った。


でもそれだけだった。


「だいじょうぶ?」

かみさま、じゃないきみ仁が、リネンごとセリアを抱きとめてくれている。

(かみさま)


「いいぞティーネイジャー。しかしお前も怪我人なんだからやせ我慢はおよし。足、大丈夫?」


きみ仁が、噛みつくように何か答えた。

セリアは、手の微細な痛みを忘れて、蓮李を凝視した。

まず思ったのは、ぎょっとするほど顔がひどい。


蓮李の顔には濃いクマがあらわれ、眼精疲労で目の周りは窪みたいだけ窪み、髪はぼさぼさというよりばさばさ、肌は青白く血色を失って、頰には疲労の色がげそっと出ている。

それなのに、目だけが爛々として、クマとのコントラストが余計に強調されて見える。

更に全開にした窓辺に立っているものだから、朝の光が逆光になって、濃い影が深く掘られ、眠れなくて窓の外を見上げたら星の間に縄を投げて円を描くための公式を考え始めて止まらなくなる科学者あるあるで夜を徹してしまった技研の研究員みたいだった。

技研の研究員、即ちセリアの敵。


(そうだ、セリは、このひとたちのこと何にも知らない。敵かも知れないんだ)

「おはよセリアちゃん。俺の言葉、わかる?」


凶悪な顔の蓮李が、しかしへらっと笑って声をかける。

セリアはきみ仁の腕の中で、がくがく頷いた。


「ぃへへ。ほんやくコニャック〜〜」


蓮李が丸フラスコを朝日にかざして、振る。


「セリアちゃんの脳に埋まってる魔法陣分析して、作ってみました!

 俺の言葉はセリアちゃんのわかる言語に聞こえるし、セリアちゃんの話す言葉は俺にわかる言葉で聞こえるよ!

 セリアちゃんもなんか言ってみて!」

「 Vaffanculo.」


きみ仁がひどい言葉を吐いたので、セリアは驚いて彼を見た。悪意の有無が読めない真顔だった。


「きみ仁は黙ってろ?

 セリアちゃん、なんか言ってみて!」

「え、て、えーと、て、てめぇら一体なにもんだ」


セリアはなるべくなめられない言葉を選んで凄んでみたが、蓮李は感動で口元をおさえて涙ぐみ、きみ仁は何事もなかったようにセリアをベッドに戻した。


「わかる! セリアちゃんの言葉がわーかーるー!!! おおお!! 神よ!!」


蓮李はその場でくるくる踊り出した。


「セリアちゃん、吐いたんだって? どうする? まだ点滴の方がいい?」

「蓮李はどうしたの?」

「大人は徹夜明けテンションにアルコール入れるとああなる。害はないから。もう一回寝る? 点滴やめとく?」


セリアは首を振った。

きみ仁は何をどう解釈したのか、頷いて点滴キットを撤去すると、チェストを開けて、セリアの点滴痕を脱脂綿で拭く。

脱脂綿からは、消毒液の匂いがする。本当に消毒液かどうか、毒物ではないのか、一瞬不安になる。

セリアは、彼らについて、あまりにも情報がない。


(敵、ではない、かもしれない。でも、味方とも限らない。かみさまではない。いつ裏切るかわからない。

 でも、裏切る? セリが吐いたの片付けてくれて、看病? してくれてる、この人たちが?)


セリアは、膝をついて輸液だまりを掃除しているきみ仁の横顔を見た。

きみ仁は今日も腫れた頬に大きな湿布を貼って、軽く包帯を巻いている。


「セリは、話が通じるなら、話したい。情報が欲しい。脳の魔法陣ってなに?」

「はいはい! そこは! 俺が! 説明するから!!!」


手を挙げて主張する蓮李に、きみ仁が何かを言い返した。

蓮李が「ああそうね」と言って、窓は開けたまま、遮光カーテンを閉める。

セリアは、そこでようやく気づいた。


(今度は、きみ仁が蓮李と話してる時の言葉がわからない!!)


きみ仁は、セリアと話す時はセリアのわかる言語で話すが、蓮李と話す時は、蓮李には通じてもセリアにはわからない言語で話す。

その切り替えがあまりに自然なので、セリアは彼が二言語を使い分けていることまで考えが至らなかった。


「きみーと、は、あれ、呑まないの?」


セリアは丸フラスコを指差す。

きみ仁の目にさっと喜色が浮かんだ。蓮李に何か言う。

蓮李は顔をしかめて鼻の穴をふくらました。


「未成年は、飲酒禁止!」


きみ仁は更になにか言い募った。


「うるせぇ、地元で成人してても俺は許容しねぇ、成長期の剣士でしょ、万が一にも成長に障ってみなさいよ!

 大体アルコール分解するまでしか効果時間がねぇの、お前の体アルコールなんか一瞬で浄化すんじゃねーか! 肝臓までいってんの!?」


きみ仁は人差指を立てて、反対の手でセリアを示し、なおも言い募った。

セリアはボディランゲージというものを目の当たりにして、目を見開いた。


(ひとくち! て言ってるんじゃないかな! これ! おお! 言葉が、わかる!!)


セリアは少し興奮した。蓮李の感動を、少しだけ理解する。

蓮李は大変渋い顔で「うぇえ……」と唸ったが、胆汁でも飲んだみたいな渋い顔で、渋りもあらわな足取りながら、フラスコを持って近づいていきた。

きみ仁が少し上気して輝いた目で、


「ありがとう。俺アレ試してみたかったんだ」


セリアに礼を言った。

セリアはびっくりして瞬いた。


(お礼。今。セリ、感謝、されたんだ)


セリアは、ふわっと、胸のあたりの血流が良くなったような気がした。

きみ仁の意識は完全に丸フラスコに向かっているが、セリアはなんだか照れ臭くなって、リネンに口元まで潜り込む。


「ひとくちだぞ! アルコール度数考えアッ」


きみ仁は蓮李から丸フラスコをひったくると、ほとんど逆さにしてあおった。

一気に飲み干して、ひとくち! と言いながら、蓮李に空になった丸フラスコを突き返す。


(きみ仁の言葉も、今!)


セリアは目を輝かせた。蓮李が「やると思ったよバカヤロウ!」と丸フラスコできみ仁を殴る。丸フラスコは作りが頑丈なのか、結構な音がしたが割れなかった。

きみ仁がまったく反省のない声で返した。


「レンだって、強くないそんなにアッカホーであるので、べき気をつける量です!

 ちゃんセリア、聞こえはどうで○▷@!?」


途中から、効力が切れたのか、きみ仁の言語は理解不能になった。しかしそれ以前の言葉も理解可能であったかといわれると、理解”は”可能だったがなんとも不可解だ、としか言いようがなかった。


(アルコールの分解と浄化では、なにか、作用機序が違うとか、そういう、いやでもえ???)


セリアは初めて”愕然”という感情を感じていたが、きみ仁がどこか楽しそうに、蓮李は苦虫を奥歯ですり潰し中みたいな顔で、セリアの意見を待っているので、セリアは何か返すしかなかった。


「た、大変、エキサイトして聞こえました」


セリアは自分も今適切な文法で話せているのか、自信がなかった。

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