三、見不(みず)のなまえ:彪の巻-ろ
「で、これが昔使ってた井戸」
彪が紹介したかったものを、隣からトーヤが言ってしまう。
「冒険者って井戸の視察なんかもするの? それは蓮李先生の指示? なにか、魔法の進歩に繋がるのかな!」
ミッカが落ち着きなくうろちょろしながら、質問責める。
「俺の趣味」
身を乗り出して中を覗き込むきみ仁の声が、井戸に反響した。
「きみ仁。落ちるから」
ネオは腰に腕をまわしてきみ仁を支えている。トーヤの指示だ。こういう時、一番体格がいいのに仕事をしないのがトーヤだった。
「ごめんもうちょっと」と言ってきみ仁が更に身を乗り出す。きみ仁の無事な方の左足が、地面から離れた。
カロッと音を立てて井戸の縁のほんの端が崩れ、わあああ、と男全員でネオを支える。
「がんばれぇー! 野郎どもぉー!」
讃良が呑気に声援をくれるが、ネオの首筋が粟立っているのが、真後ろにいる彪にははっきりと見える。きみ仁も「あと少しー!」なんて呑気にリクエストしてきた。街の外の人間は神経の構造が違うんだろうか、彪はいい加減にしろと叫びたかったが、何か言う前に「おおおぉ!!」とトーヤが漢気を見せたため、なんにも言い出せなかった。
「ありがとう。右足こんなだから、みんないなかったら奥まで見られなかった」
ほとんど引っこ抜く形で井戸縁から持ち上げられたきみ仁は、思わぬ力仕事で死屍累々となった野郎どもにけろりと言った。
トーヤがかっこつけて「いいってことよ」と親指をあげるが、地べたに這いつくばって尻だけ突き出す格好なので、あんまり格好はついてない。少なくとも彪はそう思う。トーヤは讃良の前で格好つけるのが趣味だ。
曲芸師ばりの宙吊りで井戸を覗いていたきみ仁だが、軽い運動した、くらいの顔色で立って、街の地図を広げ、讃良にぽつぽつ質問をしている。陸にうちあげられた淡水魚状態の彪は、改めて(冒険者なんだなぁ)とため息をつく。
街をおおかた練り歩いた六人は、西南端にある井戸に来ていた。
技研からスラム街を挟んで、市壁と朽ちかけた倉庫の間にあるこの井戸は、迷路のようなスラムの建物に阻まれ、技研による肥溜め化を免れている。
とはいえもう使われなくなって長く、井戸端特有の小広場の中、誰が何のために持って来たのかわからない廃材にまみれて、忘れ去られていた。
今では、彪たちのいい溜まり場になっている。
(すげーなぁ。冒険者は。足怪我してんのにあんだけ街歩いて、まだ体力あんのか……)
彪はなんとなくきみ仁を視界の端に追いやりたくなって、ごろっと寝返りを打つと、空を見上げた。
太陽が地平に沈もうとウォームアップする時間の、夕暮れでも真昼でもないサン・オレンジが、大気にとけてきている。
いちにちが終わろうとしている。
どんな冒険譚にもならない彪のいちにちが。
それでも、今日は冒険者の話を聞けて、外の世界を知れて、十分、冒険みたいだった。
(俺はこの街で、技研に迎合して使うも棄てるも技研次第な、技研経済の廃材みてぇな、人体実験を黙殺する大人に囲まれて、ただ居るってだけの日常を送るのかな……)
そこの井戸のように忘れ去られる以前に、誰の記憶にも残らないで、サン・オレンジみたいに空気にとけて、いつのまにか沈んでいく。
「それでへェ? きみ仁くん的収穫はあったはぁ?」
普段眼鏡より重いものは持たないミッカが、仰向けで四肢を投げ出したまま、へろへろ質問した。
「すごくあった。それで。みんなに聞きたいんだけど」
きみ仁は地図を折りたたみながら、全員を見回して、包帯ぐるぐるで動かせない表情筋を、微笑ませたようだった。
「秘密とトラップは好き?」




