三、見不(みず)のなまえ:蓮李の巻
翌日、蓮李は頭痛をなかった事にして子供用の寝間着を縫っていた。携帯用自動縫製機の控えめな音が、セリアのか細い寝息をかき消す。
たたたたたたた
単調な音は精神統一に丁度いい。
布地は夜のうちに取り寄せた。黄道会の大幹部ともなれば、「任務に必要なんでぇ」と言えば大体のものはとり寄せられる。
濫用すると逆に借りを作ることになるので、よほどのことがない限り使わないが、重態の幼女が休むのに適した服を持っていないなんて非常事態でしかない。セリアが現在纏っているのは、きみ仁の洗濯しすぎてごわっごわした胴着の替えだった。きみ仁の急激な手足の伸びと、洗うたび縮む胴着の袖が防御性の限界を訴えてきて、そろそろ捨てようかと悩んでいた代物だ。
休息が必要な幼女の柔肌に、使い古しの胴着。
あってはならない。
たたたたたたたたたたた
昨日会議に使ったティーテーブルに布を広げ、ハンディミシンを走らせる。
深夜便で取り寄せた紺色の天鵞絨は光沢があり、軽くて着心地が良く、暖かい。この土地では暑いかも知れないが、セリアの筋肉のない体にはちょうど良いように思えた。
糸を歯で裁って、仮縫いの終わった上衣を広げる。本人就寝中のため、採寸が甘いのが気がかりだ。
(合わせてみるか……)
蓮李がそっと立ち上がり、布団を持ち上げると、きみ仁の胴着を帯で巻いただけのセリアが、むずがるように眉を寄せた。
蓮李は急いで布団を腰元までめくると、上衣をセリアの肩に合わせ、袖の長さを確認し、裾の長さの調整を決め、また布団をかけた。
セリアは、どこかまだ苦しそうに、きゅっと布団を握りしめ、熱い息を吐いた。
蓮李はベッド脇のチェストに置いた救急箱の中から、ガーゼを取り出してセリアの汗を拭った。
たっ たっ たっ たっ たっ
点滴が、幽き音で、セリアと世界を繋いでいた。
南中の日光がセリアの汗に反射する。開けた窓から、鳥の鳴き声が入ってきた。
床には、輸液に反射した光が穴のように白く落ちている。
夜間、きみ仁がマメに点滴をチェックし、脇の下に当てた氷嚢入りタオルを繰り返し替えた甲斐あって、セリアの高熱は少しだけさがり、顔色は昨日よりマシ程度には回復している。
チェストには、きみ仁の字で殴り書かれた輸液滴下数の計算メモも置いてあった。輸液パックの交換はしなくて大丈夫だと言っていたが、きみ仁が外出中の今、セリアが目覚めたら針を抜くのは蓮李の役目だ。
(きみ仁はよくまぁ、こんな子供に針刺せるもんだなぁ………)
俺無理。
きみ仁の事を考えると、頭痛がぶり返す。
蓮李は気を紛らわすように、再びミシンに戻った。
しかし一度思い出してしまうと、簡単には止められない。
昨夜、なかなか戻らないきみ仁を呼びに廊下に出ると、彼の姿はどこにもなかった。肝が瞬間冷却されたような感触を、蓮李は一晩経った今も思い出せる。「きみ仁!」と叫んで開いた窓に駆け寄った。
昼に屋根から落ちたのに、やっぱり窓からも落ちたんだろうか。屋根から落ちた時に、落下の趣味に目覚めたのか。それとも予想外に早く技研にかっさらわれたか……碌でもない危惧が脳裏をよぎったあと、窓から身を乗り出した蓮李が見たのは、小さな人影を抱きしめるきみ仁の後ろ姿だった。
(ナンパしてんじゃないよおおお!!!)
よっぽど怒鳴りつけようかと思ったが、それが出来なかったのは、きみ仁の肩がかすかに震えていたからだ。
しばらくして部屋に戻って来たきみ仁は、裸足で、それ以外はいたっていつも通りだった。毅然と顔を上げ、軍人らしい背筋で、上官に報告するような冷静さで蓮李に告げた。
『大変。地元の知り合いがいた』
『そういう事はもっと大変そうに言いなさいよおおお!!!』
蓮李は今度こそ怒鳴りつけた。セリアが寝ている事を一瞬忘れた。
浴室で足を洗って戻って来たきみ仁は、淡々と初瀬部讃良子という少女について語った。
聞きながら、蓮李は説教をかます気が萎えていくのを感じていた。
どうして正体を知っている相手に会ったのか、隠れなかったのか、誤魔化さなかったのか、感情に流されたのか……そういう正論が、全て無力な詭弁に感じられたからだ。
きみ仁は、いつも通りのようにも、感情を押し殺して振舞っているようにも見えた。
たたたたたた
手元でミシンの音が響く。針が布を貫通し、糸が布を縛り、整った形に成るよう、容赦なく作り変えていく。形だけを。
たたたたたた
「………………………………政変か……………」
蓮李は知らず呟いていた。
(自分に味方したせいで、ひとつの家族が追われる身になったら、どんな気持ちになるんだろう)
それは蓮李がセリアに抱く罪悪感に、似ているような気がした。
(セリアちゃん。三枝が、ごめんね)
蓮李は眉間にしわを寄せた。
(ごめんね。昔はああじゃなかったんだ)
針が布を突き通る。布はなす術なく、それを受け入れている。




