表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/29

三、見不(みず)のなまえ:彪の巻

『技研はさ、街の大事なスポンサーなんだ。高額納税もそうだけど、あんたの履物が刺さってた浄水タンク。アレだって技研が俺たちにくれたものだし、定期的にメンテにも来てくれる。水道インフラも、技研の研究に必要だからついでですってばかり、整えてくれた』


それは破損してしまい申し訳有りません、と謝るきみ仁に、サラが良いんだよそんなの、と唾を吐くように言った。それは俺が言いたかった、なんかかっこいいから、と彪は思った。

昨日。

足の応急処置をしたきみ仁は、技研の実験動物はじめ、技研の話を聞きたがった。

技研がこの街に来たのは十年前。彪が五つか六つの時だ。

正確には「くることが決まった」のであって、建物もひとも未だ来ていなかった。

彪が覚えているのは、当時大人がひりひりしていたこと。「ぎけん」というよそ者が原因らしいこと。「ぎけん」は虐めていい悪者らしいこと。

それがいつの間にやら立場が逆転し、「技研」はありがたぁいイイモン、もしくは仲間かそれ以上になっていた。

仲間だから、技研は街に尽くしてくれた。

仲間だから、もう悪口は言わない。

仲間だから、おかしいと思っても否定はしない。

ただ見守って、そういう生き方しかできないことを受け入れる。違うというだけで否定するのは、断絶しかもたらさない。これ以上の断絶はよそう。技研の招致をしてくれた、暁市ともうまくやっていこう。

技研は、外から来るものが必ずしも侵略者ではないと教えてくれたんだ。

大人は生活に疲れた顔で、そういう理屈を唱え始めた。

技研は仲間、という大人は、まるで技研が自分たちコミュニティに与える恩恵が妥当で、対等な関係を築けていると言いたがっているように見えた。

子どもは大人の顔色をうかがって、追従していった。


そして一定の年齢になると、技研について疑問を持ち、技研と大人への態度を、改めて選択しようと考える。


彪も今、そこにいる。大人が反抗期と嗤う季節だ。


『良ければ浄水タンクを見せていただけませんか。穴が空いてるなら、簡単に塞いでから行きます。これから雨が降るのに、雨水が入っては浄水が汚されてしまう』

足の応急処置の具合を調節したきみ仁がいうので、彪は彼を支えながら外に出た。

きみ仁の履物がどんな硬度か知らないが、浄水タンクの天部は無残に内側にへっこみ、その中心は破れて細長いクレバス状の穴になっていた。

『俺たちがマトモに水を飲めるようになったのも、ウチが氷作りに労力割かなくて良くなったのも、技研が水道インフラ敷いてくれたおかげなんだ。それまでは俺も、水汲みによく行かされてた。

商売ってさ、結構、水、大事なんだよな。なんか作るにしても、絶対そこには水が要る。それもきれいな水が。泥水で練ったパンは誰も食わないだろ、上等な皮の屍体だって、泥水で洗ったら痛んで羊皮紙くらいにしか出来ない。

だからさ、これ……コレ言うと大人は、ガキは陰謀論が好きだよなって笑うんだけど………俺たちの間ではさ、技研が灯篭町に目をつけたのは、閉鎖的で秘密を隠すのに打ってつけだったからじゃないか、て……』

ふぅん、ときみ仁は首をかしげ、『ちょっと中見ていい?』とタンクを指した。

物好きだなぁとサラは呆れて、三人はタンクを囲むように立った。

きみ仁は、卵型の石を括り付けた紐を取り出し、フンという気合とともに、石を割った。

彪が目を見開いていると、石は割れ目から発光し出し、きみ仁は紐に残ったほうの石を、そうっと浄水タンクのクレバスに差し入れた。

『おお〜畜光石、ひさしぶりに見るぅ』とサラは口笛を吹いた。彪は初めて見る。

『中、見てみる?』ときみ仁がいたずらっぽく笑った(多分。顔が腫れていてよくわからない)ので、サラと順番で石を持ち、中を覗く。


初めて覗き込んだタンクの中は、当然ながら水が張られていた。


『おふたりは浄水の仕組みをご存知で?』

きみ仁の問いに、二人は否やと答えた。その間も、彪は石を右に左にスライドさせて浄水タンクの中を検分する。

水面は光を反射し、凪いでいた。澄んだ水だ。もう少し明るければ、タンクの底まで見えてしまいそうだ。

『浄水には色々方法がありますが、ざっくり言えば、砂や砂利を詰めた筒に上から水を入れて、ゴミ等の人体に有害なものを物理的に取り除き、最後に消毒剤を通します。この時、水は必ず上から下へ流す。それが一番低コストであるから』

『へぇ。だから?』

タンク内見学に夢中な彪にかわって、サラが問う。

『この地域の建築物が箱型なのは、雨に建物を伝わせる事で、この石溝に効率的に水を流すため』

この時彪は初めて顔を上げた。

きみ仁は、家をぐるりと囲む、小さな溝を差した。彪は目で、溝をなぞった。

『あぁ……そういや、クサールは四隅に穴があって、地下に水が落ちる仕組みになってんだって、親父に聞いた事あるわ』

きみ仁は頷いた。

『おそらく四隅の穴は砂利やなんかを詰めた筒に連結していたはずです。そこで一次ろ過され、集められた地下で、不純物は沈殿し、その上澄みを、井戸から掬い上げる。かつてはそうしていたはずです』

『へぇ。上澄みかどうかは知らないけど、そうかもなぁ。井戸水生活だったからな、よく知ってんな』

彪は感嘆を込めてきみ仁を見たが、きみ仁は気まずげに目を逸らした。

『元軍人だから。建築物の構造把握は、戦術の基本。水もまた然りってやつです。

だからここで疑問が湧く。この浄水タンク、どういう仕組みで水を浄化してんのかなって。気づいてます? この中、沈殿物も何もない。まるで初めから浄化済みの水を貯水してるだけみたいだ』

彪とサラは互いに顔を見合わせて、同時にタンクの周囲を見た。

タンクは横に長い方形で、角は丸く、薄く伸ばした合板でできている。横幅は、きみ仁と彪がふたり並ぶより少し広いくらい。縦には、彪ときみ仁の胸から足の付け根まで、それなりの大きさがあるとは思うが、貯水タンクにしては小さい……かも知れない。四脚のスタンドに支えられ、背面で壁の中の水道管と繋いである。

『さぁ………水道管の中に濾過用の砂利が詰まってる、とかじゃねーの』

『水道管は、圧力で水を通します。中の状態は常に一定である方がいい。ろ過などすればゴミが溜まり、菌が繁殖して内圧が変わる。可能性は低いでしょう』

『それが何か、問題なの? 体に悪いとか?』

サラが首を傾げた。

『十年飲んで健康被害がないなら、問題はありませんよ。ただ……そのタンクの、壁側の面』

サラと彪は石を奪い合って中を覗き込んだ。

『『あっ』』

壁と接する面の奥、水に半分以上浸かるようにして、魔法陣が描かれてあった。


『物理機構の代わりを魔法陣にさせるのは、今では珍しいものではありません。ただ、それが技研の支給、というのが気になる』

きみ仁は、雨が降るからと穴を防水布で何重にも覆って、暫定的な修繕をほどこした。テキパキ終えると、また明日来るからと言って、まだ湿らない地面で、たんたん、と片足立ちで跳ねた。硬そうな履物なのに、不思議と音は立てない。

『行くってあんた、ジーニアには』

サラが心配そうに声をかけるが、きみ仁は幾度か深いジャンプを繰り返し、

『今日はありがとうございました。今日はお会いできて嬉しかった』

ふっと消えた。

彪はこれでもかと目を剥き、サラと二人であちこち見回す。

『あ!』と彪が指差した先、彪の家を背にしてお向かいさんちの屋根に、きみ仁は現れ、そしてまた消える。『え、どこどこ!』とサラが喚く頃にはもういない。

彪は、何年か前サラに聞いた、童話の、天狗のような動きだと思った。堕ちた僧の成れの果てという人外の。


(あれが、冒険者)


彪の心臓がととん、と弾む。


(あれが冒険者)


彪の手には、ほの光る石がぶら下がって、揺れている。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ