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二の結び:アコラの巻 世界がどんなところでも

この案件には数日かかる。

アコラがそう言った途端、真っ先に噛み付いてきたのは、最年少研究者のヒミカだった。

「アコラちゃんマジプロ意識足りなくない。今日中に見つけてきてよ、もう1週間もしないで、三枝所長来ちゃうんだよ」

ヒミカは去年、若干十三歳でこの研究所に迎えられた。世界に名だたる三枝生命技術研究所、最先端テクノロジーの集積所に。それは優秀な子なんだろう、親もさぞかし誇らしいだろう。自分の娘にも、こう育つ可能性はあるんだろうか。

くりんとした目が小動物を思わせる小さな顔、折れそうに細い手足、黒い直毛をつやつやとさせ、高く二つに結っている。研究には不必要なくらい、履物の踵も高い。ヒミカはこのむさ苦しい街のむさ苦しい研究所で、自分の容姿の有用性を知っている。そういうところも、頭がいいんだな、と思わせる。


(それがこの子の気持ちのいいとこかなぁ)


対人のコツは相手の長所を見つける事だ。

そして対人はビジネスだ。

冒険者ギルドの上辺に駆け上がるための処世術で、一番自営業に活きているのは、冒険者を見下したり蔑んだり女を下に見たり下心で見たり、とにかくそういう気にくわない依頼者と報酬を挟んでどう対峙するかという技術だった。

熟年研究員のエラリィがヒミカをたしなめる。

「抹元さんはお子さんもいらっしゃるんだから、無理言わないの。本来なら協力していただけるだけで御の字なんですから」

ヒミカは研究員全員の前で注意されたのが屈辱だとでもいうように、会議室中に響く程声を張る。

「うちなんにも間違ったこと言ってないじゃん! ガキがいるからなんなの? 自分も女だから同情してんの? 仕事でしょ?」

「仕事をするのはひとなの、ヒミカ」

エラリィは落ち着き払って言った。

「はあぁあマジないわ! 冒険者にも時短勤務ってあるんですかぁ?」

「子供みたいな真似よしなさい、だから動物管理なんて雑用しかまわされないんですよ、ヒミカ」

ヒミカが顔を真っ赤にする。

「その動物管理すらまともにできなかったから、今こうしてアコラさんにお世話になってるわけで」

中年の男性研究員が言う。

「プロ意識云々言えた話でもないっていうかな」

別の男性研究員が明らかに悪ノリして続ける。

ヒミカが血走った目で叫んだ。

「うちならこんな大人絶対なんねぇ」


(まぁ、うん、そうな、確かにこういう大人には、なるな)


アコラは半分、ヒミカに同情した。

ヒミカが「ちょっとトイレ」と足音荒く会議室を去る。

「ごめんなさいね。ことが発覚したら三枝所長に怒られるのは、実験動物管理担当のあの子なの」

エラリィは「本当あの子といるとストレス溜まって、甘い物でもないともう」と言いながら、アコラ用に出された茶菓子から一番大きいドーナツを持って行った。多分、エラリィは、ストレス溜まると言いながら脂肪を溜めていくタイプだ。

パサパサの金髪にトッピングの粉砂糖が絡まるが、エラリィは気づいていない。

(こりゃヒミカちゃんとはとことん気が合わないだろぅなぁ)

「いえ、それよりも、数日かかると申し上げた根拠を、聞いていただけませんか」

アコラが愛想笑いを張り付けて言うと、会議室に残された三枝生命技術研究所のなまっちろい研究員たちは、「恐れ入ります」「お願いします」「うちの下っ端がほんとすんません」と口々に言った。

眼鏡率百パーセントの研究員連中は、中年揃いとあって冒険者の何たるかを心得ている。

時短勤務もくそも、冒険者に勤務時間はない。ただ、殺傷の腕でじんせいとかいう大海を泳いでいく生き物だ。

会議室には、エラリィと、生き残るために筋肉を鍛える必要なんて考えたこともなさそうな、うすぅい体型の野郎が五人。50名以上の町民が働く研究所だが、三枝生命技術研究所本部から派遣された研究員は彼らとヒミカしかいない。

その気になればこの場の全員、アコラは殺せる。

戦う力のない人間は、アコラには罵るよりも礼を尽くすのが得策だ。


「まず、捜索に出したと伺っていた中島なかじま研究員。彼からの定時連絡はまだないんですよね?」


ずじゅる、と自分に出されたミネラルウォーターとかいう気取った水をストローで啜りながら、アコラは確認した。

朝から犬と共に一番若い(といっても勿論ヒミカを除いての話だ)男性研究員を一人、逃げた実験動物の捜索に向かわせた、彼と合流して逃げた実験動物を確保してほしい。というのが、仕事はないかと訪ねたアコラにきた当初の依頼だった。

アコラさんこないだうちで赤ちゃん取り上げたばっかじゃないですか、ウチの依頼でママから離したら、赤ちゃんに怒られちゃうよ。

最初はそう言って追い払おうとしてきた技研側だったが、実験動物が逃げたって噂になってますよ、と言うと、顔色を変え、研究員を招集して、緊急会議を開きだし、アコラを善意の協力者謝礼付き、として祭り上げる方針に決めたらしい。

実験動物の逃げた経緯や捜索に出した男性職員の特徴など、色々開示してきた。

それが今朝の話だ。

しかしアコラがどこを探しても、犬連れの中島くんは見つからなかった。

途中、何度か授乳に帰宅したが、仕事を貰えたと言うと砥親は黙って娘を引き受けた。

砥親はアコラを見なかったが、アコラはそんな砥親をじっとりと見た。

久々に娘を離して、両腕が妙にスースーする。

副支所長と名乗った、頭のうすらはげた一番年かさの研究員の「それどころか犬に埋めた発信器も沈黙したままです。まったく今時の若者の頼りないこと」というぼやきに、まったくです、おっしゃるとおりです、と周囲から賛同があがる。エラリィだけが、甘いものの合間にはしょっぱいものね、とチーズ煎餅を口に入れていた。

(こいつら、副支所長に追従はするけど尊敬はしてねぇな、多分)

捜索に出た中島くんも、おおかた若い男性=子供のヒミカより体力がなんぼかあると判断されて副支所長に押し付けられたか、ヒミカの若い体にお願いされたかのどっちかだろう。どちらにせよ田舎にはありそうな話だ。

(技研って……こんな組織だったっけな?)

アコラは、冒険者現役時代、この支所からの依頼で仕事をしたことが何度もある。

とはいえ折衝はリーダーの役目だったから、技研についてそう詳しいわけでもない。ただ、エラリィは技研には珍しい女性研究員なのでなんとなく覚えている。昔は今の半分くらいのサイズだった気がするから、別のひとかも知れないが。

「えー、ですと、考えられる可能性はいくつか。

中島研究員が実験動物を占有しようとして連れ去ったか、中島研究員がうっかり実験動物に返り討ちにされたか、第三者に実験動物が保護されて、中島研究員が排除されたか」

ブラック企業が嫌になって中島くんが犬と家なき子を気取って旅立ったか。

アコラは最後の意見だけ飲み込んで、続けた。

「中島研究員の失踪って時点で、逆に実験動物が単独で外に出た可能性は低くなったと思うんですよねぇ。

外出るだけなら中島研究員どうこうって、ならないじゃないですか。

万一実験動物が町外に出て、中島研究員がそれを追ってるとして……外に出たんならそれこそ、技研に連絡して犬と追っかければいいと思うんですよ。暁市までは街道が通ってて、魔物除けもしっかりしてる一本道ですから、道が複雑な街中よりは、逆に捕まえやすいはずです」

「街道くらいなら、発信機で居場所がわかるしね。暁市まで行かれてしまうと信号が中継機に届かないけれど」

エラリィが5個目のドーナツをつまみながら言った。

「発信機の信号が途絶えたのはいつなんですか?」

「誰も見てないからわからないの。ログが残るような精度のもの、まさかこんな田舎に支給してもらえないしねぇ……」

そんなものを使う事態も想定していなかったし、実験動物も犬に追わせれば捕まる、と思っていたのだろう。

「門番から、連絡は?」「今日は早朝、暁市から戻ってきた馬車しか通ってないそうですよ」「出たんじゃなく入ってきたのか」研究員達が不安そうに会話する。それ多分うちのお客様乗ってきた馬車です、と言いそうになって、アコラはぐっと唇を締めた。

スイートご利用のお客様情報をばら撒くなんて、宿屋の女将としてあってはならないモラルハザードだ。娼婦とご利用の一般客なら、訊かれたら答えたかも知れないが。

「中島研究員と犬の失踪、という時点で、意図的なものを感じます。それが中島研究員の意図か、第三者の意図か、これを調べるのにはやっぱり数日はみていただかないと。街の人間が絡んでいたら、特定から始めないといけません。狭い集落とはいえ、情報が出回るには時間がかかるでしょう。

それで、技研側は、なにを優先なさいますか? 中島研究員を探しますか? それとも実験動物を?」


会議室を出てトイレを借りると、奥の個室がうまっていた。

ここは研究員しか立ち入ることのできない最上階のエリアだ。

ということは、エラリィが1ダース目のドーナツ(あれは多分アコラをもてなすためでなく、アコラをもてなすていでエラリィが食べるために用意されたんじゃないかと今なら思う)を食べているはずの今、消去法でいえば、使用者はひとり。

(いや? でもここ、男女兼用のトイレだったはず。ということは、本日姿をお見かけしてない支所長さんという可能性も)

すん、すん、と、鼻水をすする無様な音が、アコラの楽観にヒビを入れた。それでもまだ、泣いている支所長さんだと思いたい。

個室は二つしかない。個室下の隙間からちらっと見えたのは、高い踵。

うわぁめんどくせぇ、とばかり、アコラが用を足してそそくさと手を洗っていると、ばんっと個室が開いて真っ赤な目をしたヒミカが出てくる。

鏡越しに目が合う。

「エラリィのデブスババァかと思った……」

「左様で」

なるべく冷たく聞こえるように言った。

愚痴を聞く気も、慰める気もない、という意思表示だ。

そのまま口もきかないで出ようとする。

「アコラちゃんさぁ」

背後から呼び止められれば、それがどんな言葉であろうと、大人として無視するわけにもいかない。

依頼の報酬(技研的には、あくまで協力の謝礼)は、実験動物管理担当のヒミカ個人の懐でなく、技研の予算から出る。そこを勘違いした雇用主気取りの好き放題言うガキなんて一番関わりたくない。そのテのガキは、説明してもわからない可能性のほうが高いから。

アコラは最低限、足を止めて言葉を待った。振り返ってはやらない。


「アコラちゃんはさ、子ども、愛してやりなよね」


……………………どの口がなに目線でなに言ってんの⁉︎


思ったことが口をつく前に、聞いてましたよーと軽快に手を振って、アコラはトイレを後にし、元冒険者の素早さで脱兎さながら、出口に向かった。


(すごい、あれがじゅうよんさい、すごい、見ていて恥ずかしい。あれが若いってことなの⁉︎

ていうかなに、アコラちゃん「は」ってなに、もしかしてなにか、私は愛されなかったから……的な身の上話とか始まったのかな、それともただのいい人アピール⁉︎ え⁉︎ え!!? わからない!!!!!

どっちにしろメンタルがすごい、私、私もあのくらいの年のときってあんなんだったのかなぁ⁉︎)


娘にはあんな意味不明モンスターにはなってほしくない……アコラが育児書の購入を検討しながら技研の外に出ると、雨が降り始めた。

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