二、うつくしい世界:彪の巻
彪は破壊音で目を覚ました。
なんだぁ⁉︎ と寝起きの声で音の元へ駆ける。階段から「ちょっとなに⁉︎」と義姉の声が聞こえた。
皮剥職人の両親は狩りに出ている。朝日は美容にいいのよと、絶対間違ってる美容知識で素っ裸で屋上に転がるような義姉だが、今彼女を守れるのは男の自分しかいない。
人間の本能とは優秀なもので、危機を察して足はよく動いた。
果たして音のした皮剥作業場に向かえば、自分と同じ年頃の異国の服を着た少年が、しんどそうに身を起こしていた。技研から配布された浄水タンクが、上から岩でも落とされたように大きく凹んで、凹みの一番深いところになにかサンダルのようなものが刺さっている。
「誰だお前!」
彪は誰何しながら、冒険者だ、と察してもいた。
技研に雇われた冒険者は、だいたいあんな、どうやって着るやらわからない服を着ている。
その時になってようやく、彪は自分の丸腰に気づいた。
本能とはあてにならないもので、足は動いても寝起きの脳みそはどうにもならなかったらしい。
「うぃてぇ……いえ……怪しいものではございません……」
そう言った少年の顔は、彪が「う」と引いてしまうほど無残に腫れ、お気持ち程度の湿布が両頬にへばりつけてあった。その湿布も、新鮮な血に赤茶色く染まりつつある。彼の耳を針山のように飾っているピアスが、より痛々しさを演出している。
技研に雇われたというより、技研の病院の方に一方的な用がありそうだ。
「おいあんたそれ、顔、病気か? 寄るな、申し訳ないけどうち皮剥だから、伝染病ンなったら商品もろとも感染するかも知れねぇ、防腐処理が終わってない生皮が大量にあるんだ。皮膚病は一等ごめんだ」
彪は言いながら気持ち後退った。
「いえこれはただの擦過傷」と少年が壁に手をついて立ち上がる。少年の額の切り傷からたたたっと血が落ちて、彪は思わず腰を引いた。
彪は隣人を呼ぶべきか迷ったが、皮剥の作業場は匂いの問題からクサールの端、人家の少ない開けたエリアに広めに開いてあるので、この早朝に一声でひとを呼べるものでもない。姉が誰か呼んできてくれる可能性に賭けるしかない。
「サ、サッカ症ってどんな病気だ、うつるのか」
「擦過傷は擦り傷のことなんでうつりません……申し訳ありません、急いでいるので、このお詫びには後ほど必ず参りますので……」
ごらごらした苦しげな声で話しながら、少年はタンクからサンダルのような何かを引き抜いた。
少年の、奇異なサンダルを既に装備している方の足首が、ネズミを数匹丸呑みした砂漠蛇の腹のように腫れている。
「やぁだ! だめだめあんた怪我してんじゃん!」
民族衣装のジュラバを被っただけの義姉が、屁っ放り腰の彪のうしろから飛び出して来た。
少年がびしっと変な顔(元々大変な顔ではあるが)で固まった。
ねぇちゃん、という彪の呼びかけを無視して、義姉が少年に肩を貸す。
「もー、そんな足で歩いたら骨曲がっちゃうよ⁉︎ うち屍体扱うから冷やすものいっぱいあるんだ、ちょっと冷やしたげるからうちに来な! そっちの下駄は脱いで! 歩きにくいでしょ!
ほらぁ、オルも突っ立ってないで肩貸す!」
「でも、」と反論しかけた彪を「さっさとする!」と叱りつけ、義姉が臆することなく少年を引きずる。少年は明らかに義姉に圧倒されてされるがままになっていた。
デリカシーの欠片もない義姉だが、この街まで母一人子一人で苦難を越えて来ただけあって、こういう時の大胆さと手際の良さは彪には到底至れない。年齢なんてひとつしか変わらないのに。
ああもうどうにでもなれ、と、彪は義姉とは反対の少年の肩を担いだ。
「かたじけない」と少年がよくわからない言葉を口にする。「いーのいーの! 困った時はお互い様なの!」と応えた義姉は、つまり少年の意図するところがわかるんだろう。そういえばさっきも義姉は、サンダルに似た少年の履物をなんとかと呼んでいた。
少年は、未だ深いことを聞けない義姉の出身地と、近いところの出なのかも知れない。見た感じ、人種は違う気がするが、なんせ少年の顔は腫れていて、原型もよくわからない。
「あたし、果瀬讚良! サラって呼んで。こっちは弟の彪。オルでいいから。で、あんたは? 見たとこ冒険者でしょ? 技研に用があるの?」
怪我人相手に、義姉は遠慮なく質問攻めた。こういう時、デリカシーのなさは強みなのかも知れない、とオルは思った。
「あっはいきみ仁と申します。お察しのとおり、冒険者です。あの、サラ、さん? 早朝ですので、もう少し声を抑えられては」
あらーそうね、がっはっはっは、と笑う姉に支えられながら、きみ仁は「ですからお声を」と再度注意した。
こっちはこっちでまた別の度胸がある、と彪は感心した。




