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前編

「やっぱりさ、ほーんとびっくりっだよ、ねっ!」

 よーっと!

 そんな掛け声と一緒に魔法弾を撃ち込んでいく。

 女の子の腕でもこれならと勧められた魔法銃は、軽くて丈夫でモンスターの攻撃をかわしながら攻撃できるから良い。

 弾数は魔力が切れるまで。魔力を込めて打つだけでもよし、付加効果をつけても良し。少しの魔力で効果を増大してくれる機能付きの優れもの。魔力操作に自信がなくても使いやすいから重宝する。


 冒険者になって最初に手にした武器は双剣だった。だけれど彼とチームを組んでからは、魔法銃の方が合うだろうと強く推されて今に至る。

 敵の攻撃も流しやすく女の子にも扱いやすいと乗せられて買った双剣は、今は魔力が尽きたもしもの時に備えて腰に差してある。

 きっと、彼が隣にいる限りそうそう抜くことはないだろうけど。

 だけど、錆びにくい持ちやすい切れやすいの三拍子そろった双剣は、なんだかいつかに聞いた包丁のCMの宣伝文句のようでお気に入りなのだ。なかなか手放せそうにない。


「何がびっくりだって?」

 大きな槍でゴブリンの群れを一斉になぎはらって彼は言う。

 あんなに重いものをあんなにも軽々しく振って、そうして簡単にゴブリンの群れをいなすなんて。自分には到底できそうもない。感心しながら見上げると、まだ彼はこちらを向いていた。


 こんな時、さてどちらの名前で呼んだらいいかしらなんてどうでも良いことに悩んでしまう。それはきっと彼も同じで、彼女を呼ぶときに今の名前で呼ぶべきか、それとも今では彼の他に誰も知らない名前で呼ぶべきか悩む節がある。



 彼の今の名前はヘリアントスという。

 なんとも仰々しい名前だと初めて聞いたときには思ったけれど、それはきっと彼の正体を知ってから名前を聞いたからだと思う。

 彼女は彼を日向と呼ぶ。彼女の知る彼は日向晴葵だったから。


 彼女が彼と仲良くしていることを、良く思わない人は初め彼女が想像していたよりもずっと多い。

 彼はヘリアントスという名前を呼ぶことさえ、凡人にはおこがましいとされている存在だ。誰にそう示唆されていたかというと、主には彼のファンだとか信者だとかその辺りに。

 彼は今の彼女に対するフランクさが信じられないほど、超のつく有名人なのだ。

 それは彼の種に関係する。


「なんだかさ、本当にびっくり。まさかこうして今も日向といるってことが」


 こうして今、彼は大きな槍を手にしてモンスターをなぎはらっているけれど、そんなことをしなくてもこの辺りのモンスターなど彼の手にかかれば素手でも倒せるだろう。

 人間離れした銀の鋭い瞳孔、翠混じりの金髪、首もとや手の甲にまだらに浮かぶ薄い鱗。

 彼は龍だ。

 そうして、今は龍ではなく人間の形をとっている、ただそれだけのこと。


 人型になる龍というのは龍の中だけでなくこの世界において絶対の王者でありながら、めったに姿を現さない謎の存在だ。

 多くは人を嫌い、交流をもたないとされている。

 それがどうしてこうなったんだっけ。彼女は一人思い返した。




 日向晴葵と彼女はかつて同じ高校の同級生だった。

 三年間の内、同じクラスになったのは最初の一年だけ。それでも休日に二人で遊ぶくらいには仲がよかった。付き合ってはいない。だけれど、引力のように引かれ合って二人は互いを求めていた。そこが何より落ち着ける場所だった。

 彼女も、最初から日向と打ち解けていたわけではない。

 彼は今でこそ人間と違う異様な見た目やその雰囲気で神聖視され、近づく者は少ない。だが、完全な人間の姿の男子高校生の日向であった時も、どこか近づきにくい雰囲気をもっていた。


 二人がよく話すようになったのは、一年目の、席が隣り合った時からだ。

 彼女は隣から何やら視線を感じてちらりと顔をやった。普段一匹狼で何も興味を示していないような顔をしていた日向が、じっと彼女の方を見つめていた。

 日向の視線を辿ると、それは彼女が机の上に置いた御守りに向いていた。

「これ?」

 彼女は問いかけた。できるだけ自然に。

 そう心がけながらも、少しだけ声は震えてしまった。なにせ、いつもは男子に気安く話しかけるようなことはしない。しかし何故か日向には喉が勝手に話しかけていた。

「それ、龍?」

 ゆっくりと返ってきた答えに彼女はホッとした。

「うん。ここの御守り、模様に龍が入ってるの。珍しいでしょう?」

 へぇ、と彼は相槌を打つ。

「それどのへんにある神社?」

「えーと、どこだったかな。受験の時にお父さんが買ってくれたから」

 ふうん、と彼はまた相槌を打った。

 あ、と気づけば、心なしか彼の眉は少しだけ下がっているようにも見えた。

「帰ったらお父さんに聞いてみるね」

 そういうと彼は口角をほんの少し上げて笑った。彼女はなんとなく恥ずかしくなって、とっさに顔を背けた。

「龍、好きなんだ?」

「うん。わたしも、この御守りお気に入りなんだ。格好良くて」

「そっか」

 そう言ってまた控えめに彼は笑った。

 彼女はああ、明日も彼と話せるな、と打算的な自分に驚いては喜びに胸を踊らせた。


 彼が彼女を下の名前で呼ぶようになるまで、さほど時間はかからなかった。

「継海」

 振り返ると日向は楽しそうに彼女が来るのを待っている。

 つぐみ、つぐみ、継海。

 彼女の名前を下で呼ぶ男子なんて他にいない。彼が下の名前で呼ぶ女子なんて他にいない。

 それだけで継海は幸せだった。



 こんなことなら、恥ずかしがってないで一生の内一度くらい下の名前で呼んでみれば良かった。

 今になって彼女は後悔する。しかし、あんなにも静かに曖昧に、それでも確かにゆっくりと進んでいた二人に、突然の別れが訪れるだなんていったい誰が予想できただろう。

 その日のことはあまりにも唐突すぎた。いつものように日向と話して、そうして「また明日」と言ったばかりのことだった。明日が来ないとは思いもしなかった。



 彼女は自分の明確な最期を覚えてはいない。だが、おそらくウイルス性の病気が原因だったのではないかと思っている。

 その日は朝から身体が熱かった。汗をひどくかいて、その寝苦しさに起こされた。

「継海ー! つぐちゃん。何してるの。起きないと遅刻するわよ」

 母の声に答えようとしても、声を出すのも苦しければ、身体を起こすことすらつらい。インフルエンザだろうか。

「やだ熱い!」

 母はすぐさま熱冷ましに、彼女の額へシートを貼る。

「ほら、高校には連絡しておいたから。ご飯を食べて病院に行こう? ゆっくり休んだら、すぐ治るわ」

 頬をしたたる汗をタオルでふく母の言葉に、うん、うんと頷いて彼女は甘えることにした。

 母がそばにいるならとホッとして、彼女は静かに目を閉じる。

 そういえば最近、全国的に新種の風邪が流行っていると聞いた気がする。きっとそれなんだろう。風邪なんだからきっと大丈夫。今日一日中寝ていたら、明日には登校できるだろう。ああ、日向に今日のノート借りないと。彼のノートは几帳面な性格が表れていて、本当に助かる。

 そんなことを考えながら彼女はうとうとと夢をさ迷った。後に思い出せるのは、母の焦った声と救急車のサイレン、ただそれだけだった。



 彼女が思うに、継海としての生はあそこで幕を閉じたのだろう。風邪をこじらせて肺炎にでもなったのかもしれない。たしか、有名人に風邪から亡くなった人がいたはずだ。

 運動部に在籍していたこともあり、柔な体質ではなかったと自負しているけれど、ただの風邪と侮った自分がいけない。

 ただ後悔しているのは、両親よりも先に旅立ってしまったその親不孝と、日向にもっと素直な態度でいられたならということだった。



 新しい生を受けて十数年は前世など覚えてもいなかったし、その存在を信じてもいなかった。

 だが、冒険者として初めての武器を手に入れて、そして初心者用のダンジョンに赴いた時のこと。助っ人としてつけてもらったベテランの冒険者の顔を見て彼女は唐突に思い出したのだ。

「ひなた……?」

 助っ人として付いたのは日向だった。

 今世での日向、つまりヘリアントスは前世での日向とは容姿が全く異なっていた。容姿がというよりも、ぱっと見で種族が違うのだと分からせた。


 前世で見た日向は少し近寄りがたい雰囲気があったものの、普通の男子高校生だった。

 しかし、目の前の彼の髪は澄んだ青色をしており、毛先に向かって金色に輝いている。瞳孔は人間よりも細長く、爬虫類を思わせる。顎や輪郭を辿るようにうっすらと半透明な鱗もうかがえた。

 どこからどう見ても人間ではない。人間よりも格が上だとされている龍人に酷似した風貌をしている。

 そうだというのに、彼女の目には彼が日向に見えたのだ。


 日向に見えたとしても、彼女には自信がなかった。

 自分の勘違いならどうしよう。もし本当に日向だったとしても、自分のことを覚えてくれているとも限らない。なにしろ、自分でさえついさっき前世というものを思い出したのだから。

 彼女は不安になって彼を見上げた。ヘリアントスは鋭い瞳孔を彼女に向け、ただ黙っているだけだった。それがなおさら彼女を不安に陥れた。


 ヘリアントスはスッと手を彼女の方へ寄せて、そうして二つに束ねた一方の髪を持ち上げた。

「ハハッ。顔は変わっても、不器用なところは変わらないんだな」

「えっ」

「つぐみ?」

 驚く彼女を、ヘリアントスは何でもないことのように見つめ、首をかしげた。

 ヘリアントスは日向として彼女に向き合っていた。それが、今世の彼女にとってどれだけ幸福なことか、まるで知らない顔をして。



 それから二人はよくダンジョンへと向かった。他の誰もが羨むほど親密に、二人きりで。

「今の名前は?」

「ドロスティア。よくドロシーって呼ばれるけど」

「ドロシー? オズの魔法使いと一緒だ」

「きっとそれ、私たちにしか分からないよ」


 龍の本性を出したヘリアントスは、ただの人間よりもはるかに強い。そうでなければたった二人で初心者用も中級者用のダンジョンも、あっという間に制覇することはできなかっただろう。

 ドロシーはヘリアントスの勧めで、双剣から魔法銃へと武器を変えた。

 中距離から遠距離型の武器は、強力だが少人数のパーティーには向かない。隙が多すぎるのだ。冒険者になったはいいものの、パーティーのつてがなかったドロシーに武器屋の店主も安易に勧められなかったのだろう。

 通常、二人のパーティーであってもドロシーのような初心者には扱いにくいはずだったが、パートナーがヘリアントスであったためにそれが可能になったのだ。

 ヘリアントスの武器は大槍だ。大抵の冒険者なら、ドロシーと二人きりのパーティーであれば多すぎるモンスターを捌けず、遠距離型のメンバーにモンスターを近づけてしまうことだろう。

 しかしヘリアントスはそうはいかない。

 ドロシーは彼の戦いぶりを間近で見る度に、見た目もそうだが、中身も人間ではないのだと思い知らされる。




 今世での彼が、彼女の想像している以上に有名な存在だと知ったのは、ずいぶん経ってのことだった。

 あれはドロシーの幼なじみがギルドに就職が決まったときのことだ。ギルドに勤めるには資格がいる。資格の要らない冒険者のドロシーよりも、少し遅れて稼ぎ始めたのだ。

 その幼なじみのお祝いにと、ドロシーはダンジョンで採れた魔石を加工して、ブレスレットを作った。ギルドの仕事は時に危険が伴う。冒険者のような荒くれものを相手しないといけないのだ。そのせめてもの守護にと作ったのだった。


 ドロシーの不安を掻き消すかのように、幼なじみは驚き、そして喜んでくれた。

 しかし幼なじみは疑問も感じていた。ドロシーの加工した魔石は、種類も大きさも安易に手にはいるような物ではない。それも、ドロシーのような駆け出しの冒険者には手に入れるのも困難であるし、おいそれと他人に渡すなんてもっての他だ。

「ねえ、これ嬉しいけどどうしたの。高かったんじゃないの?」

 ドロシーに限ってまさか。だけどそうでもしなければ……。

 幼なじみの脳内には、いかがわしい仕事に手を出すドロシーの姿が浮かんだ。

「ううん。ダンジョンで見つけたの、それ」

「えっ」

「そう。モンスターがドロップしてさ。日向が言うには加護? とか守護? のある魔石なんだって」


 ドロシーの言葉が幼なじみにはにわかに信じがたかった。この魔石をドロップするようなモンスターなんて、ダンジョンの奥深くにしかいない。ドロシーのような初心者が足を踏み入れられる場所ではない。すぐに死んでしまうことだろう。

「ヒナタ?」

「うん、私のパートナー」

「二人でダンジョンに行ったの?!」

「いつもそうだよ」

 うそでしょ……。幼なじみは力なく呟いた。

 地元でのドロシーは不器用で、おっちょこちょいで、夢見がちな少女だった。冒険者になると言われた時だって、何もそんな険しい道を進まなくったって、と心配したものだ。

 ドロシーは根性がある。だからきっとうまくやれるだろう。だけど、想像以上に冒険者という仕事が合っていたのだろうか。根性だけではどうにもならないことだって、よくあるというのに。



「あ、珍しい。日向もギルドに来てるみたい」

 幼なじみはドロシーの視線を追った。その先には、ギルドにいつもと違う人垣ができている。

「ほらあそこ! あれが日向」

 ドロシーの指差す方を見て、幼なじみはいやまさか、そんなこと……。そう思って一度目を反らし、もう一度見てみる。指の先にいる人物は変わらない。

 アレがヒナタ? そんなまさか。いやだって名前が違うし、きっと違う人を指しているに決まっている。ちょっとあの辺にいる人物が大物過ぎて、他が目に入りにくいだけ。きっとそう。


「今の名前は確か~そう、ヘリアントス! なんだか尊大な名前だよね」

 ドロシーがそう口にした瞬間、ギルド中の視線がドロシー達に集中した気になり、幼なじみは慌てて指差すドロシーの指を隠した。

「待って待って、ストップ! だめ、全然頭が回らない!」

 幼なじみは人垣の視線を避けてドロシーを物陰に押し込んだ。

「それって、その名前って、紺碧の龍騎士様じゃないの!」

「何、その厨二的な二つ名。そんな名前つけられてたの?」

「シーッ!!」

 幼なじみはドロシーの口をふさいだ。

 ギルドなんて荒くれ者ばかりの場所で、滅多なことは言わないでほしい。


「ねえドロシー。あなた、本当にあの方とパーティーを組んでいるの? というかあの方は人間とパーティーを組むことを許されているの?」

 幼なじみは回らない頭で精一杯ドロシーに尋ねる。

「あの方って、ヘリアントス?」

「きゃー!!」

 幼なじみは通り魔にでも遇ったかのような奇声を出して、もう一度ドロシーの口を両手でふさいだ。

「お願いよ、簡単に名前を呼んじゃだめ! 呪われちゃう!」

「誰に?」

「信者に!」

 ドロシーは未だに理解できた様子もなく、首をかしげている。

 どうしてこんなにも飄々とあの方の名前を呼んでいるのだろう、この命知らずは!

 幼なじみは冒険者になって一層危なっかしくなったドロシーを見つめる。

「『名前を呼んではいけないあの人』だなんて、どこの闇の魔法使いよってかんじだね」

「闇属性の魔法使いなんて山ほどいるじゃないの。比べ物にならないわよ」

 何を言っているの、とドロシーを見れば妙に納得したような顔でたたずんでいる。最近、日向と一緒に居過ぎたかな、なんて呟いて。


 何気なく顔を上げると、人垣の向こうにいたヘリアントスと目が合ってしまう。

「ひぃっ」

 怯えて声が漏れでると、続いてドロシーも気づいた。ドロシーは何でもないことのように、笑顔で小さく手を振った。

「夕方からまたダンジョンに行く予定だったの。日向、少し早く来すぎたのかも」

 それ、良かったら使ってね。

 そう言って軽い足取りで例のあの人のもとへ行くドロシーの背中を、幼なじみはうんうん頷きながらただただ見つめることしかできない。

 普通なら彼の信者が、彼に近づくことを許さなかっただろう。信者達にとってヘリアントスとは絶対不可侵の英雄であり、伝説であり、神だった。

 しかしヘリアントスは近寄るドロシーに向かって自分から歩き出す。

 ドロシーただ一人だけに向けられた笑みに、もう誰も口を挟むことがかなわなかった。


 幼なじみはあれから何度も二人でダンジョンに向かうドロシー達を目撃した。

 そうしてドロシーではない、別の名前で呼ばれる彼女を見て、どこか遠くに感じてしまう切なさが残った。

 幼なじみに話しかけるドロシーはいつものドロシー。だけど、例のあの人に「つぐみ」と呼ばれた彼女は、いつも知るドロシーではなくなってしまったから。




 彼と再会して間もない頃、なぜ他の人達が彼を避けるのか彼女には分からなかった。てっきり日向であった時と同じように、近寄りがたい雰囲気だからというちっぽけな理由だけだと思っていたから。

 答えは彼が知っていた。

 龍という種族は、彼女が思っている以上に特別視される存在なのだ。

 それは遥か昔の祖先に龍をもつ龍人たちをも凌ぐ。龍人の中には人間とのコミュニケーションを好む者もいるが、そういったものは龍の血を隠すものだ。龍の本性というものは、並大抵の人間には畏怖の対象だからだ。

 龍の血の薄い龍人でさえそうであるというのに、純粋な龍であるヘリアントスは尚更近づけない存在だ。


 ヘリアントスだって、龍の本性を隠そうと思えば意のままだ。本当は頬や手の甲に浮かぶ鱗を隠して、完全な人間の姿をとることもできる。

 しかしそれをあえてしないのは、近寄る人間がひどく鬱陶しいからだ。

 どうして私は近づけるのだろう。

 そう疑問に思ったとき、彼女はそれを前世の記憶のおかげだと信じている。きっとそのおかげで彼と親交がもてている。そのおかげで彼も自分を特別扱いをしてくれるのだろうと。


 幼なじみを始めとして、彼女にはドロシーとしての知り合いは多い。そういった人々から教えられ、龍や龍人についても詳しくなった。

 彼のような、前世の言い方をすれば東洋の龍はこの地方ではさらに珍しいのだそうだ。純粋な龍というだけで珍しいのだが、見かけることがあっても西洋の龍がほとんどだという。


 そして龍は番という考え方がある。

 それは生涯の伴侶は唯一というものだ。一度つがえば、その他に恋愛として愛することはないのだという。

 龍は愛情深く、長く親密に過ごしてそうして唯一を決めるのだそうだ。家族も友人も少なく、しかし繋がりは人間よりもずっと深い。興味の無い者には愛想笑いどころか話すことさえしない。


 それを聞いてドロシーは安堵した。

 自分に継海としての記憶があって良かった。そのおかげで、彼と話すことができた。それが彼の番が見つかるまでの僅かな時間だったとしても。

 彼が人を嫌っていることを知っていた。その中で特別扱いされる優越感と、よこしまな思いへの罪悪感の葛藤が彼女にはあった。

 だが、番の話を聞いて彼女はふっきれた。

 終わりがあるのなら、今この瞬間を大事にしよう。彼に名前を呼ばれ、彼の名前を呼ぶ幸せを噛み締めよう。

 前世の願いは叶ったのだから。


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