『食人鬼の中身②』
①の続き
「……ああ、うん。―———大丈夫だって。うん。本当に大丈夫だから。わかった。明日には帰るよ……うん。ありがとう。じゃあまた明日」
そう話しを締めて携帯をポケットにしまう。充電もあと残りわずか、大切に使わなければ親に怪しまれる。
彼女の骨の横に腰掛ける。コンクリートの冷たさに身を震わせ、コートの襟を寄せる。
ここ数日なにも食べていない。いや食べれない。
彼女を食べた後、どんなモノもひどく不味く感じた。僕の味覚は人の肉を食べたことによって壊れてしまったのだ。
「ねえ……僕はこれからなにを食べて生きていけばいいのかな」
傍らの彼女に寄り添いながら僕は問う。
彼女は応えない。
「そうだね。僕は人を食べればいいんだ」
もっともっと沢山の肉を食べる。そうすれば僕は更に深い『狂人』の谷に行ける。
人々は囁く。『狂人』の間には組織があると、彼らは自らの可能性を悪用して世界の転覆を図っていると、本気かそれともただの噂かも解らないような噂。でも組織がある可能性は高い。
『狂人』はどこにいても嫌われ者だ。どれだけ感じのいい奴でも『狂人』というだけで人々はその者を差別し、自分たちのコミュニティから追い出す。それが正しいことだと思っている。世間の空気がそう人々に囁くのだ。
だから僕は『狂人』であることを隠し続ける。
「そうしないと僕は世間からも母さんからも見放されてしまう。独りは寂しい」
ああ、ごめん……君がいたね。そっと横に座る彼女の顔を撫でてあげる。朗らかな死に顔。
寂しいのかい。独りになるのが。
僕は寂しいよ。最後には君と離れ離れにならなくちゃあいけなくなる。どんなに君が僕の中に生きていても、やっぱり寂しいんだ。
でも時間は有限なんだ。僕は僕の生き方を見つけに行くよ。
「じゃあ。そろそろいかなきゃ」
僕は立ち上がった。空腹で倒れそうな身体で必死に耐えて。
彼女の遺体はそのままにしておくことにした。なんでかは解らない。残しておけば僕はたちまち『狂人』の行動だと判明して、僕が『狂人』だとばれてしまう。
だというのに、そこまで考えられるのに僕は彼女を置いて帰ろうとする。
「意味わかんねえ」
僕は廃工場を出る。目の先にはうっすらと雪の積もった石橋へと続く砂利道がある。この道を『狂人』になる前の僕と僕に食べられる前の彼女は歩いていた。
そう思うと眼の端からうっすらとした涙が流れるのを感じた。
今更になって僕は彼女の死を悲しんでいた。自分が殺したのに。自分が食べたのに。
それはどこか後悔という感情に似ていた。
隣の存在がいないだけで帰り道はこんなにも寂しい。虚しい。
僕の中の彼女はなにも言わずに笑っていた。その笑顔は嘘みたいに晴れやかだった。
僕も彼女にならって嘘みたいな笑顔を浮かべる。
涙を流しながら。
つづく