1話(出会い)
私が愛すべきその猫に出会ったのは、約3年前の秋のことだ。
その日私は国宝に指定されたある寺を訪れていた。自宅からは、さほど遠くはない。
その頃私は、ちょうどスピリチュアルブームの影響もあり、パワースポットや神社仏閣巡りに凝り始めていた。
訪れた日は十月に入ってすぐのことだ。
仁王門脇にある手水舎で手を清めようとすると、すでに先客がそこにはいた。
それは参拝者ではなく何と一匹の猫だった。どこにでもいるような白黒模様のその猫は、参拝者用の水をうまそうに舌ですくいあげていた。
私はその様子に驚きと興味をかきたてられ、思わず足を留め見入ってしまう。
猫は数分もすると、満足したようにどこかへ消えてしまった。
私はその後、拝殿の前で参拝を済ませると境内にあった木製の椅子に腰をかけた。
バッグを脇に置こうとした時だ。手水舎で水を飲んでいたあの猫が再び私の前に現れ、何と今度は私の膝の上にちゃっかりと座り込んだのだ。
私は驚いたものの、その猫を膝の上から追いやることもできず、好きなようにさせた。猫は膝の上で体を丸め静かに目を閉じた。
私は肌寒い秋の空気に身を震わせながらも、猫が寄り添っていることが何となく嬉しくもあり、穏やかな気持ちにさせられる。
猫は元々大好きで家に立ち寄る猫にはよくおやつをあげたりしていたものだが、幼い時から家で猫を飼うチャンスはなかった。父親が猫を嫌っていたからだ。
そんなこともあり、猫を膝に乗せている至福感は何ものにも代えがたい時間だった。
しかし膝の上の猫を連れて帰ることもできず、いよいよ帰らなければならない時間になると、私は名残惜しそうに猫を膝の上からおろしてやる。
すると「ニャー」と嫌がるような素振りを見せる。私はますますその場を離れがたくなる。でもそれ以上、その猫に何もしてやれることがないため、涙をのんで境内から立ち去ろうとした。
だが猫も私の後をついてくる。「ダメだよ、ついてきちゃ」そう言って猫を諭すものの、猫は車道付近までついてくる。
私は思わず手にしていたパンを分けてやった。猫は腹を空かしていたのか、パンを口にする。
私はその隙に素早く寺の敷地を出た。そっと振り返ると猫が私を探し、キョロキョロと境内を見ている。「ごめんね」そう心の中でつぶやくことしかできなかった。
そして、それが後に『心のカウンセラー』とまで思わせる猫とのファーストコンタクトとなった。
つづく