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水兵さんは泳げない! 02


「それでどうやって員数をつけるつもりなんだよクラウっち」


 自室に戻って事の次第を話したクラウディアに、二段ベッドの下段から身を乗り出したカルラが質問した。

 ヴィルヘルミナも二段ベッドから降りてきて、カルラの隣に腰掛けて会話に加わる。


「就寝時間を過ぎたら当直の巡察か不寝番が回ってるから、やるならそれまでに何とかしないといけないわね」

「隣の部屋員がお風呂に入ってる間に、こっそり盗みにいこうかなって……」


 搾り出す様に考え付いたプランをクラウディアが口にした。


「……なるほど。クラウっち頭いいな!」

「あなた、カルラの脱走の時もそうだったけど、よくもそんな悪事が思いつくものね」


 カルラの賛同に続き、意地の悪い事をヴィルヘルミナが言った。


「そんな! ヴィルひどいよ……本当は員数なんてつけたくないけど、フランソワ兵曹殿に厳命されちゃったし……お願い、助けて……」


 泣きそうな顔をしたクラウディアの肩をカルラがポンポンと叩く。


「よしよし、あたしも脱走の時は手伝ってもらったしね。一肌脱いでやろうかね!」

「しょうがないわね。部屋の見張りぐらいはわたしがしてあげてもよくってよ」


    ★

 

 作戦決行は隣の部屋が入浴時間になるタイミングだ。

 狭い入浴場なので、班ごとに分かれてお風呂に向かう事になっていたのが幸いした。


「まさか海軍に入って盗みを働くなんて。神様ごめんなさい……」

「謝る必要なんてないよクラウっち。あたしも先週、コンドームを員数つけられたし……」

「あなたの場合は、どうせどこかで使ったんじゃないの……?」

「ちょ、違うし! 外泊禁止の新兵がどこで使うってのさっ。いくらあたしでもひとりで使う事なんかないし!」


 落ち込んでいるクラウディアを元気付ける様にふたりの同期がお馬鹿な掛け合いをする。

 そうしながら、がやがやと騒がしくなった隣の部屋の様子をうかがってヴィルヘルミナが言った。


「そろそろお隣さんがお出かけみたいよ。覚悟はいいかしら?」

「う、うん」

「いいぜ、こういう事はあたしに任せな。得意なんだぜ?」


 自慢にならない自慢を言ってのけるカルラにクラウディアはどう返事をして良いものかわからなかった。

 同じ部屋の班員たちに向き直ったクラウディアが、事前に用意していた言い訳を口にする。


「わたしたち、ちょっと談話室まで行ってくるねー……」

「あんたたち助教のプリン勝手に食べたら駄目だよ! 連帯責任負わされるのわたしらなんだからっ」


 員数をつけることは例え同室の女子たちといえど秘密だ。

 座学の授業で教官が口にしていた事だけれど、古来、革命やクーデターなど秘密の軍事作戦が失敗するのは、作戦の参加者が多かったからだと言う。

 情報はどこから敵に漏れるかわからないのだ。


 三人はおっかなびっくりという風に庁舎の廊下に出ると、そのまま周囲を警戒しながら隣室に向かった。


「そっちの様子はどう? ヴィルっち」


 こっそりと身を乗り出して隣の部屋の様子をうかがうヴィルヘルミナの背後で、カルラが質問攻めにする。最後尾のクラウディアは背後を振り返って、当直の巡察が来ないかおびえていた。


「シッ。……まだ室内に誰かいるわよ、どういう事? 四人も残っているじゃない」


 振り返ったヴィルヘルミナは唇にひとさし指を当てて眉をよせた。


「んだよあいつら、半数ずつで風呂場に向かってるのかよ」

「と、隣の班もなかなかやりますねっ」

「クラウっちも感心してる場合じゃないってば。どうするよヴィルっち……」

「いつまでも隣室の入り口周辺で団子になっていれば怪しまれるわ。いったん、言い訳の通りに談話室に移動しましょう」

「どうしよう。員数つけれない……」


 顔面蒼白のクラウディアを連れてふたりは談話室に向かう。

 談話室は海兵団の庁舎で寝起きしている将兵なら、自由時間に誰でも使う事が出来た。


 けれども、実際には新米水兵のうちから堂々とここを占拠している様な人間は少ない。これも任期の後半にでもなれば、どこの隊舎でもヒマをもてあました水兵たちであふれかえっているはずだ。


 ただ現段階で談話室に長居していたのは、こんな時に一番いてもらっては困るタンクトップ姿のキルケだけであった。


「何だお前たち」


 シンナーの匂いが談話室にこもっている。

 キルケの手元にはネイル用具がいくつか転がっていたから、どうやらこの赤鬼兵曹は指爪のお手入れをしていたらしかった。


 いつも怒声を張り上げている強面(こわもて)のキルケが、自由時間に女性らしい事をやっているのがちょっと意外で、三人はお互いの顔を見合ってしまう。


「あ、甘いもの食べにきました」

「ギンバイは許さんぞ。オレのプリンを食ったら皆殺しだ」


 海兵団が共用で使っている大型冷蔵庫をアゴで示したキルケ。

 ギンバイと言われて思わずドキリとしたクラウディアだ。

 ギンバイというのは員数をつけるのと同じ意味で、ものを盗む隠語である。


「ち、違いますアイスクリームを食べるだけですから!」

「なんだ、ケーキはもうやめたのか」

「今日はアイスクリームを食べるとお腹も心も満たされるんです!」


 自分でも何を言っているかわからないクラウディアである。


「まあそういう事にしておいてやろう。お前らアイス食ったら、さっさと部屋に戻るんだぞ。また脱柵とかしたら、次は死刑だ死刑!」


 そう凄まれては下手な事は出来ない。

 三人はやむなくアイスクリームを購入すると、談話室の隅に腰を下ろすしかなかった。


「どうするのよクラウっち。これ、兵曹がいるから戻る事も出来ないんじゃないの……」


 指先にフーフーと息を吹きかけながらひどく満足そうな顔を浮かべたキルケは、マニキュアを大事そうにカーキー色のポーチに仕舞いこんだ。

 そのまま立ち去ってくれるのかと思えばそんな事はなく、何かのファッション雑誌を引っ張り出してきてページをめくっている。


「兵曹殿はしばらく動く予定がなさそうね。ホント困ったわ」


 チラチラと見やっていたヴィルヘルミナがため息をこぼした。


「今駄目だったら、最後はみんな寝静まってからやるしかないよ。一番成功率が低そうなんだけど……」


 すっかり溶けてしまったアイスクリームを木のスプーンですくいながら、クラウディアが落ち込んだ。


「……どうやって警衛の巡回をやりすごそうかな」


次回更新は明日10時です!

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