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海兵団へようこそ! 04


「ケーキが食べたいだとぉ?」


 直立不動の水兵予定者三人を値踏みする様にして、キルケ兵曹が言った。


「はい。あたしたち、娑婆の食べ収めに最後にケーキが食べたいんです」

「お前名前は?」


 フンと鼻をひとつ鳴らすと、キルケが問うた。


「カルラであります!」

「貴様はメシを食堂でおかわりまでしていただろう。まだ食いたりないのか?」

「甘いものは別腹ですわ、キルケ兵曹殿」


 すかさずヴィルヘルミナが援護射撃をするが、身も蓋もない言い口でキルケが返事をする。


「あいにく基地内でケーキなんて贅沢なものはない。オレのプリンがそこの冷蔵庫にあるから、そいつで我慢しろ」


 するとカルラが隣に立ったクラウディアを肘で突っついて何か言い返せと催促する。


「わ、わたし。毎日寝る前にケーキを食べる習慣があるんですっ。いつもお母さんが買ってきてくれたケーキを食べると、お腹も心も満たされた気分になって、ぐっすりと眠れます! ケーキじゃないと駄目なんです!」


 自分で言っていて、何を言っているのかよくわからないクラウディアである。


「あたしもケーキを食べるとよく眠れます!」


 呆れた顔をしてクラウディアとカルラを見比べたキルケは、最後にヴィルヘルミナに視線を送る。


「……お前もそうなのか」

「わたしはケーキを三つ食べないと、心地よい睡眠を得る事は出来ません!」

「…………」


 しれっと言ってのけたヴィルヘルミナをしばらく無言で睨んでいたキルケは、当直室の机の上にある電話に手を伸ばす。


「当直兵曹のキルケ兵曹であります。警衛司令につないでください。はい、よろしくお願いします」


 電話を首ではさみながら、キルケがため息をついた。


「はい、キルケ二等兵曹です。入営前の新兵候補者が娑婆に急用があるとかで一時外出を求めています。自分が同伴しますので外出許可願います。はい、一時間で帰隊可能です」


 だらしなく回転椅子の上で足を組み替えたキルケが、ぶすりとした顔のまま「ありがとうございます」と言って受話器を戻した。


「許可が下りたぞ。オレとフランソワが同行する。贅沢は言うな、基地の傍にある喫茶店が深夜営業をやってる。そこなら許可する」


「「「ありがとうございます!」」」


 三人はそろって返事をした。

 意外にもあっさりと許可が下りたのにクラウディアは内心で驚いた。

 視線の端でカルラが小さくガッツポーズをとっているのが見えて、恐ろしくなった。


    ★


 基地の向かいにある深夜営業の喫茶店にやってくると、奥にあるボックス席に通される。

 どういうわけかカルラは長ソファの真ん中に座らされ、左右をふたりの兵曹が固めている。クラウディアとヴィルヘルミナはその向かいだ。


「オレの奢りだから、好きなものを食え。ケーキセットにしても構わないぞ」


 気前よくキルケ兵曹がこう言った。ありがたい事ではあったけれど、三つは食べないと眠れないと言ってしまったヴィルヘルミナには、食べすぎで気分が悪いのか最後の方は無理やりコーヒーを流し込みながらちびちびと残りのケーキをつついていた。


「キルケちゃんも入営前、あなたたちみたいな顔をしていたのよ~」


 ニコニコとしながら三人の顔を見比べていたフランソワ兵曹が、キルケの方に向き直りながら、ふとそんな事を口にした。


「ちょ、フランソワその話はよせ」

「うふふ、だっていいじゃない。キルケちゃんなんて、あなたたちよりもよっぽど問題児だったんだから。海軍に入隊する前はねぇ、繁華街で男を相手に喧嘩ばかりしていたのよ~? それでキルケちゃんのお父さんが激怒しちゃって、海軍の入隊届けを勝手に申請しちゃったのよね~。軍隊でしばらく頭冷やして来いって」

「あんときゃまいったぜ!」


 いかにもキルケならやりかねないと三人も同意する。


「そ、それではフランソワ兵曹殿はどうして入隊されたのですか?」


 ヴィルヘルミナが質問する。


「わたしはね~、海軍で調理師の資格をとるつもりだったのぉ」


 何となくフランソワならばお似合いだな、なんて思いながら三人は顔を見合わせた。


「けどこいつは絶望的に料理が下手なんだ。いち度教育訓練中に給養班で研修を受けたけどすぐに追い出されたんだぜ?」


 チーズケーキをほおばりながら、キルケ兵曹も笑う。


「そうねぇ。調理師の資格はとれなかったけれど、体力検定と射撃検定、格闘技検定はAをもらうことが出来たわぁ~」


 そんな兵曹ふたりのやり取りを見ていたヴィルヘルミナが、コーヒーカップを置いてひとつ質問をした。


「おふたりは、これからも軍人を続けられる予定なのですか?」

「オレか? あまり深く考えちゃいねぇな。性分にあってる気はするが、先の事はわからねぇしな」


 軍人になるために生まれてきた様に見えるキルケですら、軍人を続けるかどうか未定だという事に、クラウディアは驚いた。


「人生なんて自分の思った様にはうまくいかねえもんだ。本当にやりたかった事が出来る様になるやつなんて、そうそういないもんさ」


 クラウディアは横の席でヴィルヘルミナがしきりに考え込んでいる姿を目撃した。

 二等水兵勤務士官候補生という、将来のエリートコースに向かう彼女なりに何か感じ入るものがあったのかもしれない。


「……あの、兵曹殿。トイレいいですか?」


 ついにカルラが脱走のカードを切った。


    ★


 トイレに立ったカルラは、ひとりだけで化粧室に向かう事を許された。

 兵曹たちはカルラの脱走には気づいていないのだろうか、ドキドキとした面持ちでカルラがいなくなった時間を残されたふたりの新兵は待ち続ける。


 けれども。

 そんなふたりを面白そうに見やったキルケが口を開く。


「新兵ってのは、だいたい同じ事を考えるからな。イケメンの青年将校に入隊しないかと誘われて、いざ来てみたら汚ぇ庁舎で意地の悪そうな上官がお出迎え、こんなはずじゃなかったって顔をする。せめて最後に思い残す事がない様にとつまんねぇ事を考えるんだよな」


 サクリと最後のチーズケーキにフォークをさしたフランソワは、


「キルケちゃん、そろそろ行った方がいいわよね~」

「おう。そうするか」


 言われたキルケは立ち上がると、そのまま喫茶店の入り口から外へ出て行ってしまう。


「あの、これはどういう事なのですの?」


 おずおずとヴィルヘルミナが質問をした。


「それはね~。これからキルケちゃんが裏口に回って、脱柵を試みるカルラちゃんをびっくりさせに行くのよ~」


 何もかもお見通しという風に片目を瞑ってみせたフランソワは、そうしていながら上品にケーキの最後のひとくちを口に運ぶのであった。

 そしてその後、カルラの悲鳴が化粧室からこだまする。


「ギャー! へ、兵曹殿ッ」


「手前ぇの考えてる事はお見通しなんだよ、逃がさねぇぞ!」


 そんなキルケの怒声を聞きながら、フランソワが上品にコーヒーを持ち上げて、


「実はねぇ偉そうな事言ってるけどキルケちゃんも脱柵の常習者だったから、犯人の考える事はよぉくわかっているのよ~」


 ふたりは顔を見合わせた。



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