海兵団へようこそ! 01(※ 表紙あり)
表紙はイラストレーターのWingheartさんにご提供頂きました。
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わたしはいったい、どうしてこんな事になったんだろうとクラウディアは自問した。
歳の似通った女の子たちが集まる一室に、いましがたボストンバッグひとつでやって来たところだった。
長いブラウンの髪をえりあしで縛っただけの簡素な髪型に、ブラウスの上からカーディガンとロングスカート姿。
どこから見ても片田舎から出てきた事がわかってしまう様な身だしなみだったが、容姿だけは整っていて、明るい陽のあたる場所にいたならばそれなりに清楚な美少女と言えなくもない。
けれども今のクラウディアは、気落ちした表情を浮かべていて、しいて言うなれば薄幸の美少女と言うのが妥当だった。
右手にぶら下げているボストンバッグの中には、手引書に指示されていた下着の替えとジャージ上下が二着入っている。それから文房具と化粧品のセットが僅かな隙間を埋めているだけだった。
これが彼女に許された唯一の私物であり全財産である。今年で十八歳になったばかりの少女が持っている私物の全てとしてはあまりにも少ないけれど、それもそのはずだ。
クラウディアはこれから、海軍の水兵として入営する事が決まっていた。
大学受験に失敗さえしなければクラウディアが海軍と出会うことはなかった。それでもクラウディアは自分に「わたしはまだ運がいいほうだったんだ」と言い聞かせてここに来た。
けれども不安で一杯の気持ちに変わりは無い。
世の中は不景気だったから少しでも就職に有利な大学の受験をしたのが今年の三月。共通一次試験の時に風邪をこじらせてしまい、結果は不合格だった。それなら就職活動をと慌てて進路変更をしたけれど、地元に就職口は見つからなかった。
親戚を頼って港町キルンにやってきたのが五月で、そこでしばらくは仕事探しをしていた。
クラウディアの両親は田舎で農家を営んでいる決して裕福ではない家庭だったから、いつまでも無職のままではいられず、たまたま仕事を探してキルンの町を歩いている時に、純白の海軍制服を着た青年将校に「君も海軍で働かないかい?」と声をかけられたのが六月。クラウディアは二つ返事で海軍に入営する事を決めた。
そして今は七月である。筆記試験も面接も問題なくクリアした彼女は、こうして入営のための集合場所へ今日やって来た。
◆
集合場所には、多かれ少なかれクラウディアと似た様な境遇の少女たちが集まっていた。
学校の教室ほどの広さがあるこの部屋には、使い古されたロッカーと四脚の二段ベッドが無数に並んでいた。
いかにも室内が貧乏臭く感じるのは、それだけ世の中が不景気だという事のあらわれだろう。今にも倒壊しそうな二段ベッド、両親が生まれる以前からそこにあった様なロッカー、まばたきを繰り返す蛍光灯。
この部屋は、これから入営する若い女子たちの不安を代弁した様なしみったれた雰囲気をかもし出している。
ひとまず手持ち無沙汰の彼女は、周囲の女子たちをならって、二段ベッドの下段に腰を下ろす事にした。
ギシリと不気味な悲鳴がベッドから聞こえてくる。
「これからわたし、どうなるんだろ……」
クラウディアがたまらず小さくつぶやきをひとつ漏らしたところで、すぐ近くにいた女の子が歩み寄って、クラウディアの隣に腰掛けた。
「あんたはどこでスカウトマンに捕まったの?」
ベッドにお尻を沈ませると同時に、女の子が口を開いた。
「あの、えっと、その……」
くりくりとした大きな瞳が特徴的なショートボブの女の子だった。肌は小麦色に日焼けしていて健康的に見える。
「あたしは洋食屋の前でサイフの中身を数えてたらさ、チャラいお兄さんに奢ってくれるって言われたのよ」
一方的にまくしたてたショートボブっ娘は、クラウディアに向き直ると白い歯を見せて言葉を続ける。
「で、あんたは?」
「わ、わたしは職業案内所から出てきたところを、仕事を探してるなら紹介しようかって」
「もしかして海軍の白い制服を着た金髪のイケメン?」
「そうです! 純白の詰襟を着こなしている感じのカッコイイお兄さんでした」
ふたりは顔を突き合わせて驚きあう。
「あちゃー。アイツ見た目だけはイケメンだからなあ。あたしもそいつに見事に騙されてさ」
「騙されただなんて、そんな」
「いいや、あたしは騙されたんだ。海軍はそうやってイタイケな貧乏少女を一本釣りしているのさ。あたしは娑婆に借金があってね、海軍がケリつけてやるから、しばらく身を隠すならウチに入営しろって言われてさぁ」
「しゃ、借金ですか?」
「人が困ってるときにそんな甘い事いわれたら、ひとたまりもないよね」
同意を求めてくるショートボブっ娘にクラウディアは苦笑するしかなかった。
「あたしはカルラってんだ。よろしくな」
「く、クラウディアです。どうぞよろしくお願いします」
白い歯を見せたカルラに、礼儀正しくクラウディアがお辞儀をする。
「いいって、そんな堅くなりなさんな。それに、一晩海軍さんにかくまってもらったら、あたしはトンズラするつもりだからさ」
カルラは、前髪をかきあげながら堂々とそう言ってのけた。
唖然としてクラウディアがカルラを見返すと、
「あなた、もしかして入営早々に脱走でもするつもりなのかしら?」
二段ベッドの前に立った別の少女が、いきなり話しかけてきたではないか。
クラウディアが振り返って見上げると、サイドテールに切れ長の目をした少女が、腰に手を当ててベッドに座ったふたりを見下ろしている。
「あったりめぇだ。こんな辛気臭いところ、本当は一秒だっていたくはないからねぇ」
堂々とそう言ってのけるカルラに、サイドテールの少女は言い返す。
「往生際の悪い人ね、入隊願書の書類にはもうサインをしたのでしょう?」
「あたしは別に海軍なんざ入営したかないのさ。きれいさっぱり男とケリをつけられて、借金取りから逃げられればそれでいいんだ」
「逃げられるわけがないわ。海軍はそんなに甘い場所ではないもの!」
馬鹿にした様な視線をカルラに向けるサイドテールの少女は、クラウディアたちの向かいのベッドに腰を下ろしてそう言った。
「あの、えっと。わたしはクラウディアです。どうぞよろしく」
場を取り繕おうとクラウディアが口を開く。
「ヴィルヘルミナよ、あなたもこの軽薄女と一緒に脱走でもするつもりなの?」
挨拶を返したサイドテールの少女に、クラウディアはとんでもないという顔でふるふると首を振る。
「わ、わたしは任期満了まで海軍のお世話になるつもりですっ。カルラさんとは違います!」
「軽薄女じゃねえ、あたしはカルラだ! クラウディアもそんな事言うなよー。あたしら仲間じゃん?」
「違いますよ!」
カルラの抗議にクラウディアは悲鳴を上げた。けれどもそのクラウディアにヴィルヘルミナはジト目を送ってくる。
「そんなボヤっとした顔して、本当に海軍の訓練に耐えられるのかしら? 水兵は幼稚園のお遊戯会ではなくってよ」
「が、がんばります!」
これがクラウディアにとって同期となる少女たちとの初顔合わせであった。
2014年にC86で頒布のラノベ合同誌、Hybrid!4にゲスト寄稿させていただいた作品をWEB版にリライトしたものです。
今回のコンセプトは浅田次郎氏著の「歩兵の本領」を美少女だらけでやってみたら? というノリです。
次回投稿は本日19時になります、よろしくおねがいします!