2100.5.19 反省会
「――さて」
皆に振り向いた。腰に手をおく。
「マーチとミラはちょっと残れ」
お前らにゃ、二、三、言いたいことがある。そう続けるつもりで声をかけた――かけかけたのだが――
彼らにとって幸運なことに、横から助け舟が差し入れられた。
「反省会はわたくしとだけでいいでしょ。お二人は免除してあげる。お帰りなさい」
エマである。彼女がやんわりと口を挟んできたのだった。
裏ボスのお言葉ならば俺とて軽々に扱うわけいかない。説教に関しては……声をかけたとき、うへっ、と首をすくめたマーチとミラだ。二人とも自覚があるみたいなので、今回は良しとしてもいい。
なにより、エマとは意見を交わしたい所でもあったので、ここは素直に彼女の指図を受け入れることにした。
「みんなすまんが先にアウトしてくれ。ミコ、お前もだ。皆うすうす感づいてるだろうが、エマとするのはトノの感想会だ。あらかじめ言っておく。トノは合格でいいと思ってる。皆はどうだ? 賛成か?」
さすがトノ、全員が手を迷いなく挙げ、意思を表明する。
俺はそれを受けて頷き、笑顔を作った。
「ことは、チームリーダーの直上位者の採用問題なんだ。これは、さらに直上の、エマの問題でもある。てことで、少し二人だけで確認ごとをしたい。そういうことだ」
ダブル・ボスの威厳はそれなりにあったようで、それぞれ納得してくれたのだった。
「むうぅ」と子供のように口をとがらかすアキラ。そのおでこに軽くデコピンして、優しく背を押し、送り出す。「連絡まってるからね……」消えて行く。
解放されたマーチとミラは、気分高揚、浮かれて「実験だ!」と叫び、(もう何度目の実証実験になるんだか知らんが、)大っぴらに二人して手をつないで、アウトする。(そうしても、それぞれの現世に一人でアウトすることに変わりはない。俺だってアキラ魔法皇子とさんざんやったさ)
ヨコヅナも――物惜しげにエマを見やり、彼女に冷たく顎をしゃくられ追い払われ、かえって喜びを見出したふうに、顔を(幸福に)くしゃくしゃにさせる。(エマの直上位者。彼の場合は複雑なのだ……)
最後にきちんと会釈してワープアウト。消えていなくなったのだった。
ちなみに、アウトした直後に、同じラインを逆向きにインしてもそこはここではない。鋸南町側を頂上、鴨川市側を底とした別のダンジョンだ。(そのときの“ラスボス”は、さて、だれになるんだろね?笑)
同じここに来るには、同じラインを同じ順向きにインして来なくてはならない。つまり今、この異空間のこの位置には、確実に俺とエマの二人しかいない、ということになる。
「ウフン」エマが小悪魔っぽく微笑んで、俺はなぜか顔の表情筋がひきつるのであった。
「ウフフ……」
エマは背中を向くと、長い髪の毛を左腕で掻きあげ美しい襟足を見せる。顔だけ少しこちらに傾け、横目を使いつつ、
「ショウ、ほれ、水着を脱がしてはくれぬのか?」さっそく笑いをふくむ声で宣うのだ。俺は赤面させられつつも頑張って渋面を作ったのだった。人払いしたのは正解だった! これの恐れがあったからな。いや――ここ、間違えてはいけない。衆目があるからといって控えてくれるζ人なんか、ただの一人もいない。ましてや、エマ王女である。
「――水着は着用していただける約束でしょ」当然の指摘をした。だが相手が相手。
「解散宣言したならば、最早掟には縛られまいぞ。されば、このわたくしに水着を着せたのは其方である。ならば脱がすのも当然其方の役割じゃ。ζ人の誇りを熟知するリーダー殿なれば、意地悪な恥をかかせるはずあるまい。きっとわが意を聞き分けてくれようぞ。ショウ、そうじゃな?」
負けるわけいかなかった。
「確かに水着の着用を指示したのは俺だが、そんな水着を――そもそもその極悪なシロモノを水着と呼んでいいのか苦しむとこだが――チョイスしたのは俺でねぇやい。ご自分である。だから一切却下だ」
クスッ、と笑うエマだった。
「細かいことを……。組織の長としては及第点じゃが、愛人としては、いささか、な……」
「で、トノのことだが」
「ほうれ、もう“甘噛み”はしてくれぬのか?」マイペース。首を傾け、右みみをひょこひょこさせる。
「それとも今ここで、また一勝負するかえ? 男の子!? ウフフフフフ……」俺は手を顔にあてカバーリングするのであった。まっ赤だよ。ちくしょう。
イヤでも思い出される。昔、チーム結成初期のころ、チームの“掟”を巡っての一悶着があった。いや、それはもう、チームリーダーの座を賭けた決戦、あるいは男の子と女の子の試合、とでも言うべき一大勝負で、さらに言えば、その圧倒的実力差で、本当は自分は負けていたところだったのである。「……ぐうう!」
そんな窮地で放った一手が耳の“甘噛み”――嗚呼、なんでそうなっちゃったのか!? あらゆる術を総動員した負かし合い、それに伴うとっくみ合いの末に生じた偶然の珍事とはいえ、まさに宇宙の神秘に触れてしまったかのような、身の震える“噛みの一手”だった――で――
――その一手でなんとこのエマが、メロメロになってしまったのだ。
結果、俺の奇跡の大逆転勝ち、という顛末なんである。
その結果だけ見れば、よかった事かもしれない。が――
味を知って以来、なにかにつけて催促してくるようになっちまった。そして、応じないとこれがまた、協力は一切拒否なのだ――この女の子は――!!!
ちなみに、なんという運命か、“甘噛み”のクセはしっかりと俺の身に染みついてしまい、なんかの拍子にひょっこりと“出る”。俺の“被害”を受けた中にはマーチとミラも含まれる。“アルコールの香り”に酔わせられた勢いというか……はっきりした自覚はない。チーム外にも被害者はいるみたいで、そのこと思うと震え上がる。みんな、女性か、あるいは年下の子らばかりで、さすがに年上男子にはやっていない、みたいだ。そう信じてる(願ってる)んだが……。
ともかく――!
俺は耳まで真っ赤にして、彼女の後ろから、両肩を両手で掴み(そうしないどこを掴んでしまうか分からない)、形の良いきれいなお耳をパクパクさせて頂いたのでした。
「両手は正直じゃの?」
そう指摘されるまで、自分の指が彼女の肩を揉んでいることに気付かず、顔面火傷クラスの熾烈な思いを味わわせてもらったのでした。
「どう思うかゆうてみい?」疲れ果てた俺に鞭打つエマだ。考えを先に晒せとおっしゃる。
俺はもう、無抵抗に、修飾も何もなしに言ったのだった。
「ほとんど良かった。だけど一つだけ気になった点があった」
「ほう?」促す。
「今朝方、バディを組むとしたら、誰がいいか訊いたんだ。そしたら、『エマ嬢』、貴女だ、と答えた。しかも即答だった」
「ウフン……」不思議な微笑。判別不可能だ。
「そこに違和感を感じた。俺の勘では、ヨコヅナだと、思ってたんだが」
「警戒されることを回避した、その気配りに因るものかもしれぬぞ?」
「そーなんだよなー……。だけど“気配り”にしては“即答”すぎた……。でも、あらかじめ質疑応答のシミュしてたんかもしれんし……」
ヨコヅナはエマの直上位者だ。
そのヨコヅナを制することは、すなわちエマを制すことを意味する。
つまり――俺とエマを制することになる。ロイヤルストレートフラッシュのチームの奪取だ。人によっては魅力的な動機になるであろう。
そこを、そう思われることを、“気配り”したのかもしれない。
「ただ、その実現のためには、とにかくまず、ヨコヅナを制さなきゃなんない……」
リーダーの直上位者・トノの場合と同様に、エマの直上位にあたるε世界人・ヨコヅナの採用は、きわめて難しいことと思われていた。
ところが、エマはあっさりと、認めたのである。
εの生きるレジェンドとはいえ、なぜ、彼でよかったのか? 周辺では首をかしげる人も多かった。ぶっちゃけ、俺もそうだった。
いったい彼のどこに、エマは得心したのか。
自分に対する“すくみ”の呪いを上回るほどの?
答は、後日こっそりと耳打ちしてくれたことである。
「ナイショよ……」
と俺のこと軽く抱きながら甘く息を吹き込んで、
「カレ、Mっ気があるみたいなの、ウフフ……」
……これは確かにここだけの話だ。かの世界の大英傑がそうだったなんて、そしてタマタマ、エマが“S”だったなんて、内にも、外にも、とてもとても公言できることでなく、そしてさすがアネゴ、“すくみ”の呪いのキャンセル技一本ありで、見事な眼力と言うか、俺はもう、汗をダラダラにじませながら、深く深く頷いたものであったんである。
それがもう、3~4ヶ月くらい前のこと――
「ヨコヅナの“個性”を見抜いたのかもしれん……」ため息をついた。
なに考えてんだ……と自分でも思う。でも。
イヤなことだが、リーダーである。チームのために、気に食わんシミュレーションも考慮しなくてはならない。
エマはさすがだった。しっかりと見抜いて、きちんと、やってこれている。
俺もこの先、ちゃんとやっていけるんだろうか……。
ふいにエマがしゃべった。
「あからさまじゃの」
「え……あ、うん」トノの態度が、という意味だろう。そう理解した。
つまり、悪巧みを考えていないと表明した、という分析でいいことに――
エマが、なぜか、クスリと笑う。そして、
「良い。つまりトノは合格じゃ。すなわち、これにて反省会も終わりじゃ」
いきなり一方的に終了を宣言されてしまったのだった。
少し強引に締められてしまい、戸惑いを覚えたものの――
つぎにエマがとった行動で、何もかも頭からふっとんでしまい、結局、有耶無耶にされてしまったのだった。
エマが、脱いだんである。
脱いで手に持った糸の残骸のようなシロモノが、パサッと粉に砕け、煙となって空気に消える。
あとに残ったのは美裸身であった。正確には、旅人装束から着衣のみを剥いだ状態の、ハダカの王女だった。
けっきょく俺は、何もかも頭からふっとんでしまい、有耶無耶にされてしまって――
顔が溶岩だった。火花のような鼻血が出て――
改めて認識させられたのである。
あのヒモは、まさしく正しく“水着”だったのだと。ちゃんとその役目を果たしていたのだと――
「理解したようじゃな?」ならば――
次からは、その手で、脱がしてもらうぞよと、“S”のエマのアネゴが宣って――
ここには誰もいない。俺は強く自制心を奮わないと、犯罪を犯してしまいそうで――
エマがうふんアハンと、その場で一回転する! この、この、ドウウウウルルルルルッ!
エマ嬢は、“おっかない”――!
頭がグラグラして――
差し出された手を呆然と握り、二人並んで諾々と前に歩いて――
ワープアウト。
消える瞬間、エマの唇が重なったような――そんな、気がしたのだった。
ひとまずお終いです。
ここまで読んでくれてありがとう。作者としては
「こんどの土日に、久しぶりに冒険に行こうかな」という気持ちになってくれたらうれしいです。(笑)
伏線を回収する後半も書こうと思います。いつになるかわからないけど。では。




