2100.5.19 ゴール
山頂公園の設備のひとつ、展望台を足掛かりにし、強風を拾って空に飛び立つ。無事、籠窟前広場に着地して、待ち構えていたアキラと合流をはたした。
振り返り、正面にそそり立つ富山を見上げて、
「もう戻れないな……」
とお約束のセリフをつぶやいて、皆の笑いを誘う。でもマジで、今回は“左側の罠”の典型的地形だったと思うのだ。
登山道入口でもある籠窟前広場からは、アスファルト道路になっている。もはや俺たちは楽勝で降下したのだった。
一度山に回り込み、学校敷地内を突っ切った。高速道路に上がり、激流となった岩井川を跨ぎ越えた。名残惜しげに県道89号に下りたあとは、内房線線路を横切り、国道127号に。市境を越えていく。こんにちは、鋸南町――
もうここは“底”の平地領域である。
アンカーを解除した。それなのに、地球に真っ直ぐ立っていられる。不思議だった。
左手、南方は先程の岩井川。右手北方は、佐久間川。その二つの激流に挟まれて。
辺りは、“上”から落ちてきた様々な、そして大量の物品で埋め尽くされ、まるで別の惑星のような異様な光景になっていた。俺たちはそんな中にゆっくり歩を進める。
だんだんと空が広くなっていく――
建物の背景が、青空になってくる――
こうして――
ああ、広々と美しく広がる浦賀水道!
“渚”――手前に、到着したのであった。
遠くに三浦半島、そしてフジ。風が気持ちいい。穏やかな波の音だった。
ここからあと少しだけ、前に歩くだけで、自分の現世にワープアウトできる。ここは、そんな地点なのだ。なぜか、不思議だった。
そう――
今、一つの旅が、本当に終わったのだ。
幾分センチメンタルな、達成感があった。
「さぁ、みんな――」
俺は首を振り、景気よく笑顔を作り、トノに一言を求める。だがトノはまた、これはさすがに感慨深げに目を潤ませながら、語りはじめるのだ。
「ありがとうございます。素敵な歓迎会でございました。皆さんと行動を共にした一泊二日のこの旅は、私にとって一生の思い出になると思いますし、何物にも替えがたい、まさに宝物となりました。ショウのリーダーシップ。皆さんのチームプレー。どれも見事でした。このチームの一員になれることを誇りに思います。
――ああ、今は、この心にあるものを大切にしたい。これ以上ながながと言葉にはしないでおきましょう。そうでなくてもこれから皆さんと、長く、普通にお付き合いさせていただく、つもりなんですからね? ――そうでしょ?(笑)
皆さんとこれから一緒に素晴らしい旅ができるよう努力いたします。よろしく。ありがとうございました」
自然と拍手が起こったのだった。
俺は思いだし、皆に声をかける。
「今回はお土産がある。今日の記念品にしてくれ……」
あの、霊玉のことだ。俺は皮袋の中に手を突っ込むと、適当に一個つかむ。
「何が当たるかはお楽しみってことで、文句なしで頼む!」
そう言うと、見もせずに、まずはトノに放ってやったのだった。トノは楽々キャッチする。そして、興味津々な皆にかざしてみせた。それは、
「『智』、ですね……。さて、私がこれにふさわしいのか、どうか」ちらり、ともの思わしげにエマを見たりする。バッチリっすよ、などという声が全員からあがって、笑いが起こって、それで一件落着したのだった。俺は頷くと作業を再開する。「どんどん行こう」
アキラは『忠』。ううむ。
マーチは『悌』。あっはっは、兄弟仲良く! ケンカすんなよ。
ミラは『孝』。そんな感じかな。
ヨコヅナは『義』。いかにも。
そしてエマが『礼』、だった。(ノーコメント。笑)
偶然にしろ、なんか、うまく配れたんじゃないかな、と思う。
「あと二個のこってて、信乃さんから頂いた刀もあるんですが――」
「あなたが持ってなさい」エマの一言で皆が頷き、けりが付いたのだった。
「これで全て完了です。お疲れさま。pm3:00、解散宣言です」
「では、お先に」
まず最初に新人トノが、かぎ爪の二本指でチャッと挨拶、渚に歩いて行く。見守る中、透明な空気の中に消えて行く――
ワープアウト。
かようにして――
トノのための歓迎会は、幕を閉じたのである。




